五章 一節
「……ふうぅ……」
短くて長い一週間が過ぎ、弾真は第一闘技場、そのフィールドへと続く控室にいた。ベンチにロッカーといった、最低限の設備が備えられた小ぢんまりとした部屋。弾真の他には、ホムラの姿があるのみだ。
約束の時間までは、もう数分。そろそろフィールドに向かわなくてはならない。
「……すぅ……ふぅ」
否が応でも、弾真は緊張を感じずにはいられない。
絆は強い。よく知っている。
洗礼された剣術。特異な鎖状形態を持つ長剣を扱う技量。高い威力と発動までの早さを高レベルで両立させた炎の忌術。生半可な攻撃を無効化するバリアを全方位に張る忌操術、《否退障壁》。
そのすべては、衰えるどころか、ますます磨きがかかっている。先日の騒動を考えれば明らかだ。
共に歩んでいた時は、あれほど心強い存在はいなかった。
しかし、道を違えた今。……あの日、自分を蹴落としたその時からは、大きな脅威に他ならない。
そんな人間が、戦いのフィールドで待っている。
「…………よし」
眼鏡をもう一度丹念にかけ直し、弾真は立ち上がった。
「行ってくるよ、ホムラ」
ホムラはしばらく弾真の顔を見上げた後、身を翻し、フィールドとは逆方向の扉へ向かい、部屋から出て行った。観客席にいる志吹と宮子の元へと行ったのだろう。
それを見送り、弾真はフィールドへの扉を開いた。細く、薄暗い道の向こうから、四角い光が入り込んでくる。
一歩、一歩、一歩。光へと歩いて行く。その光が全身を照らす位置まで進むと、すり鉢状の闘技場と、たくさんの人で埋め尽くされている観客席が眼中に迫って来た。声援とも雑談とも取れる声たちが、吹き抜けから零れる青空からの熱と共に頭上から降ってくる。
一週間前の騒動がこれだけの人を呼び寄せたのだろう。ともすると、以前の愛花との試合よりも観客が多いかもしれない。
弾真は、眼鏡を念入りにかけ直す。余計なものを見てしまわないように注意しながら、弾真はぐるりと観客席を見渡す。その一角にホムラの、さらには志吹と宮子の姿を、おぼろげながら見つけた。
愛花の姿は、ない。
(……駄目だったか)
この一週間、愛花とは模擬戦はおろか、まともに顔を合わせることすらなかった。ケータイもまったく連絡がつかず、メッセージを送っても、既読のサインこそあるが返信はない。時折出る授業でも、休み時間でも、愛花からは明らかに距離を置かれていた。
残念ではあるが、弾真はこれもやむなしと無念を払う。愛花からすれば、格下である自分の試合をわざわざ見物する理由などないのだ。無論、一週間前の提案を受けることにも。
それでも、この戦いから引くことが出来るわけでもない。弾真は、ゆっくり、前へと進む。かつての幼馴染の元へと。
「来たか、弾真」
フィールドで腕組みをしながら静止していた絆が、静かに目を開いた。
「……ああ」
フィールドの中央で数メートルの間合いを保ちながら、二人が対峙する。
「約束は覚えているか?」
「もちろん。この試合に負けたら、自主退学。だろう?」
「その上で、か」
ゆっくりと、絆は腕組みを解く。
「……俺としては、再びお前を目の前にはしたくなかった。お前自身に、俺の気持ちに気付いて欲しかった。何も伝わっていなかったというのは、少なからず気落ちするな」
「……絆、君にもわかっているはずだ。僕たちは、もう気持ちを通じ合わせるような関係じゃない」
「お前のせいだろう。それはお前が俺を拒んでいるからだ、弾真」
「何にしたって、もう無理なんだよ。僕が君に負けたあの時から、僕たちが完全に違う道を歩み始めた時から、もうそれは決まっているんだ。……はっきり言っておくよ」
小さく震えるほど、弾真は拳を握りしめる。
「僕は、君に守られるような人間じゃない。僕はそれを選べない。……君の言うような弱者であっても」
「…………残念だ」
嘆息のように諦観を匂わせる、けれど迷いのない言葉を、絆の唇は紡いだ。
「ならば俺はお前のためにこの手を汚そうか。……そうして、お前に相応しい道を選ばせる」
「それなら僕は、それを拒む」
「拒んでみろ。出来るのならば」
二人はほぼ同時に忌染核に意識を集中させた。
「忌装、《ヒュペリオン》!」
「忌装、《バーク》《スナール》!」
忌染核から発せられた光が、鞘に収められた長剣と、ホルスターに収められた銃の形となり、両者の腰に具現した。
それぞれが忌装具を抜く。絆は、剣を目線の高さで構える独特の戦闘態勢を取り、弾真もまた、銃口を相手に向けない固有の構えを取る。
静かな十秒が訪れる。
弾真は、心臓が早鐘を打っているのを感じていた。
(……落ち着け。落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け……)
意図せずに思い起こされる過去の情景を、呼吸に混ぜて吐き捨てる。それでもまた、絆の鋭い視線に過去を掘り出される。そして、またそれを捨てる。それを繰り返す。
額に汗が伝っていく。弾真は目を閉じ、何度も同じ言葉を繰り返した。
(大丈夫だ。落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着――)
ブザーが鳴った一瞬後、弾真は目いっぱい閉じてい瞼をこじ開けた。




