第39話 完勝
「馬鹿……な」
目の前に起きた現象を、グレスは最初理解出来なかった。
フォードが取り出し呟いた腕輪から、猛烈な光が現出する。
そして光は一つの形となり、鮮烈な爆音と共に一人の少年を『召喚』する。
【ルザ 十八歳 エレイス家の長男 レベル29
クラス:バスタードソードウォリアー
状態異常:高揚(装備のおかげで攻撃力に上昇補正1・2、混乱などの状態異常を軽減)
称号:『絆を裏切りし者』(他者を裏切った場合、能力が1・3倍に上昇)
『破滅をもたらす者』 (人々の絶望や苦悩を味わった時、新たな魔術を会得することがある)
体力:高 魔力:中 頑強:高
腕力:高 俊敏:中 知性:中
特技:『大剣技Lv8』 『剣術Lv6』
スキル:『裏切りの紋章』(裏切った相手に対して攻撃力が1・4倍)
『豪運の覇者』(悪運が強い。死をもたらす攻撃を高確率で生き延びる)
魔術:『土魔術Lv4』 『炎魔術Lv3』 『闇魔術Lv8』
装備:『樹炎大剣ヴェレストス』
『怨嗟黒鞭ザストラウィップ』
『ダースペガサスアーマー』
『アッシュゴーレムの篭手』
『デッドリープラントブーツ』】
――現れた少年をフォードは《憑依》し意のままに操る。
猛炎に包まれた大剣が『鎧の巨漢』を吹き飛ばし、さらに『狙撃手』の放った一撃を大剣の猛火が焼き尽くした。
「わ、私の息子――『ルザ』だと!? フォード、貴様! いったい何をした!?」
グレスが我も忘れ激昂し叫びを上げる。
だがその姿、隙だらけだ。ルザ(フォード)は樹炎大剣ヴェレストスを振り上げグレスへと疾走する。
それを『鎧の巨漢』がウォーハンマーで迎撃しようとするが動きが丸わかりだった。
『鎧の巨漢』が突っ込んできたところをルザ(フォード)は怨嗟黒鞭ザストラウィップで迎撃、その巨体に鞭をまとわりつかせ豪快に振り回した。
「ぬっ、ぐおおおおお!?」
さすがにレベル60の彼も宝具級の武具を打ち込まれ無事でいる道理はない。周囲の岩柱を巻き込み轟音を立てながら遠くまで吹き飛んだ。
その隙にルザ(フォード)がグレスへと突貫する。
それを阻害しようと『狙撃手』が不可視の狙撃を繰り返すが来ると判っている攻撃を捌くのは訳ない。
ダースペガサスアーマーで飛翔しかわし、あるいは当たりそうな一撃はアッシュゴーレムの篭手で反らした。
「馬鹿な、なぜ私の息子が貴様なんぞの言うことを聞く! ――ルザ! 私だ! グレスだ! 返事をしろ!」
瞠目し慌てて叫ぶグレスだがフォードは返す義理もない。
代わりの返事とばかりに右手を差し出す――魔術の詠唱。
「[紅蓮なる使徒に我が願いを託す。――豪炎の神の輩よ、我に地獄の炎を]! 『ヘルブレイズ』!」
黒く染まった、地獄の火炎が、グレスへと迫りゆく。
それはグレスの高級装備で凌いだが、グレスは己の息子からの攻撃に驚愕を隠せない。
「馬鹿な、ルザ! ルザ! 攻撃をやめよ! 私がわからないのか!? ルザぁぁ!」
――これが、フォードの目論んでいた『戦力』だ。
あの日、ルザを捕らえたのは単なる戦力としてではない。いずれ来るかもしれない『父親』の襲撃を予期してのことだ。
馬鹿息子に高価な装備を与え盗賊紛いの事も許す腐った父親だ、だが逆に言えばそれは親子の強固な絆をも示している。
悪党というものは愚劣だが、仲間内ではその絆は強い。ゆえにルザを捉えれば父親であるグレスもいずれ来ると踏んだ。
そのための手駒だ。グレスには息子のルザが何よりも強い手駒として通じる。
例え手練れの傭兵を連れていようと関係ない。
ルザに《憑依》しグレスを狙えば傭兵はグレスを守らざるを得ない。
そうして出来た隙をフォードは《憑依》したまま撃滅すれば良い。
いま、『鎧の巨人』を打ち払ったように。
いま、『狙撃手』の行動を制限できたように。
グレスを守る傭兵――という構図を作りさえすれば、グレスを破るのは容易い。
「ルザ! 私の声が届かないのか!? ルザ、ルザ、ルザ、ルザァァァ!」
「――そう吠えるなよ、愛しの息子が心配なら他の奴でお相手するぞ? ――『送還』、ルザ。――『召喚』、ペール」
フォードは一端ルザをその場から送還し、代わりに一人の少女を『召喚』した。
ルザの取り巻きの一人、巻毛のアイスウィザードであるペールだ。
