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三章 一節

「何で稲穂(いなほ)さんを誘ったの? 宮子(みやこ)さん」

 人が行き交う駅前で、弾真(だんま)は隣に立つ宮子にそう問いかけた。

 制服を着る必要はないので、私服姿である。上はシャツ、下はジーンズとスニーカーと、服装自体は何の変哲もないが、その手には格好に不釣り合いな太い鎖が握られている。それは横に座っているホムラの首元に繋がっていて、近くを通り行く人たちの怪訝な目線を集めていた。

 弾真は視線から目を逸らし、眼鏡をかけ直しつつ宮子だけに集中する。

「ふふ、何でだろうね?」

 笑顔で、宮子は首をかしげた。

 春に良く似合う色のマキシスカートに、白いブラウスをゆったりめに合わせている。唯一足元を包むミュールだけがシックな色合いをしているが、総括すると、今日という晴天にマッチした服装だと言えた。

「たまにはいいかもって、そう思ったのかもしれないよ。いつも同じ三人と一匹だけじゃつまらないし、新しい風を入れてみるのもって。ほら、春だし」

「……そんなものかな。正直、稲穂さんが来るって返事したってこと、まだ信じられないくらいなんだけど?」

「でも、OKくれた方が、あたしたちにとってはよかったと思わない?」

「あたし……たち?」

「うん」

 宮子の指先が、自身と弾真を行き来する。

「あたしは、愛花ちゃんと遊びたい。弾真くんも愛花ちゃんと接近出来る。一石二鳥じゃない」

「別に、僕はそんなこと望んでるって言ったつもりは……」

「確かにね。でもさ、ランカーの人と知り合いになれる機会なんて、なかなかないじゃない? しかもSランク。……弾真くん、もうあたしたち相手じゃ、模擬戦をするのも退屈になって来てたでしょ」

「……」

 違う、と弾真は返事をすることが出来なかった。

 志吹も宮子も、忌抗者(リヴェンジャー)としての実力は低くなく、ランクもCと弾真より上に位置している。しかし、何度もフィールドで相対しているからか、弾真には二人の戦法や動きの癖などが戦う前から把握出来てしまっていることは確かだった。現状ではトレーニングになっているとは言い難い。

「もうあたしたちじゃ、弾真くんの練習相手にはならないわ。だから……ね?」

「Sランクの人を相手に、練習相手になるよう頼めって? そんなの断られるよ」

「だから、断られないようにするんじゃない」

「……つまり?」

「仲良くなっちゃいなよ。あたし、それとなくサポートしたげるから」

 その言葉が宮子からのものであることに、弾真は不安を禁じえなかった。

「……それは、ちょっと」

「むー、ちょっとって何よ、ちょっとって。男女の仲についての経験値なら、ずっとあたしの方が上なんだよ?」

「それとこれとじゃ、方向性が違うって」

「一緒よ、一緒。ただあたしが突き上げられ過ぎ……じゃない、突き抜け過ぎてるだけで」

「わざと言い間違えないで」

「あ、別にそういうアプローチでもいいんだよ? ランカーっていっても女の子なんだし、弾真くんのマグナムで足腰立たせなくさせちゃえばいいよ。夜のランクはまた別かもしれないし。ね?」

