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番外編「狂気の独白」


―リリー視点― 


 瓦礫の山の中で、わたしはただ座り込んでいた。


 崩壊した家の残骸が、わたしの周りに散乱している。

 焼け焦げた木材、砕けた石、割れた窓ガラスの破片…かつてはタクヤと二人きりの楽園だった場所が、今は廃墟と化していた。


 わたしの体は傷だらけだった。

 服は破れ、髪は乱れ、全身が埃と灰にまみれている。

 でも、痛みなど感じない。

 いや、感じる必要がない。


 だって…わたしの心の痛みに比べれば、肉体の痛みなんて、何でもないのだから。


「タクヤ…」


 わたしは、虚ろな目で虚空を見つめながら呟いた。


 タクヤは、行ってしまった。

 わたしの元から、去ってしまった。

 あの邪魔者たちに、奪われてしまった。


「どうして…どうしてかな…」


 涙が、頬を伝って落ちる。

 でも、もう涙を拭う気力もない。

 ただ、涙が流れるに任せている。


 空が、灰色に見えた。

 世界のすべてが、色を失っているように見えた。

 タクヤがいない世界は…こんなにも、無意味で、空虚なのだ。


 どれくらい時間が経ったのだろう。

 数時間なのか、数日なのか…もう、分からない。


 わたしはただ、瓦礫の中に座り込んだまま、動くこともできずにいた。

 食べることも、飲むことも、眠ることも…すべてが、どうでもよくなっていた。


 タクヤがいない世界で、生きている意味なんて、あるのだろうか。


「…かな」


 その時だった。


『リリー?』


 優しい声が、聞こえてきた。


 その声は…タクヤの声だった。

 わたしは、はっと顔を上げた。

 そこに、タクヤが立っていた。


 優しい笑顔で、わたしを見下ろしているタクヤが…


「タクヤ!」


 わたしは飛び上がり、タクヤに抱きついた。

 その体温が、胸に伝わってくる。

 その匂いが、鼻をくすぐる。

 ああ、やっぱりタクヤは戻ってきてくれたんだ。

 わたしの元に、帰ってきてくれたんだ。


「待ってたかな♡ ずっと、ずっと待ってたかな♡」


 わたしは嬉しさのあまり、タクヤの首に腕を回して、力いっぱい抱きしめた。


「もう離さないかな♡ 二度と、離さないかな♡」


 でも…タクヤは何も言わない。


 不思議に思って顔を上げると、タクヤの姿が歪んで見えた。

 まるで水面に映った像のように、ゆらゆらと揺れている。


 そして次の瞬間…タクヤの姿が、霧のように消えていった。


「え…?」


 わたしは、空中に手を伸ばした。

 でも、そこには何もない。

 ただ、冷たい空気が手のひらを撫でるだけだった。


「タクヤ…? どこ、かな…?」


 わたしは周囲を見回した。

 でも、どこにもタクヤの姿はない。


 幻覚だったのだ。


 わたしが見たのは…ただの、幻だったのだ。


「いや…いや、いやいやいや…」


 わたしは頭を抱えて、その場にうずくまった。


 タクヤは、いない。


 ここには、いない。


 もう、わたしの元には…戻ってこないのだ。


「タクヤ…タクヤ、タクヤ…」


 わたしは、彼の名前を何度も何度も呟いた。

 まるで呪文のように、祈りのように、タクヤの名前を唱え続けた。


 そうすれば…もしかしたら、彼が戻ってきてくれるかもしれない。