その少女にフォードは《憑依》する。
【ペール 十七歳 探索者 ランク青銅 レベル24
クラス:アイスウィザード
体力:低 魔力:中 頑強:低
腕力:低 俊敏:中 知性:中
特技:氷結魔術 回復魔術
闘技:アイシクルエッジ フリーズブロウ アイスウォール
装備:氷尾鳥のロッド 雪華のローブ 氷妖精のブラ サファイア兵の耳飾り】
氷操る魔術師であるペールから、多数の氷魔術が放たれる。
氷の槍、氷の柱、氷の鞭……グレスは突如現れた少女とその正体に驚愕を隠せない。
「馬鹿な、ルザの取り巻きの少女……!? それにろくな詠唱もなしに『召喚』を……!」
これはフォードがかつてガルグイユ監獄で手に入れた『召喚竜の輝腕輪』と『送還竜の輝腕輪』という魔導具の効力だ。
これらの腕輪は対象を瞬時に『召喚』や『送還』する事が出来る。
フォードは屋敷の地下牢獄にルザたち5人の虜囚を収容しているわけだが、この『腕輪』は彼らを『召喚・送還』出来る。
つまり、必要に応じて捕らえた5人を『召喚』し《憑依》し、操作――必要がなくなれば『送還』し別の者を『召喚』し《憑依》すれば良い。
これによりフォードはいつでも手慣れた手駒を戦力として扱う事が可能となった。
新たに目の前の敵を《憑依》するのは便利だが、一々能力把握するのに一拍必要とする。ならば状況によっては虜囚である5人を予め戦力として確保した方が効率が良いと考えた。
その結果が、今の光景だ。
グレス屈指の傭兵の『鎧の巨漢』は吹き飛ばされ、『狙撃手』もフォードがグレスを狙うため射線を限定されるため上手く立ち回れない。
対して、フォードは戦力として隅々まで把握した手駒を使い、グレスを追い詰める。
「――[凍れ凍れ我の敵どもよ。永遠の氷河に取り込まれ、時を奪われよ]! 『フローズンゲイル』! 『フローズンゲイル』! 『フローズンゲイル』!」
ペール(フォード)から放たれる、いくつもの氷風魔術。
グレスは、全身を猛氷風に覆われながら、必死に叫んだ。
「貴様、ペール! ルザの取り巻きではなかったのか、なぜ歯向かう!? 私に従え!」
「それは無理な相談だ。――『送還』、ペール。――『召喚』、コルバ」
一端フォードはペールから離れ、再び『召喚』と『送還』を交互に行う
今度召喚されたのは長身の少年だ。フォードは彼へも即座に《憑依》する。
【コルバ 十八歳 探索者 ランク青銅 レベル25
クラス:シールダー
体力:高 魔力:中 頑強:高
腕力:高 俊敏:低 知性:中
特技:防護魔術 回復魔術
闘技:シールドバッシュ シールドチャージ デコイフィールド ギガントウォール
装備:朱巨人の盾 月華の鎧 岩妖精のブーツ アクアマリン兵の篭手】
――今度もルザの取り巻きの一人だった、少年の召喚だ。
シールドの扱いを特異とし、『シールドバッシュ』、『シールドチャージ』、各種盾技の技能はこの場では大変有能。
「馬鹿な!? コルバ、貴様もルザの取り巻きだろうが! ――ええい『フレイムランス』! ――『イグニスゲイル』!」
咄嗟にグレスは迎撃に火炎魔術を使うが無詠唱なため威力が乏しい。
加えてコルバ(フォード)はシールダーのクラス、防御しつつ接近するのはお手の物。
俄然、グレスとコルバ(フォード)の距離が縮まっていく。
「くそ! ――【アイーダ】! 奴の動きを止めろ! 【ゴレウス】! さっさと復帰して迎撃に傘下――」
そのセリフは最後まで言うこと叶わない。
「グレス。お前は大きなミスを犯した。俺が洗脳や魅了系の力を使うと判っていて、その身を晒したことだ」
そもそもグレス対策の駒を使っている時点で彼に勝機はない。
さらには自らが姿を晒している時点で、絶対に勝利はない。
フォードは『煙』状態となり、グレスへと《憑依》した。
「な、何を言っているんだ――君は私の――」
グレスの意識は、その瞬間に消え失せ、フォードの支配下に置かれる事となる。
【グレス 三十八歳 エレイス家の当主 ギルド幹部 レベル38
クラス:ハイフレイムウィザード
状態異常:高揚(装備のおかげで攻撃力・防御力に上昇補正1・4、混乱などの状態異常を軽減)
称号:『狂乱の指導者』(他者を裏切った場合、能力が1・5倍に上昇)