「…………………………。やらないから」

 きっかり十秒、弾真は愛花相手に濃密な妄想を繰り広げたが、それを振り払って宮子の言葉を否定した。

「ふふふ。……あ、来たみたいだよ、愛花ちゃん。おーい、こっちこっち!」

 背伸びをして手を振る宮子が見る先に、小走りでこちらへ向かってくる愛花(まなか)の姿があった。

 愛花は、すぐ近くまで駆け寄って来てから、休日でも崩れることのない静かな眼差しを二人へ向ける。

「待たせたかしら?」

「ううん、時間ぴったりだし、大丈夫。来てくれてありがとう、愛花ちゃん」

 髪を揺らし、右に笑顔を傾けるその様子は、春風に頭をもたげる花を思い起こさせるほどの可憐さだった。宮子の内面を知る愛花にとっては、複雑な微笑みではあるが。

「……んんっ。こんにちは、稲穂さん」

 弾真は、先ほどの妄想の残滓を咳払いで追い払いつつ、愛花に挨拶をする。

「ええ。……あなたはよかったの? 友達同士の集まりに、私が参加しても」

「もちろんだよ。……でも、正直意外だった。稲穂さんが遊びの誘いにOKを出すなんて」

「……ええ、そうかもね」

 愛花は、内心複雑な感情を抱いていた。弾真の観察という目的はあれど、週末に誰かの誘いを受け、それを了承するなんて、生まれて初めてのことだ。そもそも、休日に町へと繰り出すということ自体かなり珍しい。愛花の生活の中には、長い自主的な鍛錬の時間が含まれており、それはたとえ休みでも変わることがないためだ。

 一方弾真は、先ほどの妄想を振り払いはしたが、今度は実際にその相手を目の前にしている罪悪感に襲われていた。誤魔化すために、とりあえず口を動かす。

「はは、何だか新鮮だ。稲穂さんの私服姿なんて、見たことなかったから」

「……何か変?」

 愛花は、自分の服装に目を落とす。ボーダー柄のシャツに白いジャケットを羽織り、下にはスリムなジーンズを合わせている。靴はスニーカーだ。

「いや、全然。似合ってる」

「……そう? ……ならいいけど」

 褒め言葉を褒め言葉と受け取れず、愛花は照れ隠しに、二、三度咳払いをした。

「あたしからしたら、もうちょっと可愛い服装すればいいのにって思うけどなぁ。ちょっとボーイッシュすぎない?」

 宮子が、頬に人差し指をあてながら愛花の全身を眺め見る。

「そう言われても……。服なんてあまり持ってないし、詳しくもないから。動きやすい服って考えると、自然とこんな感じに……」

「えー、もったいない。せっかくいいスタイルしてるんだから、いろいろ試してみればいいのに」

「興味ないから」

「ますますもったいなーい。……ま、弾真くんの言う通り、今の服も似合ってるとは思うけど」

 眉尻を下げて、宮子は笑みを零す。

 自分の服装に関しての話題が続くことは気恥ずかしいようで、愛花は弾真に顔を向け、強引に話題を変えた。

「それで、今日は何をするの? まだ何も教えてもらってないのだけど」

「まだ決めてないんだ。いつも集まる時はこんな感じ。時間を決めて集まって、あとは気分とかで行くところ、やることを決める」

「ずいぶんアバウトなのね」

「まあ、ね。とりあえず、志吹が来ないことには……あ、ちょうど来た」

 弾真が視線を投げた先に、仏頂面でこちらに歩み寄ってくる志吹(しぶき)の姿があった。

 黒い革製のジャケットに、モスグリーンのカーゴパンツ、黒いブーツ。さらには薄い色をしたサングラスに、いつもつけている髑髏のシルバーアクセサリー各種と、かなり物々しいいで立ちだ。金髪と色黒の肌に、それらは似合い過ぎており、完全にある種の危険人物となっている。ホムラとはまた別の意味で、人々の注目を集めていた。

 声が届くところまで接近すると、明らかに愛花を見ながら、第一声を吐き捨てる。

「よぉ、ランカー風紀委員。休みの日も不良の監視とは、ご苦労なこった」

「私にそんなつもりはないわ。……それよりもあなた、遅刻じゃないの?」

「ん? ……ああ、かもな。だからどうしたって話だ」

 苦虫をかみつぶしたような顔で、志吹は首を横に振る。

「休みの日まで説教は勘弁だぜ。オレはお前がここに来ること自体、乗り気じゃねえんだからな」

 ため息を一度挟んで、さらに志吹は恨み言を重ねる。

「しかしよぉ、何だその服?」

「っ……」

 せっかく先ほど終わらせた話題が再燃したことに、愛花は少なからず気を落とした。

「弾真とそっくりじゃねえか」

「……え?」

「だから、弾真と服装が似てるって言ってんだよ。色使いもなんか似てるし、腰から下はジーパンとスニーカーで完全に同じだ。弾真はともかく、女のお前がそのカッコは、ちっと気の遣わな過ぎなんじゃねえの?」

