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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第43話 眠れると思ったらこれだよ

 恵が去って、三十分後。

 部屋に残っていた熱も、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

 シーツには、まだ微かに残る二つの香り。  

 里奈の静かな余韻と、恵のまっすぐな温度。

 それが混ざり合って、妙に現実感のない空気を作っている。


(……今日はほんと、なんなんだよ……)

 天井を見上げながら、蓮は小さく息を吐く。


 心臓はようやく落ち着いてきた。       

 さっきまでのような、落ち着かない高鳴りも、少しずつ遠のいていく。

 まぶたが、ゆっくりと重くなる。


(……スッキリしたし、やっと寝れそう……)

 そう思った、その時だった。


 コン……コン。

 どこか遠慮がちな、弱いノック。


「……蓮、起きてる?」

 呟きに近い、小さな声。


(……玲奈か)


 さっきまでとは違う意味で、心臓がドクンと跳ねる。

 蓮はゆっくりと体を起こし、布団を整えながら答えた。


「玲奈……どうした?」


 扉を開けると。

 そこにいたのは、昼間とはまるで違う玲奈だった。


 髪はゆるくまとめられていて、少しだけ崩れている。

 シンプルなパジャマ姿。

 いつもの無邪気な明るさは影を潜めていて、代わりに、どこか頼りなげな空気をまとっている。


 頬はほんのり赤く。

 視線は落ち着かず揺れていて。

 思わず、守ってやりたくなるような雰囲気だった。


「その……今日……」

 言葉が、続かない。

 視線が泳ぐ。  

 指先が、服の裾をぎゅっとつまむ。


「……ありがとうって、ちゃんと言えてなくて……」


「そんなことで、わざわざ来たのか?」


(……本日3回目だぞ!  

 その理由で深夜に来るのは無理があるだろ!?)

 心の中で全力ツッコミ。


「う、うん……だって……」

 玲奈はそこで言葉を切る。

 何かを言おうとして。

 でも、それがうまく出てこない。

 部屋に入っても、すぐには近づかない。

 一歩踏み出しては、止まる。

 また少し近づいて、立ち止まる。


「……あの、ちょっとだけ……蓮の近くに行ってもいい?」

 その声は、とても小さい。  

 けれど、はっきりとした願いがこもっていた。


「いいよ、もちろん」

 

 その一言で。

 玲奈はゆっくりと歩み寄る。

 一歩ずつ。

 ためらいながらも、確かに距離を縮めてくる。

 ベッドの前に、そっと腰を下ろす。

 ポスッ、と小さな音。


 そして、何かに気付いたように。

 玲奈の視線が、ふっと横へ流れた。


 その先――

 部屋の隅にある小さなゴミ箱。


「……」

 一瞬だけ、動きが止まる。

 ほんのわずかに首を傾げて、

 じっと見つめる。


(……やめろ……見るな!)

 蓮の背中に、じわっと嫌な汗が滲む。


「……あの」


「な、なんだよ……?」

 声が少し上ずる。


 玲奈は少しだけ迷うように視線を揺らしてから、 ぽつりと呟いた。


「さっきまで……起きてたよね?」


「っ……!?」

(それ以上踏み込むなぁぁぁ!!)


 玲奈は、そんな蓮の様子をじっと見ていた。

 責めるでもなく。  

 からかうでもなく。

 ただ、本当に“分からないことを考えている”みたいに。


「……そっか」

 やがて、小さく頷く。


 ほんの少しだけ頬が赤くなって、視線をふいっと逸らした。

 その仕草が、逆に意識していることを物語っている。


(……気付いてるよな、これ……)

 確信に近い不安が、胸に刺さる。


「……あのね」


 玲奈は、もじもじと指先を絡める。

 膝の上で、落ち着かない動き。 

 覚悟を決めたように、顔を上げた。


「無理しなくていいから……次は呼んでね?」


 優しい声だった。

 からかいも、含みもない。

 本当に、“そう思ったから言っただけ”の声。


「……あたしでよければ、ちゃんと手伝うし」

 少しだけ照れたように笑う。


 ただ、“そうしたい”だけの顔。

 さっきまでの気まずさが、違う形に変わる。


(……玲奈、本気なのか……?)


 なんとなく察してるだけなのか、

 それともまるで理解してない?

 少なくとも。

 からかうつもりは、まったくない。

 むしろ。

 本気で“助けよう”としているのが、伝わってくる。


「是非とも……いや、それはさすがに」

 思わず言いかけて、言葉が止まる。


 玲奈は首をかしげる。


「……だめ?」

 少し不安そうで。  

 でも、どこか期待も混じっていて。


(……反則だろそれ……)

 蓮は小さく息を吐く。


「……いや、ダメじゃないけど……」


「ほんと?」

 ぱっと表情が明るくなる。

 さっきまでの不安が嘘みたいに消える。


「うん。じゃあ今度は一緒にね」

 その笑顔は、いつもの明るさに少しだけ戻っていた。


 満足そうに頷いて。

 玲奈は、少しだけ躊躇う。

 視線が、布団へ落ちる。


「寒いし……」

 どこかで聞いたような言い訳をして。


 するり、と。

 遠慮がちな動きで、布団の中へと入り込んできた。


「ちょ、玲奈!?」


「今から一緒にしよ?」

 小さく呟く。

 

 その言葉に、心臓が跳ねる。


(……もう、我慢しなくていいよな。さっきスッキリしたけど……正直、まだいける)


