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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第38話 試験週間、まさかのお泊まり決定

 放課後の教室。

 シャーペンの芯を折る小さな音さえ響きそうな、乾いた緊張が満ちていた。


「――はい、それじゃあ最後に連絡だ。週末は“学習会”を推奨する」


 担任の、やけに軽い一言だった。

 しかしその一言で、俺の平穏は粉々になった。


「神谷、今回も学年順位トップ狙い? あー、いいなあ、そういう人の家で勉強したいわ」


「ほんとそれ。蓮の家なら環境よさそうだし!」


「なあ蓮んち集まれば良くね?」


 おいちょっと待て誰だ今の流れ作ったの!

 俺、神谷蓮は、思わず顔を上げるが、犯人は特定不能。

 俺は机に額をぶつけそうになりながら、心の中で全力ツッコミ。


(いやいやいや、なんで俺の家なんだよ……!?)


 だが、この“軽口”を聞き逃すはずがない二人がいた。


 朝霧玲奈。

 水瀬恵。


 「……蓮」

 玲奈が、すっと背筋を伸ばして立ち上がる。

 ゆっくりとした動作で伸びをしながら、横目でこちらを射抜いた。


「勉強、手伝ってほしいな?」

 その声音は、柔らかい。

 けれど、逃げ場を塞ぐような甘さを含んでいる。


(来た……これ一番危ないやつ……!)


「私も行くー! ていうか行くに決まってるじゃん!」

 間髪入れずに、恵が机を叩く勢いで立ち上がる。

 満面の笑み。

 だがその笑顔、決定事項を押し付けてくるタイプのやつだ。


 (いや待て……そもそもなんでこの二人、別クラスと先輩なのに当然みたいな顔して俺のクラスにいるんだよ!?)


恵「ね、蓮くん? いいでしょ?」


「いやいやいや、あのね!? 俺んちっていうのは――」


「蓮、逃げるの?」

 にこり、と玲奈が笑う。


「蓮くんの家なら部屋いっぱい余ってるでしょ?」

 恵が横から畳みかける。


「なんで知ってんの!?」


 俺の抗議は、見事に宙へ溶けた。



――昇降口。


 靴箱の並ぶその場所は、帰宅ラッシュで賑やかなはずなのに、

 俺の周囲だけ妙に静かだった。


 なぜなら。

 左右、完全包囲されているから。

 玲奈が左から、自然な動きで距離を詰める。


「数学は私が教えてあげる。得意だから」


 恵が右から、楽しげに顔を覗き込む。


「英語は私ね! 蓮ってリスニング弱いでしょ?」


「いやそこまで弱くないし! あと勝手に分担すんな!」


「いいよね?」

「いいよね蓮くん?」


同時。完全に同時。左右から圧がかかる。


(……俺に拒否権ってある?)


 ない。知ってた。

 しかも二人とも、笑っているのに目が笑っていない。


(詰みです。ありがとうございました……)



 帰り道。

 夕焼けが街をオレンジ色に染める中、玲奈がふと、ぽつりと呟いた。


「勉強会って、夜遅くなったらどうするんだろ……」


「あ、もうさ」

 恵がぱっと顔を上げる。


「もう泊まっちゃえばよくない? 蓮の家ムダに広いし!」


 ぐいっと身を乗り出す。

 その勢い、完全に確信犯。


「……なるほど。合理的ね」

 玲奈がニコッと微笑んだ。

 その笑顔、どこか楽しそうで、どこか危険。


「待て待て待て! 合理性の使い方おかしいだろ!?

 いや普通にアウトでしょ!? 皆の親に許――」


「ご主人様」

 そこで、背後から静かな声が落ちた。


「うわっ!……美桜!?」

 心臓が跳ねる。振り返る。


 家のメイドの美桜が、いつの間にか俺の背後に立っていた。

 いや、存在感なさすぎるだろ。


「皆様がお勉強のためにいらっしゃるのでしたら——」


そこで一拍置き、にっこり。


「お泊まりの準備も可能ですよ?」


「「やった!!」」

 玲奈と恵の反応はシンクロ。


「美桜ぉぉぉぉぉ!?!?」

 俺の絶叫が夕焼けに吸い込まれる。


 美桜は柔らかい笑顔のまま。


「もちろん、お部屋のセッティングも完璧にいたしますね、ご主人様」


「いや完璧にしなくていいから! その気遣い今はいらないから!」



 その後俺が家に帰ると——

 応接室でくつろぐ生徒会長の桐生里奈の姿があった。

 コートを脱ぎ、ソファに腰掛け、優雅に紅茶を口にしている。


「……なんでいるの?」


「学習会は効率性が大切でしょ? 先に準備しておいたの」


 その口調、落ち着きすぎている。

 そして距離が近い。


「……蓮くんの家って、落ち着くのよね」


(あ、今日めっちゃ積極的な日だこれ)


