第百四十三話「ミミの隠れた才能」
翌朝、柔らかな朝日が窓から差し込む中、俺はオルテンシアのことを考えていた。
彼女とも、夫婦としての時間を過ごしたいと思う。
いや、正確には、そうすべきだと思う。
彼女は俺の四番目の妻であり、家族の一員として大切にしなければならない存在だ。
でも、オルテンシアの場合は、他の妻たちとは全く異なる難しい問題があった。
彼女は決して頭が悪いわけではない……いや、正確には、知識や教養はむしろ豊富だ。
貴族としての礼儀作法、歴史、文学、芸術、すべてにおいて深い造詣がある。
と、本人が言っていた。
ただ、そういう方面……男女の関係に関しては、極めて、異常なまでに純粋なのだ。
まるで別次元の純真さを持っているかのように。
朝食の時、俺は試しにオルテンシアに遠回しに誘ってみることにした。
テーブルの向かい側に座る彼女を見つめながら、できるだけ自然に話しかける。
「オルテンシア、今度二人で特別な時間を過ごさないか?」
できるだけ婉曲に、それでいて意味が伝わるように
言った。
「特別な時間?」
オルテンシアが首をかしげる。
その動作は優雅で、まるで絵画の中の貴婦人のようだった。
そして、次の瞬間……
「まあ、素敵!」
彼女が目を大きく輝かせた。
その輝きは、まるで宝石のように眩しい。
「貴族であるアタシにふさわしい、特別な待遇ね!
さすがタクヤ、アタシの高貴さを理解してくれてるわ!
やっぱり、あなたと結婚して良かったわ!」
彼女の声は、興奮で少し高くなっている。
「いや、そうじゃなくて……」
「どんな特別なの? 宮廷舞踏会?
それとも、貴族だけが参加できる秘密の晩餐会?」
オルテンシアが夢見るような、うっとりとした表情を浮かべる。
その目は、遠い思い出を辿っているかのように霞んでいた。
「アタシは元貴族だから、そういう格式高いイベントが本当に似合うのよ。レーヴェン家の娘として、何度も参加したことがあるわ。
あの、きらびやかなシャンデリアの下で、優雅なワルツを踊ったものよ」
「そういうのじゃないんだ」
「じゃあ、新しい武器を作りに行くの?」
オルテンシアが次の推測を、自信満々に始める。
「貴族は最高の武器を持つべきだから、特別な武器を作りに行くってことね!
アタシ専用の、世界に一つだけの、最高級の剣を!」
「武器でもない」
俺がさらに苦笑いを深める。
もう、どう説明すればいいのか分からなくなってきた。
「もっとプライベートなことなんだ」
「プライベート?」
オルテンシアがさらに首をかしげる。
その表情は、本当に、心の底から理解できないという困惑に満ちていた。
「ああ、分かったわ!」
彼女が突然、両手を叩いて、まるで世紀の大発見をしたかのような顔をした。
「貴族の秘密の集会ね! 平民には絶対に教えてはいけない、貴族だけが知る秘密の会合があるのよ!
アタシのお父様も、よく夜中にこっそり出かけていったわ!」
「違う」
「じゃあ、秘密の宝物庫?
アタシの家にも、先祖代々受け継がれてきた秘密の宝物庫があったのよ。金貨や宝石、古い武器や魔法のアイテムがいっぱいあったわ」
「宝物庫でもない」
「えー、じゃあ何なの?」
オルテンシアは不思議そうに、まるで難解な暗号を解こうとするかのような表情を浮かべた。
俺が困惑していると、オルテンシアが突然、まるで稲妻に打たれたようにひらめいた顔をした。
「ああ、分かった! やっとアタシの天才的な頭脳で理解できたわ!」
彼女が得意げに、胸を張って言う。
「タクヤは、アタシと一緒に高級なお風呂に入りたいのね! 貴族専用の、豪華な浴場に!」
「お風呂?」
俺が驚いて聞き返す。まさか、そんな方向に話が行くとは。
「そうよ、だって『特別なプライベート』でしょ?」
オルテンシアが、まるで完璧な論理展開をしたかのように自信満々に説明する。
「お風呂は裸になるから、とってもとってもプライベートじゃない。
それに、貴族のお風呂は庶民とは全く違うのよ。大理石で作られた豪華な浴槽に、バラの花びらを浮かべて、高級な香油を入れて、使用人が背中を流してくれるのよ」
「アタシの家では、毎日三人の侍女が付いて、髪を洗ってくれたわ。それはそれは丁寧に、一本一本の髪を大切に扱ってくれたのよ」
「まあ、それも間違いではないけど…」
どう修正すればいいのか、もはや分からない。
「じゃあ、やっぱりお風呂なのね!」
オルテンシアが満足そうに、まるで大きな功績を成し遂げたかのように頷く。
「さすがタクヤ、アタシの高貴さを理解してる。貴族の妻には、特別な扱いが必要なのよ。庶民と同じ扱いをされたら、レーヴェン家の名が廃るわ」
結局、俺はオルテンシアに具体的に説明することを完全に諦めた。
彼女の純粋すぎる思考回路では、夫婦の営みを理解させるのが困難すぎる。
元貴族のプライドと、底抜けの純粋さが混ざり合って、まったく予測不可能な方向に話が進んでしまう。
