二章 五節
ふと、宮子が銃をメンテナンスするのを見ていた愛花の中で、以前一度抱いた疑問が再び頭をもたげた。
「ねえ、あなた何で銃なんて使ってるの? 試合中に、何か理由があるみたいなこと言ってた気がするんだけど」
「ああ……。気になる?」
「……まあ、それなりに。よければ、教えて」
興味の大きさは「それなり」で済んでいなかったが、愛花はそう口にした。
「結論から言えば単純なことなんだ。僕には一般的な忌装具が使えない。だから銃を使う」
「……使えない?」
「そう。生まれつき、そういう体質でさ。……稲穂さんも知ってるよね? 僕ら忌抗者に忌力が扱える、本質的な理由を」
「ええ」
愛花は自身の胸、心臓がある部分に手を当てる。
「そう。忌抗者は心臓の僧房弁と大動脈弁が変質して、それぞれ明星弁、太白弁と呼ばれる器官になってる」
明星弁は忌力を生み出してそこを通る血液の中に忌力を混ぜ、次に太白弁が、血液中の忌力を変質させて、忌術として利用可能なものに変換している。忌力の純度によって個人差はあれど、そうして忌抗者は忌力を扱えるようになり、またその毒性にも耐性を持つようになるのだ。
「僕は、他の忌抗者と同じように明星弁を持ってはいる。けど、太白弁を持っていないんだ」
弾真は、自身の胸元に指をあてる。その指先が、胸の上に一本の線を二度書きするように動いた。
「僕の身体は、明星弁が生み出す炎の忌力を力として変換する術を持たないんだよ」
「……。つまり、異常体質ってこと?」
「ざっくり言えば、そうかな。あ、あくまでこれは予想だけど、稲穂さんの心臓にも、どこか普通の人とは違う部分があるんじゃない?」
「! ……どうしてそう思うの」
「稲穂さんは、二属性の忌術を使っている。普通、忌抗者が使える忌術の属性は一種類だけだ。その原因というか、理由を考えると、やっぱり心臓かなって」
「……ええ、そうよ。あなたの言う通り」
愛花は首を縦に振って肯定する。
「私が持つ明星弁は、一般的なものとは違う。氷と雷、二種類の属性を持つ忌力を生み出してる。忌力の純度も高いから、私には二種類の忌力が扱えるの」
「やっぱりね。……異常体質って括りでは、僕らは同じなのかもしれない。けれど僕の方は、稲穂さんとは違って、利点なんてまったくない。むしろマイナスの要素だ」
「……どういうこと?」
「まず、忌力を他の忌抗者のように活用することが出来ない。体内に忌力は満ちているけど、それを使って忌術を発動することは出来ない」
「忌術が、使えない……」
愛花は、頭の中で弾真との試合を追想した。
確かに弾真は忌抗者として自分と戦闘を行ってはいた。だが、他の忌抗者のように忌術を戦闘で使うことはなく、使用したのは弾丸を生成し装填する忌操術だけだ。
「それに加えて、さっき言った通り、一般的な忌装具も使えないんだ。武器に忌力を通して、威力を持たせることが出来ないから」
「……ようやく腑に落ちたわ。だから、剣や槍を使ってないのね」
忌力を満たすことが出来なければ、威力を発揮するのにも、相対する者の攻撃を防ぐのにも不十分だ。普通の忌装具ならば、武器としての役割を果たせずに戦いの中で壊れてしまうだろう。
そう、普通の忌装具、ならば。
「そして、ただひとつ例外と言える武器が、銃だった」
「そういうこと」
弾真は自身の愛銃に目をちらりと向けた。
「銃は引き金や撃鉄といった部品を通して弾丸を発射する仕組みのものだから、敵を攻撃する弾丸そのものに僕が直接触れることはない。弾丸に忌力が満ちてさえいれば、この体質に影響されることなく使うことが出来る。それに僕には忌操術、《忌弾生成》もあるからね。唯一僕に扱えて、かつ一番僕に向いている武器が、銃だったんだよ」
「……なるほどね」
