五章 二節
開けた視界の中心で、絆の姿が一瞬のうちに巨大化したかのように感じた。
急襲。まだ自分の足の裏は、べったりと床に張り付いている。
(出遅れた……!)
弾真はどうにかバックステップを踏んで間合いを離し、レベルバイトを放つ。
絆は切っ先だけを翻させるような、最低限の動きのみの剣閃で銃弾を斬り払い、表情ひとつ変えぬまま前進を続けて来ている。連続して左右の銃を放ちつつ、弾真はひたすら距離を取った。だが絆の突撃を振り切ることは出来ず、その間合いに捉えられてしまう。
勢いを乗せた絆の剣が突き出される。
「くっ……!」
身をよじり、弾真はそれをどうにかかわす。距離を取り、間髪入れずに振るわれた二撃目も避ける。
(……退いてちゃ埒が明かない。……行け、行くんだ!)
後退したいという意思を押し殺し、弾真は前へと踏み出した。絆の胴体に銃を向け、撃つ。銃撃は、構えた剣の腹によって防がれてしまった。だが、弾真は絆の顔色が一瞬変わったことに気付いた。
絆の間合いに踏み込んだまま、弾真は足払いをかける。軽い跳躍のような後退で回避されたが、絆の身体が空に泳いでいる。そこに、ひたすら連続して銃撃を放つ。
絆は左手を前にかざし、光弾を作り出して飛ばした。銃弾で身を削りながらも、光弾は弾真の元へと直進。弾真は横転して避けたが、背後の床ではその威力を実感させる爆発が起こった。
(怯むな、行け、行け……っ!)
その爆発には目もくれず、弾真は絆へと銃を向け、引き金を引く。
「っ!?」
左右の腕から鳴ったのは、空気を断ち割る銃声ではなく、重くも軽くも聞こえる金属音だけだ。
胃の奥底に冷たいものを感じながら停止し、すぐさま距離を取った弾真を、絆の剣が襲うことはなかった。その代わりに、声が飛ばされてくる。
「弾切れだ、弾真。……次は見逃さないぞ」
「……」
直立したままの絆に歯噛みしつつ、弾真は《忌弾生成》で再装填を行った。
弾真は構えを取る。しかし一方で、絆は戦闘態勢を完全に解いていた。
「もう一度訊く。この戦いをやめる気はないか、弾真」
「……試合中だ、無駄話は……」
「この話を無駄にするかどうかはお前次第だ。……なるほど、大したものじゃないか。反応や狙いは、以前よりもずっと良くなっている。特に間合いを詰めてからの銃撃には少々驚いた。努力をして来たことは認めよう。……だが、残弾数の管理すら出来ないというのは、ガンナーとしてどうなんだ?」
「く……」
「形が違うが、以前の戦闘でも、お前はそうして戦闘中に我を忘れた。……それがお前の限界なんだ。どうせ、お前に大したことは出来ない。早く他の道を探した方がいい」
「…………」
「……さあ、最後の警告だ。どうする」
「……。断る。降参も、退学も」
表情全体に内なる感情を苦く滲ませながら、弾真は続ける。
「自分の限界なんてとっくにわきまえてる。それでも、だ」
「そうか。なら、無駄話だったな」
絆は無表情で弾真の言葉を受け止め、懐から忌染核を取り出した。それは、絆が扱う炎とよく似た、青い光を放っている。
弾真の記憶の中には、絆の行動が意味するものの正体は存在していなかった。
「何を……?」
「多少のことではお前の気持ちは変わらないとわかった。……少しばかり趣向を変えよう」
絆は、発光している忌染核を横一文字に振った。するとそこから、十センチ弱程度の長さの楔状の物体が四本投げ出され、一メートルほどの間隔をあけて床に落ち、突き刺さった。
「……これは……!」
