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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第50話 静かに燃える恋の火種

 蓮が玄関の扉を開ける。


「ありがとう。入ってよ。ちょうどみんな勉強してるところなんだ」

 

「……え。み、みんな……?」


 蓮は何の疑問も抱かずに頷く。


「試験前だからさ。

 みんなで勉強しようってことになって」


「み、みんな……」

 茉莉はもう一度、その言葉を呟いた。

 そして恐る恐る、蓮の肩越しに屋敷の中を覗き込む。


 廊下の先から向けられる、複数の視線。


 茉莉の動きが完全に止まった。

 まるで、ゲームで強敵とエンカウントしたようだった。


 最初に目に入ったのは、柔らかな笑顔を浮かべている桐生里奈。

 その隣には、腕を組んだまま明らかに警戒している水瀬恵。

 少し離れた場所には、心配そうな表情を浮かべている朝霧玲奈。

 さらに後ろに立っているメイド服姿の美桜。


(どうして蓮くんの家に……こんなに女の子がいるの!?)


「…………」

 茉莉は思わず紙袋を抱える腕に力を込めた。


(……帰ったほうがいいのかな)

 そんな考えが頭をよぎる。


 放課後のことを思い出す。


 蓮に勉強を教えてもらい、分からなかった問題も嫌な顔ひとつせず丁寧に説明してくれたこと。

 そして最後に向けられた、あの優しい笑顔。


『また分からないところがあったら聞いていいから』


(せっかく……勇気を出して来たんだから……帰りたくない)

 紙袋をぎゅっと抱きしめる。


 すると――。


「……どういう風の吹き回しかしら」

 

 茉莉が顔を上げる。


 リビングの入り口に立っていたのは玲奈だった。


 笑顔。

 とても可愛らしい、柔らかな顔。


「茉莉ちゃんが、蓮くんの家に来るなんて……ちょっと意外だったから」


「あ……えっと……その……蓮くんに勉強を教えてもらって……それで……」


「今日は続きを?」


「は、はい……!」

 茉莉は慌てて頷いた。


「そうなんだ」

 玲奈はにこりと笑う。


(やっぱり……藤堂さんだった。

 蓮くんと一緒に勉強していたと思ったら……今日は朝から蓮くんの家まで来るなんて。

 私が『わからせる』より先に動くなんて……落ち着いて、玲奈。

 私は笑顔。

 いつも通りの玲奈。

 藤堂さんにも笑顔で接する。

 だって、私は意地悪な女の子じゃないもの。

……だからこそ、焦っちゃ駄目。

 藤堂さんを家に入れることが、蓮くんの特別になることは別の話なんだから)


「せっかく来たんだから、ゆっくりしていってね。茉莉ちゃん」

 玲奈は柔らかく微笑んだ。


 茉莉はほっとしたように頭を下げる。


「ちょっと待って」


 横から恵が割り込んできた。

 腕を組んだまま、茉莉をじっと見つめる。


「蓮くんの周りに戦力追加は……ちょっと……いや、かなり困るんだけど?……あ」

 言ってから、恵自身がしまったという顔をした。


「ち、違っ! そういう意味じゃなくて!」


「どういう意味なの?」

 玲奈がにこにこしながら尋ねる。


恵「玲奈は黙ってて!

 その……試験前だし、人数が増えたら集中できないとか……そういう意味だから!」


(なんで来たのよぉぉぉ!?

 いや待って待って待って!

 イベント発生の間隔が短すぎるでしょ!?

 普通こういうのって、もう少し段階踏むんじゃないの!?

 こっちはまだあの夜のことで心の整理がついてないのよ!!)

 

 恵の内心では大騒ぎが起きていた。

 表面上は、なんとか腕組みを維持している。


「……まあ、差し入れ持ってきたっていうなら……悪くはないけど」


茉莉「ありがとうございます……」


「……分かったわよ。仲良くしてあげる」

 ぷいっと顔を逸らした。


 そんな二人のやり取りを、里奈は眺めていた。


「お久しぶりですね、茉莉さん」


「……桐生先輩」

 里奈は優雅に微笑む。


「前にこちらへ来られたのは……三ヶ月ほど前でしたでしょうか」


「は、はい……たぶん、それくらいです」


「また来てくださって嬉しいです。

 今日は勉強をしに?」

 

「はい。蓮くんに勉強を教えてもらって……それで、もう少し教えてもらえたらと思って……」


(なるほど……茉莉さんも、以前とは少し変わりました。

 恋というものは、人を変えていくものですね)

 里奈は微笑む。


 そして最後に、美桜。

 彼女はしばらく黙ったまま茉莉を見ていた。


 美桜は微笑みを浮かべる。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます」

「い、いえ……こちらこそ……突然すみません」


「どうぞお気になさらず」

 美桜は優雅に頭を下げた。


(3ヶ月ぶり……懐かしいような………。手作りのお菓子まで持参して、ずいぶんと準備がよろしいことで)


