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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第40話 距離ゼロの三方向攻撃

 参考書を開いたはいいが。

 俺――神谷蓮はテーブルに両肘をつき、指先でこめかみを軽く押さえながら、盛大にため息を吐いた。


「はぁぁ……」

 肺の奥にたまっていた何かが、まとめて抜けていく。


(なんで勉強会なのにこんな圧があるんだ……普通、もっとこう……静かにするもんだろ……)


 ちらり、と顔を上げる。

 視線の先には三人の少女。


 桐生里奈。

 生徒会長にして優等生。

 整った所作と冷静な視線、そのすべてが“完成された存在”を主張している。


 水瀬恵。

 ツンとした言動の裏に、遠慮のなさと勢いを隠しきれないタイプ。

 感情がダイレクトに飛んでくる、ある意味一番予測不能。

 

 朝霧玲奈。

 明るく、素直で、距離感という概念を置いてきた天真爛漫娘。


 この三人が、同じテーブルに集まっている。

 それだけでも十分カオスなのに。


 さらに。

 少し離れた位置には、俺付きのメイド――神宮寺美桜が、静かに控えている。


 背筋を伸ばし、わずかな隙もなく、こちらを見守るその姿。

 もはや“監視者”に近い。


(……詰んでる。完全に詰んでる)

 

 つまり。

 逃げ場が……どこにもない。

 物理的にも、精神的にも。


「えっと……ここは二次関数の式で」


 俺は一応、家庭教師モードに切り替えて説明を始める。

 黒ペンを走らせ、ノートに式を書き込んでいく。


「この点での傾きを求めて」


 していた。

 していた、のだが。


「ねぇ蓮、これ! ここ全然わかんないんだけど~! もっと、近くで見たい!」


「うわっ……!」


 玲奈が椅子からスッと立ち、俺の背後に回り込む。

 次の瞬間、耳のすぐ横に玲奈の顔があった。


「ここ、どうやるの?」


 吐息がかかる距離。

 さらりとした髪が肩に触れた瞬間、身体がビクッと勝手に反応した。


「れ、玲奈……近いって……!」


「え? そう? だって、遠いと見づらいし?」


 きょとん、と首をかしげる。

 悪気ゼロ。

 純度100%の無自覚。


(これが一番強いんだよ……!)


「ちょっと! 玲奈だけ近すぎでしょ!?」


 ガタッ!

 恵が勢いよく椅子を引き、俺の右側にぴったりと滑り込む。


「蓮、こっちの問題も見てよ。ほら!」


「あ、うん。えっと」


 渡されたペンを取ろうとしたら、恵の指が自然に重なった。


「ひゃ……っ!」


 恵の肩が跳ねる。

 顔が一気に赤くなり、耳までじわじわ染まっていく。


「な、何よ……蓮の手……あったか……」


「いやそれは……普通じゃないか……!?」


 なぜ俺が動揺しているのか分からないが、なぜか動揺している。

 ツンの皮をかぶりきれていない、直球すぎる反応。


(破壊力が高い……!)


「ねぇ蓮~。こっちの式、見てくれない?」


 今度は玲奈が正面から乗り出してくる。

 さっき後ろにいたのに、いつの間に!?

 柔らかい声。

 瞳には、はっきりとした“譲らない光”。


「こっちも教えて? 蓮、ほら」


 恵も負けじと距離を詰める。


 左右と前。

 完全に逃げ道が塞がれている。


(なんなんだこの三方向包囲網……!)


「蓮さん。こちらも、もしよろしければ教えていただけますか」


「あ、はい……」


 そして左隣。

 里奈が、完璧な微笑みと共に待機している。

 声は落ち着いている。

 言葉遣いも丁寧。

 なのに、なぜかプレッシャーが段違いだ。


(こ、怖い……優しいのに圧があるってどういうことだよ……!)


……と、視界の端でふわりとエプロンが揺れた。


「皆さま、進捗はいかがでしょうか」

 ドア付近に立つ美桜が、いつもの穏やかな声で問いかける。


 けど目だけは違った。

 まるで精密測距機のように、三人を順番にスキャンしている。


 玲奈→恵→里奈→蓮。

 俺の背中がゾクッとする。


(絶対見られてる……! なんか評価されてる……! なにこのプレッシャー!?)


 背中にじわっと冷たい汗がにじむ。

 そんなこんなで。

 勉強は“それなりに”進み。

 精神は“それ以上に”削られ。

 気づけば、夕食の時間になっていた。


 「皆さん、手伝ってくれる?」

 美桜のひと声で、空気がすっと切り替わる。


「い、いいけどっ。別に蓮が困るだろうから手伝うだけで……!」

 恵がそっぽを向きながらエプロンをつける。

 その動作は慣れていて、妙にサマになっていた。


(……似合うな)


 家庭的、という言葉が自然に浮かぶ。


「蓮! これ切るの手伝って!」


「ああ、それくらいなら手伝うけど……」


 包丁を握った俺の手に、恵の細い

指がそっと重なる。


「ここ、こう持ったほうがいいよ」


 軽く押される。

 距離が、近い。近すぎる。


(集中できるかこんなの……!)


