表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/39

第39話 火花と密着と暗躍と

「皆さま、お越しをお待ちしておりました」


 低く、澄んだ声が、空気そのものに指を添えて整えるみたいに場を引き締めた。

 屋敷の奥の薄暗い廊下から、静かな影がひとつ滑るように姿を現す。


 足音は、ほとんどしない。

 いや、“しているはずなのに聞こえない”というべきか。


 現れたのは、黒髪をきっちりと結い上げた一人の少女。

 光を弾くように整った白い肌、無駄のない姿勢、寸分の狂いもないメイド服のライン。


 神宮寺美桜。


 俺――神谷蓮の母に“完璧無比”の名を与えられた従者だ。

 その一挙手一投足は、まるで精密に描かれた絵画の中の人物が、そのまま現実に歩き出したかのようだった。


 指先の角度。

 視線の高さ。

 歩幅のリズム。


(美桜……頼む……今日だけは穏便に頼む……!

 絶対荒れるから……絶対に……!!)


 俺の脳内では非常ベルが鳴りっぱなしだが、そんなものが届く相手ではない。

 

 美桜は一歩、また一歩と優雅に距離を詰めて、微笑みをわずかに深めた。


「ご安心ください。“ご主人様に不必要な負担”は、わたくしが排除いたします」


「……排除って言った?」

 思わず口から漏れる。


 排除って何。

 不要な荷物みたいにポイってするやつ?

 それとも、もっとこう……物理的に? 精神的に? 社会的に?


「どういう意味の排除なんだよ!?」

 俺のツッコミは、半分くらい悲鳴に変わっていた。


 しかし、美桜は一切ブレない。

 むしろ、ほんの少しだけ“任せてください”とでも言いたげに、柔らかく頷く。


 その態度が逆に怖い。


 俺の混乱をよそに、周囲の空気が一斉に変わる。


 玲奈は、わずかに目を細める。

 明確な警戒。


 恵はきょとんとしたあと、くすっと笑う。

 理解していない顔。


 里奈は、ほんの一瞬だけ、眉がぴくりと動いた。

 それだけで、空気がさらに一段引き締まる。


 三人の視線が、ビシッと美桜へ向いた。


 まるで、同時に“脅威認定”でもしたかのように。


(……いや、なんでそんな“敵を見る目”してんの)


 誰も何も言っていないのに、視線だけで火花が散っている。

 静かな戦場って、こういうのを言うんだろうな。

 耐えきれず、俺はポケットからスマホを取り出した。


(母さん……! 助けてくれ……! この状況どうにかしてくれ……!)


 だが、その動きを読むかのように、

 美桜の手が、俺の手の上に重なる。


「大丈夫です、ご主人様。奥様には、わたくしから“適切な説明”をしておきますね」


「“適切”って、何をどう説明する気なの?」


 嫌な予感しかしないワード選びやめてくれ。


「もちろん、“ご主人様が望んでいる”という方向で」


「望んでないんだが!?」

 即答。全力否定。


 だが、美桜は動じない。

 むしろ、ほんのわずかに口元が上がる。

 目が笑ってないってこういうことか。

 

 あ、これダメなやつだ。


(……望むように導けば問題ありません)


「絶対いま心の中で何か言っただろ!?」

 俺の叫びは、やはり空しく空間に吸い込まれるだけだった。


 気づけば四人はリビングテーブルへ移動し、参考書やノートを広げ始めている。

 本来なら、静かで落ち着いた勉強会になるはずの光景。

 しかし、雰囲気は完全に戦場だった。


……まず、距離の問題。

 おかしい。明らかにおかしい。


 恵が俺の右側にぴったりと張り付き、


「ねぇ蓮〜、この問題教えて!」

 

 ぐいっと距離を詰めてくる。近い。近すぎる。


「それなら私が教えられるよ」


 間髪入れずに、左から玲奈が滑り込む。

 椅子を引く音すら最小限で、自然に“隣”を奪ってくるその動き。

 気づいたら近い。呼吸の気配が分かる距離。


「蓮、前より字が綺麗になったね」

 

「ナニその褒め方!? 近い近い近い!!」


 褒めてるのに圧があるのなんなんだよ!