 そう信じて、わたしは彼の名を呼び続けた。




 ◇ ◇ ◇




 それから、わたしは頻繁にタクヤを見るようになった。

 崩れた壁の向こうに、彼の姿が見える。


『リリー、こっちだよ』


 タクヤが、優しく手を差し伸べてくる。

 わたしは嬉しくなって、駆け寄ろうとする。

 でも、近づくと…その姿は消えてしまう。


 何度も、何度も。

 タクヤが現れては、消える。

 現れては、消える。


「待って…待ってかな…行かないでかな…」


 わたしは、消えていく幻影に向かって手を伸ばす。

 でも、届かない。

 決して、届かない。




 ◇ ◇ ◇




 夜になると、タクヤが隣に座っているように感じた。


『リリー、大丈夫?』


 彼が優しく声をかけてくる。


「大丈夫かな♡ タクヤがいれば、わたしは大丈夫かな♡」


 わたしは、何もない空間に向かって話しかけた。

 そして、見えない彼の手を握ろうとする。

 でも、そこには何もない。

 ただ、冷たい空気があるだけだった。


「タクヤ…温かいかな…」


 わたしは、空中に向かって微笑んだ。

 幻だと分かっている。

 これは現実じゃないと、頭では理解している。


 でも…それでも、いいのだ。

 幻でも、偽物でも…タクヤの姿を見られるなら、それで満足だった。

 本物のタクヤがいないなら、せめて幻のタクヤと一緒にいたい。


 それが、わたしの唯一の慰めだった。




 ◇ ◇ ◇




 ある夜、月明かりが廃墟を照らしていた。

 わたしは、瓦礫の中に座り込んでいた。

 いつものように、タクヤの幻影を見つめながら。


「リリー」


 タクヤが、わたしの目の前に現れた。

 いつもより、はっきりと見える。

 まるで本物のように、鮮明に見えた。


「タクヤ…♡」


 わたしの心臓が、激しく高鳴った。

 今日のタクヤは、特別に見える。

 本当に、ここにいるような気がする。


「リリー、大好きだよ」


 タクヤが、優しく微笑んだ。


 その言葉に、わたしの胸が熱くなった。

 涙が溢れそうになるのを、必死に堪える。


「わたしも…わたしも、大好きかな♡」

「ねえ、タクヤ…」


 わたしは、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、タクヤに近づいていく。


 一歩、また一歩と。


 心臓の鼓動が、どんどん速くなっていく。


「キス、して…かな♡」


 わたしは、タクヤの目の前まで来た。


 彼の顔が、すぐそこにある。

 その優しい瞳が、わたしを見つめている。

 その唇が、わたしを誘っている。


「タクヤ…♡」


 わたしは、目を閉じた。

 そして、ゆっくりと顔を近づけていく。


 タクヤの唇が、もうすぐそこに…


 あと少し、あと少しで…


 わたしの唇が、タクヤの唇に…


 …触れる、直前。


 スッ…


 タクヤの姿が、消えた。

 霧が晴れるように、煙が消えるように…何の前触れもなく、突然に。

 わたしの唇は、冷たい空気に触れただけだった。


「…え?」


 わたしは、目を開けた。

 そこには…何もなかった。

 タクヤの姿は、跡形もなく消えていた。


「タク、ヤ…?」


 わたしは、虚空に向かって手を伸ばした。

 でも、何も掴めない。

 ただ、空しく手が宙を切るだけだった。


「どこ…どこに行ったのかな…?