俺は、一旦オルテンシアのことは後回しにすることにした。
もっと適切なタイミングと方法を考えなければ。
◇ ◇ ◇
その日の夜、俺はクロエと過ごすことにした。
久しぶりに、彼女と夫婦として結ばれた。
部屋には柔らかなランプの光が灯り、静かな雰囲気が漂っている。
「タクヤくん」
クロエが恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら俺を見上げる。
その視線は、すぐに下に向けられてしまう。
目を合わせることすら、彼女にとっては大きな勇気が必要なのだ。
彼女の顔は、まるでトマトのように真っ赤で、耳まで赤く染まっている。
呼吸も浅く、緊張で体が小刻みに震えている。
「ボクなんて、インキャ底辺ゴミ女なのに…」
クロエが自嘲的に、小さな声で呟く。
その声には、深い自己否定が込められていた。
「どうして、ボクみたいなインキャを選んでくれるんですか…
人と目も合わせられない、コミュ障の、友達もいない、暗くて地味で、存在感のない…」
「そんなことを言うな」
俺が優しく、でも断固とした口調でクロエを抱きしめる。
彼女の体は、俺の腕の中で小さく震えている。
「君は俺の大切な妻だ。何にも代えがたい、かけがえのない存在だ」
「でも、ボク、何もできないし…」
クロエがさらに自分を卑下しようとする。
彼女の癖だ……自己肯定感の低さが、常に彼女を苦しめている。
「ヨウキャの人たちみたいに、明るく振る舞えないし…人と話すのも苦手だし…パーティーとか、人が集まる場所に行くと、隅っこで固まっちゃうし…
いつも部屋の隅にいるような、暗い女で…影が薄くて、誰にも気づいてもらえない…」
「そんなことはない」
俺が優しく、彼女の頬に触れる。
その肌は、熱く、柔らかい。
「君は、とても優しくて、思いやりがあるじゃないか。誰よりも、人の痛みを理解できる」
「そ、そうかな…」
クロエのアホ毛が、ぴょこんと跳ね上がった。
彼女なりに、幸せを感じてくれているようだった。
アホ毛は、彼女の感情のバロメーターのようなものだ。
でも、クロエの体は、緊張で微かに震え続けている。
「あの…タクヤくん…」
クロエが小声で、蚊の鳴くような声で言う。
「ボク…恥ずかしくて…恥ずかしくて死にそうで…」
彼女の顔が、さらに赤くなる。もう、顔全体が燃えているかのようだった。
でも、その目には、恐怖だけでなく、期待も混ざっていた。
体は震えているが、それは恐怖だけではない。
興奮も、確実に混ざっているのだ。
「大丈夫だ」
俺が彼女を優しく、包み込むように抱きしめる。
「ゆっくりでいいから。君のペースで」
俺は時間をかけて、丁寧に、愛情を込めてクロエの心の壁を溶かしていった。
彼女の消極的な性格も、内向的な態度も、俺にとっては愛おしい部分だ。
それが彼女の個性であり、魅力なのだから。
「タクヤくん…」
クロエが俺の名前を、震える声で呼ぶ。
その声は、恥ずかしさで震えている。
でも、どこか甘く、切なく、欲望を含んだ響きもあった。
そして、彼女の体は正直だった。
俺に触れられるたびに、ビクンと小さく反応している。
背中が弓なりに反り、指が俺の腕を掴む。
「んっ…ダメ…こんな声…出ちゃう…」
彼女が慌てて口を手で塞ごうとする。
「インキャなのに…こんなの…恥ずかしい…インキャは、こんな声出しちゃいけないのに…」
でも、彼女の体は、もっと、もっとと求めている。
呼吸が荒くなり、体温がどんどん上がっていく。
肌が汗ばんで、艶やかに光っている。
「タクヤくん、ボクも、あなたのお役に立ちたい」
クロエが俺の胸に顔を埋めながら、必死に呟く。
「インキャのボクでも…暗くて地味で何もできないボクでも…あなたを幸せにできるなら…」
「十分役に立ってるよ」
俺が彼女の髪を優しく撫でる。
その髪は、絹のように滑らかだった。
「君がいてくれるだけで、俺は幸せだ。君の存在そのものが、俺の宝物なんだ」
その夜、クロエは普段の彼女からは想像もできないほど、積極的だった。
彼女なりに、精一杯、俺への愛情を表現しようとしてくれているのが、痛いほど伝わってきた。
でも、その表情は常に恥ずかしさで歪んでいる。
「こんなこと…インキャのボクが…
でも…タクヤくんのためなら…
インキャでも…頑張る…」
クロエの必死な姿が、健気で、そして何よりも愛おしかった。
◇ ◇ ◇
翌日の朝、俺はアナスタシアをあやしていた。
生後一年と一カ月になった彼女は、日に日に表情が豊かになっている。
小さな顔に、様々な感情が浮かんでは消えていく。
俺の顔を見ると、きゃきゃっと高い声で笑ってくれる。
その笑い声は、まるで天使の歌声のように美しく、心を癒してくれる。
「可愛いな」
思わず漏れてしまった。
娘の無邪気な笑顔を見ていると、心の奥底から温かいものが湧き上がってくる。