「でも、いろんな部品を精密に組み上げて作られてる武器だから。定期的に《バーク》と《スナール》の製作者である宮子さんにメンテナンスを頼んでる。それが、今日ここに来た理由だよ」
宮子は片手間に話を聞きながら、二人の視線を受け、言葉を紡ぐ。
「ふふ、大変だったなあ、一からこの子たちを作るの。精度と威力を最低限確保した上で、徹底的に頑丈さと信頼性を高めた、ハンマー内蔵タイプの中折れ式四十四口径マグナムリボルバー。この形にたどり着くまで、どれだけ勉強して、どれだけ試作品を作ったっけ……。ま、楽しかったからいいけど」
「……楽しかった、ね。……そんな言葉で済ませられることとは思えないけど」
「もちろん苦労もしたよ? でも、それを乗り越えた先の達成感と言ったら。思わずイっちゃうくらいだったよ。やっぱり我慢の先にあるものって格別よねー」
「…………」
節々の言動はともかく、複雑な構造の銃型忌装具をフルスクラッチし、あまつさえ「楽しかった」とは、只者ではないと言える。
そんな宮子が作ったものに対する興味が頭をもたげ、何となしに、愛花は机の上の銃、《スナール》に手を伸ばした。
「ああ、触ってもいいけど、気を付けて」
「え?」
「かなり重いよ、そいつ」
「え、ええ……うっ」
弾真の言う通り、かなりの重量がある。愛花は持ち上げてみて、自分の予想がやや甘かったことに気付いた。
戦闘では超重量武器であるハルバードを扱う愛花ですら、このサイズにこの重量が集約されているのは普通ではないと感じる。弾丸を発射する機構を取り除いたら、これはもはや鈍器になる。愛花はそっと机の上に《スナール》を戻したが、それでもゴトリと重厚な音が響いた。
「頑丈さを突き詰めて作ってもらったら、重量が三・七キロにもなっちゃったから。しかも材質的に排熱性があまり高くなくて、連続で射撃をし過ぎると熱いのなんのって。……まあ、おかげで今まで致命的な動作不良に陥ったことは一回もないけどね」
「……軽く言うけど、あなたはこんなに重い物を、両手に一挺ずつ持って戦ってるわけよね?」
「はは。まあ、それは慣れれば何とか」
その「慣れ」とやらを身体に覚えさせるには、かなりの鍛錬が必要だったことは想像に難くない。愛花は、弾真の肉体を作った要因のひとつを見つけたことを確信した。
「……僕は、普通の忌抗者とは根本から異なってる。それでも戦いたいなら、他の人とは違うアプローチをしなきゃならない。人とは持っているものが違うから、自然とそうなるんだけどね。でも、制御出来ないとはいえ忌力もある。銃を使うのに十分な視力もある。戦うには十分だ。……それに、ホムラもいてくれる」
弾真は目を細め、部屋の隅で座しているホムラへと向けた。
「本当は、《忌弾生成》なんて繊細な忌力制御が必要な忌操術が、僕に宿るわけがない。本来はホムラの力なんだ」
使役獣とその主は、ひとつの忌染核に血を染み込ませ合うことで関係を繋ぎ、影響を与え合うものなのである。
「僕は、彼女が持つ体内で忌力を弾丸に変換する能力に、忌染核に染みた血を通してあてられたに過ぎない。……たとえ言うことを聞かなくっても、ただそばにいるだけで、力になってくれる。大切な相棒だよ」
「そう……。……? ねえ。今、彼女って言った?」
「ああ。ホムラ、メスだから。見かけに可愛げはないけどね」
「……そうね」
ホムラは、二人に対して何か言いたげな視線を向けた。
「でも、そもそもあなたが忌抗者でい続ける理由は何? 忌力をうまく扱えないのなら、無理して戦いに身を置く理由もないじゃない。素質があるからって、この道を選ばなければならないわけじゃないはずでしょ?」
「……。そうだね。…………」
弾真は閉口する。目が、明らかに曇った。
弾真が、一度は閉じた口を再び開こうとした時、どん、と床を大げさに踏みしめる音が、部室の中に響いた。
