二章 四節
「ふふふ。……さて、と。理由はよくわからないけど、オカルト研究同好会にようこそ、愛花ちゃん」
その写真の中とは同じ人物とは思えない柔らかな表情で、宮子は愛花を歓迎した。
「適当に座ってくつろいでて。隅にある冷蔵庫にジュース入ってるから、好きに飲んでいいよ。あ、でもちゃんと未開封の奴飲んでね。身体を火照らせたいなら、もう開いてるのを飲んでもいいけど」
「……お、お構いなく」
「そう? 遠慮しなくっていいのに」
眉尻を下げる宮子に対し、弾真がすっと挙手をする。
「あ、僕、何かもらっていいかな? 宮子さん」
「どーぞー。あ、そうそう、志吹くんから今日弾真くんが来るって聞いてたから、プレゼントを用意してあるよ。あたしからの、快復のお祝い」
「え、本当? いいの?」
「もちろん。それも冷蔵庫の中だから。あと鶏もも肉もあるよ」
部屋の隅で身体を伏せていたホムラが、宮子の言葉に、ひょいと首を上げる。
「ホムラにも? いろいろありがとう、宮子さん」
「いいのいいの。同じカラーズの仲間じゃない。どうしてもお礼がしたいなら、今晩あたしの部屋に来てもいいよ?」
「遠慮するよ」
「えー? そろそろ一回ぐらいヤろうよ弾真くん。まだ経験ないんでしょ? いざって時に備えてさ。それにほら、負け犬と|雌犬で、お似合いじゃない? あたしたち」
「それでも遠慮する。僕、恋人になる人としか、そういうことしたくないから」
「むー。じゃあ、志吹くんでもいいよ」
志吹は手近な机にどかっと座りながら、宮子へ手の甲を向け、「どっか行け」とでも言うように、何度か振った。
「じゃあって何だよ。オレはオレに惚れてねえ人間を抱く気はねえ」
「やーん、志吹くん愛してるー、ちゅっちゅ」
「下水道這いまわってるネズミにでも言ってろ」
「ちぇーっ、せっかく一瞬だけ好きになってあげたのに」
「お前の好きは屁よりも軽いわ。……あ、弾真。オレにもジュース。炭酸な」
声をかけられた弾真は、すでに冷蔵庫の前にしゃがみ込んでいた。この冷蔵庫もまた、礼によって黒い布で装飾されている。弾真は中からコーラの缶を取り出して、それを志吹に向かって投げた。志吹はそれを受け取り、さっそく封を開け、ごくごくと飲む。
次に弾真は、プラスチック容器に入った鶏もも肉の塊を出し、ばりっと破いて中身を手にする。ホムラに名を軽く呼びかけたのち、それも投擲。ホムラは大きな口でそれをキャッチし、そのままがぶがぶと咀嚼した。
今までの三人の様子を眺め見て、愛花の心には口にしたいことが山ほど見つかった。仕方なく所々に諦めをつけて、弾真に声をかける。
「あなたたち、いつもこんなことをしてるの? ……こんなところで」
「んー……まあ、それなりの頻度でね」
「……。はっきり言って、無意味ね。オカルト研究同好会とか言っておきながら、それらしい活動はしていないし。もっと時間は有効に使うべきじゃないかしら?」
「はは、ごもっとも。……でも、僕がここに来たことは、決して無意味じゃないよ、稲穂さん」
「え?」
「すぐにわかるよ。……ええと、その前に」
冷蔵庫に体を向け直した時、ふと、弾真の動きが一瞬止まった。
「ねえ、宮子さん。一応訊くけど、僕へのプレゼントってどっち?」
「え? 何と何で迷ってる?」
「パック詰めのブルーベリーと、『弾真くんへ』って書かれたメモが貼ってある、くびれた筒状の変な物があるんだけど」
「両方に決まってるじゃない。三日も寝てたんだもん、溜まってるでしょ?」
「……。ブルーベリーだけ貰うね」
「遠慮しなくってもいいのに。あ、ついでにチョコ取ってー」
「わかった……って、え? チョコって、この怪しいパッケージの?」
「それは怪しいじゃなくって、いかがわしいって言うんだよ、弾真くん」
「確実に変なもの入ってるよね、これ」
「合法だよ?」
「……」
弾真はブルーベリーのみ手に取り、ぱたんと冷蔵庫を閉めた。
「やーん、弾真くんのいけず」