どんな辛いことがあっても、どんな困難が待っていても、この笑顔があれば乗り越えられる。
この小さな命を守るためなら、俺は何でもできる。
リオネルも、最近大きな成長を見せていた。
伝い歩きができるようになって、今は俺の足に小さな手で捕まりながら、よちよちと不安定に歩いている。
「パーパ、パーパ」
リオネルが俺を見上げて、嬉しそうに声をかけてくる。
その姿が、とても、本当にとても愛らしい。
父親として、こんなに幸せなことがあるだろうか。
俺は、リオネルのハーフエルフの耳に、優しく触れてみた。
少し尖った、小さな、可愛らしい耳だ。
「くすくす」
リオネルがくすぐったそうに笑う。
その笑い声が、部屋中に響き渡る。
その笑い声が、俺の心を深く、深く温めてくれる。
ハーフエルフとして生まれた息子が、こんなにも健康に、幸せそうに成長してくれていることが、何よりも嬉しい。
「タクヤさん」
ルナが、顔を真っ赤に染めながら俺に近づいてくる。
彼女の長い耳が、見たこともないほど赤く染まっている。
エルフの耳は感情を表すバロメーターのようなもので、今のルナの耳の赤さは、彼女がどれほど恥ずかしがっているかを如実に物語っていた。
「あの」
ルナは恥ずかしいのか、視線を下に向けている。
声は、いつもの穏やかさに加えて、微かな震えが混じっていた。
「久しぶりに、しませんか?」
彼女の声は、普段よりも少し高く、震えている。
「それに、2人目も…そろそろ欲しいですし…」
ルナの誘いを聞いて、俺は心の底から嬉しくなった。
彼女も、家族を増やしたいと思ってくれているのだ。
リオネルに弟か妹を作ってあげたいと。
「もちろんだ」
俺がルナの手を優しく取る。
その手は、温かく、そして微かに震えていた。
◇ ◇ ◇
その夜、俺たちは久しぶりに夫婦として過ごした。
ルナは、いつも優しく、母性的で、包容力がある。
彼女と一緒にいると、まるで温かい毛布に包まれているような安心感を覚える。
でも、今夜は少し違った。
いつもとは何かが違う、特別な夜だった。
「タクヤさん…」
その声は、恥ずかしさで震えている。
いつもの落ち着いた彼女からは想像もできないほど、感情が露わになっていた。
「私…恥ずかしいです…こんなに恥ずかしいの、久しぶりかもしれません…」
彼女の顔が、月明かりの中でも分かるほど真っ赤になっている。
首筋まで赤く染まり、耳は燃えるように熱い。
でも、その目には、明らかな期待の光も宿っていた。
恥ずかしさと、欲望と、愛情が複雑に入り混じった、女性としての表情だった。
「大丈夫だ」
俺がルナを優しく抱きしめる。
彼女の体は、いつもより熱く、柔らかい。
「んっ…」
ルナの口から、小さな、甘い声が漏れる。
「こんな声…出てしまって…」
彼女が恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら俺の胸に顔を埋める。
「普段は…こんな声、出さないのに…」
でも、彼女の体は正直だった。
「タクヤさん…もっと…」
その言葉を聞いて、俺は驚いた。
いつも控えめで、自分から要求することのないルナが、こんなに積極的になるなんて。
「恥ずかしいですけど…」
その声は、欲望で震えていた。
「あなたのこと…愛してるから…もっと、もっと感じたいんです…」
ルナの母性的な優しさと、女性としての情熱に包まれて、俺は心から幸福を感じた。
「タクヤさん、もっと家族が増えたらいいですね」
俺の腕の中で、満足そうに、幸せそうに呟くルナ。
でも、その顔はまだ赤く、恥ずかしさが残っている。
「ああ、そうだな。
みんなで仲良く暮らしていけたらいいな」
◇ ◇ ◇
エリカとも、親密な時間を過ごした。
彼女は情熱的で、明るく、俺への愛情を素直に、ストレートに表現してくれる。
「タクヤ、私、あなたのことが本当に、本当に大好き」
エリカが俺を真っ直ぐに見つめながら、力強く言う。
その目は、愛情で輝いている。
「俺もだ。君といると、心が躍るよ。毎日が楽しくなる」
「もっと、もっと愛して」
エリカが俺にせがむ。
その積極性が、俺を夢中にさせる。
◇ ◇ ◇
最近、ミミと遊ぶ機会が少なかったことに気づいた
俺は、彼女と一緒に時間を過ごすことにした。
「ミミ、みんなで遊ぼうか」
俺が提案すると、ミミが目を大きく、キラキラと輝かせた。
その瞳には、純粋な喜びが満ちていた。
「ほんとうなの、タクヤにぃ!」
彼女は嬉しそうに、腕を激しく振っていた。
その腕の動きは、まるでプロペラのようだった。
「タクヤにぃ、夢みたい! 夢じゃないよね!」
ミミの純粋な喜びが、ダイレクトに俺の心に伝わってくる。
彼女の笑顔を見ていると、心が温かくなる。
元奴隷として辛い過去を持つ彼女が、今はこんなにも幸せそうにしていることが、何よりも嬉しい。
俺たちは、エリカとオルテンシアも誘って、4人で外に出た。
