23 ピンクと弟子➁
「おーっ。すげー」
家に戻ると、開口一番にレッドが声を上げた。
驚くのも無理はない。汚れやすい玄関前が、ピカピカに磨き上げられているのだ。
基本的に家事当番は、パーティーの控えメンバー。
今回だと、グリーンとブラックになるのだが。
これは二人のどちらとも違うな。
いつも時間があっても、こんなに綺麗に掃除はしない。
ブルーが時間を使って真剣にやれば、このぐらいになるかな。
でも、今は私の隣にいるので、掃除はムリだ。
「私がやりました。お姉さまのために」
「ミリアちゃん。掃除は当番制だから、やらなくていいんだよ」
「いえ、やらせてください。私は泊めてもらっている身なので、家事ぐらいはやらせて欲しいんです」
彼女もダンジョンに潜ってたのに、元気があるな。
さらに、掃除だけでなく、夕食も作ってくれたらしい。
「お姉さま。パスタをお持ちしました~」
ささっと、料理を出してきた。
ミートスパゲッティーのようだ。
まだ湯気が出ていて、香ばしい匂いが漂ってくる。
「どれどれ。さっそく、一口」
うむ。まずまずだな。
「ステラのごはんより、おいしー」
「ああ。ステラのカッチカチのまずい飯より、数千倍うめーぜ」
「……酷くない?」
私の料理って、まずかったの?
今度はもっと気合を入れて作ろう。
「どうですか?」
ミリアは不安な様子で、ピンクを見ている。
そんなに見られたら、食べにくいだろ。
ピンクは一口食べると、愛想笑いで答えた。
「おいしいよ」
「よかったです。お代わりもありますよ」
「私はいいよ。レッドにあげて」
夕食を終えると、ミリアはピンクの手を引っ張った。
「剣の稽古に付き合ってください。私の剣を見てもらいたいんです」
「えっと、私、剣はあんまり……」
「お姉さま。早く」
彼女はピンクを無理やり引っ張って連れて行った。
その様子を見て、私は血を噴き出す。
「……がはっ」
ポタリ……ポタリ……。
「……ん……」
「ありがとブラック。でも、救急セットはいらないかな。これ、ケチャップだから」
しかし、なんだあのベタ付きようは。
ピンクの何がそんな魅力的だって言うんだ。
胸か。やはり、あの大きな胸が良いのか!
「私たち、体型はみんな同じですけど」
「……うっ」
「おまえは胸じゃなくて、器が小さいんだろ?」
「うわああんっ! 酷いよっ! リーダーは私なのにっ!」
私が机に伏せると、ブラックが背中をさすってくれた。
ありがとう。味方は君だけだ。
「まあ、いいじゃねーか。飯はうまいし、掃除もやってくれるんだぜ」
「そうですね。これで冒険者としての仕事にも集中できますよ」
「でもさ……でも……」
「何がそんなに不満なんだよ」
「私も『お姉さま』って、呼ばれたいの!」
お姉さま。なんて、甘美な響きだろう。
かわいらしい妹系の美少女に、『お姉さま!」なんて呼ばれたら、私はきっと昇天する。
「くやしいっ! くやしいっ! くやしいいっ!」
「……さて、寝るとしようか」
「ですね。明日も早いことですし」
こいつら、冷たすぎだな。
今度、減給してやる。
まあ、でも、いいか。 ピンクだから。
これが、レッドやグリーンなら、不安で夜も眠れなかっただろうけど。
ピンクなら、上手いことやってくれるだろう。
だって、ピンクだし。
☆
「お姉さま。一緒に訓練しましょう」
