32 聖剣、盗まれる➁
ビリビリビリ!
ブロンドの髪を背中まで伸ばした美少女が、ギルドの手配書を破いている。
しかも、休日。
人気のない時間を狙って、何くわぬ顔でビリビリと。
そこで私はピンときた。
「……怪しい」
聞いたことがある。
ずる賢い悪党は、ブラックリストに載ることを避けるものだと。
ブラックリストは王都にある資料庫に保管され、重要な情報として扱われる。
一度、登録されてしまえば、取り消すことは容易ではない。
国内にある関所のチェックも厳しくなり、自由に悪事をやりにくくなる。
だから、賢い悪党は、王都に届く前に自分の情報をもみ消す。
情報は、冒険者ギルドに集まることが多いが。
地方のギルドなら、たとえ賞金がかけられていても、たいした事件として扱われない。
しかし、『聖剣祭』のような祭で、たまたま王都から来た冒険者がギルドの手配書を見てしまう。
そういう可能性もあるわけだ。
実際、それがきっかけで捕まった事例もいくつかある。
目の前の少女は、それを未然に防いでいる。
そして、たぶん意図的にやっているわけではなく、習慣になってしまっている。
全ての手配書を破いているのも、一枚だけなくなっているとかえって不審に思われるからだ。
「……声をかけてみるか」
一応、入口付近と窓の周辺を確認。他に仲間がいるかもしれないから。
異常はなかったので、少女に近づいてみる。
よく見ると、彼女の来ている軽鎧、サイズが合ってない。
普段は着ていない。つまり、冒険者ではないのだ。ますます怪しい。
ビリビリビリ!
依然として、破り続ける彼女の手首をがっしりと掴んだ。
「何か用かしら?」
見た目よりも、冷たい感じの喋り方をするな。
私の方が、ちょっと戸惑ってしまう。
「……えっと……どうして、手配書を破いてるの?」
少女はすぐに対応した。
「私の名前はミロス。あなたの名前は?」
「ステラ・レイラント」
「じゃあ、ステラさん。あなた、この町の冒険者じゃないわよね」
「え? うん」
「それなら、知らないのも無理はないわ。シグマの町では、だいたい月に一度ぐらいかしら。手配書を新しいものと交換するようにしてるの」
たしかに、初めて知ったことだ。
ミロスは付け加える。
「手配書は冒険者たちが一番に目にする場所でしょ? つまり、ギルドの顔と呼ぶべき部分なの。ステラは朝起きたらまず何をする?」
「……えっと、顔を洗う」
「そうよね。朝起きたら顔を洗う。人として当たり前のことよね。で、今、私はそれをしてるの。埃を被っていたり、シミが付いてたりしたら、気分が悪いでしょ? だから、洗い流してるわけ」
「……なるほど」
「分かったら、この手を離してもらえるかしら。作業の続きがしたいの」
「……ごめん」
そうか。顔を洗ってるんだな。
それなら、仕方がない……。
「……って」
違うだろっ!
これは嘘だ。口からでまかせだ。
息をするように、嘘をつく。その姿はさながら賢者さまのよう。
もっと、クールな性格なのかと思ったら、かなりの饒舌。
危うく騙されるところだったよ。
「あの、ミロス……」
「まだ用があるの?」
こちらを冷ややかに見つめている。
「……え……うん」
私は思わず、口ごもってしまう。
ああ、もう面倒になってきた。
もともと、こういう腹の探り合いは苦手なのだ。
レッドじゃないけど、ぶった切る方が得意なのだ。
はっきりと言ってやる!
「あなたパルテよね! ミロスってのは偽名でしょ!」
彼女は首をかしげた。
「パルテ? 誰それ?」
シラを切るつもりか。
「グラニュート盗賊団。そのボスであるグラニュートの妻はパルテという名前なんだ。あなたは知らないふりをしてるけど、本当はパルテ! 私には分かってるんだから!」
「どうして、そう思ったの?」
「……私の勘がそう告げてるんだ」
ミロスは目を細めた。
「要約すると、『あなたはパルテという名の悪党なの! その理由は勘! 特に根拠もないし、証拠も提示できないの! でも、気に食わないから、手配書は破かないで!』。こう言いたいわけね」
「そうだよ」
「ふーん……」
なんだこれ。すごく負けた気分。
「わかったわ。それならステラ。あなたに監視をしてもらうわ」
「いいの。そんなこと言っても」
さすがに盗みの現場を目撃されたら、言い逃れできないぞ。
「ええ。気が済むまでやって。私だって疑われたままだと気分が悪いもの」
やけに自信満々だ。
それはちょっと気になるけど、目の届く場所にいれば、とりあえず安心か。
☆
約三百年前のことだ。
突如として、暗闇の中から悪しき存在『魔王』が生まれる。
魔族の軍勢を率いて人々を蹂躙し、この世界から光を奪い去った。
人々は悲しみに暮れ、絶望にひれ伏した。
圧倒的な力を前にして、ただ天に祈ることしかできなかった。
そう、後に光の使徒と呼ばれる勇者が誕生するまでは――。
「勇者と魔王が初めて対峙するシーンは、序盤でありながら名場面の一つとして数えられているわ。そのときの勇者はまだ幼子。未熟な戦士に過ぎなかったのだけど、魔王は一目みただけで感じ取ってしまうの。その瞳の奥に秘められた真の力を」
めちゃくちゃ詳しいな。
やっぱり、勇者の伝説って、必修科目なの?
