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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第46話 静かな時、騒がしい視線

 校門をくぐった瞬間から、なんとなく嫌な予感はしていた。

 いつも以上にすれ違う生徒が、なぜか明らかに俺の顔を見る。

 知り合いじゃない一年の女子まで、やたら視線を寄越す。


(……いや、なんで? 俺、髪になんかついてる?)


 軽く手で触るが、特に変な感じはない。

 そのまま靴箱に向かい、上履きへ履き替える。

 男女問わず視線が刺さり続ける。


(……もう帰っていい?)


 そんな現実逃避を抱えたまま二年A組の教室へ足を踏み入れる。


 そこで確信した。

 今日のクラス、絶対なんかおかしい。

 静か。 静かなんだけど、妙に空気が張っている。

 まるで『面白いことがあると聞いたんで待ってました』みたいな空気だ。


 俺が教室に入ると、その静寂の中にひそひそ声が滑り込んだ。


「桐生先輩が神谷くんの家に……?」

「いや、朝霧さんもでしょ?」

「水瀬先輩まで最近ごきげんっぽいし……え、全員繋がってるってこと?」

 男どもは男どもで、やっぱりひそひそ言っている。


「神谷、最近なんか“すげぇ”よな」

「お前、寝取り枠じゃねーの? なんで急に主人公ポジ?」

「てか逆に怖くね? なんで色々重なってんの?」


(頼むから、朝から俺をラブコメの主人公みたいに扱わないでほしい……)


 そんな騒がしい“視線地獄”の中。

 彼女はふっと、影から抜けるように近づいてきた。


「……あの」

 静かな声。

 控えめで、どこか緊張を抱えたような小さな声。


 藤堂茉莉。

 俺のクラスメイトで、自己主張は少なく、存在感が薄い……ように見える子。

 彼女の周りの空気は、少しだけ温かい。

 近くにいる人を落ち着かせる、不思議な雰囲気。


 そんな彼女が、英語ノートを胸に抱えて見上げてくる。


「金曜日の続き……教えてもらっても、いいですか?」


 その瞬間。

 教室全体の空気が“爆発”した。


「茉莉ちゃんが……自分から?」

「うそでしょ。あの子、男子に話しかけるの苦手なのに……」

「神谷またかよ……! お前何人目だよ!」


 勝手にざわつくクラスメイトたち。


(ほんっっっとにやめてくれ……!)


「……あ、ああ。いいよ」


 俺がそう返すと、案の定ひそひそのボリュームは倍増した。


「茉莉ちゃん寝取られるんじゃ……」

「いやもう寝取られてるのか?」

「てか神谷、こっそり茉莉ちゃんの好感度上げてた?」


(……お前ら、全員一回深呼吸しような?)


「茉莉、先日のここ分からなかったんだよな?」


「……うん、同じ形なのに意味が違うところが……」


「じゃ、ここは」


 簡単に説明しただけなのに。


「神谷、教え方うまっ」

「え、茉莉ちゃん、ちょっと嬉しそうじゃない?」

「やっぱ神谷だよな……」


(なんでだよ……)


 俺はただ普通に教えただけ。

 それなのに、周囲の目は“特別扱いしている”とでも言いたげだった。


(いや、ただの勉強だろ……)

 まさか、ただ英語を教えただけ”で、ここまで騒ぎになるとは思わなかった。

 茉莉はといえば、そんな騒ぎなど全く気づいてないように……

 小さな笑みを浮かべて席へ戻っていった。


 その静かな横顔が、なんか妙に柔らかい。


(……別に深い意味はないよな?)

 そう思いつつも、クラスのざわつきは収まる気配がなかった。



「じゃあ、二人一組でストレッチ入れー!」


 体育教師の声がグラウンドに響くと、周囲は一斉にざわざわ動き出した。

 蓮は腕を伸ばしながら、周りを軽く見回す。

 運動が苦手なクラスメイトの男子がバツの悪そうな顔で立っていた。


「か、神谷……悪い。今日もペア……」


「いいよ。無理しないようにな」


 蓮は肩の可動域を確認しながら、ゆっくり動きを合わせてやる。

 硬い筋肉を無理に伸ばさせず、痛いところで止める。


「……おお、なんか楽だ……」


「最初はこんなもんだよ。無理すると余計に動けなくなるし」


「なぁ、お前運動部じゃねぇのになんでそんな分かるの?」


「……さぁ?」


 ただ、身体を壊す人を見た経験があるだけだ。

 そのやり取りを見ていた女子たちが、小声を落とす。


「神谷くんって……意外と優しいんだね」

「え、普通に好印象なんだけど……」

「いや絶対モテるでしょ……!」


蓮(お願いだから聞こえるところで言わないで……!)


