五章 五節
「はあっ、はあっ……! ちょこまかと……。大人しくしろ、いい加減っ!」
絆の声がフィールドに霧散する。
《否退障壁》を張ったまま、絆は弾真に当て身をしかけ、転倒させる。その一瞬の隙に、一気に距離を放した。左手を掲げ、光弾を乱射する。剣を伸長させ、振り払う。
すぐさま体勢を立て直した弾真は、身を低くして走った。刃と光の弾が、次々と襲い掛かってくる。
弾真は、それらすべてを自分の残像の中に置き去りにした。一定の距離を置いたまま、絆を中心として円を描くように走り続け、単純な速度をもって攻撃を回避する。行く手を阻むようなものも容易く回避し、ひた走る。
頃合いと見るや、弾真は急速に方向転換、絆へと真正面から肉薄。放たれた光弾を全弾回避、爆発の余波を背に感じながら、絆へと銃を向け、左右十二発、すべて絆の《否退障壁》の一点に叩き込んだ。
その最後の一発が当たった時、今までのものとは異なる音が鳴った。
弾真は勢いそのまま、絆の胴体へと前蹴りを放つ。その速さに反応出来ず、絆は蹴りをモロに喰らって、後方へと転げた。
「くはっ……。……く……!?」
絆の顔から、色が消えていく。
弾真の蹴りが、当たった。この身体に。その事実が、絆から血の気を引かせた。
戦いの終着点を見た弾真の表情からもまた、笑みが消える。
「忌操術も忌術も、体内の忌力を使って発生させるもの。個人差はあれど、忌力は無限じゃない。……銃撃を何十発も防御しながら、忌術で忌力を闇雲に消費し続ければ、いつかは限界が来る。《否退障壁》の防御力も、寸分違わず一点に集中した連続攻撃を受ければ、割れる程に弱くなる。……僕の忌力が尽きる前にね」
「くっ……!」
絆は尻もちをついたまま、忌操術を発動せんと力を集中させるが、不可能だった。左手を突き出して光弾を放とうとするが、出来ない。
「……っ、くそっ! はあっ、はあっ……! 弾真、お前これを狙って……!」
「見えるんだよ。絆の焦りも、この結果も。……この目には」
「……ふ、ふざけた真似をっ!」
ひときわ大きく剣を振りかぶり、絆は一直線に振り下ろした。剣の刃が鎖状になる。手首の細やかな動きで、刃が不規則にしなり、弾真に襲いかかった。
弾真はそれを目で捉えながら、右腕に握る《バーク》のみリロードを済ませた。
刃の切っ先が迫り来る。それを見切り、弾真は手首の先にスナップを利かせながら、左手を前に出した。
空薬莢が宙を舞う。その一瞬後、がきん! という金属質な音が響いた。
「なっ……!?」
絆の顔が、驚愕に硬直した。
弾真は、鎖状に伸びた剣、その刃と刃の間にある金属線部分を、《スナール》のシリンダーと撃鉄の間のわずかな隙間に挟み込んで固定し、受け止めて見せたのだ。
頑丈さが取り柄である銃の隙間に噛み付かれた刃は、絆がどれだけ力を込めて引こうが、びくともしない。
「誰がふざけて戦いをするもんか」
そう言いつつ、完全に伸びきったまま固定された形になった刃の隙間に、弾真は《バーク》の銃撃を叩き込む。脆弱な金属線は、六発の銃弾を同じ箇所に受け、無残に千切れ飛んだ。
「《ヒュペリオン》……!」
身体をよろめかせながら、絆は剣を手元に手繰り寄せる。その刀身は、全体の三分の一ほどが無くなっていた。
「さあ……そろそろ、終わらせようか……!」
強く叫び、煽りを付けて《スナール》のシリンダーを露出し、挟まっていた剣先を排出。じっくり時間をかけて、弾真特有のリロードを行い、未だそのボディを赤く輝かせる愛銃を元の形に戻す。陽炎と紅蓮の軌跡が、弾真の身体の周りを染めた。
真剣な表情のまま、弾真は構えを取る。
「絆。……君にはもう、ほとんど忌力は残ってない。ゴーレムは全滅。自慢の剣も折れた。僕に動きが見切られていることも、君にはわかってる。それでもその目は、降参なんてしないって言ってる。間違いないね」
絆は答えない。弾真は、それで構わなかった。
「決着は、お互いが今放てる最高の技で付けたい。その上で君に負けるのなら、僕はそれを受け入れられる。だけど、中途半端な技に付き合うのはゴメンだ」
「…………」
「さっき、僕の弾切れを見逃してくれた借りを返すよ。立って、息を整えて。……君から仕掛けて来てくれ」
「……。っ……はあ……はあ……。……ふうっ……」
かなりの時間を使いながら立ち上がり、絆は空を仰ぎ見た。
時が流れていたことを感じさせる、夕焼けがそこにある。
青空は、どこにもなかった。
(所詮、この程度か。……俺もまだまだだ)
かつて完膚なきまでに叩きのめした相手だ。弱い、守るべきはずの存在だ。
なのに今、そんな相手に、完全に追い詰められている。
(だが、まだだ。まだ終わってない)
目を閉じ、じっくりと全身に酸素を行き渡らせた後、絆は無残な様相となってしまった愛剣を握り直した。
どんな現実が目の前にあろうと、決意は変わらない。
この剣で、守るべき人を守る。そのために強くなる。
だから、負けられない。諦められない。強くあるために、勝ち続けなければならない。
(……負けてたまるか。……人を守る覚悟もない人間に、負けてたまるものか!)
