笑顔と猫と夜の国
読んでくださりありがとうございます
俺の話をしよう。
名前は猫田知笑。女の子っぽい名前だけど男。ゲーム実況で生計を立てている。
家族構成は両親。それと、兄と猫がいた。
両親とは連絡を取っていない。俺がどこにいるかも知らないだろう。絶縁状態と言っていい…のかな。両親が今一緒にいるかも判らない。俺が最後に聞いた会話は離婚に発展しそうな内容だった。自然消滅、一家離散。
兄は絵にかいたような好青年だった。
理想の兄貴で、理想の息子だった。
だから俺は兄の結末を呪った。兄を追い込んだ連中を呪った。自分を呪った。
その呪いはちゃんと跳ね返ってきた。
人を呪わば穴二つ。
兄貴が俺の事恨んでいるのだろうか。呪っているのだろうか。どうして気づいてくれなかったんだ。話に耳を傾けてくれなかったんだ。本音を聞いてくれなかったんだ…て。
そしてあの猫も俺を恨んでいるだろうか。よくも飼い主を奪ったなって。
これは俺の懺悔の話
猫田知笑。これが俺の名前だ。ちえみって女っぽい名前だけど、何故か親はこの名前をいたく気に入ったらしい。
兄の名は笑紗というぶっとんだ名前だった。息子ながらに馬鹿だと思った。母の産後ハイと長男誕生の喜びにハイになった父が、葉月という命名する予定を覆し、世界に通用する名前にしようとエミシャに変更された。
そしていつの日からか後悔し、俺が産まれた際の名前はまともになった。
兄とは六才離れた兄弟だった。兄は優しくて、おれのわがままにも付き合ってくれて、一緒に怒られてくれた。責任感も強かった。
ゲームが好きで、いつも親に叱られていた俺を見た兄はこう言った。
「知笑はゲームも上手いし、楽しそうにプレイするから実況動画でも上げてみたらどうだ?」
その言葉をきっかけに、俺はお小遣いをため、いつか投稿できるよう準備を整え始めた。まだ小学生だった俺にとって、初めて現実的に見える夢を追いかけ始めた瞬間だった。
そして、あの日がやって来る。
六年前。太陽が突然消えた。
俺は中学生になっていた。東京の大学に進学した兄は冬休みもあって帰省していた。だから、消えた瞬間も一緒に目撃した。
「知笑、真っ暗だから一旦ここで様子を見よう」
丁度、マイクや機材を買った帰り道だった。本州から戻り、家に帰る途中。兄は携帯のライトを頼りに道路の端っこにより、騒然とする町を静かに見ていた。
いくら中学生といっても、異様な光景になってしまった事態に怖さを覚えた俺は、兄にくっつくと、兄が「うわぁ!」と声を上げたので地味にショックを受けた。
「くっついたら悪いかよ」
「違うよ…知笑に驚いたんじゃないよ。足元になんか擦り寄ってきて」
ライトを照らすと、毛の長い品種の猫がこちらを見上げ、優雅そうにし、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「首輪してないや。野良かな?」
「多分…ちょっと目ヤニとか、気になるな…」
兄は猫を抱き上げる。
「ノミいるよ、絶対」
「いいよ、気にしない。早く復旧しないかな。コイツのこと動物病院に連れて行ってやりたいし」
「飼うってこと?!」
「そういうこと」
「父さん達に怒られないかな?」
「怒られても飼う。コイツの名前はスマイルだ」
スマイルと名付けたが、そいつはツンとしていて無愛想で、名前なんかに縛られない猫だった。
太陽が消えた影響で大学の冬休みは急遽延期。予定よりも長く過ごせて、俺は嬉しかった。懐かないスマイルに毎日猫じゃらしをしかけても見向きもされなかった。
「変な猫」
言葉は通じるようで、悪口を言うと引っかかれた。
結局、二月まで兄は地元で過ごし、大学再会の目途も立ったため、スマイルは兄と一緒に東京へ帰っていった。
「笑紗は優秀だよ、本当。優しくて、頭もいい。弟想いだしな」
「あの子の志望校より上の大学に行かせて正解だったわぁ。立派な企業に勤めてくれたら、あの子も安泰ね」
親の期待を一身に背負った兄。
それは重く、重く圧し掛かっていった。じわじわと、重くなり、どんどん足元がおぼつかなくなる。歩くのにも、踏み出すのが大変になる。
兄が大学四年生の時、就職先を地元か、橋を渡った本州付近の企業に勤めたいと相談しに一度帰ってきた。
俺はその会話を、スマイルと共に廊下から聞いていた。
「駄目だ、勿体ない!笑紗なら東京でもやっていける!給料だって、向こうの方がいいだろう。わざわざ田舎のほうに戻って来る必要はない」
「お母さんたちの心配ならいらないわ。東京で働けるなんて、すごいことじゃない!」
「でも、俺は…こっちで一人暮らししながら知笑やスマイルと過ごせたら」
「東京のお友達だっているんでしょ?家族の事は気にしなくていいから」
「わかった。相談できてよかった」