村の広場で、鬼ごっこをすることにした。
「じゃあ、最初は私が鬼ね。
みんな、覚悟してよね。私、結構速いんだから」
エリカが鬼か。
まあ、怒ると鬼みたいになるし、適任かもしれない。
「ちょっと…タクヤ!」
「ひっ! ごめんなさい!」
彼女はまるで俺の心をのぞいたかようにに、俺を怒鳴る。
いや、顔に出ていたのかもしれない。
「待って」
オルテンシアが優雅に手を上げる。
その仕草は、まるで宮廷での質問のようだった。
「鬼ごっこって、何? アタシ、聞いたことないわ」
「え? 知らないの?」
「知らないわ」
堂々と、さも当然かのように答えるオルテンシア。
「貴族は、そういう庶民の遊びはしないもの。
レーヴェン家では、もっと高貴な遊びをしていたわ。チェスとか、詩の朗読会とか、優雅な舞踏会とか」
「じゃあ、教えてあげる。
鬼が他の人を追いかけて、捕まえるの。捕まえたら、その人が次の鬼になるのよ。簡単でしょ?」
「ふーん」
オルテンシアが、まるで高度な戦術を聞いているかのような真剣な表情で頷く。
たぶんわかってない。
「つまり、アタシが走って逃げればいいのね。貴族の優雅さを保ちながら」
わかってる…だと。
「そうそう」
「簡単じゃない」
オルテンシアは豊満な胸を張り上げて、自信満々そうだった。
「貴族のアタシには、余裕よ。
レーヴェン家の血筋は、運動能力も優れているの。先祖代々、騎士として活躍してきた名門なのよ」
「じゃあ、始めるわよ」
エリカが鬼の構えを取る。
「いくわよ!」
エリカが俺たちに向かって、風のように走ってくる。
その速度は、驚くほど速い。
まるで獣のような俊敏さだ。
「きゃあ」
ミミが嬉しそうに、高い声で叫びながら逃げる。
その動きは軽やかで、まるで小動物のようだ。
俺も走り出す。
オルテンシアも、全力で、貴族の威厳を保ちながら走っている。
でも、彼女の走り方は完全に直線的で、方向転換という概念が存在しないかのようだった。
まるでまっすぐにしか進めない馬車のように。
エリカは身軽で、素早く方向転換しながら巧妙に追いかけてくる。
「捕まえてごらんなさい」
オルテンシアは挑戦的であったが、そのまま行くと絶対に捕まることをわかっていない。
煽るだけ捕まるリスクが上がるというのに。
俺は瞬間移動を使って逃げようとしたが、エリカが「ズルい! 瞬間移動禁止!」と大きな声で抗議したので、封印することにした。
「タクヤ、そこ!」
エリカが俺に向かって全速力で突進してくる。
俺は横に跳んで、ギリギリで回避する。
「おっと」
でも、エリカの反応は驚くほど速い。
すぐに方向転換して、まるで獲物を追う猫のように、再び追いかけてくる。
その時、オルテンシアが派手に転んでしまった。
「あたた…」
彼女が地面に座り込む。
スカートが土で汚れている。
「大丈夫か?」
オルテンシアが心配だ。
泣いているかもしれない。
その隙に、エリカが俺の背中にタッチした。
「捕まえた!」
エリカは得意げに、ガッツポーズをしている。
今のはなしだと言いたかったが、この笑顔を崩したくない。
「タクヤが次の鬼ね」
「分かった」
オルテンシアも立ち上がって、優雅に体の土を払っている。
「なんで転んじゃったのかしら? 貴族のアタシが、こんな庶民的な失敗をするなんて」
彼女は不思議そうに、本当に理解できない様子だ。
「足元に石があったからだよ」
「石?」
オルテンシアが辺りをキョロキョロと見回す。
結構でかい石だ。
他の石と比べるとよくわかるほどに。
「どこに? アタシには見えないわ」
「そこの小さい石だ」
「ああ、これね」
オルテンシアはその石を、まるで貴重な宝石でも拾うかのように丁寧に拾い上げた。
「この石が悪いのね。貴族のアタシを転ばせるなんて、とんでもない石だわ」
そして……
オルテンシアが石に向かって、真剣な表情で話しかけ始めた。
「石さん、人を転ばせちゃダメよ」
彼女は石を目の前に掲げて、まるで説教するかのように真剣な口調で言った。
俺には訳がわからなかった。
何をしているのかも、どうしてそんなことをしているのかも、なにもかもがだ。
「アタシは貴族なのよ。レーヴェン家の、由緒正しい名門の出身なのよ。
貴族に怪我をさせたら、大変なことになるんだから。あなた、処刑されちゃうわよ」
「オルテンシア、石は話を聞いてないよ」
俺はもうオルテンシアのバカさ具合に呆れかけている。
でも、それも面白い。
「えー、どうして?」
オルテンシアは、心底不思議そうだった。
「だって、石さん、ここにいるじゃない。ちゃんと存在してるじゃない」
「石は生き物じゃないからだ」
俺はできるだけ分かりやすく説明しようした。
「でも、ここにあるじゃない」
オルテンシアが石を見つめる。
その目は、まるで生きている何かを見つめるかのようだった。
「生きてるから、ここにいるんでしょ?