「これからメンテナンスお願いするんだから、普通の状態でいてもらわないと。だからはい。宮子さんには、代わりにこれを。……忌装、《バーク》《スナール》」
弾真はブレザーに仕込んでいた忌染核を手に取り、眼前に掲げた。光が、大机の上に集まっていき、二挺の銃を形成する。
「しょうがないなあ。じゃ、早いところやっちゃおっか。……忌装、《ハニーポット》」
机に座り、宮子はポケットから忌染核を取り出し、忌装。白銀に輝く腕輪が、白く細い手首に巻き付いた。
当然校則違反だが、もう愛花には、些末なことの指摘は時間の無駄だとわかっていた。
「……何をするの?」
「この忌装具のメンテナンスをするの。これ作ったの、あたしだから」
「え……?」
忌装具はほとんど例外なく瘴気を放つ忌石を原料としている。それの無害化、及び加工は忌抗者のみが成し得ることだ。
その上、血を染み込ませて浄化を図る忌染核作成とは違い、瘴気の完全な浄化をせずに加工を行う必要がある。それには高い技術と専用の忌術が必要となるため、普通はその技術をもって資格を取得した職人、忌装調整師のみが手掛ける。
「宮子、あなたって、忌装調整師の……」
「資格なら持ってないわよ? でも出来るの。忌石の扱いは得意分野だから。……例えば、ほら」
ぱちん、と宮子は指を鳴らす。指と指の間で白い光が弾け、部屋の各所にかかっていた黒い布が、手を触れてもいないのにするすると動き出し、上部のレールに沿って開いた。照明を覆っていた布も外れて、部屋の中がぐっと明るくなる。露わになったガラス張りの戸棚の中には、大小様々な忌石や、あらゆるタイプの忌装具が収められているのが明らかになった。
「っ、これって……」
「全部あたしの優秀な子どもたちよ。そして今見せたのが、あたしの忌操術《融和浸透》。近くにあるあらゆる無機物を、忌力を通して自在に操作することが出来るの。その力をこの腕輪型忌装具、《ハニーポット》で増幅して使ってるんだ。ある程度なら、質量や重量、性質も操作出来るし、忌力を帯びた物も操れる。そんなに大きくない物なら遠隔操作も可能よ。それで、あのカーテンの開けてみせたってわけ」
「へえ……。なかなか高度な忌力制御じゃない」
「でしょ? ふふふ、ちょっとだけ優秀な子なの、あたし。……よいしょっ……と」
宮子は笑いながら、拳銃を両手で持ち上げ、シリンダーを露出させて弾丸を抜き、器具を取り出して掃除を始める。その作業を止めないまま、言葉を続けた。
「あたしの能力は、忌装具を作ったり、修復するのにはもってこいなの。硬質な材質の忌石も軟化させて加工しやすくさせられるし、逆に柔らかい忌石を硬質化させることも可能だから。いろんな特性を持たせることが出来るから、いろんなニーズに答えられる。あたし自身も忌装具をいじるのは嫌いじゃないから、いろんな人の武器を手掛けさせてもらってるわ。基本的にはタダで。たまには、見返りもらうけどね? あたしの大事なトコロに。ふふふっ」
「……」
じろり、と愛花の目が弾真に向いた。
「いやいや、僕はそんなことしないから」
「……どうだか。人に下半身見せつけてくるような人のくせに」
「本当だってば。……あとそれは忘れて欲しいんだけど」
その様子を見て、宮子はくすくすと笑い声を零した。
「何か面白いことやってたみたいね。それは後でじっくり聞くとして……。愛花ちゃん、弾真くんの言葉は本当だよ。その二人とはそういう関係にならないんだ。だからお代は別の形でもらってる」
「……どうせロクなものじゃないんでしょうね」
「今回のはすごいよー。弾真くんのクラスの、レベルの高い女子生徒のスリーサイズ集だもん。未完成だけど」
「え? ……それってまさか」
「あはは、そうなの。愛花ちゃんが止めた覗きを弾真くんたちにさせたの、あたし。あたしが頼んで、スリーサイズを測定してもらったの。彼、目がいいから」
あっけらかんと言い放つ宮子に、愛花は詰め寄る。