どんな顔をしていたか知らない。声だけは明るかった。
だけどそれが心配だった。
時計が午後十一時を回る。
「どうして父さんと母さんは東京で働くことに執着するんだろう…」
「コンプレックスなんだよ。父さんも母さんも。二人共ここ周辺で働いていたから」
「兄さんを自慢材料にしたいだけとしか思えない」
「そう言うなって。そうだ、本題。これから就活も本腰入るし、就職が決まったらスマイルの世話がちゃんと出来るか解らないから、今日から知笑に頼みたいんだ。いい?」
兄は屈託のない笑みで訊く。
「いいけどさ。スマイルに懐かれてないよ、俺」
「ツンなんだ、こいつ」
翌年。兄は無事卒業し、そこそこ知名度のある企業へ就職した。
俺も十七歳になり、ゲーム実況を動画サイトに上げるようになっていた。去年から本格的に活動し始めて、なかなか見てもらえなくて嫌になった時もあったけど、ちょっとしたゲーム実況が注目を浴びて、登録者数も、視聴回数も伸びてきている。
スマイルは相変わらず付かず離れずの関係だ。
きっと、俺も兄も順調に、軌道に乗っかっていくんだと思っていた。
だけどそれは大きな勘違いだった。思い違いだった。
世間はお盆休みに入り、本州住まいの人達が帰省してくる。兄も例に漏れず。ただ、たった半年で雰囲気も、顔付きも変わり果てていた。
笑顔は作り笑い。部屋に籠って出てこない。食事は異常なほど食べ、気持ち悪くなったのかトイレへ駆け込み吐き戻す。
知っている兄じゃなくなったみたいで怖かった。
「兄さん、大丈夫…?」
「知笑。父さん達と話すことがあるから、ちょっと席外してもらってもいいかな」
力無く笑う兄の姿は、明らかにやつれていた。
俺はまた、スマイルと一緒に廊下で聞き耳を立てた。
「その…会社、辞めようと思ってる」
「なんてこと言うんだ!折角就職出来たんだぞ!父さんだって同じ会社でずっと働いている!弱音なんか吐くんじゃない!」
「そうよ。それに、転職するにしたって、たった半年で辞めるなんて印象悪いわ。せめて三年働かないとって聞いたことあるわ」
両親が兄を説得する声がしばらく続く。少し沈黙になると、兄が一言。
「うん、頑張るよ」
リビングから出てきた兄と目がバッチリと合ってしまった。聞いていたのがバレた。何も言えなくて気まずそうに視線を逸らす。
「なぁ、知笑。ちょっと散歩でもしないか?」
誘われて、俺とスマイルは兄と夜の散歩に出かけた。
「スマイル、知ってるか?今の月はずっと満月だけど、三年前までは笑ったりしてたんだぞ」
「笑う?」
「三日月のことだよ。ニーって、笑っているみたいだったろ?」
「まぁ、そう見ようと思えば」
スマイルはそんな話興味無さそうに欠伸して、兄に大人しく抱っこされていた。
「この先にあるんだ」
「え、ここの先って…不思議ヶ丘だろ…?入るなって、皆言ってるぜ?」
「大丈夫だよ」
この頃はまだバリケードもあそこまで酷くなかった。
俺は初めて不思議ヶ丘に足を踏み入れた。森が続く道路を歩き、自殺の名所と言われている展望台に連れてこられた。
「兄さん…?まさか、心中しようとか言わないよな…?」
「あはは!言わないよ。確かに自殺の名所だけどさ。星が綺麗に見えるんだ。人も来ないし、お気に入りの場所なんだ」
確かに空を見上げれば、満天の星が輝いていた。
「もっと村の方に行けば素敵な景色があるよ。今度…行ってみよう」
「絶対だぞ」
それが兄との最期の会話になった。
年末。
今日は兄が帰省してくるはずなのに、帰ってこない。さっき、メールで不思議町行きのバスに乗ったと連絡があったのに。
「遅いわねぇ、混んでいるのかしら」
「帰省ラッシュだからな。渋滞に巻き込まれたんだろう」
スマイルがカリカリとドアを引っ掻き、出たそうにしていた。
開けてやると、次は玄関から出ようと、カリカリ引っかく。
「…スマイル?」
スマイルは今まで、家からでようとしたことが無い。どうして今日に限って外に行きたがる。
何かを訴えているような目で俺を見る。
「ちょっと、出かけてくる」
俺とスマイルは家を飛び出した。
スマイルが向かう方へ着いていく。
着いた場所は不思議ヶ丘へ通じるあの道。スマイルは何事もないようにさっさと行ってしまう。スマホのライトを照らし、追いかける。
(自殺の名所で死んでいましたとか嫌だぞ、兄さん)
スマイルは展望台を通り過ぎ、民家がある方へ向かう。
更に奥へ行き、森の中へと入っていく。
泉、川でも流れているのだろうか。水のせせらぎの音が心地いい。木々に生える葉が生い茂っていても、隙間から星が見える。そんな美しいと言える場所に似合わない首吊り死体があった。
「兄さん!」
下ろしたくても高さの生で下ろせない。どうやって首を吊ったんだ?