腰を下ろし、左足を前に、右足を後ろに。剣を目の高さへ、左手をその柄頭へ。ひとつひとつ、確かめるように身体を動かしていく。……目が、剣を突き立てる先を見る。
それを見届けた後、弾真もまた、ぐっと腰を落とし、確かな戦闘態勢を取った。
静寂が訪れる。
試合開始の合図を待つ十秒にもよく似た時間。だがこの瞬間は、弾真と絆、二人の心までもが静かだった。
そして、時は終局へと動き出す。
「……はああああああああああああああああああああああああっ!!」
先に動いたのは、絆だった。
構えをそのまま前傾姿勢にし、敵を貫く渾身の力を剣に込めて放つ突き。尽きた忌力と失った切っ先の代わりに、勝利への執念を込めた「守護者の断罪」。その速度から、これまでのものとは段違いの威力があることが伺えた。
弾真は、その必殺の刺突に対し、正面から向かって行った。
絆の最高の一撃を超えるためには、今までの自分が培ってきたものだけでは足りない。そこに加えて、今ここにいる自分が持っているものすべても注ぎ込まなければならない。それで、初めて「今の自分に放てる最高の技」となる。
出来るはずだ、今の自分なら。
思い描け、今の自分の「最高の牙」を。
そして突き立てろ、喰らい付け、噛み砕け。
なまくらだろうと関係ない、ありったけを込めて引き千切れ!
弾真はただそれだけに意識を注ぎ、ぐんぐんと大きくなる絆の姿を、全身で迎えに行った。
銀の刃が、光をも斬り裂く速度で突き出される。
虚偽も、御託も、何もかも。余計なものは何ひとつ入り込む余地のない一瞬に、弾真はぐっと身体を前に倒し、さらに一歩踏み込んだ。
「っ――――!」
刃が、弾真の顔のすぐ横を通り過ぎていく。右目の上あたり、長く伸びた前髪が切り裂かれ、剣が生む突風の中で散り散りになった。
まっすぐに伸びた絆の右腕を、下から突き上げるように、弾真の右腕が伸びて行く。
絆の右腕の付け根に、《バーク》の銃口が――――――――触れた。
刹那。空気が、炸裂音に体躯を震わせた。
四回の銃撃、しかしまるで一回の銃声に聞こえるほどの神速の早撃ちが、絆の両腕の付け根と両膝を撃ち砕く。さらに、間髪入れずに放たれたレベルバイトが横隔膜を的確に貫く。
神経の集まる脇の下に、破壊されると立つことが出来なくなる膝、そして衝撃を受けると呼吸困難を起こす横隔膜。
すべてが人間の急所であり、かつ人間を行動不能にするのに適切な場所ばかりだった。
「っ、がっ…………!」
絆の身体が、血を吹き出しながら宙に泳いだ。
どさりと、力なく床に落ちる。
……そのまま、びくびくと痙攣し……動かなくなる。
「……………………っはっ! ……はっ、はあーっ、はあーっ……はあーっ」
弾真は、いつしか呼吸を止めていた。床に仰向けに寝転がる絆の姿を見て、自分がしたことを思い知る。
敵の認識能力を振り切る速度で間合いに入り、最適な攻撃を行うサポートをする身体能力。
高速移動する敵を逃さず、動きを見切り、その急所を見抜く両目の視力。
寸分違わず狙いをつけ、素早く弾丸を撃ち込む射撃能力。
すべてを駆使して至近距離から叩き込む、躊躇も慈悲もない、人体の急所五ヵ所への瞬間的な連続攻撃。
ただ純粋に、全霊をかけて獲物を食い千切る咢。名付けるならば――「シザースバイト」。
これが、今の重実弾真という存在が放てる、最高の技。
「試合終了。勝者、Eランク、重実弾真!」
試合終了を伝えるブザーとアナウンスが、弾真の頭上に降り注ぐ。
会場は、ほとんどしんとしてしまっていた。賞賛の言葉も、拍手も、志吹と宮子のものを除けば皆無だ。
だが弾真自身は、それを気にも留めなかった。
「……や……った…………のか……。……はあっ……」
弾真は肩で息をして、自分の汗が床に落ちていくのを眺めていた。
……しばらくそうしていて、再び、顔を前に上げた時。気付く。
「っ……。……絆」
顔を歪ませ、苦しい呼吸を繰り返し、五つの風穴からおびただしい出血をしながらも、絆は立ち上がって、剣を握っていた。
「……ま……だ。……ま、だ、だ……。がはっ…………まだ……だ、だんま……っ! ……まだ、終わってない。……俺は、守れる……。まだ、倒れて、いない……!」
弾真は、静かに観客席を見上げた後、絆に視線を戻す。絆の突きによって、すっきりとしてしまった前髪の隙間から、切なげな右目が覗いていた。
「絆。……溟が、見てるよ。君の無事だけを、ただ祈ってる」
観客席で、大粒の涙を流しながら、溟は絆の名を呼んでいる。
その目は、やはり、絆しか見ていなかった。
「そのままだと、死んでしまうかもしれない。……絆。これからも、彼女を守るためにも、今は……」
「……負け、るか……。……俺は……まも、る。……守る……!」
「…………」
弾真は、そっと絆へと歩み寄り……その頭部に、《バーク》の銃口を合わせた。
虚ろな目をしながら立つ絆が、まっすぐ、その銃口と弾真の顔を見る。
数秒、そのままの体勢を維持し……弾真は、くるりと銃を回しながらホルスターへと戻す。
そして、右足を一歩、後ろに下げた。
「眠ろう、絆。もう……今は」
右腕に唸りを付けて、絆の腹部に拳をめり込ませる。
絆の身体が床に倒れ、その意識が失われる。
観客席では、溟が声をあげながら崩れ落ちる。
弾真の拳には、誰のものなのかわからない血が、滲んでいた。