 そんなときだった。

 蓮の脇へ、小さな影がそっと近づいてくる。


 藤堂茉莉。

 いつも輪の一歩外側で静かに佇む子。

 両手を胸元で組み、小さく首を傾げた。


「……あの。蓮くん、ペア……もう決まってますか?」

 その声は小さく、でもまっすぐに届く。


 蓮は周囲の視線が自分に刺さるのを感じつつ、振り返った。


「いや、今終わったところ。茉莉……まだ誰とも組んでないのか?」

 

 茉莉はこくりと頷く。


「……はい。その……もし迷惑じゃなければ……」


「ああ、いいよ。一緒にやろ」


 たったそれだけの会話なのに、周囲は一瞬でざわついた。


「は? 茉莉ちゃん、神谷と……?」

「なんであいつばっか女に囲まれてんの?」

「脅されてる説ない?」


(なんか“敵視”されてない?俺……)


 蓮は軽くため息をつきながら、茉莉の前に立つ。


「じゃあ、前屈のサポートからやるか。無理しないように」


「……はい」


 彼女がゆっくり腰を折ると、黒髪がさらりと肩から落ちた。

 蓮は背中に手を添え、柔らかく押す。


「痛かったらすぐ言って」


「……ん、大丈夫……。蓮くん、手……優しい」


 その声にどきっとしたのは、ほんの一瞬。

 それを周囲がどう見ていたかは、想像したくない。


「はい、そこまで。戻すよ」


「……ん、ありがとうございます」


 蓮が手を離すと、茉莉は耳の先を少し赤くしながら息を整えた。

 そして、今度は蓮が伸脚をする番になる。

 茉莉は少し緊張したように手を伸ばす。


「蓮くん……痛かったら、言って……? 私、不器用だけど……」


「大丈夫だよ。身体硬くないし、適当に押しても怪我しない」


「……て、適当に……?」


「言葉選び間違えた。丁寧に押してくれたら嬉しいです」


 彼が笑うと、茉莉もほんの少し緩む。


「……うん」

 そっと手が触れる。

 その優しい力の入り方は、彼女の性格を表していた。


(……ああ、茉莉ってこういう子だよな)


 そのとき、また視線が突き刺さる。


「くそ……なんで蓮ばっか……」

「茉莉ちゃんまで……本命かよ……」

「神谷くん、優しすぎるから……逆に危険なんじゃない?」


(いや、俺はただ普通にストレッチしてるだけ……)


 茉莉は、その声を聞いているのかいないのか。

 ただ静かに、蓮の動きを丁寧に支えていた。

 静かな時間だけが、二人を包む。



 放課後。

 蓮は雑巾を片手に、廊下の掃き掃除を黙々とこなしていた。

 その隣では茉莉が同じようにしゃがみ、壁を丁寧に拭いている。

 すぐに壁の一部で手が止まる。


「……あれ……落ちない……」


「貸してみ」

 蓮は別の雑巾を使って、軽く擦る。

こびりついていた汚れはあっさり取れた。


「……あ、ありがとう。助かりました」


「いや、普通に気づいただけだよ」


 その短いやり取りに、また周囲の視線が。


「ほら、神谷ってやっぱ優しいよな」

「うん。ああいう男子、好きな子は好きだよね……」


(おい待て。なんだこの“じわじわ株上がる現象”……)


 蓮が帰りの支度をしていると、制服の裾がそっと引かれた。


「……蓮くん。あの……今日の英語……少し復習したくて……」


「ん、いいよ。図書室行くか」


 二人で向かった図書室は、夕方の光が静かに差し込み、ページをめくる音だけが響いていた。

 茉莉は席に座ると、少し緊張したように息を吸う。


「……えっと、この部分……ここが、どうしても繋がらなくて」


「ここか。じゃあ、この文章はな……」


 解説しながら、蓮はふと気づく。


(……近いな)


 茉莉はほんの数十センチの距離で、真剣にノートへ視線を落としている。

 あの無口で静かな彼女が、蓮の言葉ひとつひとつに頷き、丁寧に吸収していく。


茉莉(……この時間だけでいい。

蓮くんとの秘密の時間……)


蓮(なんかさっきから視線が――)


 図書室の奥。

 本棚の影から女子グループがこちらを見ていた。


「え、あの二人って仲良かったっけ?」

「同じクラスとはいえ……なんで神谷?」

「最近の神谷と茉莉ちゃん……絶対なんかあるよね」


(ほんと、頼むから俺をそっとしてくれ……!)


 茉莉はそんな視線を感じているのかいないのか、ただ静かにページをめくっていた。


(……この子、ほんとマイペースだな)

 その穏やかな横顔を見て、ふと俺も笑ってしまった。


 

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