22 ピンクと弟子①
現在のメンバー……。
メインメンバー:ステラ レッド ブルー ピンク
控え:グリーン ブラック
それは私たちが、いつものごとくダンジョン探索をしていたときのことだった。
「……様子がおかしい」
変な違和感だ。ぞっとするというより、居心地の悪い感じ。
洞窟の壁に触れている私の手が、じっとりと汗ばんでいる。
「ステラちゃん。何がおかしいの?」
「うん。えっとね……」
私は前を指し示した。
すると、ちょうどその先の通路からモンスターが歩いてくる。
のそのそと引き摺るような足取りで現れたのは、グールと呼ばれるモンスター。
浅黒い肌と、骨ばった手足。あと、膨らんだお腹をしている。
別名は食屍鬼と呼ばれ、人間の死体を好んで食べると言われる。
冒険者なんか特に食べ頃だろう。
私やブルーのように魔力が高い者ならまっさきに狙われる。
魔力とは生命の源であり、モンスターにとっては美味びみらしい。
そのグールなのだが、私たちの方を向いた。
半開きになった口からは、ダラダラとヨダレが垂れている。
まさか、こっちに襲い掛かるつもりなのか。
「グウゥゥゥッ!」
だが、すぐに向き直ると、低い唸り声を上げながら、ふたたび歩き出した。
「変ですね」
「そう! そうなんだよ! やっぱり、変だよね」
「どこか変なんだよ」
レッドには分からないか。
ブルーが代わりに答えてくれた。
「おそらく、あの先に私たちより魅力的なものがあるのでしょう」
つまり、そういうことなんだけど、私たちより魅力的なものとは、いったい……。
「誰かが襲われてるのかも。助けに行こうよ」
ピンクが私の手を引っ張った。
まあ、普通に考えるなら、その線が高いだろう。
私たちのランクも上がっていて、このダンジョン自体も相当にレベルが高い。
下手すると、命の危険もあるわけだ。
死体、とまでは行かなくても、血は流しているかもしれない。
取り返しの付かないことになる前に、グールを追いかけてみよう。
☆
「おい。あいつ、どこに行ったんだ」
「待ってね。今、感知してるから」
私が耳をすませると、のそのそした足音を感知できた。
「どうやら、この壁の向こう側みたいだね」
よく見ると、隙間がある。
小さな子供がやっと通れるほどの狭さだが、グールの細身なら通れなくもない。
「だったら、話は早えっ! あたしがぶっ壊す」
剣を両手で握り構える。
それから、助走を付けて、壁に切りかかった。
「爆裂断っ!」
≪爆裂断≫
難度 ★★★★
属性 火
使用回数 15/15
成功率 80%
説明 爆発を起こして、対象を破壊する。
剣の切っ先が壁に触れると、そこから橙色の爆発が発生。
ガラガラッと、勢いを上げて崩れていく。
「グウゥゥゥッ!」
いた。グールだ。
しかし、また新しい壁にぶつかっている。
進めないのに、方向を変えない。
何がしたいんだ。
「違いますよ。上を見てください」
壁ではなく、崖だったようだ。
上では数匹のグールが人間に群がっている。
「やっぱり、誰か襲われているみたい」
「少女でしょうか。私たちと同じぐらいの」
彼女は薄手のアイアンプレートを着ており、利き手には剣を握りしめている。
たぶん戦士なんだろう。きっと、ここへは自分の意志で来たのだ。
「このっ! このっ!」
しかし剣で攻撃するも、ダメージが入っていない。
不安定な足場で、力が入りにくいというのもあるが。
「……え? なんで」
グールは、見た目には痩せこけていても、実はけっこう固い。
それに力もある。群れで襲われると、上級の冒険者でもけっこう手こずる。
あの子では、まだ実力が足りてないな。
やられるのも、時間の問題だろう。
「どう? ブルー。いけそう?」
「難しいですね」
崖が湾曲していて、射線が通っていない。
この位置から魔法を撃っても、当てることができない。
「迂回して、崖の上まで移動しましょう」
「うん。そうだね。向こうからなら……」
「駄目だよっ!」
ピンクが私たちを制止した。
「それだと、間に合わない! あの子が死んじゃうよ」
ちょうど、少女の剣はグールに掴まれていた。
にじり寄る食屍鬼の口が大きく開く。
真っ赤な舌が伸びてきて、少女の顔を舐めた。
「……いや。やめて」
怯えるように後ろへ退くが、彼女の背後にはもう一匹のグールが。
「……」
彼女の顔は青ざめ、その場にへたり込んでしまった。
完全に囲まれているので、抵抗は無意味。
そう悟ったのか、彼女の戦意は失われてしまっている。
「私がなんとかする」
ピンクが前に出ると、崖に身体をくっ付けた。
そして、手を伸ばして、叫ぶ。
「スピードアップ! スピードアップ!」
すると、少女の体が桃色の光に包まれた。
「……なにこれ。暖かい」
状況の変化に付いていけてないようだ。
少女は自分を包む光を、ボーっと眺めている。
ピンクはまた叫んだ。
「剣を……手放しちゃダメ!」
「剣を……?」
そこで、少女は自分が武器を持ってないことに気づいたようだ。
地面に転がっている剣を手に取ると、両手で抱え込んだ。
「諦めないで! あなたの敵を倒すの!」
「私の……無理。私には倒せない」
「あなたなら、できる!」
「私なら……できる……」
少女は立ち上がると、おもむろに剣を構えた。
「私なら……できる……」
呪文のように呟き、グールに目がけて突進をしかけた。
「パワーアップ! パワーアップ!」
彼女の右肩は、グールの胸部にぶつかる。
ミシミシッ! 肩がめり込み、グールは悲鳴を上げた。
「えええいいいっ!」
そのまま、全体重をかけて、相手の体を地面にたたきつける。
――ゴン!