楔が刺さった部分の床が、みるみるうちに変質していく。泉から湧く水のように盛り上がり、それは徐々に、高さ三メートルほどの巨大な人のような形を作り始めた。次第に形が固定していき、最終的には、西洋の騎士が身に着ける鎧と兜一式のような形状になる。楔は頭頂部で角のように伸び、銀色の鎧の隙間からは青い炎が漏れ出し、手には長剣と大盾が携えられている。
四体の鎧は、自ら意思を持っているかのように、剣を構えながら、がしゃりと一歩前進した。
「使役獣……!?」
「お前が知らなくても無理はないが、俺もこの一年、物見遊山をしていたわけじゃない。核となる意思を持った忌石が、自ら付近の物質を取り込み、四肢を作り出して行動する。いわゆるゴーレムというものだ。……かつては、お前もホムラを連れて試合をしていた。数の暴力などと、世迷い事は言わないな?」
「……っ」
「五対一。さあ弾真、覆してみせろ」
絆が光弾を放つ。弾真の足元に着弾、爆発し、後退を余儀なくさせる。
その爆発の余波が消えぬ間に、ゴーレムたちが散開。決して速いとは言えない速度だが、動きには統率が取れており、確実に弾真を四方から囲む陣形を取ろうとしていた。
「こんな、人形なんかで……!」
弾真は一体に狙いを絞り、連続射撃。ゴーレムはかわすどころか、反応すら出来ず、全弾を胴体に受けた。弾丸が鎧を砕き、穴を穿つ。
だが、着弾の衝撃で少々よろめいた程度で、ゴーレムはそれを傷やダメージとしては認識していないようだった。開けた風穴も、徐々に修復されている。
(防御力は高くないみたいだ。でもあれじゃ効いてるとはとても……!)
歯噛みしている間にも、鎧たちは弾真を取り囲み、接近をして来た。あえてタイミングをずらした接敵と剣戟が、弾真を襲う。動きと同じで、あまり鋭さはない。だが、四体に同時に攻め込まれているという威圧感そのものが、弾真には脅威に思えた。
包囲網の突破と攻撃の回避を繰り返しながら、弾真は脳を必死に回転させる。
(動きはぎこちないけど、こっちの攻撃も効かない。……どうする、どうする……! 考えろ……!)
恐らく使役している絆を倒せばゴーレムたちは行動を停止するだろうが、この状況でそれは現実的ではない。まだゴーレムたちを倒す方法を模索した方がマシだ。
(……あれか!)
絆は、「核となる忌石が、自ら付近の物質取り込み、四肢を作り出して行動するもの」と言っていた。ならば、弱点と思わしき点は、一か所。頭頂部の楔だ。
まずは試してみるしかない。そう決めて、弾真は手近なゴーレムに狙いをつけ、その脚を狙い撃つ。その体勢と共に包囲網を崩したゴーレムの脇を全速力ですり抜け、独楽のように回って反転し、片膝をついて姿勢を安定させる。肘を九十度に曲げた左腕の上に右腕を乗せ、こちらにまっすぐ駆けてくるゴーレムに狙いを定める。
右腕の《バーク》に残っていた弾丸を、すべて発射。その弾丸の中の一発が、楔を捉え、砕いた。
ゴーレムが膝から崩れ落ちる。全身のパーツがバラバラになり、床に溶け込むようにして消えていく。
「よし、これで。……!」
視界の右端で、光が煌めいた。
「はあああっ!」
光の正体は、絆が手にしている銀色の剣の輝きだった。
その独特の構えから繰り出される、全身の忌力を切っ先に込めて放つ突き。「守護者の断罪」と名付けられたそれは、絆がもっとも得意とし、かつ多くの対戦相手を屠って来た一撃だ。先日ドスの男の両腕を斬り飛ばした技でもある。
身体中の骨を軋ませながら、強引に射撃体勢から立ち上がり、弾真は心を決める。
(よく見るんだ、まだ間に合う……!)
