31 聖剣、盗まれる①
「わーい。着いたー」
日暮れ時。途中で盗賊に襲われもしたが、無事に町まで辿り着くことができた。
積み荷も守り切ったし、馬車も破損していない。
これでギルマスの用意したクエストは、達成できたことになる。
しかし、門番のチェックに時間がかっているな。
馬車が何台も並んでおり、なかなか前に進んでくれない。
まだ入ってないが、町の中も混雑してるんじゃないかと思う。
やっぱり、聖剣祭の影響なのだろうか。
ミリアが鼻息を荒しくして、答えた。
「勇者ファンにとっては、シグマの町は聖地なんです。ここに来ることが、人生の目標なんです」
「なんか、重いね」
「ええ。重いんですよ。そんなことも知らないんですか? 勇者なのにっ!」
開かれるのは、一年に一回だと聞いていた。
だから、もっとガラガラなものだと。
祭りは明日らしいけど、その前夜にすでにこんなに人が。
何も考えてなかった。
この様子だと、泊まる部屋もいっぱいだろう。
宿の予約とかしてなかったんだけど。
「計画性のない奴だな」
「うん、レッド。あなたにだけは言われたくない」
まあ、場合によっては、野宿で。
冒険者だから、そのぐらい余裕……。
「あの、よければ、宿を紹介しましょうか?」
「ロイドさん。いいんですか」
「ええ。知り合いの宿屋なんですが、二、三部屋ほどならすぐに空けてもらえるはずです」
願ってもない申し出だ。
さっそく、連れてってもらおう。
☆
私たちの住む町『アルムス』は木造の住居が多かったけど、シグマの町は石造の住居が多い。
白い壁をした四角い建物。それが通りの端にまっすぐ並んでいる。
地面にも石畳がびっしりと敷かれているし、イメージとしては『石の町』って感じかな。
宿屋は大通りから外れた水路のそばにあった。
「水路まであんのか」
「アルムスは川の近くにあったから、たしかに珍しいかもね」
外は荒野地帯だったし、あまり雨も降らない。
そのため、どこかから水を引いてきているってことなんだろう。
ロイドさんに話をつけてもらい、私たちはその宿に泊まることになった。
食事を取って、お風呂に入って。
それから、ロビーでのんびり会話を楽しんでいる。
「へえ。ロイドさんも聖剣祭を見ていくんですね」
「はい。数日ほど、こちらに滞在していく予定なんです」
子供の頃に父親から勇者伝説を聞かされて、それ以来、勇者ファンなのだそうだ。
なんだと。こんなところにも、勇者の信者が……。
「レイラントさんも勇者をやってるんですよね。応援してますよ」
私のことを、下の名前で呼んでる。珍しい。
あと、応援されても困るから。
「馬車の護衛、ご苦労さまでした。正式な報酬はギルドで受け取ってもらうとして……こちらは、私からのちょっとしたお礼です」
そう言うと、ロイドさんは宿の玄関から木樽を運んできた。
そして、ドサっと机に置くと、樽に蛇口を取り付ける。
ツーンと鼻を突く強烈な匂いが漂ってくる。
これは、荷車で移動していたときと同じ匂いだ。
「リボウ酒と言います」
せっかくなので、この場で開けてくれるそうだ。
ロイドさんの交易品なのだが、タル一つ分ぐらいなら大丈夫だとか。
飲酒は法的には問題ないし、何度か飲んだことはある。
コップにお酒を並々注いで、私に手渡した。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
赤みがかった液体だ。見た目にはブドウ酒と同じようなものか。
甘さの中に、酸味がある感じかな。想像だけど。
「……」
ロイドさんが感想を聞きたがっている。
とにかく、一口、飲んでみようか。
コップを持って口まで運んだ。
ゴクリッ!
「どうですか?」
「……」
お、おいしくない。
というか、あんまり味が分からない。
匂いがきつ過ぎて、生理的に拒否反応が。
これ、飲んじゃダメなヤツだ。
「……おふっ」
むせ返りそうなのを、なんとかこらえた。
笑顔で対応する。
「……とても、ユニークで、個性にあふれているかと」
感想をにごしたつもりだったが。
それに気をよくしたのか、ロイドさんはコップにお酒を継ぎ足した。
「まだありますから、どんどん飲んでください」
え? まだ飲まなきゃいけないの?
どうしよう。断れない流れだ。
この日、私に最大のピンチが訪れようとしていた。
「いや……」
くじけちゃダメだ。
忘れたのか。私は一人じゃない。
こんなときのために、頼れる仲間がいるんじゃないか!