死んでたら、消えてなくなるはずよ。お母様だってお父様だって消えたじゃない。だから死んだものは消えるって」
「それは違う…」
俺が説明しようとしたが、すぐに諦めた。
オルテンシアの独特な論理を修正するのは、もはや不可能に近い。
彼女の思考回路は、別次元で動いているのだ。
「まあ、いいわ」
オルテンシアが石を丁寧にポケットに入れた。
「この石、アタシが教育してあげるわ。貴族の高貴さを教えて、礼儀作法を叩き込んで、二度と人を転ばせないようにするの。
毎日お説教して、立派な石に育ててあげるわ」
「石は教育できないわよ」
エリカが完全に呆れたような表情で苦笑いを浮かべる。
「えー、どうして?」
オルテンシアは本当に石が生きていると思っているらしい。
こんなの見られたら、貴族として恥ずかしいよ。
「だって、石には耳がないでしょ?」
そういうことじゃない。
もっとこう…心臓がないとか…感情がないとかあるだろ。
「耳がないから、話を聞けないの。音が聞こえないの」
「じゃあ、耳を作ってあげればいいじゃない」
オルテンシアは、まるで完璧な解決策を思いついたかのように自信満々に言った。
「石に耳を作るの? どうやって?」
「彫刻で耳の形を作ればいいのよ。アタシの家には、優秀な彫刻師がいたわ。石に美しい耳を彫ってもらうの。そうすれば、石も話を聞けるようになるわ。あっ、でももういないんだった」
「……」
急に明るい雰囲気が豹変した。
完全にお通夜ムードだ。
家族を失ったオルテンシアに家族を思い出させるようなことを言ってはいけないと改めて思う。
「それでも聞けないと思うけど…」
エリカはこの空気を壊すために、話を戻してくれた。
「まあ、好きにすれば。オルテンシアの世界では、それが正しいのかもしれないし」
◇ ◇ ◇
今度は俺が鬼になった。
みんなを追いかける。
ミミは小さな体で、驚くほど巧妙に隠れながら逃げている。
彼女の動きは、本当に、異常なまでに素早い。
木の陰に隠れたり、草むらに潜んだり。
まるで、野生動物のような、本能的な機敏さだった。
「ミミ、どこだ」
俺が周囲を見回しながら探す。
「ここだよ、タクヤにぃ」
ミミが木の後ろから、いたずらっぽく顔を出す。
その笑顔は、純粋な喜びに満ちていた。
でも、俺が近づくと、彼女はまるで風のように、一瞬で別の場所に移動してしまう。
その速度が、子供とは思えないほど、異常に速い。
エリカは、全力で、まるで獣のように走りながら逃げている。
「捕まえてみなさい」
彼女の声は挑発的だったが、楽しそうだった。
「タクヤじゃ、私には追いつけないわよ。私、昔から足速かったんだから」
俺も全力で走る。
でも、エリカは身軽で、方向転換が本当に巧みだ。なかなか捕まえられない。
オルテンシアは、力強い走りで、ひたすら直線的に逃げている。
「アタシは速いのよ。
貴族の血筋は、運動能力も優れているの。先祖代々、戦場で活躍してきた騎士の血が流れているのよ」
でも、彼女は方向転換が絶望的に苦手だ。
俺は、オルテンシアを追い詰めることにした。
「待て、オルテンシア」
「待たないわよ。貴族は諦めないの」
オルテンシアが必死に、威厳を保ちながら全力で走る。
でも、俺の方が速い。
経験も、技術も上だ。
だんだんと距離が縮まっていく。
三メートル、二メートル、一メートル……
「きゃあ」
オルテンシアが慌てて方向転換しようとして、また派手に転んでしまった。
「あたた…」
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。貴族はこのくらいじゃ傷つかないわ」
オルテンシアが立ち上がる。
スカートがさらに汚れている。
「でも、なんでまた転んだのかしら。不思議だわ」
「方向転換が急すぎたからだよ。
もっとゆっくり、滑らかに曲がらないと」
「でも、ゆっくりだと捕まっちゃうじゃない」
オルテンシアが不満そうに、論理的(?)に反論する。
「じゃあ、どうすればいいの? 貴族のアタシに、良い方法を教えなさい!」
「練習が必要だな」
曲がる練習とはなんだろう?
