四章 四節
「弾真。昔の思い出に浸っている暇はないぞ」
「……え?」
「次はお前たちの番だからな」
絆の左手で、忌力が収束。小さな玉となったそれを、絆は弾真へと放った。
弾真が驚くのとほぼ同時に、眼前に黒い影が躍り出た。
「! ほ、ホムラ!」
ホムラの身体に、光弾が命中、炸裂。爆発の余波を受け、四人が散り散りに飛びのく。
「ぐっ……、く……ホムラ……!」
弾真は、ホムラの姿を爆発の中心地で見つける。まともに忌術の攻撃を受けたホムラの右足の付け根から鮮血が流れ出ている。それでも立ち、唸り声を上げ続けるが、右足を動かすのに支障が出ている様子だった。弾真は、ぎりと歯を軋ませる。
間を置かず、絆が剣を構えて突撃してくる。
「ちぃっ……くそがぁっ!」
狙いは手負いの志吹だった。速い突撃とともに繰り出された絆の突きと、志吹の振るう刃がぶつかり合う。
志吹は、爆発を避けた時に崩れた体勢を立て直し切れていなかった。力任せに振るわれた斬撃は簡単に弾き飛ばされ、右の肩口に、絆の突きをまともに喰らう。刃と血が、志吹の後方に突き抜けた。
「ぐあ……!」
「志吹くん! ……正の術式、時雨茶臼!」
宮子が両手のひらを地面に突き立てる。地面に忌力が行き渡って行き、その光が絆の元へと走る。地面が変質し、次々と巨大な棘が隆起、波となって絆へ襲いかかる。
絆は動かぬまま左腕をかざし、連続して炎の忌術を放つ。宮子の忌術よりも早いペースで撃ち出される光弾が、棘を次々破壊、その向こうにいた宮子の身体すら、爆発の中に飲み込んだ。
「そんな……! きゃあああっ!」
宮子の身体が吹き飛ばされるのを見届け、絆は剣で捉えていた志吹へさらに剣を突き入れた後、その身体を蹴り飛ばした。倒れた身体に、左の手のひらを向ける。志吹の恨めしげ目が、それを見上げた。
「……絆あぁぁっ!」
弾真は得意技である、二発の弾丸を同時に一点で着弾させる技、レベルバイトを絆へと放つ。その後も、連続して銃を撃ち続ける。
絆は視線を横に流し、それを捉え、志吹へと放つつもりだった忌術を弾真へ向け撃ち出す。弾真の弾丸は、初弾を含めてすべてが光の弾に力負けし、少々威力を削ぐ程度しか叶わなかった。
弾真の眼鏡の奥、二つの目が、光を吸い込み、見開かれる。
刹那、その光が、愛花の身体によって遮られた。
「はぁっ!」
愛花は、左腕を前方へと出し、光弾を受け止める。細長く白い指が、光り輝く玉を握り潰す。
光弾は、炸裂音と共に、光の屑となって愛花の指から漏れ、消えた。
絆は、突き出した手を下に降ろしつつ、一つ、瞬きをした。
「……流石はSクラスのランカー。手を抜いた忌術ではなかったが、こうも簡単に」
「何のつもり、あなた」
愛花はあえて武器を構えず、絆を真正面から見据えた。
「あなたに私たちと戦う理由はないはずよ」
「確かに、俺と君とが戦う理由はない。だが、他の三人は別だ」
絆は、弾真、宮子、志吹と順番に視線を投げ、愛花へと戻した。
「君の後ろにいる重実弾真とは、以前友人だった。彼が持つ力はよく知っている。最近の行動や、交友関係も。……だから、かつての友人として、剣を通じて忠告したかった」
「忠告……?」
「ああ。自分は弱者である、とわかって欲しかった。……とりあえず、それが伝わっていればいいんだが。ひとまず今日はこの程度にしておく。だが万が一、非力を実感していないのならば。……俺はいずれまた、同じことをする」
「……なら、あの二人に対しては?」
愛花は、痛々しく地に伏せ、叫ぶ男子二人組を、視線で指した。
「彼らのやったことは許されることではないわ。けれど、いくら命を奪わないといっても、あれはやりすぎだわ」
「これが俺のやり方だ。口を挟まないでもらいたい、稲穂愛花さん」
「無理。それが私の意思だから」
「こちらとて同じこと。俺は俺の意思で戦い、弱者を守っている。弱者を食い物にする強者には容赦しない。彼らは、あの女子を……。そして君たちへと、無益な力を振るおうとした。だから止めた。そう自分で思っていたとしても、お前たちは強者などではない。弱者なのだと、彼らにそう突き付けた」
「だから、腕を斬り落とす? 目を潰す?」
「そうだ。あれならば、二度と同じ行動には至らない」
「……それは事実でしょうね。でも、納得は出来ないわ。何故ならあなたのやっていることもまた、同じことだから。自分の力で、あなたの言う弱者ってものを、痛めつけてる」