「……うん」
私は、さっと二人の間に入ると、
「ミリア。今日は私と一緒に行こうか」
すると、彼女は露骨に嫌な顔をした。
「邪魔なので、あっちへ行ってもらえませんか」
「……」
私が横に避けると、ミリアはピンクの腕をつかんだ。
「さあっ! お姉さま! 早く」
彼女は両手で引っ張って、ピンクを連れて行った。
「あううっ。相手してくれない」
「気にすんな。あいつはおまえだけじゃなく、あたしにも同じ態度だったぜ。ついでに、ブルーやグリーンにもな」
しかし、もう五日目なのだ。
一応、挨拶をすれば返してくれるが、態度が冷たい。
そして、ピンクにずっとべったりなのだ。
もう、見ていて恥ずかしくなるほど、終始くっついている。
「ほっとけよ。あたしたちには、他にやることあんだから、そっちに集中しようぜ」
「でも、ピンクは」
「あいつもイヤなら、イヤって言うだろ。ガキじゃねーんだから」
それもそうか。
仕方ない。ピンクはいないが、ミーティングを始めるとしよう。
それから、さらに三日が経過。
「すみません。こんな顔をした人、見ませんでしたか?」
「ああ。それなら、南の方に……」
ピンクたちは、岩場で訓練をしているようだ。
行ってみよう。
「あの。放っておくという話じゃなかったのですか?」
「しょうがないんだよ」
今朝、ギルドマスターとばったり会って、近況報告をするように言われたのだ。
そしたら……。
『おいっ! 俺は言ったはずだっ! 教育係はステラだとっ! 何故、おまえがやってないっ!』
『すみません。あの子、私のことが嫌いみたいで』
『言い訳は無用だっ! すぐに様子を見てこいっ!』
『はいっ! 行きますっ!』
というやり取りがあったのだ。
行くしかないだろう。
「あー。いたよー」
グリーンが発見した。
近くまでいくと嫌だろうから、岩陰に隠れて様子をうかがう。
二人は向かい合って立っているようだ。
「お姉さま。お願いします」
「……うん」
二人は竹刀を持ち、構えている。
「はああああっ!」
カンッ! カンッ!
二つの竹刀が何度もぶつかり合っている。
息つく暇もないほどの打ち合いだ。
「うんうん」
ちゃんと訓練をしてるじゃないか。
これなら、申し分ないな。
ギルマスに近況報告ができるぞ。
「……なっちゃねーな」
「そう? しっかり打ち合いできてるけど」
「あんな構えじゃ、力が分散する。まともにダメージ入らねーよ」
ミリアは杖を装備した。
今度は魔法の訓練だな。
「ファイアボール」
昔からある定番の魔法だ。
それを近くの大岩に向けて撃ちだした。
ドカーンッ!
大岩が粉々に粉砕された。
凄い威力だ。魔法はばっちりだね。
「ダメですね」
「え? 良かったと思うけど。大きかったし」
「見た目は派手で威力はありそうですが、純度が低いです。おそらく、今の半分の大きさで十分かと」
あっ、ミリアは弓を装備した。
そして、ピンクの頭の上にはリンゴが。
まさか、あれを射抜く気なのか。
キリリリリッ!……シュッ! シュッ!
ストン、と、リンゴだけが落ちた。
「おおっ! リンゴを射抜いた。凄い。ピンクも凄いけど」
「ダメ―。まったくダメ―!」
「えー。今のはよくなかった?」
「たまたま当たっただけー。私なら、リンゴの中の芋虫も射抜くよー」
え? 中に芋虫いたの?
