30 馬車で移動③
「きゃあああっ!」
「お姉さま……そんな……イヤ」
どうやら、思わしくない事態が起きているようだ。
急いで高台を降りて、馬車まで向かおう。
「……はあ……はあ」
息を切らせて戻ってみると、男たちが剣を持って並んでいた。
「おおっと。動かないでもらおうか」
男が剣の切っ先をピンクの首筋へ向けた。
そう。どうやらピンクは捕まり、人質に取られているようなのだ。
で、みんなが手を出せないでいる。そういう状況らしい。
ちなみに、ピンクは目を閉じたままだ。動かずに、じっとしている。
ミリアが怒りをあらわにして、前に出た。
「この極悪人っ! 今すぐお姉さまから、その汚らわしい手を離しなさいっ!」
「おお。怖いねぇ」
「離せって言ってるのっ! さもないと……」
「さもないと、どうなるのかなあ?」
「……」
じりじりと前に寄る。
それを見ると、男はピンクの胸のあたりに刃を走らせた。
彼女の服が切れ、胸元がわずかにはだけた。
「次は服じゃねえ。肌までざっくりいくぜえ」
「……くっ」
ミリアが歯噛みする。
ダメだ。その手の輩に、そういうセリフは逆効果。
かえって相手を付け上がらせるだけだ。
「目的は?」
「はあ?」
「なんの目的があって、そんなことしてるの?」
男はイラっとして、私を睨みつけた。
「俺の仲間をやっといて、白々しいやつだな」
先ほど、高台にいた賊たちのことを言ってるのだろう。
「積み荷だ! 積み荷をよこせ!」
あくまで、荷物にこだわるか。ボスの命令に忠実ってことなんだろうか。
「荷物を渡しましょう」
と、ミリアが即決。
ダメに決まってるだろう。
冒険者として、賊に荷物を渡すなんてあってはならない。
「そんな。それじゃあ、お姉さまを見捨てるっていうんですか! 最低!」
「そうは言ってないよ」
私はピンクに話しかけた。
「ピンク。いつまでそうしてるつもりなの?」
「……」
彼女は目を閉じたまま、黙り込んでいるが、気を失ってるわけではない。
「早く本気を出して。そこの男を倒してよ」
「……」
「ピンク?」
「……できないよ」
「ええ!? そのレベルの相手、あなたの敵じゃないでしょ?」
ミリアが私の背中をベシッと叩いた。
「酷いっ! お姉さまは恐怖で委縮してるのにっ!」
「ピンクが恐怖? 誰に?」
「だから、あの男に……」
笑える話だな。そこの男に恐怖するって。
ミリアは、彼女に修行を付けてもらっていた。
それなら、きっと分かるだろう。
もともと、魂を分け合った私たち六人に優劣はない。
彼女は職業が『踊り子』。
後衛だから、前に出て戦っていないだけだ。
本気を出せば、レッドにも私にも負けないぐらい強いのだ。
「ピンク。アレをやってよ」
「……やだ。恥ずかしい」
「どうせ、そのうち見せることになるって」
「……ん~」
ミリアは、きょとんとしている。
まだ、この子には見せていなかったのか。
「はんっ! なんのハッタリだか知らねーが、さっさと積み荷を渡しやがれっ!」
そう言って、ピンクの胸の辺りをペタペタと触った。
「にしても、良い体してんな。よく見ると、顔も整っていて、ベッピンだあ」
顔も体も全部、私と同じなんだけどね。
「えへへっ! ちょっと、味見を……」
ピンクの体をさわさわしだした。
「きゃあああっ! お姉さまが汚されるー! キズモノになっちゃうー!」
慌てまくるミリアの首根っこを捕まえておく。
そろそろかな。
「……う……」
ピンクがもじもじしながら、言った。
「ウルトラアップ!」
≪ウルトラアップ≫
難度 ★★★★★
属性 地
使用回数 5/5
成功率 100%
説明 一定時間、全能力↑↑↑。あらゆる状態異常が効かない無敵モードになれる。
――――ブックン!
