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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第49話 静かな屋敷に新しい風が吹く

 午前十時。


 休日の神谷家は、平日の朝とはまるで違う空気に包まれていた。

 広々としたリビングには、柔らかな陽射しが差し込んでいる。

 窓から見える庭では、風に揺れた木々の葉がさらさらと音を立て、鳥の鳴き声が遠くからかすかに響いていた。


 リビングの大きなテーブルを囲むように、四人の少女が座っていた。


 桐生里奈。

 水瀬恵。

 朝霧玲奈。

 そして神谷家のメイドである美桜。

 

 テーブルの上には、参考書や問題集、ノートが何冊も広げられていた。

 試験前ということもあり、休日を利用した勉強会。


「……この問題、やっぱり意味わかんない」

 恵がシャープペンを持ったまま、問題集を睨みつける。


「どこが分からないの?」

 里奈が隣から覗き込む。


「ここ。途中までは分かるんだけど、その次の式が急に意味不明になる」


「そこなら、この公式を使えば」


「……あ、ほんとだ。

  なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろ」


 その向かい側では、玲奈がノートに何かを書き込みながら小さく唸っていた。


「うーん……この問題、昨日もやった気がするのに……」


 その隣で、美桜が静かに紅茶を淹れていた。

 カップから立ち上る湯気が、陽射しの中でゆっくりと揺れる。


「皆様、少し休憩されてはいかがでしょうか。長時間続けますと集中力も落ちてしまいますので」


「そうだね……

 ちょっと休憩しよっか」

 玲奈が小さく伸びをする。


 恵も椅子の背もたれに身体を預ける。

 里奈は参考書を閉じながら、ふっと息を吐いた。


「たまにはこういう休日も悪くないわね」


 蓮は少し離れたソファに座り、スマートフォンを眺めていた。


蓮

(……こういう時間も、悪くないな)


 平穏だった。

 少なくとも、その瞬間までは。

 

 静けさに包まれた神谷家の大きな屋敷に、控えめなチャイムの音が響いた。


 ――ピンポーン。


 穏やかな空気を切り裂くには、十分すぎる音だった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 四人の動きが、完全に止まった。


 ――ピンポーン。


 四人の視線が、今度こそ一斉に交差した。

 まるで『誰?』と無言で問いかけ合っているようだった。


「えっと……お昼にはまだ早いし、宅配かな?

 美桜さん、何か届く予定あった?」

 最初に口を開いたのは玲奈だった。

 ほんの少し警戒が混じっている。


「いいえ、玲奈様。 

 本日は宅配の予定はございません。……となると、どなたがいらしたのでしょうね」


 まるで“新たな刺客の登場”を告げる合図みたいな緊張感だった。


「……増援?」

 恵が小声でつぶやく。すでに顔が絶妙にひきつっている。


 この前の出来事が、三人の脳裏に一斉に蘇っていた。


 藤堂茉莉。

 放課後の勉強。

 図書室。

 そして、蓮と一緒にいる時間が増えているという噂。


 予定外の来客。

 偶然だと考えれば、それまで。

 恋愛に敏感になっている三人にとっては、その『偶然』が妙に引っかかった。


恵・里奈・玲奈

「「「……まさか」」」


 声が重なり、三人の間に妙な沈黙が落ちる。


 その沈黙を最初に破ったのは玲奈だった。


玲奈 「……え?

   な、何が……まさかなの?」

 きょとんとした顔で首を傾げ、分からないふりをする。


(でも、まだ決まったわけじゃない。

 落ち着いて、玲奈。

 偶然かもしれないもの……

 でも、もし本当に藤堂さんだったら?)


 そんな玲奈を見て、恵がじろりと目を細める。


「……あなたこそ、何が『まさか』なのよ?」

「えっ?」


「今、絶対何か考えてたでしょ」

「そ、そんなことないよ?」


「いや、その顔は絶対なんかある」

「ど、どんな顔!?」


「知らないわよ! なんかこう……『心当たりあります』って顔!」


「し、してないよ!」

 玲奈は慌てて両手を振る。

 

 恵の視線はますます鋭くなる。



 そんな二人を見ていた里奈は、静かに口元へ指を添えた。


「……二人とも、少し落ち着きましょう」


恵「里奈先輩は何とも思わないんですか?」


「もちろん、気にはなりますよ」


 恵と玲奈が同時に里奈を見る。

 里奈はいつもの穏やかな笑顔を浮かべている。


「まだ来訪者が誰なのか分かっていませんから」


 当の蓮は、事情を何も知らないまま立ち上がった。


「ちょっと行ってくる。勧誘じゃなければいいんだけど……」


美桜

(……さて。

 どなたが蓮様を訪ねていらしたのでしょう)

 その表情は、いつもの優しいメイドのものだった。



 神谷蓮は、廊下を歩く。

 静かな屋敷に、蓮の足音だけが響く。

 やがて玄関へ到着する。


「はいはい……今開けます」

 軽い調子で声をかけながら、蓮はドアノブへ手を伸ばした。


「あれ……茉莉?」

 蓮は、軽く目を見開いた。

 そこに立っていた人物を見て、完全に予想外だったからだ。


「お、おはようございます……蓮くん……」


 そこに立っていたのは、藤堂茉莉だった。


「……藤堂?」

 改めて呼ぶ。


 すると茉莉の肩が、びくっと小さく跳ねた。


「は、はい……」

「どうしたの? こんな朝から」


「えっと……」

 茉莉は視線を落とし、持っていた大きな紙袋を、ぎゅっと抱いた。


 蓮はそこで初めて、その荷物に気づいた。


「それ……?」


 茉莉は袋を見る。

 そして、少しだけ頬を赤くした。


 薄いピンク色のカーディガン。

 その下には白いブラウス。

 休日らしい私服姿なのに、どこか茉莉らしい控えめな印象がある。


 派手さはない。

 けれど、柔らかな色合いが彼女の雰囲気によく似合っていた。

 肩にかかる黒髪も、今日は少しだけ整えられている。

 それが逆に、茉莉が今日ここへ来るために少しだけ頑張ったことを感じさせた。


 「これ……勉強に使う参考書と……ノートです。

 それと……差し入れ……です。

 て、手作りクッキーと、えと……栄養ドリンク……です」

  声は震え、目線は定まらず、まるで今にも逃げ出しそうな小動物。

 指先が紙袋の持ち手をきゅっと握っていた。


「助かるよ。ありがとう」


「……!」

 『ありがとう』と言われただけ。

 それだけで茉莉の顔が、見る見るうちに赤くなっていく。


 蓮は微笑んで玄関を開けた。


「入ってよ」


 この玄関の向こうに待ち構えている四人の少女たちの存在に。

 茉莉はまだ、気づいていなかった。

 自分がこれから足を踏み入れる場所が、修羅場の空気に包まれているなど。

 この時の茉莉は、知る由もなかった。


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