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四章 六節

「……いた……」

 まだ校内に残っていた生徒数人から情報を得た後、弾真は先ほどまで自分と愛花が対峙していた第六闘技場へ向かった。

 そこに、愛花はいた。

 弾真は、フィールドへと続く入場口から、その姿を見ていた。愛花は一心不乱に、フィールドの中央で《ブリュンヒルデ》を振るっている。

 声をかけるべきか、弾真は迷った。今の愛花を、邪魔をするべきではないのではないか。自分に出来ることなど、ないのではないか。

 そんな思いが、弾真の足を、一歩後ろに下がらせた。

 だが、それ以上、後に引くことは出来なかった。

「っ……ホムラ」

 ホムラが、その身体で弾真の後退を阻んでいた。中へ入れと言いたげに、首を振る。

「……。そうだよね。ここまで、来たもんな」

 きっと、愛花もこちらには気付いている。このまま踵を返した方が後味が悪い。そう思って、弾真は入場し、愛花に近づいた。

「稲穂さん」

 ハルバードの刃が届く間合いの数歩外、弾真は愛花に声をかけた。

「ふっ。……ふっ、ふんっ……はっ……ふっ!」

 しかし、愛花は手を止めない。

「……稲穂さん」

 もう一度呼ぶ。……結果は変わらなかった。

「……。忌装(セットオン)、《バーク》《スナール》」

 弾真は少しだけ間を置いたのち、ブレザーの前を開け、忌装(セットオン)を行った。

 愛用の銃をすぐさまホルスターから引き抜き、左右に広げる。

「レベルバイト……!」

 手の間隔を狭め、思い描く二本の射線がクロスした瞬間、放つ。弾真が狙った一点へと、二発の弾丸が飛んでいく。

「はあっ!」

 愛花のハルバードが、弾丸を弾き飛ばした。

「……はっ。……はあっ、はあっ……」

 その一撃を最後に、愛花の動きが止まった。汗にまみれ、息も絶え絶えだ。忌操術(スキル)も使わぬまま、延々と得物を振るっていたことを、弾真は察した。

「……あなた、今、どこを狙ったの」

「心臓。でも、絶対に止めるって信じてた」

「やっぱりね。……殺すつもりかと思ったわ」

「ありえないよ」

「ありえない話じゃない。……そう思うわ」

「とにかく、こうでもしないと、話も出来なかっただろう?」

「……」

 愛花はすぐに息を整えてみせた。

 汗を拭った後、フィールドの天井を見上げる。

「……ねえ、あなたも同じ? あの人たちと。私に思ってること」

「……」

「下位のランクの人を一方的に倒していればいいと思ってる? 強さがあるから、何をしてもいいなんて価値観を持ってると思ってる? 何の努力もなく、勝ちを築き上げることが出来る人間だと思ってる? ねえ、答えなさいよ。……答えてよ」

「そんなこと思ってない。確かに僕は、立場の上ではさっきの人たちとほぼ同じだ。でも僕は、そんな風に稲穂さんを見ていないよ」

「どう信じろって言うの? さっきの一撃だって、本当は私を殺すつもりだったんじゃないの? 私に、恨みつらみがあるから……」

「じゃあ、こうするよ」

 弾真は両手の拳銃を床に落とし、愛花の元に速足で迫った。愛花の手中にあるハルバードの槍部分を右手で持ち上げ、自身の胸元の位置で止める。

 当然、素手である右手のひらは皮膚が裂け、血が流れ出して青色を纏う穂先を伝っていく。

「僕は彼らとは違う。そっちこそ、信じられないなら、このまま僕の心臓を刺して黙らせればいい」

「っ……。………………」

 愛花は、静かにハルバードを光に変え、忌染核(コア)の中に吸い込ませた。

「ずるいやり方ね」

「……確かに、そうかも」

 弾真は小さく笑って見せたが、愛花は表情を変えなかった。

「……ねえ。あなたは、自分の力を呪ったことはある?」

「力? ……そんなの、何度もあるさ。今は、もう諦めがついたけど」

「……。私は、違うわ」

「それはそうだよ、稲穂さんが持つ力は、僕と違って……」

「そうじゃない。……そんなんじゃない」

「え……」

 忌染核(コア)を手に握りしめながら、愛花は重々しく言葉を紡ぎ始めた。

「幼い頃から、私は特別だって言われて育ったわ。二属性の忌力に、それの同時使用をしても余りある保有量。ずっと、いろんな人に言い聞かせられてきた。お前は特別だって。強くなれるって」