 タクヤ…戻ってきて、かな…

 お願い…お願い、かな…」


 でも、タクヤは現れない。


 静寂だけが、わたしを包んでいた。


「いや…いや、いや…」


 涙が、止めどなく溢れ出す。

 胸が、引き裂かれるように痛む。


「どうして…どうして消えちゃうのかな…

 わたしは…ただキスがしたかっただけなのに…

 タクヤの唇に…触れたかっただけなのに…」


 わたしは、両手で顔を覆った。

 嗚咽が、喉から漏れる。

 全身が震え、呼吸が乱れる。


 触れられない。

 キスすらできない。

 愛する人に、触れることすら…許されないのだ。


「ひどい…ひどいかな…」

「どうして…どうして、わたしだけ…

 どうして、こんな目に遭わなきゃいけないのかな…」


 その時…わたしの心の中で、何かが音を立てて壊れた。

 それは、最後まで残っていた…希望という名の、脆い硝子だった。


「…この世界が、悪いのかな」


 わたしは、ゆっくりと顔を上げた。

 涙に濡れた顔で、夜空を見上げる。


「この世界が…わたしとタクヤを、引き裂いたのかな」


 月が、冷たくわたしを照らしていた。

 まるで、嘲笑うかのように。


「あの邪魔者たちが…タクヤを奪ったのかな」


 わたしの声が、だんだんと変わっていく。

 悲しみから…憎悪へ。


「世界が…すべてが…わたしの敵、かな」


 わたしは、立ち上がった。

 涙は、まだ流れている。

 でも、その目には…燃えるような憎しみが宿っていた。


「タクヤを奪った世界…

 わたしの幸せを壊した世界…

 こんな世界…」


 わたしの魔力が、激しく膨れ上がっていく。

 怒り、憎しみ、悲しみ、絶望…すべての負の感情が、魔力となって溢れ出す。

 周囲の木々が、バキバキと音を立てて折れていく。

 大地が割れ、岩が砕ける。


「消えてしまえばいいかな」


 わたしは、狂ったように笑った。

 涙を流しながら、笑う。

 悲しみと憎しみが混ざり合った、歪んだ笑い。


「タクヤをわたしから奪った世界なんて…

 全部、全部、燃やして…壊して…消してやるかな」


 わたしの両手に、巨大な光球が現れた。

 それは、先ほどまでとは比べ物にならないほど、巨大で、強力で、恐ろしい光だった。


 憎悪の光。

 破壊の光。

 すべてを無に帰す、絶望の光。


「あははは! あはははははは!」


 わたしは、高らかに笑った。


「タクヤに触れられないなら…

 キスもできないなら…

 この世界に、存在する意味なんてないかな

 だったら…全部、壊してやる、かな」


 光球が、さらに膨れ上がっていく。

 もはや、制御する気もない。

 ただ、破壊の衝動に身を任せていた。


「世界が憎いかな。人族が憎いかな。

 タクヤを奪った、すべてが憎いかな」


 わたしは、空に向かって光球を放とうとした。


 でも…その瞬間。


『リリー』


 タクヤの声が、聞こえた気がした。

 わたしは、はっと手を止めた。


「タク、ヤ…?」


 振り返ると、そこにタクヤが立っていた。

 悲しそうな顔で、わたしを見つめている。


『そんなことをしたら…ダメだよ』

「でも…でも…わたしは…タクヤに触れたいだけなのに…

 キスがしたいだけなのに…」

「どうして…どうしてかな…」


 涙が、また溢れてきた。


 光球が、ゆっくりと小さくなっていく。


「タクヤ…」


 わたしは、幻影に向かって手を伸ばした。


「わたしは…どうすればいいのかな…」


 でも、タクヤは何も答えない。

 ただ、悲しそうに微笑んでいるだけだった。

 そして…また、消えていった。


「待って…待ってかな…っ!」


 わたしは、叫んだ。


 でも、もう遅かった。

 タクヤは、消えてしまった。


「いや…いやああああああっ!!」


 わたしは、その場に崩れ落ちた。

 全身から力が抜け、もう立っていられない。


「タクヤ…タクヤ…」


 わたしは、彼の名前を呼び続けた。


 涙が、地面に落ちる。

 一人、廃墟の中で、わたしは泣き続けた。

 愛する人に触れることもできず、キスすることもできず…ただ、幻影を見ることしかできない。

 こんな残酷な運命が、あるだろうか。


「この世界が…すべて悪い、かな…」


 わたしは、涙に濡れた顔で呟いた。


「わたしとタクヤの…幸せを奪った…

 許さない…絶対に、許さない、かな…」


 憎しみが、心の中で燃え続けている。

 世界への…すべてへの、深い憎しみが。


 でも、今は…力が出ない。

 ただ、泣くことしかできない。

 わたしは、廃墟の中で、一人…泣き続けた。




 ◇ ◇ ◇




 ある日、わたしは瓦礫の山に座り込んでいた。

 いつものように、タクヤの幻影を見つめながら、彼の名前を呟いていた。


 その時…足音が聞こえてきた。

 わたしは、ゆっくりと顔を上げた。


 そこには、一人の男が立っていた。

 旅人のような格好をした、中年の男だった。

 彼は崩れた家を見て、驚いた表情を浮かべていた。


「おい、大丈夫か? 怪我はないか?」


 男が、心配そうにわたしに声をかけてきた。

 わたしは、その男を見つめた。


 誰だ、この男は。


 何の用があって、ここに来たのだ。


「ここは危ないぞ。早く、村に戻った方がいい」


 男が、わたしに近づいてこようとする。

 その瞬間…わたしの中で、何かが弾けた。


「来るなかな。来ないでかな」


 男は、わたしの様子がおかしいことに気づいたようだった。

 足を止め、警戒した表情を浮かべる。


「おい、どうした? 何かあったのか?」

「来るなと…言ってる、かな」


 わたしの魔力が、体から溢れ出し始めた。

 空気が震え、地面にひび割れが走る。

 周囲の木々が、激しく揺れ始めた。


「な、何だ…?」


 男が、恐怖に顔を歪めた。

 でも…遅い。

 わたしの中の、狂気が…もう、止まらなかった。


「邪魔者かな。

 タクヤの…邪魔かな」

「おい、待て…」


 男が何か言おうとした、その瞬間。


「『光魔法:ラーテン』」


 わたしの手から、眩い光が放たれた。


 ゴォオオオオオッ!!


