四章 二節
「あそこよ」
宮子に案内されたのは、定家学園の中庭だった。
野次馬で作られた壁をかき分け、進む。
噴水と、整備された緑、いくつものベンチが、昼休みや放課後を過ごす生徒に快適な時間を与える場所。
だが今は、いたる場所に血痕を残す、凄惨な印象の空間と化していた。
「……志吹……!」
弾真と愛花はそこに、全身が血にまみれた志吹の姿を見つける。
忌装具であるダンビラを持ち、血を流しながらも仁王立ちをして、眼前の人間たちへと睨みをきかせている。
志吹の前に立っているのは、棍を持った男子。隣にいる長ドスを構える男子ともども、弾真たちには見覚えのある姿だった。
志吹の元に急ぐ道中で、愛花はぐっと顔をしかめた。
「あいつら……何でここに。退学になったはずよ」
「え? ……そうだったのか」
「ええ。あの二人、過去に何度も問題行動を起こしていた問題児だったの。あなたたちより、ずっとタチの悪い方のね。……金髪の言う通り、最近ではランカーであることに物を言わせてそれを隠していたらしいわ。でも今は全部それが明るみに出て、過去の分も含めての処罰を与えられたはず」
しかし、それでも彼らはここにいる。そんな現実に、弾真は静かに眉をひそめた。
「志吹、大丈夫!? 忌装、《バーク》《スナール》!」
弾真たち三人とホムラが、志吹の元へとたどり着く。
その身体を支えつつ、弾真は忌装を行い、《バーク》を棍の男に、《スナール》を長ドスの男に、それぞれ向けた。ホムラも、弾真の身体から一歩前に出て、唸り声をあげる。
「お……おう、平気だ。……朝飯前、ってんだ……こんなの。……ごほっ」
「志吹……」
忌操術での治癒を得意としているはずだが、今の志吹にそれは不可能なようだった。それほどに忌力を消耗していると見えた。
「……何があったんだよ。こんな」
「あたしが説明するわ。忌装、《ハニーポット》!」
宮子も忌装し、白銀の腕輪を装着。緊張感を両方の目に宿らせながら、宮子は弾真と志吹に並び立つ。
「あいつら、お礼参りに来たのよ。学内に忍び込んで、あのゲームセンターで助けた女子生徒にいきなり襲いかかったの。一緒にいた彼氏も被害を受けたわ」
「その二人は?」
「……あそこよ」
宮子が示した場所に、女子生徒が横たわっていた。すぐ近くに、恋人らしき男子がへたり込んでいて、血の池の中に沈む身体から、力なく伸びる右手を握っていた。
「さっきまでは息をしていたわ。……でも、あの様子だと……もう……」
「……」
宮子の沈痛な感情が、弾真たちの心をぐんと重くさせた。
「……はは。急いで駆けつけたんだがな。あいつらが邪魔して来るせいで、助けられなかったぜ。ランカーごときに遅れを取るつもりはねえが……。珍しく試合やった後に、二人相手じゃあ……な。まったく、オレもふがいねえ……」
志吹の声も、いつになく沈んでいた。見れば、例の二人組もそれぞれ多少の傷を負っている。
棍の男の表情にはまだ余裕があった。笑みすら浮かべつつ、血に穢れた武器を構える。
「ふふ。……来たか。まあ、予定通りってところか」
「やっちまった。……もう、戻れない。戻れない、戻れない、戻れない、もう戻れない、戻れない……。ふ、ふふ。戻れないんだ、だから、殺すんだ、殺すんだ……」
ドスの男は、完全に我を失っていた。全身を震わせながら、うつろな目をあたりに向けている。そんな相方を嘲りつつ、棍の男がぶんと得物を振った。地面に、赤黒い血の斑点が散る。
「そうさ。……どうせもう俺たちは人殺しだ。もう少し、あのクズ共が頑丈だったら、こんなことにはならなかった。でも、こうなっちまったんだ。……なら、いっそ突き抜けちまう方がいいよなあ!」
冷静に見えて、棍の男も錯乱していることに、全員が気付いた。
「すまねえ、オレ一人じゃこれが限界だ。……手伝ってくれるか、弾真、宮子」
志吹に声をかけられた二人が、即座に頷く。
「もちろんだ」
「ええ、最初からそのつもり」
だが、そこに愛花が制止の声をかけた。
「待ちなさいよ。……あなたたちが戦う必要はないでしょ」
「……そうもいかない。どう考えたって、あいつらの狙いは僕らだ。僕たちがどうかしないことには、この場が収まらないよ」
「そうかも知れないけれど……。先生とか、警察とか、頼る人はいくらでもあるでしょう? 風紀委員だって……」
「……ならどうして、ここにそういう人たちがいないと思う?」
「……」
「精神のタガが外れた忌抗者は、下手な殺人鬼よりも凶悪な存在だ。ランカーと評される人ともなればなおさらだよ。誰もそんなの相手にしたくない。被害者が大した価値がない非ランカーなら、誰も何もしない」
「だから、戦う? あなたたちが?」
「ああ、だからこそ僕らがやる。僕らが黙らせれば、誰も文句は言わない。道理にもかなってる。……ゲームセンターの時と同じだよ」
「…………。そう。……そうだったわね」
愛花は、しばらくの沈黙の後……忌染核を、眼前へと掲げた。
「忌装、《ブリュンヒルデ》!」
叫びと共に、光が愛花の前で収束。ハルバードの形態を成す。
それを掴み、構えを取り、愛花はカラーズの三人に並んだ。
「稲穂さん……。何も、付き合うことなんて」
弾真の言葉に、愛花は静かに首を横に振る。
「私も戦うわ。やっぱり、あなたたちだけが戦う必要はない。ランカーとして、風紀委員として、何より私自身の意思として戦う。止めても無駄よ。私にも、落ち度はあるんだから」
「……。っけ、物好きだな」
志吹が、口の端を持ち上げつつ悪態を吐く。
「ふふ、心強いよ、愛花ちゃん」
宮子が、頬を綻ばせる。
「……。ありがとう、稲穂さん」
「……ええ。……行くわよ!」
「ああ!」
弾真と愛花が、視線を交わし会った時だった。