「分かります! あのシーン最高ですよね! 私、痺れちゃいました!」
ミリアも興奮している。
二日酔いもからも立ち直ったようだ。すっかり元気になっている。
そして、こう言ってはなんだが、ミロスがいてくれて助かった。
聖剣祭はどこに行っても勇者の話題で持ち切りだが、私にはちんぷんかんぷん。
対して、ミロスはマニアックな質問をされても、的確に返している。
しかも、その返答がミリアにとってはツボと来ている。
要するに、二人は話がかみ合っている。とても楽しそう。
私もう帰っていいかな? 蚊帳の外なんだけど?
「次はどこ行くの? だいたい、見て回ったけど」
「な、な、な、何言ってるんですか!」
「そ、そ、そ、そうよ! 馬鹿なの? 死ぬの?」
うん。うざい。
息ぴったりだな。
「聖剣祭よ! まだ聖剣を見てないわ!」
「そうです! 最後においしいところを取っていたんです」
さようですか。
では、行くとしよう。
「看板が立ってるね。えっと、『聖剣への挑戦! はたして、君は聖剣に選ばれることができるのか!』」
何やら大げさなことが書かれている。
だが、さすがの私もこれは知ってるぞ。
聖剣というのは、地面に刺さっているものなのだ。
そして、普通の人には引き抜くことはできない。
聖剣を扱えるのは、選ばれしものだけ。
つまり、世界を救ったと言われる伝説の勇者だけってことだ。
「聖剣を肌で触れて、体験することができるんですよ」
「そっか。楽しみだね」
日が落ちかけてるけど、まだ行列ができている。
でも、どんどん前に進んでるから、言うほど時間はかからなそう。
行列に並ぶことにする。
一応、ミロスをチェック。特に怪しい行動は取っていない。
さくさくと進んでいき、私たちの番が回ってきた。
「ミリア。あなたからだよ」
「いいんですか? それじゃあ、遠慮なく」
係員のおじさんが、隣で説明した。
「聖剣を引き抜くことができたら、それはもうあなたのものです。そのまま、持ち帰ってください」
「だってミリア。がんばって」
「はい!」
ミリアは聖剣を両手で掴むと、上に向かって力を込めた。
「ふんぎいいいいっ」
「ファイト。ミリア、ファイト」
「……ダメ。もう無理」
ペタンと座り込んだ。
「はい。残念でした。これは記念の景品ね」
「……ははは。無理でした」
そのわりには嬉しそうな声だけど。
いや、彼女はこれでいいのか。
勇者がどれだけ凄いのか、肌で体験できたってことだし。
「次の人、どうぞ」
「あっ、私だ」
ふむ。ミリアを見てたけど、本当に抜けないっぽいな。
地面には固い岩盤があり、そこに根本近くまで刺さっている。
少し横に揺らしてみても、微動だにせず。
刃も折れそうにないし、しっかり固定されている。
そして、よくできてる。
というのも、『頑張れば、抜けるんじゃね!?』と思わされるからだ。
きっと、リピーターも多いだろう。
祭りのイベントとしては、完璧に近い。
「……ふっぎいいい」
一応、頑張ってみるが、びくともしない。
力でどうこうするのは、無理なのか。
「はい。残念。これ景品」
「……」
べ、別に悔しくないし!
「次の人、どうぞ」
「私の番だわ」
おっと、忘れるところだった。
ミロスを監視しておかないと。
「へえ。これが聖剣。凄みがあるわね」
ミロスは聖剣の周りをぐるっと回って。
「意外と細くて、小さいのね」
柄の辺りを叩いたり、擦ったりしている。
「光り輝いてもいないわ」
早く引き抜け。
後ろがつかえてるぞ。
「ステラ~。しっかり見てる~」
「手を振らなくていいから!」
「はいはい……よいしょ」
ミロスが柄を持ち、力を込めた。
そのときだった。
「大変だ――――っ!」
叫び声。それと同時に、カンカンと鐘の音が鳴った。
物見やぐらの鐘だ。
ということは、正門で何かあったのか。
「賊だ――っ! 賊が来たぞ――っ!」
「なんだ? どうしたんだ?」
周りが動揺し、ざわついている。
ミリアが私を引っ張った。
「ステラさん。行きましょう!」
「でも……」
私は後ろを見ようとしたが、途中でやめた。
これだけ人がいるのだ。
彼女一人では何もできないだろう。
「うん。行こう!」
私は鐘の鳴る方へと走った。