「俺の剣には理由がある」
絆が自身の剣を眼前まで持ち上げる。
「痛みと引き換えに、弱者が自分を弱者と認めることが出来るのならば十分。そのためにこの手が汚れようとも、俺は構わない。守ることにも痛みは伴うだろう」
「勝手な理屈ね」
「どうかな。ならばそういう君は、彼らを説得、あるいは少し痛めつける程度で、更生させることが出来たとでも?」
「っ……」
愛花は、絆の言葉も、自分の行動がこの騒ぎの原因の一つであることも否定出来なかった。
「彼らが強ければ、それでよかった。だが彼らは俺に負けた。彼らもまた弱者だった。弱者を戦いの場から退かせるのも、強者の役目だ。それが守ることにも繋がる。……俺は、そう思っていたんだが? 弾真」
「……」
弾真は、言葉もなく、愛花の前に出て、絆と向き合った。
「俺は、お前がこの学校を離れ、戦いを捨てることを望んでいた。……なのに、何故まだここにいる? あんな惨めな目に遭ってまで、何故武器を置かない? 自分の非力さは、すでに痛感しているはずだ」
「……。それでも、これが僕の道だから。そう言ったら、君は笑うかい、絆」
「笑いはしない。だが、理解は出来ない」
「それも当然だよ。……僕自身、ここにいるための理由をきちんと持っているわけじゃない。それに値すると思っていたものは、全部失くしてしまった。それでも、自分を鍛えることを、戦うことを止めることが出来ないから、ここにいるんだ」
「なおさら解せない。せめて、他の道を探すことぐらい……」
「絆。これは、僕の選んだ道だ。君に剣を振るう理由があるのと同じで、僕は僕自身で……」
「違う」
断として、絆は弾真の言葉を遮る。
「お前と俺とは決定的に違う。確かに俺は戦う理由がある。知っているだろう、俺たちの故郷の有り様を。皆を救うための人間が必要なんだ。だから、俺がなる。俺は、故郷のみんなを守れる人間になる。そのために強くなる。そのための素質も持っている。だがお前にはそれがない。誰かを守る力も、強くなるための素質もない。そして、理由もない」
「……」
「わからないか」
「……わかってるさ。何もないことくらい。……それでも、なんだ」
弾真の奥歯と拳に、自然と力が込められる。それを見て、絆はため息交じりに言った。
「……弾真。いい加減現実を見た方がいい。お前は力も意思も、すべて捨てて、守られて生きればそれでいいんだ。お前は弱者になる努力をするべきなんだよ」
「…………」
「……。これだけ言っても、納得出来ないと言うのなら」
絆は、そっと目の高さに剣を掲げ、切っ先を弾真へと向ける。
「もう一度、お前に、お前自身の弱さを教えよう。それに相応しい舞台でな」
「っ……」
「重実弾真。この高見絆が、お前にランクマッチを申し込む。試合は一週間後、場所は第一闘技場。受けないのなら、それまでにこの学園を自主退学してくれ。負けた場合も同様だ。弱者がこの学校にいても仕方ないだろう」
「……そんな勝手なこと。試合をするのはともかく、そんな条件を呑む理由なんて僕には――」
「もう一度言う。弱者がこの学校にいても仕方ないだろう。お前も、お前の友人二人もだ」
「――……っ!」
ひゅん、と絆の剣が空を切り、切っ先が下を向く。それは絆の足元にうずくまる、志吹の肩を捉えていた。左手は横へと伸びて、左腕に大きなやけどを負ってしゃがみ込んでいる宮子へと向けられる。
「俺の出した条件を呑まないと言うのなら、今この場で、この男子の腕を斬り落とし、あの女子の全身を焼き焦がす」
「……絆……!」
「非力と無力は違う。今のお前は、友人の腕と肌を守ることが出来る。さあ、どうする、弾真」
「……っ……」
ぶるぶると、震えるほどに弾真は銃を持つ拳を握りしめる。
同時に、かつて絆に見せられた光景が脳裏に思い起こされ、沸いた血をにわかに冷ました。
「…………。一週間後、だな」
相手を威圧するような啖呵も、友人に刃を向けることを良しとしない叫びも、弾真は口にすることが出来なかった。
「……いいや。一週間、だ」
それでも絆は、剣先を志吹から遠ざけた。
時を同じくして、人の壁をかき分け、溟と、数人の教師が姿を現す。全員の意識は例外なく、絆の前に倒れた二人のランカーへと注がれる。
「来たか。この場の事情説明は、俺と溟に任せておけばいい。……じゃあな、弾真」
身を翻し、絆は駆け付けた教師たちの方へと向かって行った。