「……私だけじゃ、もったいないので、みんなにも……」
「ええ。そうしましょう」
ロビーの椅子から立ち上がって、周りを見渡した。
誰だ。誰を呼んだらいい。
レッドやグリーンじゃダメだ。あの子たちは、空気が読めない。
ブルーやブラック……は、いないのか。町で留守番してる。
ピンク。そうだ。ピンクを呼ぼう。
いったい、彼女はどこに……。
「はあ。さっぱりしました。ここの浴場は大きくて、最高です」
ちょうど、ミリアが浴衣の格好で、近くを通りかかった。
タオルを振り回しながら、機嫌良さそうに歩いている。
「ミリア! こっち来て!」
「なんですか?」
「ピンク知らない?」
「お姉さまなら、もう一度、湯船に浸かるそうです」
まだ、浴場にいるのか。
わざわざ、呼びに行くわけにはいかないよな。
「お酒ですか?」
ミリアが興味を示した。
「お酒は好き?」
「いえ、飲んだことないから、好きも嫌いないです」
未経験か。
何も知らない若者に、強引にお酒を飲ませるっていうのも……。
「リボウ酒というんですよ」
「リボウ……リボウ酒!? それって、もしかして、あのリボウ酒ですか!?」
すっごく興奮しだした。
この子の喜ぶポイントって、いまいち分からない。
「リボウ酒は、勇者の好きなお酒だったんです。祝いの席では、必ずリボウ酒を飲んでいたという伝説が……」
「ほへえ」
伝説の勇者もお酒なんて飲むんだ。
やっぱり、ストレスが溜まって、それを発散したいとか。
「毎年、聖剣祭の時期は、酒場から大量の発注が入ります。相場も跳ね上がるので、交易商人は多額の利益が約束されているんです」
ロイドさんが付け加えた。
なるほどね。それで盗賊団からも狙われていたと。
酒ダル一つを潰したところで、利益は十分に確保できる。
私たちが飲んでも問題ないと。
「飲みます。ください」
ミリアは私のコップを取り上げた。
「私も勇者さまの好きだった味を堪能したい」
「ミリア。念のために言っとくけど、まずいかも……」
彼女は私の話を聞いてない。
コップを傾けて、一気に喉に流し込んだ。
グビグビグビッ!
「……マ、マジで」
彼女のこういうところは尊敬する。
ほんと凄くないか? 初めて飲むんだよね?
「……ぷっはー」
「どうだった?」
「……とてもユニークで、個性にあふれてました……」
「そう……」
まずかったんだね。
「おお。イケる口ですか。それなら、どうぞ。もう一杯」
ふたたび、コップに並々いっぱい注ぎ込んだ。
「ありがとうございます」
「……いや、ミリア。やめときなよ」
「飲みます。これが勇者の味なんです」
そして、コップを傾け、グビグビと。
「……はあ」
私、どうなっても知らないからね。
☆
『ミリアちゃんと仲良くなるチャンスだよ。聖剣祭はあの子と一緒にまわってあげて!』
と、ピンクは言っていたが、余計な気を回し過ぎだ。
ミリアと二人きりにされたところで、どうしろと言うんだ。
「それに……」
ミリアの方を見てみる。
彼女は側の柱にもたれ掛かって、ぐったりしている。
「大丈夫?」
「……すみません。大きな声を出さないで。頭が……」
二日酔いか。顔も青白いし、まっすぐ立ててない。
ピンクと一緒のときは元気なふりをしてたのにな。
私と二人っきりになったとたん、急にへばり出した。
原因は、昨日のリボウ酒だろう。
やめとけって言ったのに、まったく聞かなかったし。
「……ちゃんと、ついてくんで、先を歩いてください」
「了解。手はつなぐ?」
「……一人で歩けます」
予想どおり、人は多いな。
観光目的の家族連れも多いけど、冒険者のような男もけっこういる。
祭りと言えば、王都のパレードが有名だけど。
あれとは趣が違って、歴史観光のような雰囲気だ。
『過去の偉人たちの軌跡をたどって行こう』
そういった少し固い空気がある。
さて、どこに行こうか。
私はあんまり興味はないし、特にやりたいことはないんだけど。
「うーん。あれかな。勇者の記念館。いろんな伝説が聞けるみたい。ね、ミリア……ミリア?」
彼女は壁に頭をくっつけたまま、動けてない。
「……目が回って」
どうやら、段差があって上れないようだ。
まずは、椅子にでも座らせた方がいいだろう。
祭りを見て回るのは、落ち着いてからで。
「でも、混んでるから、椅子なんて埋まってるよね」
まさか、地べたに寝ころばせるわけにもいかないし。
困ったな。
「……あっ、そうだ」
シグマの町にある、冒険者ギルド。
そこまで、なんとかミリアを引っ張ってきた。
祭りの間中はほとんどの冒険者は休んでいる。
なので、ギルド内はガラガラ。
受付も一人しかいない。
「大丈夫だよ。もう少しだから」
「……」
「はい。いいよ」
椅子に誘導することに成功。
三つの椅子を並べて、彼女には横になってもらった。
ついでだから、クエストの報告を済ませて置こう。
きちんと報告をしなければ、クエスト達成にはならない。
ちなみに、他の町でもクエストの報告はできる。
「達成報告ですね。少々お待ちください」
ギルドの中でもみておこうか。
「……ん?」
女の子がいるな。私と同い年ぐらいの髪の長い子だ。
薄い生地の軽鎧を着てるから、冒険者かな。
あれ、何してるんだ?
ビリビリビリッ!
賞金首の貼り紙を破いている。
しかも、壁に掲示された全ての貼り紙だ。
「……怪しい」
私の勘が告げている。
この娘、怪しいぞ。




