二章 二節
「じゃあ次。どうしてあなたは――」
「よぉ、弾真ぁ! 生き返ったか?」
ノックもなしに医務室の扉を開け、金髪色黒の男子生徒、志吹が現れる。志吹は、弾真のベッドの横に腰掛ける愛花の姿に、嫌悪の表情を隠そうともしなかった。
「げ。……ランカー風紀委員。何でいるんだよお前」
「――……いちゃ悪い? 金髪くん」
「……っけ。別にぃ? 自分がボロぞうきんのようにぶっ倒した相手を見舞いながら人を金髪呼ばわりとは、ランカーさんも相当お暇なようで。……おい弾真、なんでそんな女とよろしくやってるんだよ。お前を意識不明にさせた相手だぜ?」
「まあまあ、志吹。別にそんなことはいいから。……っつつ」
腹部を押え、苦痛に顔を歪める弾真。
「たく、こんな奴なんて外に叩き出しちまえばいいんだ。同じ空間にいるだけで、肺が凍り付いて死に至るから、とか言ってよ」
「その通りにしてあげましょうか?」
「やれるもんなら……やっぱいいや。あんた本当に出来そうだからな。……さて、弾真。もう十分休んだよな? そろそろ動きたくなって来た頃だろ。ほら、目ぇ覚ましたって聞いたから、着替えとかいろいろ持って来てやったぜ」
志吹が治療室に入ると、その脇を縫うようにしてホムラが入室した。口にくわえた鞄を、ベッドの上の弾真へと放り投げる。弾真が受け取り、鞄を開けると、制服一式に下着、ウェットタオルが入っていた。
「ありがとう、ホムラ」
弾真の声には反応を見せず、ホムラは傍にお座りをする。
「……。僕が寝ていた間は、志吹が世話してくれてたの?」
「一日二回、エサをやってただけだぜ。楽だったよ、腹が減りゃあ勝手にオレのところに来るからな」
「それでも助かるよ。じゃあ、世話をかけたついでに、さっそく頼むよ、志吹」
「おうよ」
「? え……?」
疑問符を浮かべる愛花をよそに、志吹は弾真のベッドのすぐ横に立ち、弾真の体を支えつつ、姿勢を正してやる。弾真が上着を脱ぎ、眼鏡を外すのを待ってから、正面から抱きしめるような形で、体を密着させた。
「……いつも、悪い」
「いいってことよ。そんじゃ……忌操術《|不撓復活》、行くぜ!」
志吹の体が緑色に発光を始め、その光たちが弾真の全身に流れて行く。一分ほどそのままの体勢を保ったまま、二人はじっと目をつむっていた。そして、志吹の発光が収まると同時に、二人は目を開き、離れる。
「ありがとう。また何かあったら頼むよ」
「何もねえことを祈っといてやるぜ。無駄だろうけどな」
弾真は、ベッドからすっと立ち上がった。
「ちょっとあなた、しばらくは安静にしてなきゃダメなんじゃ……」
「ああ、ちょっと前まではそうだった。……でも、ほら」
弾真は、体に巻かれた包帯やガーゼなどを次々はがしていく。その下にあったはずの傷たちはもうどれも塞がっており、唯一わずかに跡を残す腹部の傷以外は、すっかり元通りになっていた。
「志吹の忌操術なんだ。体内の組織や細胞を活性化させて、傷や病気を急速に治癒する。……本来は志吹自身の体に使う能力を強引に僕に使っているから、時間もかかるし跡が残ったりもするけど、それでも治るのをただ待つよりずっと早い」
「っ……。……ちょっと金髪。試合中以外での、許可のない忌術や忌操術の使用は……」
志吹は、愛花の忠告を、途中で笑い飛ばした。
「はっ、校則違反だってんだろ? 問題児相手に、今更何言ってやがる。しかももう使った後だぜ」
「……はあっ……」
目を閉じ、こめかみを手で押さえる愛花。
「いいじゃねえか、オレの素晴らしい能力の有効活用だ。仕事しねえ保険医の代わりさ。……ま、意識の回復は出来ねえから、起きるまでは待たなきゃならなかったけどな」
「有効に活用したいなら、きちんと許可を取った上で、保健委員にでもなったらどう? 少しは全うな学園生活を送れるわよ」
「不良の保健委員か、患者が逃げそうだな。金取ってもいいならやってやってもいいぜ」
「駄目に決まってるでしょう。……ってまさか、あなた、今回も……」
「弾真からは取らねえよ。友情はプライスレスだ」
臆面もなく言いのける志吹に弾真は少し微笑みながら、全身を確かめるように揉み解し、ストレッチをした。
「……ん、よし。志吹、宮子さんには会った?」
「ん、おお。まあ例のブツは未完成に終わったが、あれでもとりあえずは及第点だとよ。今日なら空いてるから、部室に来てもいいって言ってたぜ。そのつもりで話をつけといたが、よかったよな?」
「もちろん。それじゃ、さっそく行こうか。すぐ準備するから」