「……へ?」
男は、変な声をだした。
無理もない。目の前の美女が急に膨らんだのだ。
それはもう息を吹き込んだゴム風船のように――。
バキッ! 人質に突き付けていた剣が折れた。
そんな刃は、目の前の風船には通らないからだ。
「な、な、な、何がどうなってやがるんだ」
彼女。いや、彼女だったものと言うべきか。
数メートルに及ぶ大きさの何かが。
顔を真っ赤にしながら、叫んだ。
「きゃあああっ! 見ないでえええっ!」
拳を振り下ろすと、男の後頭部に直撃。
「……へぎゃあっ」
地面に叩きつけられた。
ミシッと鈍い音がして、その場でペチャンコになる。
「ひいいいっ! か、怪物だああっ!」
周りに取り巻いていた男たちも声を上げ、逃げ出そうとする。
だがもう遅い。
「いやあああっ!」
ブンブンブン!
「へぎゃっ」
「うごっ」
「ぐわあっ」
圧倒的な暴力の前に、屈してしまった。
「……うぅ。これ、恥ずかしいから見せたくなかったのに」
シューと空気が抜けていき、もとの姿に戻ると、その場にうずくまった。
「お、お、お姉さま。私、何も見てませんでした。どうやら、居眠りしていたようです」
「……うぅ」
まあ、あれだ。
とにかく、賊は退治し、積み荷は守れた。
一件落着。よかったよかった。
☆
(※三人称視点)
寂れた洞窟である。
ここはもともとダンジョンだったが、人々に荒らされ、資源を搾り取られた。
モンスターたちもすっかり狩りつくされ、どこかへ逃げていってしまった。
ダンジョン廃墟、あるいは廃ダンジョンなんて呼ばれ方をする。
グラニュート盗賊団は、そういう場所を好んでアジトにしていた。
「……よっこらせ」
グラニュートは座り込んだ。
そばに椅子もあるのだが、彼のような巨漢では圧し潰してしまう。
そのため、ボスなのに冷たい地面に直に座っている。
「もう、ジジくさいよ」
「えへへ。そうか。気をつけるよ」
「でも、そういうところも好き」
「ぐへへへ」
テーブルのフルーツ盛りからブドウを手に取る。
それを、房ごと口まで運んだ。
「あ~ん」
「はぐっ」
「おいしい?」
「ああ。うめえ」
なんだこいつら。
男たちは思った。
この二人ときたら、アジトにいるときはいつもベタベタとくっつき。
ひたすらに、中身のない会話を繰り返しているのだ。
しかし、グラニュートはとても楽しそうなので、口出しできない。
「お酒は?」
「……いえ。それが」
傷を負った男が入ってくると、申し訳なさそうに報告した。
「失敗したって」
「まったく。情けねぇ奴らだ」
彼らは怒っていない。
というより、もう興味が失せているようだった。
男はほっと胸を撫でおろした。
「ダーリンは、もっと大きなものを狙ってるんだよね」
「ああ。その通りだ」
「どんなもの?」
「太くて、硬くて、光り輝いているものだ」
「ダーリンより?」
「ぐえっへっへ。それを聞くか? オレの方が輝いてるに決まってるだろー」
「だよねー」
なんだこいつら。
だが、作戦の計画はきっちり練ってるようだ。
「お願いがあるんだけどー」
「もちろんだ。倉庫は好きに使ってくれて構わない」
「ありがと」
パルテは不敵な笑みを浮かべた。
いきなり『ひとめぼれした。妻にしてくれ』と言ってきたときは、部下たち全員が驚いたものだ。
なにせ、グラニュートは野獣のような男。
対してパルテは貴族のお嬢様のような良い匂いのする少女なのだ。
普通に考えれば、釣り合うはずもない。どうせ、すぐに逃げ出すだろうと誰もが思った。
しかし、今ではこの盗賊団のナンバー2。本当に分からないものである。
「どっせい」
グラニュートは立ち上がると、ドスドスと歩いた。
「斧を持ってこい」
部下の男たちが数人がかりで、斧を持ち運んだ。
「目的地は、シグマの町だ。分かったか」
「はい」
そんなわけで、グラニュート盗賊団は動き出した。




