二章 一節
「いやあ、完敗だ」
弾真と愛花のランクマッチから、三日後の午後。
気を失ってから今日の朝までずっと眠り続けていた弾真は、自分の前に姿を見せた愛花に、学園の設備である個室治療室のベッドの上で笑顔を見せた。
通常、非ランカーである弾真がランカーに優先的に使用権がある個室治療室を使えることは稀なのだが、今回は愛花の配慮により、使用を許可されていた。ただし、本来仕事をするべきである保険医らの姿はない。
「何度も試合を見たことはあったけど、やっぱり実際に戦ってみて、格の違いを思い知ったよ。あんなに圧倒されるとは。おかげで勉強になった。胸を貸してくれてありがとう、稲穂さん」
「……そう」
愛花は、恨まれていても仕方がないと腹を決めていたが、あまりに弾真の反応が予想と違っていたため、肩透かしを食らう思いだった。
もっとも、弾真が試合中に笑顔を浮かべていたことを念頭に持って来れば、そんなことはないとも言えるのだが。
「怪我はもういいの?」
「まだまだ全然。数日間は安静だってさ」
愛花の顔が曇る。
「……いくらなんでも、やりすぎたわよね、私」
愛花がこの病室に足を運んだのは、そんな言葉を生み落とす感情を抱いていたためだ。元を辿れば、一連の出来事は破廉恥な真似をしでかした不良生徒に対して起こったこと。気後れなど感じる必要はないはずなのだが、それで片付けられないのは、戦いの中で弾真の戦いに対する真摯な意識を感じ取っていたからか。愛花自身、その疑問を答えの形に固められていない。
だが、一方で弾真はあっけらかんとしていた。
「いいや? むしろ僕は感謝してるよ。この傷は、稲穂さんが僕と本気で戦ってくれた証だ。手を抜いていたなら、この腹を貫いた一撃なんかは絶対にありえない」
包帯が巻かれたわき腹を、弾真はそっと抑えた。
「僕の方も本気になれた。今の僕が持てるすべてを出し切れたよ」
「……。……私には、そうは思えない。……あなたが、すべてを出し切っていたなんて」
弾真が、愛花の言葉に首をかしげる。
「え? ……そんなこと、僕はないと思うけどな」
「あなたがそうでも、私は違うのよ。うまく言えないけれど。……そもそも、あなたいろいろとおかしいわ」
「……別に普通だよ、僕は。……あ、ガンナーだってことを言ってる?」
「違うわ、もっと根本的なところの問題」
一戦交えることで見えて来た、重実弾真という人間が持つ、不可解な部分。それに対して芽生えた興味は、今こうして向かい合っている今、さらに愛花の中で大きくなっていく。
「とにかく、あなたは普通じゃない。それは確か」
「例えば、どこが?」
「いろいろあるけど。……じゃあまず、その身体」
愛花が指さす弾真のいで立ちは、治療室に世話になる生徒が例外なく身に着けるズボンに、いたる所に包帯が巻かれた裸の体を気休め程度に隠す上着、といったものだ。
その体自体が問題だった。弾真の体は、もはや芸術と言ってもいい様相をしている。無駄な脂肪は徹底的に排除され、内側から盛り上がる鋼鉄の如き筋肉に皮膚は無理矢理張りを持たせられ、その隙間で血管が窮屈そうに脈打っている。生命体が作り出す、最も自然で力強く、武骨ながらも美しい起伏。それに、いくつもの痛々しい傷の刻印を刻み付けたもの。つまりそれが、弾真の体だった。
「こんな学校にいるんだから自然と鍛えられるのはわかるけど、あなたのははっきりいって異常よ。ランカーにも、ここまで仕上がった体を持つ人はそうそういないわ。……何をしたの? しかも、そんなに傷だらけで……」
「何って、鍛えただけだけど。傷は、その中で」
「……どうやって」
「毎日、ひたすら。まあ、多少は他の人とは違うこともやったりしてるけど、ほとんどは普通のランニングや筋トレだよ。休み時間、放課後、休日……。それでも足りないと感じた時は授業をサボって――」
「え? 今、何て?」
風紀委員という肩書が、愛花に反応を起こさせた。
「――えっと……じゅ、授業をサボって……は、ははは」
「あなた……」
苦笑いしながら、頭をかく弾真。
「いや、駄目なことだとはわかってるよ。けど、フィールドを自由に使えたり、戦闘シミュレーション用の設備の予約を待たずに済んだり……。誰もいない時だからこそ、思いっきりやれたし、長時間使えた。逆に言えば、そうでもしないと非ランカーの生徒は学園の設備を使えないんだよ。僕自身、それ以外にも体を鍛えるための時間は毎日持っているけど、それだけじゃ不足だからね」
「……。だから、その体……ね」
愛花は、いつでも好きな時に好きな設備を好きなだけ使用して鍛錬をすることが出来る。そんなSランクとしての優遇を、一瞬だけ、しかし確かに負い目に感じた。
「にしても、よくやるわね。あなた、毎日って言ってたわよね」
「慣れれば習慣になる。悪いものじゃないよ」
「……。確かにそうね」
愛花自身、日々の鍛錬を欠かすことはほとんどない。弾真の言葉はよくわかった。