「茉莉、ここ座れば? その、隣空いてるし」

 蓮が椅子を引いて誘導する。


「は、はいっ……!」

 茉莉は緊張しながら蓮の横にちょこんと腰を下ろす。


 全員の意識が一斉に茉莉へ向いた。


 茉莉の表情は、家に入ったときとは比べ物にならないほど柔らかくなっていた。


「あ、あの、これ……みんなで食べられるかと思って……」


 茉莉が差し入れを取り出すと全員の表情が一瞬固まった。


 クッキー。

 蓮の好きなチョコチップ入り。


蓮「手作り?」

茉莉「……はい」


「すごいな、ありがとう。

 助かるよ。甘いものほしかったんだ」

 蓮が笑う。


「……よ、よかったです」

 小さな声。

 その口元には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。

 感情が、表情から全部伝わってしまうほどだった。


 四人は、それぞれ胸に何か浮かべながら、茉莉を見つめていた。

 四人の視線が、一瞬だけ交差する。


「じゃあ、そろそろ勉強に戻ろうか」

 蓮が参考書を開いた。


「蓮く~ん、この問題見て?」

 恵が真っ先に声を上げた。

 普段より明らかに声が大きい。

 まるで、ここに自分がいることを周囲へ知らせるかのように。


「どれ?」

 蓮が恵のほうへ身体を向ける。


「ここ。途中までは分かったんだけど、その先が分かんなくて」


「ここなら、この公式を使えば」


 恵は蓮の説明を聞きながら、ちらりと茉莉を見る。

 そして、さりげなく蓮との距離を少しだけ縮めた。


「蓮さん。

 この公式について、一つ確認してもよろしいですか?」

 里奈は丁寧かつ自然に接触する“技巧派”。

 自然な動作で蓮の教科書を覗き込む。

 距離が近い。

 それも、あくまで勉強のためという自然な理由がある。


「れんくん、これ……れいな、わかんない」

 玲奈は少し困ったような顔で、自分の問題集を差し出す。

 胸元を押さえて“守ってあげたい系”を発動。


「どれどれ?」

 蓮が玲奈の問題集を見る。


「ここは」

「……うん」

 玲奈は蓮の説明を聞きながら、嬉しそうに頷く。

 声が小さく、遠慮がちで、真剣。


(ふふ……これなら自然に蓮くんの隣にいられる)


 少し離れたところで、その光景を見ていた茉莉は。


「あ……あの……」

 手を小さく挙げた。


「蓮くん……これも……教えてほしい……です」

 そこには以前にはなかった、ほんの少しの積極性があった。


 四人の視線が交差した。

 今度は、言葉すら必要なかった。


「なるほど。ここまで自分で解けてるなら、あと少しだよ」

「……ほんとですか?」

「うん。茉莉、ちゃんと勉強してるんだな」


「……っ」

 またしても茉莉の顔が赤くなる。



 静かな休日の昼前。

 神谷家のリビングでは、試験勉強が続いていた。

 ジュースを取りに立った恵が、戻りざまに――


「ねえ蓮。午後から遊園地行くんでしょ?

 もう準備したら?」


 空気が固まる パキィンッ! という音が、聞こえた気がした。


 蓮は目を丸くした。


「いや、えっと……そんな予定は」


(ちょっと待って水瀬さん!?

 私、聞いてないんだけど!?)

 玲奈の内心はピンチ警報発令中。


(遊園地……遊園地……デート……?

 え、蓮くんと……誰と……?)

 茉莉の心臓はドドドドと高鳴る。


「……わ、私も……もしよければ……ご一緒したい、です」


 茉莉が、勇気を絞り出した。

 あまりにも小さな声。

 けれど、その震えは“覚悟”を持っていた。


 里奈が目を見開く。


「えっ……茉莉ちゃん、自分から言える子だったっけ……?」


 美桜も驚いたように息をつく。


「……ずいぶん強くなられたのですね」


 玲奈と恵は、一瞬で理解した。


((この子、本気だ……!!))


 二人の瞳に火が宿る。

 恋愛戦線、臨戦態勢。


 蓮はしばらく茉莉を見つめて、小さく微笑んだ。


「……嬉しいよ。もちろん、みんなで行こう。

 茉莉も一緒に」


「っ……! あ、ありがとうございます……!」


 茉莉の肩から力がふっと抜け、瞳が潤む。


 その様子を見ながら、四人はそれぞれ胸の中で火を灯す。


◆玲奈

(蓮くんの“誰にでも優しいところ”……それが最強の武器なのよね。

 でも、渡す気はないわよ)


◆恵

(あああああ可愛い子がまた参戦したッ!!

 今日の私のポジションどこ!? どこなの!?)


◆里奈

(茉莉さん、しっかり覚悟を決めたのですね……。

 なら、私も遠慮はできません)


◆美桜

(よし決めた。夜になったら――ご主人様を質問攻めにしましょう)


 もう、後には引けない。

 そんな気配だけが、そっと漂っていた。

 試験前のはずなのに、勉強よりも恋の火種が増えていくばかり。

 静かなはずの屋敷が、どこか落ち着かない熱を帯びていく。


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