ふと、倒れているキャリーケースに目が付いた。いつも、ボストンバックで帰ってきていたのに。どうして今日は…
「どうした!」
俺の声が村にまで届いたのか、住民が駆けつけてきた。
「兄さんが首吊りして!」
「今下ろす。三月、救急車!」
「はい!」
白髪で赤い目をした男性が兄を下すのを手伝ってくれた。脈や呼吸を確認しても何も感じられなかった。それでも、彼は心臓マッサージを救急隊が来るまで続けてくれた。
奇跡が起きて、息を吹き返すかもしれないと願った。でも
兄は、帰らぬ人となった。
遺書が東京の自宅から見つかった。
上司のパワハラで悩んでいたこと。自分の根性が足りないからすぐ挫けること。残業を強制されるが定時上がりにされていること。もう、疲れたこと。
母はずっと泣いていた。父は怒りに満ちていた。
葬儀を終えると、両親の喧嘩が絶えなくなった。
「俺はあの会社を訴える!そもそも、どうして笑紗の異変に気付いてやれなかった、母親だろう!」
「相談してくれなきゃ判らないことだってあるわよ!笑紗は何にも言ってくれなかった、私達に心配かけないように!それにアナタだって辞めるなって言ったじゃない!」
違う。違うだろ
俺達、全員兄さんの気持ちに耳を傾けなかっただろ
俺達家族も、兄にパワハラをした上司も、全員が罪人だ。
俺と変わらない背丈だった兄は、骨壺に収まるほど小さくなっていた。
これが猫田笑紗の遺骨ですと嘘を吐かれ、他人の遺骨を渡されてももう本物か偽物かも区別がつかないだろう。
「…スマイル?」
さっきまでいたスマイルが姿を消した。
「これ以上傷心させるのはやめろよ…」
スマイルが消えてから数日間、俺はあらゆる場所を捜した。そして、思い当たる最後の場所に着いたとき、ビンゴだった。
兄の遺体が発見された木の下で、スマイルは冷たくなっていた。
抱き上げて、軽く揺らしても反応は無い。
「スマイル…なぁ、俺のこと置いて兄さんとこに逝くなよ…悪かったよ。兄貴のこと守れなくて、ごめん…ごめん、スマイル、ごめん…!兄貴、ごめん、ごめん!」
亡骸を抱きしめ、ひとしきり泣いた後、スマイルを土に埋葬した。
「兄貴と一緒の墓に入れてやれなくて悪いな…」
夜は、人を安心させる。嫌な場所から帰れる時刻。
だけどそれと同時に、不安を増幅させる。
朝が来たら、また行かなければならない。始まらなければならない。それならいっそ、死んだ方がいいって。だけどこの国は朝すら来ない。まるで、黄泉の国みたいに
木に寄りかかり、ぼんやりして。
何時間経ったか解らない。
「…そろそろ帰らなきゃ」
本当は帰りたくない。
兄のSOSを見逃し…いや、無視したくせに責任の擦り付け合いをしている両親なんか見たくなかった。醜かった。そして俺も同罪だ。兄は大丈夫って勝手に信じて助けなかった。
歩いていると、男性に声を掛けられた。
「おや。君はこの前の…」
赤目の人だ。
「あ…あの時は、ありがとうございました。その、葬儀も、無事終わって…」
「そうでしたか。ご冥福をお祈りします。…お節介かもしれませんが、うち、喫茶店をやっているんです。少し休憩してからご自宅に帰ったらどうですか?疲労が顔に出てますよ」
兄に、こんな言葉をかけることが出来たなら、運命は変わったのだろうか。自殺という選択肢を回避できたのだろうか。
「あ、の…」
「ん?どうしました?」
優しい声が返って来る。
「俺の話、聞いてもらえますか…」
俺は全てを話した。スマイルが兄を追うように死んだこと。両親の喧嘩が絶えない事。正直、辛いこと。全部、全部。
