甘くて苦い、ホットレモンティ・1
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「アリス」
ロリーナから促されアリスは拳をにぎる。
「わかったわよ。腹くくれっていうんでしょ?!」
「何で怒るのよ」
「誘うだけなのに…」
イーディスが眉を下げながら呆れる、と言うよりかは困惑していた。何故
『文化祭に来てほしい』
と伝えるだけでここまで躍起に、そして渋っているのか。
この時、イーディスが忘れていただけで、通うスノードロップ女子学園には文化最後に行われるイベント…むしろ、こっちの方が本命に近いものがあった。
「ねぇ」
「今度は何?」
「一緒に着いてきて…不思議ヶ丘まで」
「いいわよ。じゃあ、学校が終わったら行きましょう」
ロリーナが提案するとアリスは素っ頓狂な声を上げる。
「え?!放課後行くの?!」
「じゃあいつ行くのよ。これで前日に誘うことになってみなさいよ。累さんが予定あったらどうするの?治癒子ちゃんのお世話とか、喫茶店でお仕事とかあるんでしょ?」
「うぅ…解ったわよ」
腹を括ったアリスは、スマホでカレンダーを見る。
文化祭まであと一ヶ月もあるのに、今から誘うのは早すぎな気もするが。
それでも、今から文化祭での出来事を想像して胸が高鳴るのはどうしてなのだろうか。
累と一緒に、文化祭を回りたい。
それだけでも、彼に恋心を寄せるアリスにとって、大きな原動力となった。
本州にあるスノードロップ女子学園。
文化祭が来月に近づいていた。カトリック系と言うこともあり、讃美歌を歌う習慣があった。しかしアリスは歌が苦手だった。
それを、片思い中の累に聞かれるのもすごく嫌だった。
「はぁ」
教室で一人、アリスが溜息を吐く。
不思議町の七不思議がある。
一.不思議ヶ丘へ行くと帰れない
二.廃墟教会の歌姫
三.オンボロ美容室のお化け
四.忌邪の呪い
五.黄金が眠る森
六.魔女伝説
七.見えない猫
忌邪の呪いは真塔と治癒子を含めた八名が確認されている。煌めく銀髪。宝石のような赤い目。雪のような肌。人離れした姿に漬けられた嫌味な通称。
クラスの女子がヒソヒソと囁く。
「ねぇ、廃墟の教会あるじゃん?今日肝試しにいかない?」
「えー!怖いよ」
「面白そうじゃん、行こうよ」
賑やかな小鳥が喋るような光景にアリスは溜息を吐く。
(幽霊なんている訳無いじゃない)
それより、アリスが気にしているのは、讃美歌を歌うことだ。
この学校は特殊で、文化祭が終わったらパートナーを見つけフォーマルドレスで小規模な後夜祭をする。そのためにも累を文化祭に誘って、ダンスパートナーになってほしかった。
だが、歌に自信がない。
声を出すふりをしても指揮者に見破られ注意される。
(廃墟教会の歌姫に会えたら歌が上手になれるのかしら。それなら大歓迎だわ)
放課後。アリスは着いてきてと言ったくせに、結局バックレて歌の練習をするためにダッシュでどこかへ消え去った。
***
満月喫茶に来たのはロリーナだった。一人だけで来たのか、アリスとイーディスがいない。
「珍しいですね。いつもはトリプレットで来るのに」
三月が声を少し高くし、少々お道化たように言った。ロリーナは少し眉を下げ、寂し気に笑ってみせた。
「たぶんアリスは文化祭で歌う讃美歌の練習。イーディスは途中に猫を見つけて追いかけて行っちゃったの。追いかけるか心配だったけど、私も累さんにお願いしたいことがあったから先に来ちゃいました」
「そうだんですね。さ、冷えるでしょ。ホットレモンティでもいかがですか?サービスですよ」
「なら、いただきます」
カップに注がれる紅茶。その中にレモンを入れてロリーナに提供する。ロリーナは角砂糖を一つ入れると、冷えた体にじんわりと暖かさが沁みわたっていく。
「美味しい」
「ありがとうございます。累君をお呼びしたい所なんですが、生憎お使いに出てもらっていて…お留守なんです」
「なら…やっぱりアリス本人に直接言わせます。そろそろ、妹離れしないといけないのかなって思っていたんで…」
目を伏せ、憂いた表情に三月は不思議に思った。だけど、妹を思う気持ちを尊重することが今の彼女に出来ることだ。
「じゃあロリーナさんも、お姉さん断ちしないとですね」
「ふふ、そうですね」
穏やかな時間がここに、ゆったりと流れていく。
***
累は自転車に乗り、頼まれた品を買いそろえ終わり帰る準備をしていた。そう言えば、ここは近くに廃れた教会があると姉が教えてくれた。もっと奥へ進めば行き当たるはずだ。
そう言えば心霊スポットとしても有名な場所だ。でも、まだ不思議ヶ丘の展望台よりはマシなようで恋人たちの逢引き場になっている噂も聞く。
「帰ろう」
その時、バタバタとアリスと同じ制服を着た高校生達が全力で走って来る。
「ねぇ、本当にいた!」
「聞いた、聞いちゃった!幽霊の歌声!」
「どうしよう、呪われちゃうのかな?!」
呪われる、で累はハッとする。
もし歌っている幽霊の正体が人間だとしたら、その人は呪いを振りまいているかもしれない。累はハンドルを強く握ると、廃墟教会へ向かい自転車を漕ぎ始めた。