「グウウウウウッ!」
鈍い音がした。
打ちどころが悪かったのか、グールは気絶してしまった。
「……これ、私がやったの?」
なんだか、体が羽のように軽くて。
それに、大して力を入れてないのに、敵が勝手に気を失ってくれて。
彼女の気持ちを代弁すると、こんなところだろう。
ピンクは優しい声で言った。
「あなたの力よ」
「……私の……力」
そうつぶやくと、彼女の表情が生き生きとしてきた。
「私の力だ!」
グール達が迫ってきた。
しかし、もともとグールは引きずるように歩くし、その動きは機敏とはいえない。
スピードアップのかかった彼女には、追い付くこともできていない。
さらに……。
「はあああっ!」
ザシュッ!
その剣が首の付け根を切り裂いた。
多少の防御力はあっても、急所を狙われてしまえば、一溜りもない。
能力アップだけでなく、彼女自身の動きもよくなってきているようだ。
こうなってしまえば、もうグールたちは敵ではないだろう。
残った数匹を倒すのも時間の問題だった。
☆
「結局、見失っちゃったね」
ギルドまで戻ってきた私たち。
崖の上まで行ったときには、あの少女はいなかった。
というわけなので、そのまま帰ってきたわけだけど。
「なんかさ。あの子、変じゃなかった?」
「はあ? 変ってどこが」
「いや、なんというか……」
グールはあの子だけを狙っているように見えた。
本当なら、もっとばらけて、私たちの方にも襲いかかるはずなのに……。
「はははっ! そうかステラっ! おまえには分かったかっ!」
ギルドマスターだ。
最近は忙しくしていて、ギルドにはいないと思ってたけど。
「実はなっ! おまえに頼みごとがあってなっ!……出てきていいぞっ!」
すると、女の子がひょっこりと顔を出した。
その姿には見覚えがあった。
「ああっ! さっきの!」
「ミリア・アリステラです。職業は勇者です。よろしくお願いします」
少女はぺこりとお辞儀をした。
「……どういうことだ? 勇者って、おまえ以外にもいるのかよ」
「説明してなかったっけ? 職業の一つだから、条件を満たせば、誰でもなれるんだよ」
でも、勇者ってことは、相応の実力があるということだ。
でなければ、最初から、そんな選択肢は存在しない。
「まだ見習いです」
「そうなんだ」
「事情があってなっ! こいつは勇者にならざるをえないんだっ!」
なんとなく、察しは付く。
要するに、危険だから、強くなる必要があるのだろう。
「おまえに教育係を頼みたいっ! 同じ勇者なら、勝手もよく分かるだろっ!」
「……はい。えっと、頑張ります」
ギルマスの頼みは、断れない。
私はこのギルドに所属する冒険者なのだ。下手すると、追い出される。
「じゃあ、これからはステラの支持に従うんだっ!」
「はい」
ギルマスに押されて、ミリアは前に出てきた。
「先ほど、ダンジョンではお世話になりました」
うん。きちんとお礼ができるようだ。
なかなか、礼儀正しいじゃないか。
「とても素敵でした。かっこよさに痺れました」
うんうん。そうか。
素敵! かっこよさに痺れた!
ヨイショも上手いな。すぐに出世しそうだ。
「これからは、ぜひレッスンをお願いします……」
そう言うと、目をキラキラさせて手を握った。
「ピンクさん!」
「……え? 私?」
「はい。あなたの励ましの言葉、胸を打たれました。それに、あんなに上手に動けたのも生まれて初めてのことです。ピンクさんに指導してもらえれば、私はきっともっと成長できると思うんです」
たしかに、ピンクも元は勇者だし、本当の名前はステラだけど。
「これからは、お姉さまと呼ばせてください」
『お姉さま』だと?
私は妹もいないし、そんな呼ばれ方したことない。
うらやましいじゃないか。
嫉妬しちゃうぞ。
「ミリア。一応、リーダーは私なんだけど」
「私に何かしてくれましたか?」
「してないけど」
「励ましの言葉はかけてくれましたか?」
「かけてない」
「私は助けてくれたお姉さまに、教わりたいんです」
「……くっ」
何も言い返せない。




