一章 四節
愛花は、自身の全身に意識を配る。少しの痛みと息の乱れはあるが、痛手はない。問題なしと判断し、呼吸と体勢を整えつつ、思慮を巡らす。
(銃を持っているくせに、近づいて来た……?)
遠距離にいた時点で、射撃を行うタイミングはあったはずだ。けれど、弾真はそうしなかった。今までに何度か銃を使う相手とは戦ったが、このような戦いをする忌抗者は初めてだ。
「僕は銃と誰よりも長く付き合ってる自信がある。君の言う銃の弱点だって、よくわかってる」
先ほどと同じ動作でリロードを行い、構えを正しつつ、弾真はそう口にした。
「だからその弱点を補う方法を取る。見切ることも、防ぐことも困難になる至近距離まで近づいて、体術を交えつつ、大きなダメージを与えられる急所を攻撃する。それが、僕なりに編み出した銃を使った戦い方だ。……まあ、まだまだなのは否めないけどね。今のは横隔膜を狙った一撃だったけど外しているし、何より稲穂さんの意識を完全に振り切れなかったから、忌力の壁に阻まれてしまった」
言葉の上では、理に適っているように思える。だが愛花は納得しなかった。
「そんな戦法を取るぐらいなら、素直に剣を使ったらどうなの?」
「それが出来ないから、こういう戦法を取るんだ。……僕にも、ちょっと事情があってさ」
「…………。いいわ、とにかく、それがあなたの本気ってことね」
ぐるんと、右手一本でハルバードを回転させ、愛花は再び戦闘体勢を取った。
「認めるわ。最初、確かに私は手を抜いていた。あなたがどんな人間だったとしても、失礼な態度だった。……でも、今からは、もう手加減はなし。それでいいわね」
「望むところだ。それでこそ、僕もやりがいがある」
「後悔するかもしれないわよ」
「それでもいい。……悔みと一緒に、喰らい付いてみせるさ」
「そう。……でも、私は負けない。……負けることなんて、出来ない」
愛花を包む空気そのものが、研ぎ澄まされる。
目を閉じ……きっ、と開く。
「忌操術、《紫電清霜》。……行くわよ」
その声を合図に、愛花の全身が青い光を薄く纏い始めた。やや乱れていた息は整えられ、汗も引き、表情からも、迷いや疑問、戸惑いのようなものが消えていく。
続けて、愛花は手にしていたハルバードを前に差し出し、地面と平行になるように掲げた後、手を放した。重量武器であるはずのそれは、地面に落ちることなく、空中にぴたりと静止する。愛花は空いた両手に、一気に忌力を集中させ、右、左と連続で突き出した。右から放たれた忌力は、今まで同様に氷の剣となって具現化、一方で逆側の手から放出された忌力の光は、耳をつんざくような音と共に、青い電撃に変化した。
「……っ!」
軌道も速度も性質も、何もかも違う二種類の忌術による波状攻撃。弾真は身体をよじりつつ後退し、氷の剣を銃撃で破壊しつつ、電撃を避けることに努めた。
電撃そのものを見て回避することは不可能に近い上、銃弾では破壊しようがない。なので弾真は、忌力が雷へと変わった瞬間と位置を捉え、大きく身体を動かすことで回避を行う。そしてそれは成功した。
しかし次の瞬間、弾真は自身へと向かってくるものに驚愕した。愛花は、先ほど中に浮かべたハルバードの上に両足で立ち、切っ先をこちらに向けた状態で、突撃して来たのである。
その大胆な攻撃を避けるほどの猶予は、弾真にはなかった。穂先が胸を突くが、弾真は地面に背中から倒れこむことで、辛うじて痛手になることを避ける。
吹き出た血液が、宙に散る。それを振り払うように、弾真は両手を突き出した。
後方へと過ぎ去る背中に、左右の銃を一発ずつ撃つ。しかしまるで愛花の姿を捉えることは出来ておらず、ただ壁に小さな窪みを二つ穿つだけだった。
愛花はハルバードに乗ったまま上方へと飛び上がり、そこから電撃を断続的に放つ。起きることが出来ていなかった弾真は、それらすべてを身体に受けた。
「ぐああああああっ!」
体の中に大量の棘付き鉄球を流し込まれるかのような苦痛に、弾真の顔が歪む。遠のく意識を意地で繋ぎ留め、弾真は地面を転げまわって、上空からの攻撃から逃れ、立ち上がった。
空中でハルバードに乗り、バランスを取る愛花の手から、絶え間なく忌術の攻撃が発射される。弾真は一息付く間もなく、波状攻撃から逃れるためにフィールドを走る。
全てをかわすことが出来ず、時折攻撃を受けながらも、弾真はどうにか致命傷を避けていた。攻撃の糸口を見つけるべく、逃げ惑いながら、宙で常に移動する愛花の姿へと、何度も目を向ける。
「ぐ、くっ……ははっ、そうこなくっちゃ……!」
その口元に、犬歯が覗いているのを、愛花は見た。
「……まだ余裕のようね。じゃあ、これはどうかしら」
人間にとって死角となる真上からの攻撃でも飽き足らず、愛花は思い切り凝縮させた忌力を、弾真ではなく、フィールドの床へと放った。それは着弾した瞬間にフィールド全体に行き渡り、全域に電撃を纏わせた。
「ぐううっ……があ、ああぁあっ……!」
弾真ももちろん例外ではない。先ほど受けた直撃には及ばないものの、それでも十分の威力を持った電撃だ。それが、足の裏から全身へと絶え間なく伝播している。
逃げ場は、どこにもない。うめき声を漏らしながら、弾真はこのような芸当を容易くやってのける存在を、改めて「とんでもない」と思った。
超重量でありながら素早いハルバードの攻撃。他のどの忌抗者にも類を見ない、氷と雷、二種類の属性を持つ忌術。それを応用し、ハルバードを超伝導体として浮かせ、それに乗ることで行う三次元戦闘。体内の電気信号と体温を、自ら断続的にコントロールすることで、身体能力をベストの状態で保つ忌操術、《紫電清霜》。
そして、その能力によって、どんな状況下でも崩れなくなった、【冷厳なる乙女】の代名詞たる、鋭く冷ややかな表情。どれもが、Sランクの聖騎士という称号に相応しいものだ。
弾真は、彼女に挑み、そして敗れていった人間たちが見た景色を、自分もまた眺めているのだと実感した。
それでも、焼けつく痛みが走り続ける身体に鞭打ち、構えを取り続ける。
まだ、自分は倒れていない。倒れることを、望んでいない。
(まだだ……。僕は、まだ……!)