『破滅をもたらす者』(人々の絶望や苦悩を味わった時、新たな魔術を会得することがある)
『貪欲なる野心』(悪事とされる行いをした場合、魔力が1・3倍に増える)
体力:385 魔力:453 頑強:368
腕力:361 俊敏:374 知性:453
特技:『杖技Lv11』 『槍術Lv9』
スキル:『裏切りの紋章』(裏切った相手に対して攻撃力が1・4倍)
『豪運の覇者』(悪運が強い。死をもたらす攻撃を高確率で生き延びる)
『狂信者の加護』(背信とされる邪教の一員。闇魔術の威力が1・4倍)
魔術:『炎魔術Lv9』 『闇魔術Lv11』
装備:『輝星杖ヒーラゲルス』
『怨嗟黒鞭ザストラウィップ』
『ヤクトバグアーマー』
『パラライズドレイクの篭手』
『ドラゴンゾンビブーツ』
『隷属魔獣のアミュレット』】
「フハハハハハ! 流石! ルザの父親のだけのことはある! 素晴らしい素養! そして装備の数々だ!」
グレスの装備品は貴重も貴重、国宝としても申し分ないものだった。
さらにはそのスキルも魔術も上々、息子のルザ以上の素養がある。
そしてなにより、フォードを高揚させたのは――。
「(こいつ、配下を『戒める』装備を持っているな!)」
グレスが装備した数々の武具。『輝星杖ヒーラゲルス』『怨嗟黒鞭ザストラウィップ』『ヤクトバグアーマー』『パラライズドレイクの篭手』『ドラゴンゾンビブーツ』『隷属魔獣のアミュレット』は、どれも強力な武具だ。
そのうち『隷属魔獣のアミュレット』は、『契約を結んだ者の意志を操る』効力を持っている。
つまり、グレスを支配下におさめてしまえば、もはや勝利は確定したも同然。。
「っ! グレス様をも手中に!? おのれ、俗物が――」
咄嗟にウォーハンマー持つ『鎧の巨漢』が迫る。
姿視えぬ『狙撃手』が、フォードを狙おうと攻撃しかけてくる。
だが、それより先――。
「我! 隷属した者たちへ告げる! ――[全ての戦闘を停止せよ! 全ての戦闘行為を中断せよ]!」
グレスの装備したアミュレットから、禍々しい力が解放され、『鎧の巨漢』、『狙撃手』――二人ともが行動不能となる。
全身がまるで鉛のように重く、さらに思考も判然としない。
完全な戦闘不能と化した二人を、仕留めるのは訳なかった。
「――馬鹿な、この私が……」
戦闘の終了後、グレスは呆然とした表情で呟いた。
十七名いた傭兵は四名を残し全滅。
残った四人も、切り札であるはずの『鎧の巨漢』も、『狙撃手』も、魔術の鎖で縛られ転がされている。
さらにはグレス自身も、《グランドサーペントの縛鎖》という高位装備によって、身動きも魔術行使も出来ない状態となっていた。
全て、グレス本人が持ってきた道具だ。
「――さて、決着はついたようだな、グレス」
フォードが、冥王臓剣とリバースソード改を収刃したまま語る。
「これでお前との勝負は、俺の勝利という形で幕を閉じたわけだ。この落とし前は、お前の命で贖ってくれるのか?」
「ま、ま、待ってくれ!」
それまでの様子とは打って変わり、命の危険を察したグレスは、焦燥の色を顔に浮かべる。
「私の行動に、憤りを感じたのなら謝罪をしよう! フォードくん、済まなかった。息子を取り返すためにした行為、及び君へ投げた無礼の数々、ここで謝罪させていただく。――わ、私は、君に何も手出しをしない。だから命だけは……っ」
「――そう語っておいて、『魔力無しでも作動する魔導具』を忍ばせていいたのだろう?」
フォードは予めグレスの懐から奪っておいた『灰色宝石のアミュレット』を見せつけた。
これは魔力無しで五回だけ強烈な闇魔術を発動出来る高級魔導具だ。
「……なん、だと? ば、ばかな……っ」
「例え敗北を喫したとしても、相手を油断させ逆転の一手を打つ――戦術としては悪くない出来だったが、相手が悪かったな。お前の思考、戦術、思惑……全て俺は把握している。お前が考えている反撃――それらは全て俺が封殺出来る」
フォードがグレスを《憑依》した瞬間、彼の隠している切り札も全て把握した。
取り出した『灰色宝石のアミュレット』はその一つ。
他にも彼は八つの『切り札』を隠し持っていた。
どんな状況にも、対処出来るよう準備してきたのだろう。
だがフォードに意識はおろか記憶までも掌握されて、対処できるはずもない。