「ちょっと、わけがわからないわよ。何で女子のあなたが、女の子のスリーサイズなんて欲しがるのよ?」
「理由はいろいろあるよ。さっきも言ったけど、あたし女の子も大丈夫な人だから。次にモーションかける人、選ぶヒントにしようかなー、とか。あたしが使うだけじゃなく、他の人に対しても、いろいろ有効に使えるしね」
「……訊かなきゃよかったわ。……でも、その話からすると、目測でのデータってことよね? なんで正確性がないものを……」
「その答えは簡単。弾真くんの目は正確だから。ねえ愛花ちゃん。確か上から、九十一、五十五、八十六、だったわよね?」
「!」
ぎくりと顔をこわばらせ、胸元やら腰元やらを手で隠そうとする愛花。
「いいなー、すごいスタイルじゃない。あたし胸大きくないから、形でカバーするしかなくって。羨ましくなっちゃう」
「……。宮子、それ、すぐに出しなさい。風紀委員として、処分させてもらうわ。そんな破廉恥なもの、持たせておくわけにはいかない」
「あ、ごめん。もう全部覚えちゃった。……ふふふ。だから愛花ちゃん、大目に見て? だって、覚えちゃってるんだもん、あたし。そうした方が、お互いにいいでしょう?」
「……脅してるの?」
「ふふっ。あ、じゃあ代わりにあたしの教えてあげる。上から八十二、五十七、七十九だよ」
「私が知っても何にもならないわよ。……というか、別に悪くないじゃない」
「頑張ってるもーん。ふふふふっ」
楽し気に言いながらも、宮子の手元は忙しなく銃の点検を進めていた。机の下に仕込んだ箱から、他人から見ても用途がわからない機材を取り出しつつ、入念に手を入れていく。その最中、宮子の忌装具は絶えず白い光を放っていた。
「とまあ、そんなこんなで、いろんな忌装具を扱ってるの。みんながみんな、忌装調整師の腕に頼れるわけじゃないからね。手間賃も材料費もかかるし。人の役にも立てて、あたしにとってもいい暇つぶしと勉強になるなら、何よりでしょ?」
「……何となくわかるけど、でも私、あなたがそんなことを請け負っているって話は聞いたことがないわよ?」
「忙しすぎたり、変な人に利用されたりしちゃうのは嫌だから、基本的には表沙汰にならないようにやってるの。知る人ぞ知る影の忌装調整師、ってくらいが丁度いいの。目立たない教室をもらって、オカルト研究同好会っていう隠れみのを作った理由もそれ。これはあくまで趣味だから。商売でも、取引でもないからね」
「……そうは言っても、見返りは得るんでしょう? その……いかがわしい形で」
「それは許してくださいっ。時々、だから。……ま、そこにもオカルト研究同好会を装ってる意味があるんだけどね。万が一ヘンな声が部室から漏れても、儀式か何かだと思われるから」
ぺろり、舌を出す宮子。愛花は大きなため息を吐いた。
「……それで、宮子さん。どう? 《バーク》と《スナール》は」
話がひと段落したと見て、弾真が宮子に近寄り、自身の忌装具に視線を落とした。手にはブルーベリーのパックがあるが、中身はすでに半分以上がなくなっていた。
「んー、《スナール》は問題なし。《バーク》は……ちょっとトリガーが痛んでるね。すぐに修復する」
「ありがとう、頼むよ」
「うん、もうちょっと待っててね。……あ、一粒ちょうだい。あーん」
「はいはい。……あーん」
「んー」
ぱくっと差し出されたブルーベリーを食べつつ、宮子は銃の手入れを進めていく。
「あ、稲穂さんも食べる? ブルーベリー」
「……あなた、ブルーベリー好きなの?」
「うん、時期によって売ってなかったりするけど、出来れば毎日食べたいくらい。……あ、これに余計なものは入ってないよ。僕が保証する」
「……なら、一粒」
「どうぞ」
受け取ったブルーベリーを口に含み、噛む。果汁は弾け、舌の上にすっきりした甘さが広がっていく。
妙な物が入っている気配はない。ただ好きなだけか、と、愛花は安心と、弾真の秘密を解き明かすヒントを得られなかった落胆を胸中で混ぜた。




