四章 一節
数日後。
忌装具を手にした弾真と愛花は、第六闘技場で対峙していた。
学内の敷地、その地下に建設されたフィールドで、野外の物と比べると、形状は同じだが少々規模が小さい。だが、戦闘を行うには十分な広さだ。
「準備はいいわね?」
「ああ、もちろん」
戦闘態勢を取りつつ二人は言葉を交わす。その声を聞くものは、観客席に座るホムラのみだ。
ランクマッチではないため、開始の合図も、二人に任される。
ただ、呼吸が合ったその時が合図だ。
「……」
「……」
沈黙。……二人は示し合わすこともなく息を合わせ、それが合った瞬間、同時に飛び出した。
正面から二人の身体が衝突する直前、愛花のハルバードが振るわれる。それを見越し、弾真は背後にステップを踏み、左右の銃を放つ。
愛花は軽く身をよじってかわし、間合いを維持したまま、再度斬撃を放つ。今度は身を深く静め、懐に入り込んだ弾真は、愛花の腹部に、左手の拳銃を突き出す。
「……くっ!」
それを振り払った瞬間、愛花の左足に被弾の痛みが走った。弾真が伸ばした左手はフェイントで、本命は左の膝に突き付けられた右の拳銃だ。
だが愛花はひるまず、痛みを噛み殺しながら武器に体重を乗せ、弾真の身体に叩き付けた。弾真が、苦悶の表情を浮かべる。……しかし、すぐに口元に笑みを上塗りした。愛花も同様だ。
「やるわね」
「そっちも」
充実した表情で言葉をかけ合い、瞬時に体勢を立て直し、二人は次なる攻撃を繰り出す。
愛花のハルバード、《ブリュンヒルデ》の刃が弾真の胴体を捉える。
弾真の右手の拳銃、《バーク》が愛花のわき腹を撃ち抜く。
どちらもが命中し、弾真と愛花の間にある距離を開かせた。間髪置かず、弾真と愛花は、互いが持てる力をもって、激突し合う。
攻撃が命中しているものの、両者の身体に流血はない。模擬戦はあくまで力試しであるため、忌抗者は忌装具に忌術をかけ、非殺傷状態にして試合を行う。愛花はもちろん、弾真もあらかじめ《忌弾生成》で非殺傷属性の弾丸を作ることで、立場を対等にしていた。
かつ今回は二人の間で、試合中の忌術と忌操術の使用を禁ずる取り決めがされていた。単純な身体能力と、技術を高め合う。そのための模擬戦にするためだ。
愛花は、得意戦術である敵の頭上を取っての忌術による飽和攻撃を行うことが出来ず、弾真は左右六発ずつ、計十二発の銃弾のみが決定打を与えうる攻撃となる。単純な攻撃回数では弾真が圧倒的に不利だが、一方で愛花は遠距離からの攻撃が不可能だ。弾真の銃弾を捌きつつ遠距離から圧倒するという戦法が取れず、愛花は弾真が勝ちを拾える間合いまで接近することを余儀なくされている。ひたすら距離を放して弾切れを待つ戦法は、自身を鍛える模擬戦では選択肢に入らない。
弾真の射撃をかわしつつ、ハルバードによる一撃を狙う愛花。
愛花の斬撃をかわしつつ、銃弾による一撃を狙う弾真。
両者の狙いはほとんど共通している。だからこそ、お互いに神経と身体をすり減らす、鍛錬としては理想的な、基礎能力のみを競い合う戦いに身を置けていた。
模擬戦相手になるという約束をした翌日から、計四日間。弾真と愛花はこの条件で、毎日一時間、模擬戦を行っている。放課後になると、まずはそれぞれが自分に課した鍛錬を行い、その後集合して模擬戦、最後にホムラの散歩で町内を一周、解散という流れまでが日課になりつつあった。
「そこっ!」
「くっ……!」
数回の接触の後、戦況が動く。愛花の放った一撃が、弾真の左手の銃を弾き飛ばした。
弾真は一瞬ひるんだが、そのまま愛花に向かい肉薄。愛花はその動きを読み、ハルバードの柄を手繰り寄せるようにして、先端部分の斧を手元に引き寄せた。
自身の心臓に照準を合わせてくる弾真の首元に、刃をあてがう。弾真の右手もまた、狙い通り、愛花の胸、やや左側へ銃を突き付けた。
時間と、二人が、静止する。
「……」
「……」
「……ねえ。胸に当たってるんだけど」
「え? ……あ。……その、えっと。……あ、当ててるんだよ?」
「よく知らないけれど、今のあなたのような立場の人が言う言葉じゃないわよね」
「……。おっしゃる通りで」