「……」

「嬉しかった。だから努力した。期待を裏切ってしまわないように。忌術の扱い方、体術、戦法。……思いつく限りの、すべての努力をしてきた。そうして、私は勝ち続けた。勝てばまたいろんな人たちが私を認めてくれた。そうして、私は強いと言われるようになった。この学校に来てからは、Sランクという肩書きも手に入れた。…………でも」

 愛花は、顔をうつむけた。声だけが、弾真へと向かった。

「……でも、いつからか、それが当たり前になった。周りの人は、私が勝つことが、強いことが当然だって、そう思うようになった。試合をする相手も、みんなどこかで私を妬んでいるか、それとも怯えているか……私に勝つことを最初から諦めているみたいで。……それでも私は戦って、勝って……また戦って。それが当たり前だからこそ、負けたくなかった。負けたら……きっと、失望されてしまうから。重ねてきたものすべてが否定されてしまうから。だから、続けるしかなかった」

 今まで積み重ねて来たものは、これまで溜め込んできた澱と変わりない。そしてそれが、愛花に強く拳を握らせる。

「……でも、勝って手に入るものなんて、使いまわしの拍手と笑顔だけ。……知らないうちに、それが私の勝利と努力の価値になってた。そんなものばかりが積み重なるようになって……勝つことに、日に日に意味がなくなってく。その代わりに、負けることに大きな意味が生まれて、抱えきれないほどになっていく。……ねえ」

 愛花の握り拳が、胸のあたりまで持ち上げられる。

「強いって、こういうことなの? こんなに重たいくせに、どうしてこんなにむなしいの?」

「……」

「まるで私を雲の上にいる人みたいに見る人たちと、勝った実感なんて少しもない勝ち。誰も、私が何を感じて生きて、戦っているのかなんて、考えようともしない。ただ私という人間を、期待とか、羨望とか、恨みとか、嫉妬とか……そういうものの置き場所にしてるだけ」

 顔が上がり、愛花の目が、きっと弾真を見た。

 いつものような、静けさはなかった。代わりに、弾真が今まで愛花に認めたことがない、別の感情があった。

「あなたも同じでしょう? 私を強いと言って、そうやって私を追いつめる人たちと同じでしょう? どこが違うって言えるの? ……あなたも、強さなんて知らないくせに。……弱いくせに!」

「稲穂さん……」

「強いだなんて、簡単に言わないでよ。……強くなってしまったら、ずっとそのままでいなきゃいけないのよ? 失望されたくなかったら、負けることなんて許されないのよ? ただ耐えて、勝ち続けることしか……。そうすることでしか、自分が生きている意味があるんだって、思えなくなるのよ? そうして、いつの間にか、その生きている意味さえ、感じられなくなるのよ!?」

「……でも、それは……」

「……何よ、それに耐えるのが強いっていうことだって言うの? ……なら……なら……!」

 愛花は、手にしていた忌染核(コア)を、弾真の胸元へと投げつけた。

 その勢いに負けない声が、つんざいた。

「私は、強くなんてない。……強くなんてなくていい!」

「…………」

 弾真は、愛花の言葉に押し黙った。

 初めて見た愛花の姿に、いろいろな感情が、心の内で混ざり合う。

 強いと思っていた愛花が押し殺していた、弱さ。自分はその弱さに、強いという言葉を使って無意識のうちに付け入る、他の非ランカーと同じだった。

 追いつめていた。彼女を。そんな事実を、今になって知った。

 そんなことは本意ではない。向き合い、並び立ってくれた彼女……何より自分の弱さを知り、受け止めてくれた彼女だからこそ、同じように、その弱さを受け止めたかった。

 どうにかしたかった。どうするべきなのかは、わからない。そもそも、自分に何か出来るのか疑問だった。でも、とにかく何かしたいと心は訴えている。

 何か、自分に出来ることはないか。それを、静かに波立つ胸中に探す。

「っ…………」

 そして、ひとつ、答えらしいものを見つけた。正解かどうかは、わからなかったが。

 だがそれぐらいしか、自分に出来ることはないと、弾真は思った。

 むしろ、それはひょっとしたら、弱い自分だからこそ出来ることではないか、とも。

(……。……よし)