 一方、リビングでは玲奈が軽やかに動き回っていた。

 食器を並べ、ちょっとした飾りを置き、空間を“楽しい場所”に変えていく。


「蓮くーん、これどう思う? 可愛いよね?」


「お、おお……すごいな。というか、そんな器用だったか?」


「ふふっ、舞台でも小道具作りはするの。こういうの好きでさ」


 くるりと振り返る笑顔。

 自然に“見せる”ことができる人間の強さ。


「蓮くん、お味噌汁はもう少し薄めたほうがいいわ」


 里奈がキッチンへ。


「え、そうか?」


「ええ。学園で出している栄養バランスの標準指標と比べると少し濃いわ」


 そこまで把握してるのかよ。


「恵さん、その切り方だと火の通りにムラが出るわ」


「っ……!」


 笑顔の裏に火花が散った。


「里奈って、料理もできるんだっけ?」


「最低限ね。でも蓮くんに出すものだから、妥協はしないわ」


「へぇ、すごーい」


(すごいって言ってるけど絶対すごいと思ってないやつだ……)


 恵の声は明るいのに、目が全然笑ってなかった。



 テーブルいっぱいに並んだ料理の香りが満ちる。


「いただきまーす!」


 恵は嬉しそうに蓮の隣へ……行こうとしたが。


「蓮くんはこっち」

 里奈が腕を引っ張り、自分の隣へ座らせる。


「むっ……! じゃあ私は、あっ!」


 玲奈は自然すぎる動作で蓮の隣へ座っていた。


「えっ、あの……」


(両サイドに座られてる……!)


 混乱する蓮の前で、三人の“静かな戦争”が繰り広げられていく。


里奈「蓮さん、こちらをどうぞ。食べやすく切ってあります」


恵「蓮、これ美味しくできたから食べて! 絶対好きだよ!」


玲奈「飲み物足りてる? ほら、つぐね!」


(近い……全員近いって……!)



「…………ふむ」

 静かに微笑みながら、三人をじっと観察する美桜さん。


 そのたびに、なぜか緊張が増す。


(こ、怖い……! 笑ってるのに……!)



 食後、ようやく自室へ戻る蓮。

 そのドアを開けた瞬間。


「お帰りなさいませ、蓮様」

「うわっ、み、美桜さん!?」


 視界に飛び込んできたのは、すでに“完成”された部屋だった。


 シーツは一切の乱れなく張り替えられ、枕はふっくらと空気を含み、デスクの上は整然と片付けられている。

 照明は柔らかな暖色に調整され、空調はちょうどいい温度で保たれている。


「お部屋の準備が整っております」


 美桜はいつも通り、穏やかに告げる。

 その声音にはどこか“先を見据えた余裕”のようなものが混じっていた。


「……いつもありがとう、本当に助かるよ」


 思わず素直に礼を言う。

 ここまで徹底されると、もう感謝しか出てこない。


 美桜の表情が、ほんの少しだけ柔らかくほどけた。


「……後ほど、伺いますね」

「えっ?」


 その言葉の意味を問い返すよりも早く。


 くるり、と身を翻し、音もなく部屋を後にする。

 ドアが静かに閉まる音だけが、やけに印象に残った。


(な、何が起こるんだ……?)


 夜が深まり、各部屋での動きが加速する。



里奈


 コンコン、と規則正しいノック。


「蓮さん。もしご迷惑でなければ……先ほどの勉強の続きを少しだけ」


 落ち着いた声。

 だが、その奥にある熱は隠しきれていない。

 “勉強”という建前を保ちながら、

 確実に距離を詰めようとする意思。


(あの目……完全に本気のやつだ……逃げたらあとが怖い……)




 ドンッ、と遠慮のないノック。


「ねぇ蓮、寝る前にちょっと話そうよ!今日は色々あったし、まだ話し足りない!」


 声が明るい。勢いがある。

 考えるより先に動くタイプ。

 理由はシンプル。

 “話したいから話す”。

 その直球さが、一番回避しづらい。


(断っても絶対引かないやつだ……ていうかドア壊れそうなノックやめて!?)



玲奈


「ねぇ蓮~。ちょっとドライヤー手伝って?蓮なら別にいいから!」

 

 理由が軽い。軽すぎる。

 だがその分、“断る理由も見つからない”絶妙なライン。

 そして何より。

 距離の近さが、昼と変わらないどころかむしろ増している気がする。


(なんで俺限定でハードルが消えるんだよ……!)



美桜


 気配も足音もなく。

 どこにいるのかすら分からない。

 だが確実に、どこかで“動いている”。

 何かの準備をしている。

 その静けさが、逆に一番強い存在感を放っていた。

 

(……一番怖いのこの人だろ……でも一番頼れるのもこの人なんだよな……)



  夜はまだ始まったばかり。

 三者三様に距離を詰めてくる。

 そしてその背後では。

 すべてを見通すように、美桜が静かに盤面を整えている。


(……これ、寝れる気がしないんだけど)




 


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