第92話 制御キー
「エクスプロージョン!」
呪文と共に、人形が内側から破裂した。
破片が前にいた私に、飛び散ってくる。
「……いつっ……あたっ……」
私の体にいくつもの擦り傷ができてしまった。
メアリがすぐに『ヒール』を使用する。
聖女なので、私のものより数倍は回復力がある。
「大丈夫? ヒール!」
「ありがと、メアリ」
「それにしても、自爆するなんてね」
「うん。びっくりした」
すると、後ろの方で叫び声がした。
「きゃああああっ!」
ピンクの声だ。
どうしたんだろう。
「あわわ。私のマギー君が……」
そうか。彼女はマギー人形を持ってるんだった。
「マギー! マギー!」
人形は直立すると、私に向き直った。
「ステラ・レイラント。おまえは危険だ。今はまだ勇者のなりそこない。凡百の小娘にすぎないが。いずれは我々の脅威になる。そんな予感がする」
手に持った包丁を突き付けた。
「ここで必ず仕留めてやる! この『カースメイカー』の手によって!」
メアリが隣でニヤニヤしている。
「……モテモテね」
「……嬉しくない」
カースメイカー。
その言葉、そっくり、そのまま返してやる。
「逃がさないぞ」
もしも、呪いを解きたいなら。
あいつはダメージを与えれば良いと言っていたのだ。
「……あの人形には痛みがある。つまり、ダメージは反映されてるってことだから」
要するに、人形を倒せばいいのだ。
簡単なことだ。難しく考える必要はないんだ。
「……神速!」
私は速攻をかけて、人形に切りかかる。
こいつには反射があるが、その場合はブルーに魔法で攻撃を……。
人形が包丁を構えた。
「そう何度も同じ手に――」
――カチッ!
突然、部屋の照明が落ちた。
「……え?」
ああ。私は完全に意表を突かれてしまった。
そう思ったときには、奴の包丁が私の胸元を切りつけていた。
「……ぐっ」
胸をおさえる。
やばい。血が出てる。
「アディショナル!」
呪文が聞こえる。
これは……麻痺か。体の自由が効かなくなってしまう。
――カチッ!
「……ふん!」
人形は走り出すと、副会長に襲い掛かった。
「……うわ。なんだやめろ」
鍵のようなものを奪い去ると、今度は転送装置へ走って行く。
「逃がさないわ。ホーリー!」
「……リフレクション」
青いバリアを張りながら、壁沿いに走り。
やがて、装置のボタンに手にかけた。
「ステラ。追ってくるといい。私を倒したいのなら」
――ブイイイイイイン!
☆
というわけで、逃げられてしまったのだが。
「……ゴホッ! 大変なことになった! このままでは!」
副会長が頭を抱え込んでいる。
わけを聞いてみよう。
「奴は制御キーを盗んでいったのです」
制御キー。
転送陣をコントロールするための鍵なのだそうだ。
「あれを使えば、町の転送陣を自由自在に扱えるようになるのです。それが魔族の手に渡ったとなれば」
メアリが隣で補足してくれる。
「武器庫や宝物庫。それに食糧庫も、転送陣を使って移動するの」
「ということは……」
「数日もすれば、食糧がなくなるわ。あと水も飲めない。私たち、死ぬわね」
「ええ……」
「貴重な魔法書もあるから、文化的な観点でも、ヤバいわね」
副会長が声を荒げた。
「一番、大変なのは金庫ですよ。この町の総資産が、あそこには保管されているんです。町の機能が停止してしまいますよ」
そんな大事件なのか。
制御キーが奪われた程度で、町が崩壊してしまうなんて……。
「予備のカギはないんですか? 緊急用のカギみたいな」
「あります。隣の部屋に」
「おおっ! だったら、それを使えば」
「しかし、隣の部屋に行くには、制御キーが必要で」
「ダメじゃん!」
まあ、ありがちだけどね。
「おおっ! 緊急で思い出しました……おい!」
「……はい!」
メイドさんが壁にあるボタンを押した。
プルルルルルルッ!
何やら、緊急っぽい音が。
「……ふう。これで安心です」
「今のボタンは?」
「非常用のボタンです。これで魔族に好き勝手されることはなくなります。あとは助けが来るのを待ちましょう」
そう言うと、副会長は椅子に座った。
「……ん?」
彼の足元に、血だまりができてる。
最初に切られた右腕は、もう完治しているはずだが。
「さっき、真っ暗になったときに転んでしまって。それで、右足にケガを……」
右足? そう言えば、人形も右足が切れていたな。
「……怪しい」
なんか怒ってたのに、今は落ち着いてるし。
本当は会長のことなんて、どうでもいいんじゃ……。
「ち、違います。魔族は強い。私では太刀打ちできないと理解できたので」
「それで追いかけないと」
「はい。おかしいですか?」
「いえ……」
敵の能力は、まだ判明していない。
迂闊に飛び込むのは、とても危険だ。
「というか、治してあげなさいよ。ケガしてるんだから」
「あっ、ごめん」
ブタが鳴きだした。
「ブヒヒヒッ! ブヒヒヒッ!」
「こら、会長。大人しくしてないとダメですよ」
メイドさんが暴れる会長をなだめている。
「……ん?」
このメイドさん、やけに汗だくだな。
エプロンが汗でびしょ濡れになっている。
「……はあ……はあ」
息も荒い。
調子でも悪いのか?
「……妙だな」
「なんですか?」
「……ペロリ。これはメイドさんの……」
「やめてください」
メイドさんが答えた。
「この部屋、蒸し暑くないですか? それに息苦しくて」
たしかに。
暑いね。なんでだろう。
「大変だ。空調が止まってる! これでは空気が循環されないぞ! 私たち、死んでしまう!」
「……ええ」
もう無茶苦茶だよ。
「技師はカフェにいるはずです。休日は、あそこで紅茶を飲むことが多いので」
「わかりました」
さて、技師に会わないと。
メアリに頭を叩かれた。
「あんたは魔族を倒しに行くのよ!」
「分かってる」
「空調の方は、私がやっておくわ」
というわけで、私は人形を追いかけよう。
もちろん、仲間たちと一緒だ。