 弾真は、足元に転がっていた愛花の忌染核(コア)を拾い上げ、それを手にしたまま、愛花へ歩み寄った。

「……何よ。……なっ――」

 弾真は有無を言わさず愛花の手に忌染核(コア)を握らせた後、その手を左手で包み込み、出来る限り優しく力を込めた。

「――ちょ……あなた、何を……」

「ごめん。……僕なら、気付けていたかも知れなかった」

「え……」

「一緒の時間を過ごして、言葉を交わして。……その中で、稲穂さんが感じていた苦しみに、僕なら気付くことが出来たはずだった」

「何でよ。……何で、あなたなんかに、私のことが……」

「同じだから。僕と、稲穂さんは」

「……え」

「生まれ持ったものを通じて、人に傷つけられた。人の目や気持ちに苦しんだ。嫌というほど、自分の弱さを思い知って生きて来た。……辛かったよね」

「っ……」

 愛花は黙り、弾真の手に包まれた自身の手に目を落とした。

「……がっかりしたでしょ。私の、こんなところ知って」

「がっかりなんてしない」

「……したくせに」

「してない」

「したくせに」

「してない」

「したくせに」

「何度訊いても、答えは変わらないよ」

「……」

「だってそれは、稲穂さんの本心でしょ? 僕は、この目で何度も本心を取り繕う人を見て来た。偽りの言葉を目にして来た」

 自分を傷つけて来た人間と、愛花は違う。

「今の稲穂さんが漏らしたのは、それとは全く逆、まじりっけなしの本音のはずだ。それが弱さであっても、僕はそれにがっかりなんてしない」

「…………」

「……でもね。……そんな弱さを持っていても、稲穂さんは、強いんだよ」

 愛花がふっと上向けた視線を、弾真はまっすぐ受け止める。

 知り合ってからそれなりに時間が経つが、真正面からじっくりと愛花の顔を見るのは初めてだった。

 すらりとした顎のライン。小さな唇。少し上向きな鼻。前髪の奥に隠れる、綺麗なおでこ。そして、ずっと近寄りがたいと思っていた両目は、思いのほか大きく、柔らかな丸みを帯びていた。

「稲穂さんは、それでも勝ち続けた。力を付けて、試合に勝ちながら、自分を責め続ける周りの目とも向き合って、ずっと負けなかった。だから今、強い人として生きていて……同時に、苦しんでる。強いと呼ばれ始める前に負けて、折れた僕とは大違いだ」

「……」

「こう言うのは酷だと思うけど、僕はやっぱり強いままの君でいて欲しい。……僕みたいな奴なんて、僕だけで十分だ」

 長めの瞬きと、一呼吸を置いて、弾真は言葉を連ね続ける。

「でも今のままじゃ、きっと稲穂さんはいつか僕と同じようになってしまう。そうならないためには……たぶん、支えと呼べるものがいるんだ。稲穂さんが心を折らずに済むように、寄り添ってくれるものが。かつての僕には、なかったものが」

「……。あなたが、それになってくれるってこと?」

「出来ればそれが一番いい。でも流石にそこまで自惚れちゃいない。僕は【負け犬】だ、立派なことは出来ない。……それでも、稲穂さんが支えを見つける手伝いは、出来るかもしれないと思ってるよ」

 弾真は愛花の手を離し、先ほど落とした拳銃の片方、《バーク》の元へと歩いて行き、血の流れ出る右手で、それを持ち上げた。

「稲穂さん。……一週間後の、僕と絆の試合、見に来てくれないかな」

「……」

「稲穂さんは、ただ試合を見ているだけでいい。僕が、君を、もっともっと強くするから」

「……そんなことしたって、意味ないわよ。誰が何をしたって、何も変わらないわ。私は今まで、ずっと……」

「無理強いはしない。それでも僕は、したいと思うことをするよ」

 弾真は、手中の《バーク》を地面の《スナール》と共に、ブレザーの内側の忌染核(コア)にしまった。

 一度、愛花の姿を振り返り、一言、声をかける。

「またね、稲穂さん。一週間後、待ってる」

 愛花からの返事はなかった。

 それでも仕方ないと思い、弾真はフィールドを後にする。

 しばらく、目的らしい目的は持っていなかった。

 けれど、今は違う。

 ようやく、目指すものを見つけた。

 なら、それを遂げるまで。

 そう思い、弾真は右手の拳に、血を滲ませた。

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