 玲奈は、そんな蓮の動揺など気づいていないように。

 ただ静かに、隣に収まった。

 ぴたり、と。

 自然な距離。

 肩が触れる。  

 腕が、少し重なる。


「……ね。寝れないでしょ?」

 玲奈はそっと顔を上げて、蓮の様子を覗き込む。


「……っ」

 図星だった。


「顔見れば分かるよ。

 ずっと、そわそわしてる」

 ふわりと微笑む。


(……全部バレてんじゃねぇか……)

 観念したように、蓮は小さく息を吐く。


「……もうちょっと、スッキリしたいです」


「やっぱり」

 玲奈は、少しだけ嬉しそうに頷く。


「じゃあ。あたしが、寝れるようにしてあげる」


「……あれ?」

 その言葉は、あまりにも自然で。      

 あまりにも無防備だった。


 玲奈はそっと身体を寄せる。

 腕が、蓮の腕に絡む。

 ぎゅ、っと強くはない。  

 でも、離れないくらいの力で。


「こうやってるとね。安心するんだよ」

 少しだけ距離が縮まる。


「目、閉じて?」


「……ああ」

 言われるまま、目を閉じる。


 すると――

 玲奈の声が、すぐ近くで、やわらかく響いた。


「……♪」

 小さな、小さな鼻歌。

 歌というより、優しく揺れる空気みたいな音。

 撫でる手のリズムと、その声が重なって。

 まるで、ゆっくり沈んでいくみたいに。


「……どう?」

 囁くような声。


「……悪くない」


(そっちの流れになると思ってたのに、子守唄だと……?)


「でしょ?」

 少しだけ誇らしげに笑う気配。

 玲奈は、もう一度だけ腕に力を込めた。

 ぎゅ、と。

 包み込むように。


「……おやすみ、蓮」

 優しく、落ちる声。

 撫でる手は止まらない。  

 歌も、消えない。

 ただ静かに、寄り添い続ける。


(……やべぇ……これ、普通に……寝る……)

 意識が、 ゆっくりと沈んでいく。




――パァンッ!!


「ぶはぁっ!?」

  何が起きたのか理解する前に、蓮の頬に衝撃と熱が走る。


「……ねぇ蓮。なんか匂い……しない?」

 さっきまでの優しい声とは違う。

 静かで、妙に冷たい声。


 玲奈は、蓮の胸元をじっと見つめている。


 さっきまで顔を預けていた場所。

 そこに残る“何か”を確かめるように。


「えっ……いや、その……」

 蓮の返事は、露骨に歯切れが悪い。

 視線が泳ぐ。

 呼吸がわずかに乱れる。

 その様子を見て。

 玲奈の中で、何かが繋がった。


「……恵ちゃん?」


「な、なぜわかる!?」

 思わず出た本音に、しまったと口を押さえる蓮。

 だが、もう遅い。


――バチィィンッ!!


「ぐあぁぁっ!?」

  反対側に、鋭い衝撃。



「蓮に……恵ちゃんの匂いがしてる……」

 小さく呟く。

 だがその声には、はっきりとした感情が乗っている。

 

 指先が、ぎゅっとシーツを握る。


「……あの泥棒猫……!」


「ど、泥棒猫!?」

 思わずツッコむが、玲奈の耳には入っていない。


 視線はまっすぐ蓮へ向いたまま。

 目には、独占欲の混じった光。

 

「私の蓮なのに……!」


「お、お前それは語弊があるだろ!?」


「もういい……!」

 ぷい、と顔を背けてから。

 すぐに戻す。


 そのまま、まっすぐ見つめて――


「私も……するから!」


「えっ。れ、玲奈っ!」

 勢いよく、蓮の胸へと飛び込んできた。


「ご、ごめっ……! でも……!」

 ぎゅうっ、と。

 思ったよりも強い力で、しがみつく。

 “離さない”意志がこもっている。


「……負けたくないから……」

 震える声。

 でも、その中にあるのは確かな意思。

 玲奈はそのまま、蓮の胸元に頬を押し当てた。

 すり、と。

 確かめるように。

 上書きするように。

 その仕草はどこかぎこちなくて、でも必死で。

 涙を堪えているのか、声が少しだけ震えている。


「蓮……今日、ほんとに楽しかった。

 ……全部、蓮がいたからだからよ」


「玲奈……」

 軽く返せる空気じゃない。


「だから……あと……これで……わたしも……」

 言い終わる前に。

 玲奈は、顔を上げた。

 視線がぶつかる。

 でも、すごく恥ずかしそうで。


 そっと。

 蓮の唇に、自分の唇を重ねた。

 触れるだけの、短いキス。

 その一瞬が、やけに長く感じる。

 ふわり、と。

 花みたいな、やさしい香りが広がった。

 



「……おやすみ。蓮……一緒にしちゃったね」

 囁くみたいな声。


 恥ずかしさを隠しきれないまま、でもちゃんと伝えたかった言葉だけは残して。


 玲奈は、くるりと背を向けた。

 一歩、また一歩と歩き出す。  

 足音は軽いのに、どこか名残惜しそうで。


 最後に、そっと閉じられるドア。


 部屋の中に残ったのは、静寂と花の香り。

 

 蓮はそのまま。

 ベッドに沈み込むようにして、ゆっくりと天井を見上げた。

 視界はぼんやりしていて、まだ現実に戻りきれていない。


 そのまま、目を閉じると。

 さっきまでよりも、ずっと自然に。

 ゆっくりと、意識が沈んでいった。

 まるで、誰かに優しく包まれているみたいに。



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