最後は盾を装備か。
防御は大切だよね。
「行くよ」
「はい。お願いします」
ピンクの激しい攻撃。
それをミリアは全て弾いていく。
「ガードが固い。かっこいい」
「……ん……ん……」
「ブラック。今のダメだったの?」
「……ん……」
ここで休憩のようだ。
印象としては、えり好みしないで、いろいろとやっている。
彼女はいわゆるオールマイティー。
なんでもこなせる万能な勇者を目指してるように見えるけど。
「休憩が終わったら、場所を移動しましょう。私、まだ試してみたいことがあるんです」
ミリアはやる気を見せている。基本はマジメな子なのだろう。
私たちの方にも、それは伝わってくる。
しかし、ピンクは浮かない顔をしていた。
ミリアを突き放すように、言った。
「もう訓練はやめよう」
それを聞くと、ミリアは焦った。
「お姉さま。な、なにを言ってるんですか? ひょっとして、私と訓練するの嫌なんですか?」
「ミリアちゃんのことは好きだよ。だから、こんな訓練はして欲しくないの」
「意味が分かりません」
「剣ならレッド。魔法ならブルー。弓ならグリーン。盾ならブラック。あなたにはふさわしい師匠がいる。みんなに教われば、ミリアちゃんはきっと今より成長できるよ。それに、ステラちゃんも」
ミリアは首を横に振った。
「違います。それじゃダメなんです。私はお姉さまに教えてもらいたいんです」
「どうして、そこまで私にこだわるの?」
「それは、お姉さまが私の理想だから」
そう言うと、彼女は立ち上がった。
「お姉さまは知っていますか? かつて魔王を討ち果たし、この世界を救った伝説の勇者のことを」
初代勇者のことを言ってるのだろう。
その人物をもとに、『勇者』という職業が生まれた。
いわば、オリジナル。
私がやってることは、その勇者のコピーに過ぎない。
「優秀な人だったと言われています。文武に優れ、精神的にも成熟していた。どんな困難にも決して挫けず、弱きものは自分の身を呈して守り抜いた。本物の英雄であったと」
そして、伝説の勇者こそが、ミリアの目指している勇者だった。
「お姉さまは、私のことを必死に守ろうとしてくれた。その姿はまさに真の勇者だった。私の理想にもっとも近い人なんです」
「……そっか。私が理想の……じゃあ、ステラちゃんは」
「あの人はダメです。優しくないし、勇気もありません。お姉さまとは、似ても似つかないです」
「それは誤解だよ。ステラちゃんは、あなたが苦しいときに、手を差し伸べてくれるはずだよ」
「お姉さまは優しすぎるから、目が曇ってるんです。あんな人、勇者失格ですよ」
結局、訓練はここで終了となった。
それにしても、私、ひどい言われようだな。
そして、次の日。
「いなくなった!?」
ピンクがあわあわしながら、私に言った。
「ごめんなさい。昨日、私が訓練やめようって言ったから、それが原因かも」
いや、ピンクはまったく悪くない。
彼女は普通に助言していただけだ。
「どうしよう」
「問題ないよ。お腹が空いたら、戻ってくるって」
「でも、ギルドマスターにお願いされてるんでしょ?」
「……うっ」
私は頭が悪い方だけど、さすがに分かっていたつもりだ。
ギルマスは『ステラが教育係』と言った。
あれはただ『教育する係』という意味ではない。
そこには、『彼女から目を離すな』という意味も含まれていたはずだ。
要するに、私はミリアの監視役だったのだ。
「……いや、でも、バレなきゃ問題ないよ」
とりあえず、水を飲むことにする。
ゴクゴクゴク……。
「あー。ギルマスだー」
「……ぶふっ!」
やばい。速攻でバレた。
「だあああああっ! ステラアァッ! おまえがついていながらあああっ!」
「すみません……すみません……すみません……」
「俺も説明が足りなかったかもしれんな。ミリア・アリステラはな。魔物活性化体質なんだ」
初めて聞く用語だ。
ギルマスが説明する。
「周りの魔物のレベルを上げてしまう、非常に恐ろしい体質のことだ。場合によっては、魔物を進化させる可能性もある」
「ホントですか? 魔物を引き寄せやすいタイプだとは思ってましたが、そこまでのものだとは……」
「最近、発見されたもので、まだ研究中なんだが。だからこそ早急に彼女を強くし、能力をコントロールしてもらう必要があった」
なるほど。魔物を活性化……。
「それは例えば、大量のモンスターがいるダンジョンに潜ったりしたら……」
「ああ。ヤバいな。放置すると、凶悪な魔物の軍団が誕生しかねん」
これは、やってしまったな。
笑いごとじゃ済まないぞ。
「ステラ。やることは分かってるな」
「すぐに、連れ戻して来ます」
「気をつけろよ」
「はい」
さて、準備だ。
みんなとも、相談しよう。