 予想とは違った言葉だったが、やはり褒められてはいないということを、愛花は理解した。

「……放っといて。こういう機会があまりないから、服も持ってないの」

「はーっ。ランカーってのは寂しい人間だな。休みに遊びに出かける友達もいねえってのかよ?」

「………………」

 愛花が選んだのは、沈黙だった。そしてそれは、この場では肯定の意味を表していた。

「……。おい、マジか」

「……悪い? ずっと鍛錬と試合ばっかりで、他の人に目を向ける余裕がないのよ。……一緒にやってくれるような人もいないし」

「……。……別にお前の交友関係なんてどうでもいいけどよ。そんな所まで弾真と一緒なのな。同情通り越して哀しくなってくるわ」

「え?」

 志吹の言葉に、愛花は弾真の顔を見る。言葉もなければ、その表情に否定の色もなかった。

「まあ……確かに友達って言える人は、あんまりいないね。志吹と宮子さんくらいしか……。はは、まあいろいろあって、友達作るのって難しくって」

「……そう。……まあ、そういうものよね」

「……そうだね」

 弾真と愛花は、やや重たげな息を吐いた。

「……何だよお前ら。よせよ、こっちが悲しくなっちゃうだろ。……ああ、もう止めだ、止め。この話おしまい、以上!」

 志吹が強引に話を断ち切り、前へと進めていく。

「で、どうする? 弾真、宮子。今日はランカー連れてどこに行くんだよ? オレは今日、ゲーセン行くつもりでここに来たんだがな」

「ゲーセン?」

 愛花の声が、わずかに沈んだ。

「この間も行くって言ってなかった?」

「おう。で、今日も行く。遊び足りねえんでな。何か問題があるかよ? ランカーさん」

「……いえ」

 校則に「ゲームセンターへの入店禁止」との項目はない。止める理由はなかった。

「じゃあ何で、そんなにいぶかし気なんだよ」

「……」

 愛花は、自分の周りにいる三人に、順番に目を配った。

 その後、小さいながらも芯の通った声で、言う。

「私、ゲームセンターに入ったことがないの。悪い? 入ったことのない場所に入ることを躊躇っちゃ」

 カラーズの三人が、例外なく驚いて固まった。どうにか口を動かせるようになったのは、弾真が一番先だ。

「本当に、一度もないの? 遊びに行く場所としては、定番の内に入ると思うんだけど……」

「行こうとも思わなかったもの。……で? それが悪いの?」

「いや、悪いなんてことは……」

「……。私にとっては、遊びに行くよりも、自分を鍛えることの方がずっと大事なの。ゲームセンターなんて……」

「あ、それは僕も同感。トレーニングの時間が一番満ち足りてるから、趣味とか娯楽とかがどうでもよくなってくると言うか……」

 おい、と志吹が声を差し挟む。

「んな話はどっかよそでやれ。またテンション落ちるだろうが。……で、行くのか? 行かねえのか? ランカーさんよ。行かねえなら、このままお帰りいただいた方が賢明だと思うぜ」

「……行くわよ。どんな状況であろうと、あなたたちの素行を正す必要があることには変わりないわ」

「あっそ。んじゃ行くぞ。お前らもゲーセンでいいよな?」

 言うが早いか、志吹はさっさと歩きだす。

「ああ。……じゃあ、僕たちも行こうか、稲穂さ――おっとっと、いた、いだだだだ」

 言い終わるよりも早く前進を始めたホムラに引っ張られ、弾真は志吹に着いて行く形となった。

「不安だったりする? 愛花ちゃん」

 宮子の言葉に、愛花は眉をひそめた。

「不安はないわ。でも、仮にゲームセンターが、あなたたちの非行の元凶となる場所なら、私は……」

「あはは、そんなことないそんなことない。あたしたちみたいな不良ばっかりがいる場所じゃないもん。普通の人だってたくさんいるところだよ」

「……そうだといいけれど」

「ふふ、行けばわかるよ。ほら、行こっ」

「え、ええ……」

 宮子から差し出された手に引っ張られ、愛花は眉をひそめたまま、ゲームセンターへの道を歩き始めた。

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