剣筋を見極め、上体を思い切り逸らし、跳ぶ。絆の剣は、わずかに弾真の頬を斬り裂きながら、空を貫いた。
後ろに飛んだ格好のまま、弾真はまだ弾が残っている左腕の銃、《スナール》を突き出す。
絆の身体を、捉える。引き金を引けば、当たる――
「……うっ、がっ!」
――当たらなかった。いや、引き金を絞ること自体、出来なかった。
銃を撃とうとする直前、弾真が見ていた剣の煌めきが、いくつにも増えた。それぞれが弾真の、左の肩口から右の脚の付け根に至るまでを斬り付けてきたのだ。
無数の切創が、一撃で刻まれる。身体が浮いていた時に受けた攻撃。その威力を殺し切れず、弾真は崩れた体勢のまま地に落ち、転がった。
弾真が痛みに耐えながら、どうにか立ち上がろうとしたところに、正面からゴーレム三体の横薙ぎが一斉に襲いかかった。技術も何もない攻撃だが、その力だけは確かで、弾真は大きく後方に吹き飛ばされる。
「うあぁああああああああっ!!」
一瞬、天と地がどちらにあるのかを見失う。ぐらぐらと頭が揺れ、身体中から悲鳴が上がる。未だ四肢が繋がっており、息が出来ているのを、弾真自身が不思議に思えるほどだった。
「言ったろ、五対一だと。……それとなく弱点を教えれば、俺よりもゴーレムを片付けにかかると思った。そこに隙が出来る。狙い通りだ」
「ぐ……。き……絆っ……」
「それでも、やはりいい反応だ。こいつが普通の剣であったなら、お前を捉えることは出来なかった」
弾真から二メートルほど離れた位置まで歩き、絆は手にした剣を一度、横に振る。
剣の刃部分が、細い金属の糸で繋がりながら細かく分かれ、さながら鎖のようにしなる。絆が手首を返すたびに、刃の鎖が身を伸ばし、空に弧を描く。少し絆が力加減を変えるだけで、それは元通り剣の形に戻った。
「しかし、この《ヒュペリオン》はただの剣じゃない。今の俺の技量ならば、お前の銃よりもより広範囲を、より高い威力で攻撃出来る。……そんなものしか武器として扱えないお前には、相変わらず同情するが……。これは戦いだ。さあ、もう少し味わってもらおうか」
絆の剣がしなって伸び、弾真の胴体に巻き付いた。ひとつひとつの刃が、弾真の身体に食い込んでいく。
さらにそれが、絆の手から伝わる忌力によって青い炎を発し、弾真を灼熱の地獄に陥れる。
弾真は激痛の中、自分の肉体が焦げる匂いを嗅いだ。
「うっ……。ぐううっ……っあああああっ……!」
「その気になれば身体を四つに裂き、八つに引き千切るなど動作もない。だが安心しろ、そんなことはしない。……代わりによく思い知れ」
絆に言葉を返すだけの余裕は、今の弾真にはなかった。身体をどんな姿勢にしても、傷の痛みが和らがない。常に激痛と熱さが付き纏う。
「その痛みこそが、お前の弱さだ」
諦めや絶望など、自分を否定するための感情すべてを思い起こさせる苦痛。そのくせ、意識ははっきり繋ぎ留められたままだ。気を失い、楽になることすら出来ない。
それはまさしく、絆の二つ名【不眠を齎す者】に相応しい攻撃だった。
頃合いと見るやいなや、絆は剣を引っ張り、全身の肉を引き裂きながら弾真を開放した。
「ぐ……く……!」
弾真は辛うじて倒れることはなかったが、それだけだった。膝をついた状態のまま、動くことが出来ない。
「少しは目が覚めたことだろう。……さあ、弾真」
ゆっくりと、絆は告げる。傷だらけの弾真が見上げたその顔は、使役する三体のゴーレムに囲まれながら、こちらを見下げていた。
「その目を見開いて、現実を知れ」
弾真の目が、いくつもの剣の光を捉えた。風を切るような音が迫って来て、弾真は思わず顔を背け、目を瞑った。
痛みは、襲って来なかった。
何も起きない。そう弾真は思い、前を向いて、目を開いた。
「…………。……ぁ」
異変に気付く。
「あ、あ、ああぁ……!」
いつも見ていた景色とは、あまりにも違う……明瞭過ぎる景色。
その中に立つ絆が、右手に鎖状の剣を、そして左手に、眼鏡を持っていた。