「ば、馬鹿な……!? あれだけ『洗脳』や『魅了』に抵抗する装備をつけていたのだぞ!? それをこうも安々と……」
「俺の前ではそれらは意味を成さない。それが判っただけでも上出来じゃないか。――さて」
フォードは、グレスと、そして彼の配下十七名の姿を指し示す。
「奇襲で俺の命を狙った悪党――という形になったお前だが、今では立派な捕虜の身だ。これでまだ俺に歯向かう気あるのなら、俺は相応の手を打たねばならない」
「ま、待ってくれ! ……私は……私は……っ」
「息子共々、俺への服従を誓う、というのなら悪いようにはしない。――ギルド幹部、グレス。俺の『戦力』となって息子ルザと同じく働くか、それとも俺の愛剣のサビとなるか――好きな方を選ぶといい」
「ぐ……く……ぐうう……っ!」
グレスは、長い、長い間、葛藤していた。
敗北への屈辱感。息子を取り戻せなかった敗北感。
そして、フォードに突きつけられた現実。
それらを加味し、必死に己を抑え、搾り取るような、言葉を紡ぎ出す。
「……い、良いだろう。従う! い、命には変えられん。私は……君の傘下に加わり、息子と共に君の戦力となろう!」
「ありがとうグレス。そしておめでとうグレス。これからお前は、俺の庇護のもと生きられる。――本来なら、死罪同罪のお前が、息子と楽しく生き永らえるんだ。これほど愉快な日はないだろう?」
「ぐっ……!」
グレスは、屈辱にまみれた目でフォードを睨んだ。
しかしもはやどうすることも出来ない。彼は倒された十三人の傭兵と、残った四人の傭兵を眺めながら、力なく呟いた。
「この私が虜囚か……焼きが回ったものだな……」
その言葉をきっかけに、フォードとグレス、その闘争は、幕を閉じたのだった。
「――フォードっ!」
その瞬間、真っ先に抱きついてきたのはリリカだ。
相変わらず大きな胸の感触がフォードの腕に押し付けられる。
「良かったのです! 無事に終わって! とても心配したのですっ!」
「手荒な事を申し訳ない。ですがこれでしばらくは安泰かと」
「ううん、そんな事はいいのです! フォードが無事ならそれだけで嬉しい」
リリカが瞳を嬉しさいっぱいにすがりついてくる。
その心意気がありがたい。彼女のぬくもりと笑顔が、探索の疲れを癒やしていく。
殺伐とした気持ちが、煮えたぎる戦意が、王女の優しい声と笑みによって解きほぐされていく。
ルルカ王女もフォードの傍らに寄って来た。
「良かった……無事に終わって……。フォードさん、わたし、気が気でなかったわ……」
「申し訳ない、ルルカ王女。だがあの輩は、ああでもしないと終わらない。集団戦にだけは、したくなかったから」
ルルカもリリカも二十階層までの疲れが残っている。そこへグレスたちとの戦闘は危うすぎる。
フォードは自分が負けるとは思わないが、王女たちにもしものことがあってはイルサールに顔向けができない。
危険だろうとも、無謀だろうとも、エルフ王女達のため、あの程度の戦闘は些事だとフォードは考えるのだった。
「……いやー、冷や冷やしましたぜ。フォードさん、マジで強いっスね」
ロブがほっとした様子で息を吐く。他の親衛隊も同様だ、
「本当。まるで伝説に語られる戦神アスレウス。勇ましい男、好ましい」
「……まあ何だな。皆、五体満足で何よりだ」
ネイラが尊敬の目を向け、カルキノスがむっつりとそう評した。
「さあ! 帰ろう! みんなフォードのおかげで無事なのです!」
リリカが嬉しさをたっぷりと込めた瞳でフォードに腕を絡ませる。
「フォードは皆の守護神なのです! これからもよろしくなのです。貴方はリリカ達にとって、英雄なのです! うふふ」
リリカが幸せそうに笑ってすがる。
温かく、柔らかな彼女の抱擁。
フォードは、この戦いを経て良かったと思った。
《憑依》の新たな力だけではない。
魔石二百八十八個の収穫や、素材の確保も全て些事。
リリカやルルカの笑顔。そして親衛隊の信頼。
彼らに慕われること、それが、何より大切な宝に思えたから。
フォードはリリカやルルカに親しげな声をかけられつつ、地上へと戻ったのだった。
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