必死に考えた結果がこれだ。
「何度も繰り返して、体で覚えるんだ。それしかない」
「えー、大変」
オルテンシアは子供のように大げさにため息をついた。
「貴族のアタシが、そんな庶民的な、地道な練習をしないといけないの? 庶民に見られたら、恥ずかしいわ」
「鬼ごっこが上手くなりたいなら、必要だよ」
「まあ、仕方ないわね」
オルテンシアは渋々、でも決意を込めて頷いた。
「貴族のプライドにかけて、上手くなってみせるわ。レーヴェン家の名に恥じない、完璧な鬼ごっこプレイヤーになるのよ」
◇ ◇ ◇
次に、ミミが鬼になった。
彼女が俺たちを追いかけてくる時のことだった。
俺は、ミミの動きに明らかな違和感を覚えた。
何かがおかしい。普通の子供の動きではない。
彼女の走り方が、異常に、信じられないほど素早い。
しかも、よく観察すると、時々空中に浮いているような瞬間がある。
足が地面から離れて、まるで重力を無視しているような、不思議な、超常的な動きだった。
ミミが俺に向かって、全力で走ってくる。
その速度は、十一歳の子供とは思えないほど速い。
いや、大人でもこんなに速く走れる人間は少ない。
「待てー、タクヤにぃ」
ミミが楽しそうに、純粋な喜びを込めて叫ぶ。
彼女の足が、地面を蹴るたびに、確かに、明らかに少し浮いているように見える。
まるで、風に乗っているかのような、羽根のような軽やかさだった。
最初は見間違いかと思った。
しかし、何度も観察してみると、もはや確信に変わった。
ミミが無詠唱で魔法を使っている。
風魔法で自分の体を軽くして、移動速度を劇的に上げているのだ。
それも、完全に、本人も気づいていない無意識で。
「ミミ」
俺が彼女を呼び止める。
声には、驚きと興奮が混じっていた。
「今、魔法を使ったか?」
「え?」
ミミが驚いた顔をする。
その表情は、本当に何も分かっていないという純粋な困惑に満ちていた。
「魔法なに、タクヤにぃ?」
彼女の頭が、困惑したように、左右に不規則に揺れている。
彼女は、自分が魔法を使っていることに、全く、完全に気づいていないようだった。
無意識に、本能的に、呼吸をするように自然に魔法を発動していたのだ。
これは……これは、とんでもない、計り知れない才能だった。
無詠唱魔法を使えるのは、世界でも極めて稀な、千人に一人、いや一万人に一人の天才だけだ。
ミスティのような、特別な、選ばれた存在だけが持つ能力だった。
それを、元奴隷のドワーフの少女が、しかも十一歳の子供が、無意識に、自然に使っているなんて。
俺の心は興奮で激しく震えた。
鼓動が早くなり、呼吸が荒くなる。
ミミには、計り知れない、無限の可能性がある。
「ミミ、君にはすごい才能があるよ」
興奮を抑えながら、できるだけ優しく彼女に伝えようとする。
「今使っていたのは、無詠唱魔法という特別な力なんだ。
世界でも、ほんの一握りの人だけが使える、奇跡のような力なんだよ」
「むえいしょーまほー?」
ミミは、興味深そうに目を輝かせていた。
「それって、すごいの!? 私、すごいことができるの?」
「とてもすごいことだ。
普通の人には、絶対にできないことなんだ。世界でも、ほんの一握りの天才だけが使える、特別な力だ。君は、選ばれた存在なんだよ」
ミミの目が、希望の光で輝いた。
まるで暗闇の中に差し込んだ一筋の光を見つけたような、神々しい、眩いばかりの輝きだった。
元奴隷として、虐待され、人族扱いされず、辛い、想像を絶する経験をしてきた彼女にとって、自分に特別な才能があると知ることは、人生を根本から変えるほどの、革命的な大発見だろう。
「私も…私も、みんなの役に立てる?」
涙が目に溢れ、頬を伝って落ちていく。
「私も、タクヤにぃやルナねぇたちの力になれるの?
奴隷じゃない、ゴミじゃない、ちゃんとした人族として…価値のある存在として…」
「もちろんだ」
「君には、無限の可能性がある。
適切な訓練を受ければ、きっと、世界最高クラスの素晴らしい魔法使いになれる」
ミミが俺の胸に飛び込んできた。
その小さな体は、嗚咽で震えている。
「タクヤにぃ、ありがとう! 大好き!」
彼女が泣きながら、必死に言う。
「私、頑張る! 一生懸命頑張る! みんなのお役に立てるように!