 光の奔流が、男を飲み込んだ。


 男は悲鳴を上げる間もなく、光に包まれた。

 そして…その体が、一瞬で灰になって消えていった。

 跡形もなく。

 何も残さずに。


 ただ、焼け焦げた地面だけが残った。


 わたしは、その光景を無表情で見つめていた。

 何も感じない。

 罪悪感も、後悔も、何も…

 ただ、邪魔者が消えた。

 それだけのことだった。


「邪魔者は…消えた、かな」


 そして、また瓦礫の上に座り込んだ。




 ◇ ◇ ◇

  



 それから、幻影はもっと頻繁に現れるようになった。


 朝、目を覚ますと、タクヤが隣で眠っている。


『おはよう、リリー』


 彼が微笑みかけてくる。


「おはよう、かな♡ タクヤ♡」


 わたしは、幻のタクヤに話しかけた。

 食事の時間になると、タクヤが向かいに座っている。


『美味しそうだね、リリー』

「タクヤのために…作った、かな♡」


 わたしは、何もない皿を前にして、幸せそうに微笑んだ。


 夜になると、タクヤがわたしを抱きしめてくれる。


『大好きだよ、リリー』

「わたしも…大好き、かな♡」


 わたしは、空中に向かって腕を伸ばした。

 そこには何もないのに、わたしにはタクヤの温もりが感じられた。


 幻だと、分かっている。

 これは現実じゃないと、理解している。


 でも…もう、どうでもよかった。

 現実と幻の境界が、だんだん曖昧になっていく。


 いや…もしかしたら、これが現実なのかもしれない。

 タクヤは、ずっとわたしの隣にいる。

 それが、真実なのかもしれない…。




 ◇ ◇ ◇




 数日後、また足音が聞こえてきた。

 今度は、若い女性だった。

 彼女は、森で迷ったのか、困った表情で周囲を見回していた。


 そして、崩れた家を見つけて、こちらに近づいてきた。


「すみません、道を教えて…」


 女性が、わたしに声をかけようとした。

 でも、その言葉は途中で途切れた。


 わたしが、彼女を見つめていたからだ。

 冷たく、無感情な目で…。


「あ、あの…」


 女性が、不安そうに後ずさりした。


 わたしは、ゆっくりと立ち上がった。


「邪魔者、かな。タクヤと…わたしの邪魔、かな」

「え…?」


 女性が、混乱した表情を浮かべる。


 でも…わたしは、構わなかった。

 邪魔者は、消さなければならない。

 タクヤとの時間を邪魔する者は…すべて、消し去らなければならない。


「『光魔法:ラーテン』」


 わたしの手から、再び光が放たれた。


 ズドォオオオオッ!! 


