第94話 ファランクス
私たちは『カースメイカー』から逃げ出し、転送陣に乗り込んだ。
――ブイイイイイイイン!
着いた先は、ずいぶんと静かなお店だが……。
「本屋ですね。主に、魔法書が売られています」
私たちはすぐに柱の陰に身をひそめた。
「ブラック」
「……」
気を失っているのか。
目を閉じたまま、黙り込んでいる。
「ヒール!」
私が呪文を唱えると、彼女の表情が幾分かやわらいでいく。
回復はしているのだろう。
だが、全快とまでは……。
「状態異常も治りませんね」
毒・麻痺・火傷・凍傷。
一度に四つの状態異常を受けたことで、ブラックの体力は大幅に削られた。
これ以上、削れてしまうと、戦闘の復帰も難しくなる。
「ブラック。しっかりしてよ」
盾職の離脱は大きな痛手だ。
特に今回の相手は、高い攻撃力を持っている。
彼女がいないのは、正直かなり厳しい。
「……メアリを連れてきておけばよかったな」
敵の状態異常は、条件が必要な特別なもの。
いわば、呪いのようなものなのだ。
このレベルの魔法は、私では解除できない。
ヒーラー、神官、聖女などの専門職の力が必要になる。
「ステラさん。アイテム屋を利用しましょう。サモネアにある高品質のアイテム。それを使えば、状態異常も回復できます」
なるほど。それはいい。
アイテム屋と本屋は、転送陣で繋がっているのだ。
「魔方陣はどこにあるかな」
「昼間に確認しておきました。カウンターの隣に設置してあります」
カウンターか。
ここからだと、本棚が邪魔で見えないな。
「ステラー」
グリーンが声をかけてきた。
「人形いるよー」
「ほんと? どのくらい?」
「えっとねー。二十体ー」
あらかじめ、お店にも配置していたということだろうか。
「面倒くさい」
「ええ。今回の魔族は、用意周到な性格のようです」
だが、百体を相手にするよりは、難易度が下がった。
しかも、ここは店内だ。
これだけ狭ければ、取り囲まれる心配もないだろう。
「では、私が……≪シードローン≫!」
手のひらから、航空機が飛び立った。
出したのは、四機。
パタパタパタパタ! 天井すれすれを旋回している。
「一体ずつ仕留めていきましょう」
でも、ブラックの体調もあるし、広場から追手もくるはず。
あまり、ゆっくりはしていられない。
「こちらも出しておきます。≪シーキャノン≫!」
床がせり上がり、自動砲台が出現。
私の背後に狙いを定めている。
「追手は、この砲台に対処させましょう」
人形の対策はできた。
私たちはこそこそと身を隠し、本棚の横を移動していく。
カウンターまでまっすぐ向かうと、複数の敵から攻撃されかねない。
だから、迂回して、本棚を横切りながら前に進む。
十分ほど経過した。
ブルーのドローンは、人形を何体か倒してくれただろうか。
グリーンに確認してもらおう。
「ムムムッ!」
頭を抑えて、唸っている。
「どう? あと一桁ぐらい?」
彼女は首を横に振ると、
「あと、三十四体ー」
「……え?」
増えてないか?
「増援を呼ばれたんでしょうか?」
「むうっ! この魔族、ほんとにウザい」
「敵はリフレクもあります。このままでは、こちらのジリ貧に」
そのとき、前から誰かが突っ込んできた。
人形でも、他のモンスターでもない。
どうやら、人間。私たちと同じ冒険者のようだ。
「お前ら、なにしてんだ」
男が、話しかけてきた。
上半身は裸で、靴も履いていない。
ここ、本屋なんだけど。
「ヴァイケンさん」
昼間に会った男だ。
職業は格闘家で、ランキングは五位。
とにかく、筋肉が凄いことは、よく覚えている。
食事会には、いたんだったか。
それなら、大方の事情も理解できているだろう。
「私たち、魔族と戦ってるんですよ」
「そりゃあ、オレもだが……って、そいつ」
彼はブラックを見て、目を丸くしている。
私に背負われて、じっと眠り込んだままなのだ。
「何があったんだ?」
「実は、魔族にやられちゃって……」
「魔族に! やられただと!?」
ヴァイケンは昼間に、ブラックと手合わせをしたのだ。
両者ともお遊びではあったが、彼はブラックの実力を高く評価していた。
「……オレでさえ、まだ一発も入れてねぇのに」
ヴァイケンは悔しがり、隣の本棚を殴りつけた。
「ぐおおおっ! 悔しいっ!」
「……そうですか」
こんなことをしてる場合ではない。
私たちは先に進まないといけない。
「ステラー。あれー」
グリーンが指し示した先には、転送陣がある。
あそこに乗り込めば、アイテム屋まで行くことができる。
だが――。
「あれはなんだ!?」
体長二メートルほどの大きさの人形。
それが魔方陣の上に陣取っているのだ。
「マギギー!」
ドスの利いた低い声だが、『マギー』と鳴いている。
それに、服装や顔つきにも見覚えがある。
「マギーくんなのか?」
しかし、それにしては、あまりにもサイズが違いすぎる。
SサイズとⅬⅬサイズ?