辿り着くと、開けた場所にポツンと淋しそうに佇む教会があった。
落ち葉が掃除されておらず、窓ガラスも割れている。
半分壊れているドアから、歌声が聞こえる。不思議と怖さはない。その人一人分入れる隙間から中へお邪魔する。教団の前に、女神様を前に一人の見慣れた後ろ姿の女の子が綺麗な歌声を奏でていた。思わず聞き入ってしまい、心地よさに目を閉じる。
「累?」
ピタリと止まった歌声に、累は眼を開く。そして、拍手を送る。
「すごく綺麗だよ、アリス。聞き入っちゃった」
「お世辞は止めて」
「お世辞じゃないよ…」
「隣、座ってもいい?」
「どうぞ」
アリスは一旦歌うのを止め、階段に座る。その隣に累も座る。
「…私、こんな声だから自信がないの。ロリーナも、イーディスも歌が上手なの。私だけが下手なの」
スカートを、きゅっと握りしめる。
「俺も、歌うのは得意じゃないかな…でも、楽しく歌えないと誰も楽しんでくれないと思う。よく姉さんの前で弾き語りをしてたんだ。引き始めたころなんて目も当てられなかったけど、それでも喜んで褒めてくれるんだ。上手だねって」
そこで累はピンと電球が光り、ある提案をする。
「ねぇ、さっきの曲教えてよ。一緒に歌おう」
「え、でも讃美歌だし、英語だし…」
「そこは雰囲気で歌うよ。教えて、一緒に歌おう」
好きな人と、嫌いな歌を歌えるのは、この歌を好きになれるきっかけになるかもしれない…。そう思ったアリスは、ひとつ頷いた。
「私が歌うから、復唱して頂戴」
「うん」
ワンコーラスごとに、二人の声が教会に響き渡る。
累は流石ギターやピアノを嗜んでいただけあり、リズムを取るのは早かった。洋楽も聴くのでリスニング力もあった。そしてパート訳をし、一時間だろうか。二人はずっと練習した。一緒に歌うために。
「じゃあ、逝くわよ」
アリスが先に歌いだす。そこにテノールが加わる。
呼吸を合わせるために、眼を見つめ合う。タイミングを見て一緒に歌いだす。
生まれて初めて、讃美歌を歌うのが嫌じゃないと思えた。過去で一番、上手に歌えた讃美歌だと胸を張って言える。不思議なことだけど、アリスは本当にそう思っていた。
好きな人と歌えたから?
そうかもしれない。
それでも、自信になったのだ。この曲が終わらないでほしいと思うほどに。
美しい曲を、この人と歌っていたいと祈った。
パチパチと累が拍手をする。
「緊張したけど、凄くよかったよ。一緒に歌えてよかった。俺、この歌大好きになったよ」
胸の奥がきゅう、と締め付けられる。
「あのね。その…来月文化祭があるの。そこでこの曲を歌うの。だから、見に来てほしいわ」
「あ…あぁっと、うん。行くよ、文化祭」
以前の累なら断っただろう。だけど今は違う。友達のためなら、怖くない。累はそう思った。
「それとね…私の学校特殊でね、後夜祭にダンスパーティーをするの。その、その…ダンスのパートナーになってくれないかしら」
「え!?」
これには思わず声を上げた。
「嫌だったかしら」
「嫌じゃないよ!寧ろ、俺でいいの?俺ダンスなんかしたこと無いし、それに」
「累がいいの」
「その、言い方は、ちょっと…ずるいよ」
タジタジになった累を見たアリスはご機嫌になる。
「文化祭が初めて楽しみになったわ。当日はよろしくね、累」
「俺は今から緊張しているよ」
二人は笑い合った。
遅くなったため、累はアリスが住むマンションへ送っていく道すがら。アリスがこんなことを言い出した。
「そういえば、教会に歌う花嫁の幽霊が彷徨っているらしいわ。クラスの子達が噂していたの。私、いつも練習しているのだけれど、遭遇なんてしたことがないのよ」
アリスの言葉に、累は思わず笑う。
「それはそうだよ。だって多分、大方アリスが幽霊の正体だから」
「え…」
「アリスの歌声を、中を覗かない人達からしてみると幽霊が歌っているように聴こえたんだろうね」
「私が幽霊の正体?なんだか嫌な話ね」
フンスと少々怒るアリスを累が優しく見守る。
ここ、とアリスがご立派なマンションを指さす。どうやらご自宅らしい。
「あのね、私も累と一緒に歌えたから、あの歌、大好きになれた!」
それだけ伝えると、アリスはお礼のハグをしてフロントへと駆けていく。
初めて女の子からハグされた累は、十分間、この場から動けなかった。
アリスが今日あった出来事をロリーナとイーディスに嬉しそうに聞かせる。
「ハグなんてしたの?!大胆だよ、アリス!」
イーディスは両手で口元を隠す。
「よかったじゃない。文化祭へのお誘いと、ダンスパーティーのパートナーになってくれるなら。じゃあイーディスは私とね」
ロリーナがスノードロップを撫でながら確認を取ると、イーディスが気まずそうにする。
「実は、私もパートナー決まっちゃったんだよね…」
「そうなの?じゃあ、私も探さないと。初めてね。姉妹バラバラになるなんて」
毎年、ダンスパーティーは三人でローテーションしながら踊っていた。
「誰かいるかしら…」
ロリーナはどこか悲しそうに、スノードロップの額を親指で優しく撫でた。