「……まあいいわ。それで? これ、引き分けって言うべき?」
「……いや。僕の負けだ」
身体を緊張から解き放ち、弾真がそっと、愛花の胸から銃を外した。愛花も、刃を弾真の首元から離す。
弾真は、右手の銃のシリンダー部分を露出させる。そこから吐き出されたのは、六発分の空薬莢だ。
「弾切れ。無駄撃ちしすぎた。……《スナール》の方なら、残ってたんだけど」
「だから左手の銃を弾いたの。最初はそれどころじゃなかったけど、最近は残弾数を数える余裕は出て来たわ」
「なるほど。……残弾数を悟られてる時点で、負けは見えてたか。やっぱりまだまだだ」
「でもあなた、実戦では《忌弾生成》があるじゃない。実質的には、弾数は無限じゃないの?」
「忌力を使って生成する能力だからね。あまり連続して使うと限界は来る。それ以前に、実戦だろうが何だろうが、十二発っていう条件下での戦闘だから、その中で勝てるようにしなくちゃ駄目だ」
「……そうね。それこそ実戦だったら、何が起こるかわからない……か」
「ああ。そもそも実戦だったら、稲穂さんは《紫電清霜》で最高のコンディションを保っているはずだから、残弾数を把握されていることも想定して動くべきだ」
「それを言うなら私もよ。あなたが《忌弾生成》を使えていたら、今回は勝ちじゃなかった。あなたが使える弾は十二発っていう制限があることに甘えた戦法だったわ。……こんな甘えは捨て去るべきね」
二人は、互いに戦闘についての見解を語り合う。模擬戦と同じく、この感想戦も恒例化していた。
道筋や思惑は違えど、両者の望む行為は一致している。だからこそ、この時間が日課となりつつある。
かつ、この時間が自分にとって心地よいものであることもまた、それぞれが自覚していた。
「……でも、不思議ね」
愛花が、そっと言葉を零す。
「? 何が?」
「あなたと、こうやって模擬戦をやってるってことが。私、あなたと初めて会った時、こんなことになるだなんて、少しも思わなかった」
「……はは、それは僕だって同じだよ。僕らは未来なんて予測出来ない。当たり前だ」
「それでもよ。……立ち入り禁止の屋上から、水着の女の子を覗いてる男の子となんか、関わり合いになんて……」
「それを言ったら僕だって、水着姿のままプールから走って来て、デッキブラシを持って睨んでくる女の子とは……」
「……それは忘れなさい」
「え? はは、それは……」
「忘れなさい」
「……でも稲穂さんだって」
「忘れなさい」
「……はい」
「ん、よろしい」
頬に得意げな気持ちを覗かせ、愛花は頷いた。その後、すぐに頬に緊張感を取り戻す。
「さあ、気を取り直して、もう一度行きましょうか」
「ああ。望むところだ」
愛花が身構え、弾真が取り落とした《スナール》を拾って再装填を行った、その時だった。
「弾真くん!」
観客席から、聞き慣れた声が弾真の名を呼ぶ。構えを解き、その方向を見やる。
「宮子さん? ……どうしたんだ」
弾真は、愛花と宮子の姿を、交互に見やる。
「いいわよ、行って」
「ごめん、稲穂さん」
愛花から了承の頷きを受け取ってから、弾真は宮子のいる観客席、その壁際に向かった。防護壁が貼られているため壁を超えることは出来ないが、会話は出来る。
「どうかした? 宮子さん。模擬戦の途中なんだけど……」
「そんなことだと思ってた。何度連絡しても出ないから。……ちょっとまずいことになったの。邪魔して悪いけど、ちょっと来てくれる? 出来れば愛花ちゃんも一緒に」
「稲穂さんも? ……一体何が?」
「説明は後。とにかく急いで欲しい。あたしたち、みんなに関係があることだから」
「……わかった。稲穂さんにも声をかけて、すぐに行く」
「ありがとう。控室を出た所で待ってるから、急いでね」
言って、宮子は観客席から姿を消した。その後を、ホムラが着いて行く。
「……」
状況は飲み込めないが、あまり見た覚えのない宮子の切羽詰まった表情に、自然と弾真の心は緊張感を帯びていた。
それを振り払うことは、ここでは出来ない。
嫌な予感を抱えたまま、弾真は忌装具を忌染核へとしまいつつ、愛花の元へ駆けた。