 ――嫌な予感しかしない。


 やがて。

 玄関が静かに鳴った。


「蓮くーん! 来たよー!」

「蓮、入るわよ」


 玲奈と恵が到着。

 そして応接室に足を踏み入れた瞬間。

 視線が止まる。

 ソファで、蓮の隣に座る里奈。

 距離、近い。


「……先に来てたんだ」

 玲奈が静かに目を細める。


「会長、キレッキレだね〜……」

 恵は笑いながらも声がちょっと低い。


 里奈は涼しい顔で立ち上がる。


「二人とも、ようこそ。席は準備してあるわ」

 

 勝者の余裕。

 空気が、静かに軋む。



 神谷家のエントランスは、夕暮れの光をうっすら吸い込みながら、ホテルのロビーよりも静かで、気品に満ちていた。


「……ひ、広……っ!」

 朝霧玲奈は足を踏み入れた瞬間、息を飲んだ。

 目を丸くして天井を見上げ、半歩遅れてから口元を押さえる。


「わぁぁ……ねぇ蓮くん! これほんとに蓮くんの家!? ゲームのお屋敷より豪華なんだけど!!」

 水瀬恵が、テーマパークに来た子どもみたいに両手をいっぱいに広げてはしゃいだ。


「そんな大げさな……いや、まぁ広いけどさ……」

 神谷蓮は苦笑い。

 慣れた光景とはいえ、こうも派手にリアクションされると照れ臭い。


 そこへ、ひときわ落ち着いた少女がひとり。


「驚くよね、初めて来ると。

――この廊下を真っ直ぐ行くと書庫があって、勉強にはちょうどいいの。                       

 右手の応接室には紅茶のセットが常備してあるし、蓮くんのお気に入りのソファも――」

 桐生里奈は、すでに上着も整え終えて、まるでここが自分の家であるかのように“庭のように”歩き出していた。


「説明が具体的すぎない?」

「ていうか、完全に案内できるレベルじゃん……」

 玲奈と恵が同時に声を返す。


 里奈は、柔らかい微笑みをそのまま崩さずに言った。


「何度も来てるから。ね、蓮くん?」


「えっ……あ、まぁ……」


 ――アピールの速度が早すぎる。

 蓮の脳内では、赤い警告灯が点滅していた。


「へぇ〜……しょっちゅう来てるんだ?」


 書庫へ移動する廊下の途中、恵がにっこり笑って仕掛けた。

 その声色は明るいけれど、微妙に毒が混じっている。


「でも、蓮くんって最近めっちゃ忙しそうだったよね?

 里奈先輩、そんなに時間あったんだ〜?」


 里奈は微笑みを崩さない。ただ、目だけが鋭い。


「人の予定を把握している方がどうかと思うけれど……

 あなたもずいぶん蓮くんのことを観察しているのね?」


「そりゃあ、好きだからだよ?」


 恵が一歩前へ出る。

 そして――

 蓮の肩に、軽く触れた。

 その瞬間。空気が、凍る。

 里奈の笑みは変わらない。

 ただ、目だけが静かに鋭さを増す。


 肩の温度。

 突き刺さる視線。

 同時に押し寄せて――


「ひ、ひぇっ……」


 素直な悲鳴が、しんとした空気にやけにくっきり響く。


 その直後。


「……蓮。なんか、こわいね……」


 すぐ隣から、玲奈の小さな声。

 気づけば、彼女はそっと距離を詰めていて――


 きゅ、と。

 制服の袖を、控えめにつままれる。

 それはほんの小さな仕草のはずなのに、“離さない”という意思だけが、妙に強く伝わってくる。


 逃げ場は、さらに狭まった。

 蓮は視線をさまよわせ、乾いた笑みを浮かべながら、小さく呟く。


「……俺も、怖いよお」


(今日は“学習会”じゃなかったっけ? なんで開幕から修羅場の香りがすんだよ……)



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