奴隷じゃない、ちゃんとした人族になれるように!」
俺は、ミミを優しく、温かく抱きしめた。
この子の未来は、きっと明るい。
輝いている。
辛い過去を乗り越えて、希望に満ちた、素晴らしい将来が待っている。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、俺はミスティの支部を訪れた。
彼女は、魔神の監視業務の報告書を書いている最中で、少し忙しそうだった。
「あら、おじさん」
ミスティはメスガキモード全開で、わざとらしく驚いた表情を作っている
「何の用よ。わざわざあたいに会いに来たの?
嬉しいなぁ〜。もしかして、あたいのこと好きになっちゃった?」
彼女がニヤニヤしながら、俺の顔を覗き込んでくる。
「ミミのことで相談がある」
「ミミ? ああ、あのちっちゃいドワーフの子ね」
ミスティが興味を示す。
その表情が、少し真剣になる。
「あんた、まさかあの子に変なことしてないでしょうね。ロリコンだったら、あたい許さないわよ」
「してないよ」
少しがっかりしているのは何故だろう。
「真面目な話なんだ」
俺がミミの才能について……無詠唱で風魔法を使っていたこと、本人も気づいていないこと、その異常な速さ……を詳しく説明すると、ミスティの表情が劇的に変わった。
「無詠唱魔法を? しかも無意識で?」
彼女が驚きで目を見開く。
その瞳には、明らかな嫉妬と興奮が混ざっていた。
「それは…それは、本当にすごい才能よ!
しかも無意識で使ってるなんて…」
ミスティが真剣に考え込む。
その表情は、普段のメスガキモードとは全く違う、プロの魔法使いの顔だった。
「あたい以上の天才かもしれないわね」
そこまで言って、彼女がハッとする。
「でも、それは悔しいわ。すごく悔しい。あたいこそが、世界一の天才なのに。あたいが、一番すごいはずなのに」
メスガキ特有の負けず嫌いが、全開で発動している。
「君が指導してもらえないか?」
渋々頭を下げた。
「同じ才能を持つ君なら、適切な指導ができるはずだ。ミミを、正しく導いてあげられるのは、君しかいない」
ミスティは少し考えてから、顔を真っ赤に染めた。
「ま、まあ…あんたが、そんなふうに頼むなら…
仕方ないわね。あたい、優しいから。あんたのお願いだから、特別に聞いてあげるわ」
「でも、あんた、あたいに大きな借りができたわよ」
ミスティがニヤニヤしながら、意地悪そうに俺に近づいてくる。
その距離は、やけに近い。
「どう返してくれるの? ねえ、どうするの?」
「借りって…」
「あんた、本当に鈍感すぎ。どんだけ鈍いのよ」
ミスティが不満そうに、頬を膨らませながら言う。
「あたいが、あんたのためにわざわざ支部まで作って。
こんな田舎に、何もない辺境の地に来てあげてるのに。
毎日魔神の監視して、あんたたちを守ってあげてるのに」
「全然、全然感謝の気持ちがないじゃない。お礼の一つもないじゃない」
「感謝してるよ」
これで満足なのか?
「いつもありがとう、ミスティ。君がいてくれて、本当に助かってる」
「…ばか」
ミスティが顔を真っ赤にして、俯く。
「そういうんじゃなくて…言葉じゃなくて…」
彼女が小さく、か細い声で呟く。
「もっと…こう…形に残るような…」
「何?」
「何でもないわよ!」
慌てているのか、大声だった。
「とにかく、チビドワーフの指導は引き受けるわ」
「天才同士、教え合うのも悪くないし。後輩の指導をするのは先輩の義務でもあるしね」
「それに…あんたが頼んでくれたから…嬉しかった…」
でも、ミスティの目は、どこか寂しそうだった。
まるで、本当に欲しい答えが得られなかったかのように。
◇ ◇ ◇
翌日、俺はミミを連れてミスティの支部を訪れた。
ミミは緊張で手が震えていて、俺の手を強く握りしめている。
ミスティは、支部の前で腕を組んで、まるで教官のように待っていた。
「あんたが、チビドワーフね」
ミスティがミミを上から下まで、値踏みするように見下ろす。
「ちっちゃいわね。本当にちっちゃい。あたいより小さいじゃない」
「は、はい」
ミミは緊張していたがら震える声でちゃんと自己紹介ができた。
「あの、よろしくお願い、します、ミスティせんせぇ」
彼女が深々とお辞儀をする。
「先生って呼ばれるの、何か変な感じ。くすぐったいわ」
ミスティが照れている。
「でも、まあ、あたいは天才だから、教えるのは得意よ。誰よりも上手に教えられるわ。
あんたも、頑張って学びなさい。あたいの教え方は厳しいわよ」
「はい!」
ミミが真剣な顔で、目を輝かせながら答える。
ミスティが、ミミの魔力を確認し始める。
やはり、魔法となると真剣になるのか。
「ちょっと、魔力を出してみて。感じてみて」
「ど、どうやって…」
「分からないなら、走ってみて」
走ることと、魔力出力にどんな関係が?