いや、もっと離れているような気が……。
「デラックスサイズです」
ブルーが答えた。
「マギーくん人形デラックスです。会員限定でしか入手できないレア商品です。巷では『マギギくん』と呼ばれているそうです」
なるほど。
よく分からないが、とにかく大きなマギーくんってことか。
「あれでは乗り込めませんよ」
「うん。おジャマ虫だね」
しかし、あの大きい人形を倒すとなれば、一苦労だろう。
その間に、更なる増援も呼ばれるだろうし。
「マギー」「マギー」
とか考えてる間に、背後からマギーくんの声が。
「あわわ。どうしよう」
「困りました。困りましたよ」
私とブルーがあたふたしていると、ヴァイケンさんが訪ねてきた。
「アイテム屋に行きたいのか?」
「はい。ブラックを回復させたくて」
それを聞くと、ヴァイケンはウンウンと頷いた。
「それなら、オレが囮になろう!」
「……なっ。本当ですか?」
協力してくれるというのか。
私たち、まだ知り合って間もないのに。
「オレは元は盾職だったんだ。今は転職してるが、スキルも防御系のものが多い」
「いや、でも……」
「そこのでかい奴が動いたら、すぐに乗り込め。急いでるんだろ?」
ヴァイケンはカウンターに飛び乗ると、スキルを発動した。
「挑発!」
相手を引き寄せる。ブラックもよく使用するスキルだ。
「マギギー!」
人形が重い腰を上げて、カウンターに歩み寄って行く。
「行きましょう」
「うん」
せっかく、囮をやってくれるというのだ。
彼の好意を無駄にしてはならない。
「マギー! マギー!」
他の人形たちも上手く誘導してくれたようだ。
これで道が開けた。
「よし。乗り込むよ」
だが、私たちが魔方陣の中に入ると、急に人形の様子が変わった。
「マギー!」「マギー!」「マギー!」
一斉に杖を振り上げたのだ。
「……まさか、転送陣に乗り込むことが、起動スイッチに」
すでに十体ほどが、ヴァイケンを取り囲んでいる。
「マギギー!」
マギギくんまで杖を取り出した。
「……ヴァイケンさん」
彼らは全て自爆するつもりだぞ。
いったい、どうするつもりなんだ。
「……ちょうどいいな」
ヴァイケンは、私たちに向かって、宣言する。
「よーく見とけよ。今からおまえのために、とっておきの技を披露してやる」
人形たちが、呪文を唱えた。
「エクスプロージョン!」「エクスプロージョン!」「エクスプロージョン!」
そして、一斉に自爆しようとする最中、ヴァイケンはスキルを発動した。
「≪ファランクス≫!」
≪ファランクス≫
難度 ★★★★★★
属性 無
使用回数 4/4
成功率 100%
説明 一定時間、地・水・火・風属性のダメージを無効。
ヴァイケンの体から、赤いオーラが立ち昇った。
「エクスプロージョン!」「エクスプロージョン!」「エクスプロージョン!」
次々と自爆していく人形たち。
この魔法は広場でも見た通り、かなりの威力を誇る。
だが――。
「……ふん」
無傷! ヴァイケンの体には、傷一つ付いていない!
「……おおっ」
赤いオーラは、火属性の攻撃をガードできるようだ。
つまり、人形の『エクスプロージョン』は全て無効化することができる。
「注意すべき点は、この技は自分にしか効果がないということ。仲間は守れねえからな! 気を付けろよ!」
私の背中で、ブラックが手を上げた。
「……ん……」
「起きてたんだ」
「……ん……」
彼女のために、わざわざスキルを教えてくれたのか。
良い人だ。筋肉なんて言って、すまなかった。
「分かったら、さっさと行け! 次が来るぞ」
ヴァイケンの言う通り、私たちの元へ新たな人形が迫ってきている。
「先に進みましょう」
「うん。転送開始!」
ブイイイイイイイイイン!