「おう」
二人で勝手に話を進める弾真と志吹に対し、愛花は身振りを交えつつ静止をかける。
「ちょっと待って。どこに行くのよ」
「え? え、えっと……その、ちょっと用事があるからさ。とある場所に」
明らかに言葉を濁している弾真に、愛花は心の内で不信感を募らせる。
「また、前みたいに良からぬことをしようとしているんじゃないでしょうね」
「えーっと……。……別に、そんなことはないけど。ただ……」
「ただ?」
「……会おうとしてる人が、良からぬ人、というか……」
馬鹿正直に言葉を連ねる弾真に、志吹は「おいおい」と頭を抱え、愛花はぴんと正義感のアンテナを立てた。
「そう言えば……あなたたちカラーズは、三人で一組だったわね。最後の一人が……確か、宮子とかいう女子生徒だったはず」
「はは……そ、そんなことは」
「あるわよね」
「……はい」
今更になって、弾真は「しまった」と思ったが、すでに遅い。
愛花は、すでに心を決めていた。
「そういうことなら、私も行くわ。……あなたたちはまた良からぬことをするかもしれない。私は風紀委員として、時間が許す限り、あなたたちの行動を監視させてもらうわ。いいわよね」
「ええっ!? えーっと……あの、そんな無理しなくても」
「いいわよね」
「……ほら、もう放課後だし、稲穂さんだって何か用事が」
「いいわよね」
「今後もずっとなんて、そんな大変なこと」
「いいわよね」
「……あー……えっと」
「いいわよね」
「その」
「いいわよね」
「………………はい、もちろん」
苦笑いを浮かべつつ、弾真は頷かざるを得なかった。
愛花は、そんな様子の弾真を、その体躯と共に見つめ、腕を組んだ。
(……絶対に、普通じゃない。……まだ何かあるはず)
素行だけではない。そして、先ほど聞き出した肉体改造だけでもない。
この忌抗者には、もっと、他にまだ隠された何かがある。愛花はそう思っていた。
Eランク。満足に戦うことも、戦法を試合の中で見出すことも出来ず、ただ忌抗者の素質を持っただけで入学して来た人たちが背負う肩書きだ。ランクマッチに勝てなくとも、普段の成績がそれなりに優秀ならばDランクになることが可能な学園の中で、「落ちこぼれ」の烙印を押して問題のない人間であると言える。
その落ちこぼれが、先日、自分に挑発を交えて挑戦をして来た。逃げずに試合に臨んだ。自分が手抜きをしていることを見抜いた。その上で、決して強くない武器で戦い、本気を出させた。……試合の後、額から汗を流させた。
落ちこぼれが、この学園で限りなく頂点に近い位置にいる自分に……冷や汗を、かかせた。
Aランクの人間との戦闘ですら、そんなことはそうそう無いのに。
故に、愛花は思う。この赤髪の不良は、普通じゃない、と。
(……目を離すもんですか)
その背後にあるものを、見つけるまでは。Eランクという枠組みに似合わないものを、見つけるまでは……。
「……あの、稲穂さん? その……」
「……。何?」
毅然とした態度で、愛花は答える。
「逃れようとしても遅いわよ。……目は離さないって決めたから」
「えっ? ……いや、それはすごく困るんだけど」
「知らないわよ。言ったでしょ、もう決めたの」
「えーっ……。……その……どうしても?」
「どうしても」
「本当に? それでいいの?」
「くどい」
「……」
「……」
「……じゃあ仕方ないか」
弾真は逡巡した後、いっそ一息にと思い、素早く治療者用のズボンとパンツを下ろし、脱ぎ捨てる。
視認と、認識、そして反応。それらの作業を愛花が行うのに、三秒の時間がかかった。
「!」
目を丸くして赤面した愛花が、反射的に正拳を放った。しかし、弾真はそれを容易く手で受け止めてしまった。
「おっと。……危ないじゃないか、稲穂さん」
「うっ……。……っ! ……っ! ……っ!」
愛花の視線が、弾真の身体を上下に往復する。そのたびに、愛花の顔がぐんぐんと赤みを増していく。
「……はあぁぁーっ!」
「え、ちょ――ぎゃあああああああああああっ!」
愛花の身体が青い忌力の光に包まれ、全身に、そして拳を通して繋がる弾真にも、強烈な電撃が行き渡る。弾真は全裸のまま青い稲妻に焼かれ、ベッドに吹き飛んだ。
思わず顔を腕で覆い後ずさっていた志吹が、現状を見た上で、苦々しい顔を愛花に向ける。
「おい、許可なく忌術を使うのは校則違反だろ? ランカー風紀委員」
「公然わいせつよりマシでしょ!」
志吹は、妙に納得した。