「上から物を言うのは気持ちいいかよ? ランカーさんよ」
音と声を立てた主、志吹は顔に苛立ちを浮かべながら立っていた。
「そのへんにしとこうぜ。つまんねえ話をぐだぐだ続けても仕方ねえ。なあ、宮子。まだ終わんねえのか? それのメンテナンス」
「たった今終わったわ。はい、弾真くん」
銃の手入れを終え、宮子は弾真に忌装具を差し出す。礼を言いつつ、忌染核へ《バーク》と《スナール》を戻す弾真の表情は、どこか硬かった。
「よし。弾真、ゲーセン行こうぜ。付き合うだろ?」
「え? あ、ああ……。でも、僕としては寝てて鈍った身体を少し……」
「そう時間は取らねえよ。いいから付き合え」
「……。……わかった、行くよ」
「うし。じゃ、さっそく行こうぜ」
弾真を連れ、部屋を出て行こうとする志吹。それを、愛花は呼び止めた。
「ちょっと。まだ私の話は――」
「もう散々話しただろ? 何だ、あんたにゃオレらの自由な時間を奪う権利でもあんのかよ? それとも、オレの退屈しのぎのために、ここにゲーセンを建ててくれんのか?」
「――……わかった。いいわよ、もう」
志吹の難癖に、愛花の意気が下降した。これ以上の追及は諦めることにする。
それがわかるや否や、志吹は何も言わず、愛花には目もくれずに部屋から出て行った。
「あ、志吹! ……ごめん、稲穂さん。何だか志吹が、変なこと言っちゃって」
「いえ、いいわ。ほら、あいつと一緒に行くんでしょ? 置いて行かれるわよ」
「ああ、うん。……それじゃ、稲穂さん」
「ええ」
ブルーベリーを口へ放り込みながら、ホムラと共に退室する弾真を見届けた後、愛花は小さく嘆息する。
「ふふふっ。ねえ、愛花ちゃん」
背後の声に、愛花は振り返る。宮子の含みありげな笑みが、その視線を待ち構えていた。
「もしかして、弾真くんのこと、気になるの?」
「え? ……ええ、まあ、そうね」
「……本当に?」
「? ええ、嘘はついていないわ」
「あらら、ふふふふっ。意外とやるわね、弾真くん。大物射止めちゃった」
宮子の言葉は無意識のうちにあっさりと聞き流し、愛花は弾真が去って行った扉へと意識を向けていた。
「まだ何か隠している気がする。……まだ、私が気付いていない、何かがある。じゃないと、Eランクの人間が、たとえ一瞬でも、私と渡り合えるわけがないもの」
「……あ、なんだ、そういうことね。でも、いいか、それでも。きっかけはきっかけだし」
「? ……何? 宮子」
「ううん、何でもない」
笑顔で、宮子は一度会話を仕切り直しにした。
「愛花ちゃん。今度の日曜日の午後って空いてる?」
「えっ? いきなり何よ」
「実は、カラーズのみんなで遊びに行くことになっててね。もし弾真くんのことが気になってるのなら、愛花ちゃんも一緒にどうかなって。ほら、日常の中にも、愛花ちゃんが知りたいこととか、そのヒントとかが転がってるかもしれないじゃない?」
宮子の言葉に、愛花は顎に手を当てた。
宮子の言うことには、一理ある。それでなくても、少しでも共に過ごす時間が増えれば、何かを得られる可能性は高まるはずだ。
「……私が参加しても大丈夫なの? あなたたち三人で出かける予定だったんでしょう?」
「平気平気、ちゃんとあたしから言っておくから」
「それで、何をするの?」
「それは当日のお楽しみ」
「……。わかった。予定もないし、私も一緒に行かせてもらうわ。何か危ない遊びに手を出したら止めるわよ。それでもいいのよね」
「おっけーおっけー。じゃあ、日曜日の、午後二時。集合場所は駅前。いい?」
「ええ」
「うん、待ってるね。……ふふふっ」
宮子は、弾真と愛花の間に、関係と名が付くものが生まれそうなことを面白がっている。一方愛花は、それにまったく気づかなかった。




