第45話 転職の神殿へ①
「……まいった。私の負けだ」
ドラギドは吸血コウモリの変身が解け、人型に戻った。
だが、彼の心臓は潰されており、もう長くはない。
仰向けになった彼に、私は話しかけた。
「あなたから見て、どうだった? 私は伝説の勇者を超えられた?」
「……フハハッ! 愚かなことを。おまえなど勇者には遠く及ばん。私に手こずるようでは、魔族にも勝つことはできんだろう」
そうか。別に期待してはいなかったが、勇者はやはり強いのか。
「だが、負けは負けだ。私を討伐できた記念に、おまえに一つ良いことを教えてやる」
ドラギドの息が乱れてきた。もう死が近いのだろう。
「……勇者戦線に向かうといい。そこに行けば、良きにしろ、悪きにしろ、おまえは変われるはずだ……」
「言い回しが曖昧すぎるよ。要するに、何があるの?」
「……さらばだ……勇者……」
ドラギドは、事切れてしまった。
「……勇者戦線か。そこにいったい何が」
そう言えば、ミリアの部屋に同名タイトルの小説があったな。
彼女に聞けば、何か知ってるかもしれない。
というわけで、家に帰ってきた。
ドアには、『ミリアの部屋』と言う札がかけられている。
ドンドンとノックしてみる。
「ミリア~。いる~」
「……」
返事なしか。
ドアノブを捻ってみる。
――カチャカチャッ!
鍵がかかっている。
「……むむ。またか」
『エレメンタルクラウン』のメンバーは、みんな誰も鍵をかけていない。
私たちはチームであり、家族みたいなものだからだ。
そして、ミリアもそうだ。
私にとって、彼女は妹のようなものだ。本気でそう思っている。
だから、鍵をかけられるのは不服だ。
なんというか、突き放された他人行儀な感じが、とてもイヤ。
というわけで、鍵をあける。
「アンロック!」
――カチッ!
「……ふう。開錠完了」
では、中に入るとしよう。
「……お邪魔しま~す」
ドアを半開きにし、奥を覗いてみる。
すると、ミリアだ。
彼女は側の勉強机に突っ伏している。
「……なんだ。ミリアいるじゃん」
それが確認できたので、私は普通に部屋に入った。
「もう! ミリア。いるなら返事ぐらい……って、ミリア?」
起き上がったミリアは、なぜか瞳いっぱいに涙をため込んでいたのだ。
「ちょっ、ミリア、あなた、どうしたの?」
「……う……うぅ……ひっく……えっく」
すすり泣きしてる!
「顔、酷いよ? ハンカチいる?」
「……うわああああああああんっ!」
え? なんなの? なんで大泣きしてるの?
私はその場をあたふたと往復する。
「胸が痛い。何もしてないのに、罪悪感が」
あまりに、泣き声が大きかったからだろう。
バタバタバタと足音をさせて、居間からピンクがやってきた。
ピンクは何を勘違いしたのか、部屋に入ってくるなり私にビンタをかました。
バチン!
「……いっつ」
頬を抑える。
この娘は見かけによらず、力が強い。
ピンクは私のことをキッと睨みつけた。
……くっ。吸血鬼よりも怖いぞ。
「酷いっ! どうして、ミリアちゃんを泣かしたりしたのっ!」
「ええっ! 私っ!? 違うよ! 部屋に入ったら、すでに涙目で」
「また、勝手に侵入したの?」
「……いや、したけど、それは関係なくて……」
ミリアが泣き叫びながら、言った。
「うわあああああんっ! 勇者があっ! 勇者がああああっ!」
「ほら! 勇者だって言ってるじゃないっ! やっぱり、ステラちゃんのことでしょっ!」
「違う。違うんだよ。私はただ……」
何故だ。何故こんな状況に。
私はただミリアと話がしたかっただけなのに……。
☆
ギルドマスターに呼び出されたので、ギルドまでやってきた。
「ところで、私を呼び出した理由について教えて欲しいんですけど」
ギルマスがなかなか喋り出さないのだ。
おじさんと二人で向かい合っての長い沈黙。
きつくて、仕方がない。用件はなんだ?
「まさか、私の仕事に不手際でも……」
先日、ギルマスに頼まれた仕事。
『転送陣のテストをしろ』というクエストは無事に終えて、報告も済んだはずだ。
ついでに、コダール村での事件も。
吸血鬼ドラギドを討伐し、さらわれていた村人たちを解放することに成功した。
「その件については俺のところにも報告が届いている。村長から、コダール村を代表して感謝状も届いているぞ」
私自身も、レオナから繰り返しお礼を言われた。
今も転送陣に登録されているので、たまには遊びに行ってもいいかもしれない。
「じゃあ、新しい仕事でしょうか?」
「いや、それもまだだ。おまえに頼みたいことは特にない」
「では、何故、私を呼び出したんですか?」
ギルマスは頭をかきながら、坐りが悪そうに言った。
「……ミリアはどうしてる?」
「ミリアですか」
「何か変なことはなかったか?」
あったな。
部屋に入るなり、急に泣き出したのだ。
ピンクにも説教されるし、あの夜は最悪だった。
「そうか。やはり」
「彼女に何かあったんですか?」
「実は……」
ギルマスは説明した。
「ええええええっ! ミリアが勇者をやめる!」
彼女は伝説の勇者に憧れているのだ。
そして、あまりに憧れが強かったので、ついには職業まで勇者にしてしまった。
やめるなんて考えられない。
「言い方が悪かったな。正確には勇者をクビにされるんだ。これを見てくれ」
そう言って、書類を渡された。
警告文
ミリア・アリステラの職業・勇者の権利をはく奪する。
これを守れぬ場合は、然るべき処置を取らせてもらう。
と言ったようなことが書いてある。
「あと、一月ほどで剣士に転職しなければならないらしい」
「なんですか、それ」
「転職の神殿からのお達しでな。俺は立場上、口出しできない」
そうか。それで、ミリアはあんなに泣いていたのか。
なるほど。分かったぞ。
家に戻ってきた。
「ミリア。事情は聞いたよ。勇者をクビになるんだってね」
彼女は机に突っ伏して、泣き叫んだ。
「うわあああああんっ! 剣士なんて嫌だよ! あんな汗臭くて、体育会系の典型みたいな頭の悪い職業! ダサすぎるよー。死んでもなりたくないよー」
「……おい! こいつ、はったおしてもいいか?」
「まあまあ、レッド。落ち着いてよ」
でも、まあ、仕方ないような気もする。
彼女は勇者としては、あまりに力不足だし。
「ミリア。どうしても、勇者がいいの? それ以外はイヤ?」
「……はい。勇者以外はありえないです」
「……そう」
彼女がそこまで言うなら、しょうがない。
「転職の神殿に抗議に行こう!」
そして、ミリアへの警告文を取り消してもらうのだ。
「おまえ、無駄に行動力が高いよな」
「うん。私の取り得だから」
「ステラちゃん。私も行くよ。ミリアちゃんのためだもん」
「うん。ガツンと言ってやろう!」
というわけで、私は抗議に行くことになった。
いざ、転職の神殿へ!