「昨日、鬼ごっこした時みたいに。思いっきり速く走って」
ミミが走り出す。
すると、また無意識に風魔法が発動した。
彼女の体がふわりと軽くなり、速度が目に見えて上がる。まるで風になったかのように。
「やっぱり…」
ミスティが驚きを隠せない様子で、目を見開いて呟く。
「完全に無意識で使ってる。意識することなく、呼吸みたいに自然に。
あたいですら、最初は意識して使ってたのに。練習が必要だったのに。これは…本物の天才ね。本物の、生まれながらの天才」
ミスティの目に、嫉妬と尊敬と、そして闘志が複雑に混ざり合っている。
「でも、あたいが負けるわけないわ」
ミスティが気合を入れ直す。
拳を握りしめる。
「あたいは、世界一の天才なんだから。誰にも負けない
「チビドワーフ、今日から特訓よ。あたいが、あんたを最高の魔法使いに育ててあげる」
「はい!」
ミミの声には決意がこもっていた。
「じゃあ、まずは魔力のコントロールから」
ミスティが説明を始めた。
その声は、いつものメスガキモードとは違う、真剣な教師の声だった。
「魔力っていうのは、体の中にあるエネルギーなの。生命力みたいなもの。
それを意識的に操るのが、魔法の基本よ。一番大切な基礎」
ミミは真剣に、一言も聞き逃すまいと集中している。
「あんたは、無意識で使ってるから、まずは意識して使えるようにならないと。無意識だと、制御できないから危険なの」
「は、はい」
「目を閉じて」
珍しく優しい指示であった。
俺もいつかあんなふうに優しくされるのだろうか。
「自分の体の中を感じてみて。深く、深く集中して。 温かいものが流れてるのが分かる? 血液とは違う、もっと不思議な流れ」
ミミが目を閉じる。
しばらくして、彼女が驚いたような、感動したような顔をした。
「あ…何か…感じる…
すごい…体の中に、温かいものが…」
「それが魔力よ」
ミスティは興奮を抑えながら説明している。
「それを意識的に動かしてみて。手に集めてみて」
ミミが必死に集中する。
彼女の周りの空気が、微かに、しかし確実に揺れ始めた。
「すごい…」
ミスティが呟く。その声は、驚きと嫉妬に満ちていた。
「もう感じ取れてる…一回であたいが最初に感じ取るまで、一週間かかったのに…」
「ミスティせんせぃに比べたら、まだまだです」
「あたいは…」
ミスティの表情が、複雑に歪む。
嫉妬と、教え子への期待と、自分への挑戦心と、そして何よりも、負けたくないという強い想いが混ざり合っている。
「でも、あたいは負けないわ。絶対に」
ミスティが決意を新たにする。
目に炎が宿る。
「あたいが、あんたを最高の魔法使いに育ててあげる。
そして、あたいが世界一の先生だって、おじさんに…みんなに証明するの」
「よろしくお願いします、ミスティせんせぃ」
ミミが深々とお辞儀をする。
その姿は、純粋な敬意に満ちていた。
その姿を見て、ミスティの顔が少し、微かに赤くなった。
「ま、まあ、当然よね」
ミスティは照れ隠しのように、わざとぶっきらぼうに言った。
「あたいは天才だから。教えるのも天才だから」
俺は、二人の様子を少し離れた場所から見守っていた。
ミスティは、口ではメスガキな態度を取っているが、実は本気で、心の底からミミのことを指導しようとしている。
そして、ミミも、真剣に、人生をかけて学ぼうとしている。
この二人なら、きっと素晴らしい師弟関係を築けるだろう。
◇ ◇ ◇
その夜、俺は妻たちと一緒に夕食を取った。
みんなで笑い、語り合い、子供たちをあやす。
これが、俺の求めていた日常だった。
平和で、温かくて、愛に満ちた時間。
リオネルとアナスタシアの笑い声が、部屋中に響き渡る。
ミミは、今日の訓練のことを嬉しそうに話している。
「タクヤにぃ、ミスティせんせぃ、すごく優しかった。厳しいけど、優しくて、丁寧に教えてくれたの。私、頑張る!」
オルテンシアは、相変わらず石に話しかけている。
「石さん、今日はいい子にしてた?」
ルナ、エリカ、クロエ、ユリエルは、俺を温かい目で見つめている。
家族全員が、ここにいる。
でも、俺の心の奥底では分かっていた。
この平穏は、いつまで続くか分からない。
魔神の脅威は、まだ去っていない。
ハルカも、テレサスニカも、他の魔神たちも。
いつか、また戦いが始まるだろう。
でも、その時が来るまで、俺は家族との時間を大切にしようと思った。
そして、戦いが始まった時には、この家族を守るために全力で戦う。
それが、俺の使命だから。
俺は、妻たちの笑顔を、子供たちの無邪気な顔を見つめた。
この笑顔を守るために、俺は何でもする。
たとえ、世界を敵に回しても。
たとえ、自分の命を失っても。
家族だけは、絶対に守り抜く。
それが、俺の決意だった。