「たまに電話だってしてた。でも俺学生で、辞めちゃえよって言っても気軽に考えるなとか、会社はバイトみたいに甘くないとか、色々言われたらどうしようって。それで、それでその結果兄貴は死んだ、自分で、命絶って。こんなことになるなら言えばよかった、辞めて帰って来いって、両親の言うことなんか気にしないで、二人と一匹で暮らそうって!」
後悔しても戻ってこない。帰ってこない。
結局両親から兄について口出しするなと怒られるのが嫌で黙り込んだ。電話の向こうで楽しそうに話す兄に安心して、SOSを見ないフリをした。
何を叫んでも返ってこない。兄貴もスマイルも帰ってこない。
「兄は…今の俺みたいに誰に辛い気持ちを話せる人が…いたのかな…。その役割は、俺だったはずなのに…俺」
「あまりご自分を責めない方がいいですよ。呪われます」
「呪い…?」
「まぁ、すでに遅いですけど」
八田が鏡を見せてくる。
鏡に映った俺には、猫耳と尻尾が生えていた。
「な…なっ」
「三年前、太陽が消えてからこの町には不思議と呪われている人が度々現れるんです。私もそうですよ?この髪の色も、瞳の色も。最初は東国人ならではの黒髪と茶色い瞳だったんですけどね」
「この呪いって、誰かに呪われているってことですか?八田さんも、俺も…。どうやったら、解けるんですか…」
「それは知りません。誰が私の事を呪っているのかも。知笑君を呪っているなにかも。結局はご自身の問題ですからね」
「そう、ですよね」
「もし君が実家で暮らすのが苦しくなったら、ここに来ていいですよ。部屋はあります。君までお兄さんと猫さんの後を追われたら、私も悔やみきれませんからね」
八田は住所と電話番号を書いた紙ナプキンを渡してきた。
「いつでも待っています」
八田に話を聞いてもらった日から数日経った。
遺品となった兄貴のキャリーケースの中には、昔欲しかったけど買ってもらえなかったゲームソフトが入っていた。
「中古品だ…」
他にもスマイル用のおもちゃ。俺とやろうと思ったのか携帯ゲーム。あとはトップスだけが無造作に詰め込まれていた。多分、故郷で死のうと決めていたのか、それとも…
スマホに入っていた二人と一匹の写真を印刷し、写真立てに飾る。
それらをリュックに入れ、俺はパソコンや機材、必要最低限の洋服と日用品を入れた段ボールをワゴン車に詰めていく。
「すみません、引っ越しの手伝いまでしてくれて」
「いいんですよ。新しい家族ですからね」
俺は、八田の好意に甘えることにした。
これから、不思議ヶ丘村一番の大きなお屋敷・通称菊理屋敷に住む。
「知笑君の猫耳は不思議町の皆さんには見えないようですね」
「あぁ、そうなんです。本当、不思議ですよね」
まるで俺達のことを忘れるなと言うように、スマイルに似た耳がピンと動く。
夜の明けない町をワゴン車が走る。
こうして俺は菊理屋敷での生活が始まった。
森に囲まれ、気の置けない住人しかいないからか、自由で気ままな性格になった。いつの間にか猫の言葉が解るようになった。身体能力も猫に似てきた。
不思議ヶ丘村に来てから、呪いが悪化を辿っているようだけど、気に入っている。
二年が経ち、俺は二十歳を迎えた。そして…
「知笑くーん!今度新しい子が引っ越ししてくるんです。掃除や片付け手伝ってください、強制ですよぉ」
「へーい」
三月の呼びかけに適当に返事をし、ゲームをセーブする。
「はぁ。めんど」
言葉ではこんなことを吐いているけれど、俺の口角は上がっていた。
寝転がっていたソファから起き上がり、三月が待つ部屋まで向かった。