 女性の悲鳴が、森に響き渡った。

 でも、それも一瞬のことだった。

 光が彼女を飲み込み、そして…何も残らなかった。


 また一人、邪魔者が消えた。

 わたしは、満足そうに微笑んだ。


「これで…また、タクヤと二人きり、かな♡」


 そこに、タクヤの幻影が立っていた。


『よくやったね、リリー』

「えへへ…褒めてくれるかな♡」


 わたしは、嬉しそうに頬を染めた。

 タクヤが、わたしを褒めてくれた。

 それだけで、わたしは幸せだった。

 たとえそれが幻影でも…わたしにとっては、それが真実だった。




 ◇ ◇ ◇




 時間の感覚が、完全に失われていった。

 昼なのか夜なのか、もう分からない。

 何日経ったのか、何週間経ったのか…それすらも、分からない。


 わたしは、ただタクヤの幻影と一緒にいた。

 朝起きれば、タクヤがいる。

 食事をすれば、タクヤが隣にいる。

 眠る時も、タクヤが抱きしめてくれる。


 完璧な、幸せな日々…。


 でも、時々…本当に時々だけ、心の奥底で小さな声が囁く。


『これは、違う』

『これは、偽物だ』

『本物のタクヤは、ここにはいない』


 その声が聞こえると、わたしの心は激しく痛んだ。


「いや…いや、いや…」


 わたしは、頭を抱えて呻いた。


「これは…本物、かな…タクヤは、ここにいる、かな…」

「わたしと…一緒にいてくれる、かな…」


 でも、理性の欠片が…まだ残っているわずかな理性が、真実を告げている。


 タクヤは、いない。

 ここには、いない。

 わたしが見ているのは、ただの幻…


「いやあああああああああッ!!」


 わたしは、絶叫した。

 魔力が暴走し、周囲の木々が次々と倒れていく。

 大地が割れ、岩が砕け、すべてが破壊されていく。


「いや、いや、いや…

 タクヤは、ここにいるかな…

 わたしの隣に、いる、かな」

「離れないかな♡ ずっと、一緒かな♡」


 わたしは、狂ったように叫び続けた。

 現実を…残酷な真実を、拒絶するために。




 ◇ ◇ ◇




 ある夜、松明の光が近づいてきた。

 複数の人族が、こちらに向かってくるのが分かった。


「この辺りで、行方不明者が出ているそうだ」

「おい、あそこに誰かいるぞ」


 男たちの声が聞こえてくる。

 村人たちだろうか。

 行方不明になった人々を探しに来たのだろう。


 でも…わたしには、関係ない。

 ここは、タクヤとわたしだけの場所なのだから。

 邪魔者は…消さなければならない。


「おい、君! 大丈夫か?」


 一人の男が、わたしに近づいてきた。


 わたしは、ゆっくりと顔を上げた。

 その目には…もはや、人族らしい感情は何も残っていなかった。

 ただ、底知れぬ狂気だけが、渦巻いていた。


「来ないでかな」


 わたしの声が、不気味に響いた。

 

「ここは…わたしとタクヤの場所かな。

 邪魔する人は…みんな、消えてもらう、かな」

「な、何を言って…」


 男が言い終わる前に、わたしは魔法を発動させた。


「『光魔法:ラーテン』」


 ドゴォオオオオオオオッ!! 


 巨大な光の爆発が、森を照らし出した。

 男たちの悲鳴が、一瞬だけ響いた。


 でも、すぐに静かになった。

 光が消えた後、そこには何も残っていなかった。

 男たちは…跡形もなく、消えていた。


「ふふ…ふふふ…邪魔者は…消えたかな。

 これで、また…タクヤと二人きりかな」


 わたしは、振り返った。

 そこに、タクヤの幻影が立っていた。

 いや…もはや、わたしにとっては幻影ではない。


 これこそが、真実なのだ。


 タクヤは、ずっとここにいる。

 わたしの隣に、いてくれる。

 それが…わたしの、真実。


「タクヤ♡」


 わたしは、幻影に向かって駆け寄った。

 そして、何もない空間を抱きしめた。


「大好き、かな♡ ずっと、ずっと、大好き、かな♡」


 冷たい空気だけが、わたしの腕の中にあった。

 でも、わたしには…タクヤの温もりが、確かに感じられた。


「一緒にいよう、かな♡ 永遠に、一緒、かな♡」


 わたしは、幸せそうに微笑んだ。




 ◇ ◇ ◇




 それから、わたしはタクヤと幸せに暮らしている。

 毎日、彼と一緒に過ごしている。

 一緒に食事をして、一緒に散歩をして、一緒に眠る。


 時々、邪魔者がやってくる。


 でも、大丈夫。

 わたしが、すべて消してあげる。

 タクヤとの時間を邪魔する者は…誰も、許さない。


「ねえ、タクヤ♡

 今日も、幸せ、かな♡」


 幻影は、何も答えない。

 でも、わたしには…彼の声が、はっきりと聞こえる。


『ああ、俺も幸せだよ、リリー』

「えへへ♡ わたしもかな♡」


 わたしは、満面の笑みを浮かべた。

 崩れた家の中で、瓦礫に囲まれて、わたしは幸せそうに笑っていた。


 傍から見れば…それは、狂気そのものだった。

 誰もいない空間に向かって話しかけ、笑い、泣き、愛を囁く少女。


 完全に、壊れていた。


 でも、わたしにとっては…これこそが、幸せな現実だった。

 タクヤは、ここにいる。

 わたしの隣に、いてくれる。


 それが…わたしの、真実。


「タクヤ、大好き、かな♡」


 わたしは、空中に向かって囁いた。


「ずっと、ずっと、永遠に…大好き、かな♡

 離れない、かな♡ 絶対に、離さない、かな♡」

「たとえ世界が終わっても…宇宙が消えても…

 わたしの愛は…永遠に続く、かな♡」


 わたしの笑い声が、廃墟に響き渡った。

 それは、余りにも悲しく…

 余りにも、狂っていた。




 …狂愛は、終わらない。 

 たとえ愛する人がいなくなっても。 

 たとえ現実が崩壊しても。 

 彼女の愛は…永遠に、続くのだから。 


 そう、それは呪いのように…

第13章 認識改変指輪編 -終-


次章

第14章 日常2編


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