……まだ、戦っていたい。そんな思いが、これからの戦いで、自分が取れる行動を模索し始めた。
遠距離からの銃撃は意味がない。かわされるか、氷の盾で防御される。当たったところで倒せない。
ならば近づき、意識の外から致命の一撃を急所に当てるしかないが、空中にいる愛花に対して肉薄するのは難しい。さらにその際、愛花の意識の外へと入り込まなければならない。極めて細い勝ち筋だ。
だが、チャンスが訪れる可能性はゼロではない。弾真は、今の自分の中で唯一思いついたその勝機が訪れることを待つ。
電撃に塗りつぶされた床に立っている時点で、身体の自由はほとんど効かない。当然かわすことも出来ず、身体が焦げるような痛みに、弾真は歯を食いしばって耐え続ける。……立ち続ける。
同時に、力を溜め続ける。来るかどうかもわからない、たった一度の好機のために。
「よく耐えるものね」
まだ倒れない弾真に対し、愛花は攻撃を氷剣へとシフトした。
床には電撃が流れ続けている。その上で、無表情の愛花から連続して放たれ、自身を斬りつけてくる氷剣を、弾真はかわすことが出来なかった。その軌道を捉えることは叶わず、よしんば見えたとしても、身体が痺れてついてこない。皮膚と肉を裂かれ、血を流しながらも、ひたすら耐え忍ぶ。
「くく。……はは、ぬ……ぬぬ、ぬるい、ね」
それどころか、笑みを浮かべ、口すら動かし始めた。電撃に舌が痺れていることも、弾真は気にしていない。
「そ……そそそ、そんな、やわい攻撃じゃ……ぼぼ、僕は……たお、倒れない、よ。ほほ、本気で、やるって……いい、いい、……言ったじゃ、ないか……!」
「……。いいわ、それならこれで終わらせる」
静かな声と共に、愛花は忌力で、巨大な、かつ鋭利な先端を持った氷の大剣を作り出し、真下にいる弾真めがけ、放った。
「もう、楽になりなさい」
氷の冷ややかで尖った先端が、弾真へと迫る。
「っ……!」
弾真は痺れる頬を持ち上げた。
ここだ。この時を待ち続けていた。
弾真は足に溜めていた力を一気に開放、跳躍して、電撃で床に縛り付けられた身体を、空中へと解き放つ。そして、投擲された巨大な氷剣へと飛び、それに乗り移った。
出来る限り踏ん張り、弾真は銃を乱射。すべての弾丸を、愛花が浮かぶ場所の周辺にばらまく。そうして退路を潰した後、足場を砕く勢いで飛び出して、愛花へと踏み込んだ。空中で右側の銃だけを再装填し、愛花へと突き出す。狙いは、先ほども狙った横隔膜。いわゆるみぞおちだ。そこにゼロ距離射撃を叩き込み、強い衝撃を与えれば、人は必ず呼吸困難に陥る。
愛花は表情を変えず、右手に氷の剣を作り出し、握った。自身へと向かってくる弾真に対し、迎撃体勢を取る。
「ぅぅうおああああああああぁっ!」
「はぁっ!!」
二人の叫び、冷たい剣閃、熱い銃声が、空中で交差した。
瞬きの間に通り過ぎるような、一瞬の時間の、接触。
そこで、決着がついた。
突進の勢いそのままに、愛花の後方へと通り抜けた弾真の身体が、宙でぐらりとバランスを失う。その身体は、腹部から大量の血を空に流しながら落ちていく。
一方で愛花は、変わらずハルバードの上で平静を保っていた。手にした氷の剣の切っ先は、赤く濡れている。腹部に出来た小さな銃創は、愛花の急所を穿っていなかった。
鈍い音を立てて、弾真の身体が床に叩きつけられる。まだ帯電していた床に、血にまみれた全身が痺れた。
愛花はそれを見届けた後、地表近くにまで降りて来て、忌力を右手に集めて闘技場全体を包む雷の忌術を解除。氷の剣も光の中に消して、得物からすとんと降りる。
「……っ」
愛花は、宙に浮いていたハルバードを手にし、構えた。表情は、まだ凛と引き締められている。
弾真の身体が、ぶるぶると震えるようにして動いている。未だしっかりと握っている銃の先端を支えに、四肢を起こそうとしている。
「ぐっ……く、く……」
……未だ、笑顔を浮かべようとしている顔が持ち上がり、愛花へと向けられた。
「……く、はっ……――」
しかし、立つことは出来なかった。弾真は前のめりに倒れ、気を失う。
試合終了を告げるアナウンスが、ブザーと共に会場に振ってくる。
「試合終了。勝者、Sランクランカー、稲穂愛花!」
「……ふうっ……」
《紫電清霜》と構えを解いた愛花は、大きくひとつため息をつく。
その額から頬にかけて、一筋の汗が、するりとつたった。