 さらに。

 背後では里奈が落ち着いた声で、


「じゃあ私は全体のスケジュール管理するから」


 立ち位置が絶妙すぎる。

 全体を見渡せるポジションでありながら、

 必要とあらば一瞬で距離を詰められる位置。


(布陣がガチすぎるんだよ……!)


 誰が一番近いか。

 誰が一番触れているか。

 誰が一番自然に寄り添えるか。

 見えない勝負が、水面下でバチバチに進行している。


(……戦争かな? これ勉強会じゃないよね?)

 

 その様子を、少し離れた位置から見ていた美桜が、静かに口を開いた。


 「皆さま、蓮さまのお部屋には“順番”でお入りくださいね。混乱しますので」


 一瞬の静寂。

 三人は一糸乱れず、叫んだ。


「「「誰も入らないわよ!!」」」


 「いやなんでそんな全力で拒否すんの!? 逆に怪しいだろ!!」

 俺のツッコミが追いつかない。


 なにこの連携。

 無駄に息ぴったりじゃん。


「なんでこうなるんだよ……!」

 俺は涙目で叫ぶ。


 だが、美桜はそんな俺の叫びなど、風景の一部とでもいうように受け流し、すっとリビングの扉へ歩み寄る。


 静かに開く扉。


「皆さま。本日のお部屋をご用意してございます。どうぞご自由にお使いくださいませ」


 美桜が扉を開いたまま、わずかに身を引いて優雅に一礼する。

 その仕草ひとつで、まるで“もう決定事項です”と宣言されているようだった。


「勝手に話を進めるなぁぁぁ!!」

 

 思わず叫ぶ俺の声が、やけに広いリビングに虚しく反響する。

 天井が高いの、こういう時だけ無駄に仕事するなよ……!


 しかし。

 誰一人として、その叫びを止めようとする者はいない。


 むしろ。

 里奈は、ほんのわずかに首を傾げてから、当然のように言った。


「最初からそのつもりよ」


 その口調は穏やか。

 だが内容は完全に確定事項。

 “相談”ではない。

 “確認”ですらない。

 ただの“宣言”。


 玲奈も静かに。


「逃がさないから」

 

 短い。

 けれど、その一言に込められた圧が重い。

 視線が、まっすぐすぎる。

 冗談の余地を一切与えない“本気”のやつだ。


「いや怖い怖い怖い!? 言い方がもう完全に捕獲なんだけど!?」


 無意識に一歩下がる。

 が、その退路を塞ぐように。

 

「蓮と夜更かしできるじゃんっ!」


 恵がぱっと笑顔で距離を詰めてくる。

 無邪気。純粋。だからこそタチが悪い。

 ぐいっと腕に軽く触れながら、楽しそうに覗き込んでくるその顔。


 完全に“楽しいイベント”だと思っている目だ。


「ね? せっかくだしさ、いっぱい話そーよ!」


「話す内容によるだろ!? あと距離が近い!」


 俺が慌ててツッコミを入れても、三人とも一切ブレない。

 里奈はすでに部屋の配置を確認するように歩き出し。

 玲奈は静かにその後ろを追いながら周囲を見渡し。

 恵は完全にテンションが上がってソファやテーブルをチェックし始める。


 そして、その全てを見届けるように。

 美桜が一歩下がり、満足げに微笑んだ。


「……なんでこうなるんだよ……」

 小さく呟いた声も、誰にも届かない。

 気づけば、窓の外はすっかり夕焼けから夜へと変わり始めていた。


 試験週間のはずなのに、俺の周りだけ、恋愛イベント週間に突入していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