三章 三節
「もう一回やる」
愛花が、画面の中のゲームオーバーの文字を睨めつけながら零す。
「あはは、強いよねー、ここの敵。あたしも一人でやると、いっつもここでつまづくの。弾真くんはあっさりクリアしちゃうのに」
隣の宮子は、銃底部分からコードが伸びるプラスチック製の銃を手にしている。愛花も同様で、悔しさを目に滲ませながら、それを握っていた。
二人が対峙しているのは、シューティングゲーム。拳銃型のコントローラーを使用し、画面内のゾンビを撃ち、廃墟を進んでいく形式のものだ。
「あいつは本職でしょう? ……頼らないわよ」
「ふふ、そうこなくっちゃ。あー、何だか楽しいなあ。久々だよ、女の子の友達と一緒に遊ぶの。何でかよくわからないけど、あたし女の子には好かれないのよねぇ」
「……あたしは、何となくわかるけどね」
「え? なになになぁに? あたしがすごくかわいいから? なんて」
「別にそれでもいいわ。……とにかく、もう一回。勝つまでやる」
「おっけー。あと今のは突っ込むところだよ愛花ちゃん。女の子に突っ込むとか言うのはアレだけど」
「もういちいち反応しないわよ、宮子。さあ、やるわよ」
と、愛花がコインを投入しようとした矢先のことだった。
それを後ろから見ていた弾真に、人のものではない影が近づく。
「ん? ……あ、ちょっとホムラ」
陰の正体はホムラだった。屋上で待っていたはずのホムラが店内にいることに、弾真は少なからず驚く。愛花と宮子もホムラの姿に気づき、あたりの人たちは、その異形の大型犬に驚愕し、一人、また一人と、声を上げながら離れていく。
「駄目じゃないか、店の中に入って来ちゃ……うっ!」
自身に触ろうとした弾真の手を、ホムラは尻尾の刃を振って払いのけ、くるりと横に回りながら、少し弾真との距離を取る。その位置で、再び弾真に顔を向けた。
「? ……着いて来いってこと?」
何か用事がある、そんな風にしか、弾真には思えなかった。
身体を翻し、ホムラはゲームの筐体と筐体の間に消える。弾真はそれを追いかけ、コントローラーを置いた愛花と宮子も続く。
ゲームセンターの中に、人気があまりなくなっていることに、弾真は気付いた。同時に、数少ない人たちの視線と意識が、ほとんど同方向に向かっていることにも。その場所から離れる者、指をさし陰口を叩く者、物陰から覗き見る者。視界に捉えたホムラは、間違いなく彼らの興味が向く方に進んでいた。
ホムラが止まる。たどり着いたのは、対戦型格闘ゲームのコーナーだ。
「……!? 志吹!」
その一角に、体を床に横たえた志吹の姿があった。
その全身は血だまりの中に沈み、左足と首が曲がるはずのない方向に曲がっている。
「志吹くん!? ……ホムラちゃん、これに気付いて、あたしたちを?」
「っ……。それに、あいつらは……?」
宮子と愛花も追いつき、変わり果てた姿となった志吹を目にする。
そのすぐ傍に、同年代と見える二人の男子が立っている。両名とも、くすんだ様な茶色に染まった頭髪を整髪剤で強引に固めていた。服装にはだらしなさが感じられる。
「た……助けて……!」
その二人から、地を這って遠ざからろうとしている、定家学園の制服姿の女子の姿もあった。衣服が乱れ、怯えきった表情だ。弾真たちの姿を見るやいなや、泣きながら、手を差し伸べていた宮子の身体へと抱き着く。
女子を優しげに見ていた宮子の目は、男子二人組へ向かった瞬間、鋭さを孕んだ。
「もう平気だから、落ち着いてね。……強引と無理矢理の区別がついていないタイプの奴らね。嫌いだわ」
それを見ていた二人は、自分たちに視線を投げている三人に気付き、先頭にいる弾真に向き直った。
「何だよ、お前」
くぐもった声をかけて来た男の手には、黒く光る棍が握られていた。どこか怯えた視線を投げかけて来たもう一人は、血に濡れた長ドスを両手で構えている。
「君たちこそ、一体何なんだ? ……こんなことをしたのは、君たちだよね」
弾真の声のトーンが、少し低くなった。
「……か、関係ねえだろ。お、オレは知らない、知らないぞ」
ドスの男の声は、完全に震えていた。構わず、弾真は言葉を投げる。
「もう関係ある。……親友が倒れているのと、女の子が怯えているのを見逃せるほど、僕は人間が出来ちゃいないんだ」
鼻で弾真を笑い飛ばし、棍の男が唾を吐き捨てる。
「簡単な話だ。お前の友人とやらはな、俺らがそこの女と楽しく話してるところを邪魔しに来たんだよ。だから親切心から教えてやった。身の程って奴をな」
「何……?」
「俺のダチにちょっかいかけてる間に、まず首に一発。後はサービスで痛めつけてやった。見ての通りな。……そしたら、こいつが勝手に動かなくなっただけだ。ほら、もういいだろ。人もいい感じにいなくなったし、遊びに出掛けてえんだ。わかったか? じゃ、その女を置いて、さっさと俺らの前から消えろよ」
弾真が答える前に、ずいと愛花が前に出る。
「忘れるなんて出来ないわね。その武器、忌装具よね? あなたたちがどんな立場だろうと、許可なく忌装具を使うことは禁じられているはず。如何なる理由があっても許されることじゃないわ」
「ああ? 細けえことぐちぐち……ん?」
棍の男が、愛花の姿を注視する。少し時間を使い、自身の記憶から、愛花の存在がどんなものなのかを発掘した。
「あんた、稲穂愛花……だよな?」
「……ええ、そうよ」
愛花の返事に、棍の男は顔をにやつかせた。
「おぉ……おい、見ろよ。Sランクもゲーセンに来ることがあるらしいぜ」
「や……やべえよ。これじゃ、オレたち、もう……」
「ビビるなよ。……利用してやるぐらいの気持ちでいろって。チャンスじゃねえか」
まともに会話を続けようとしなかった二人に苛立ちを募らせながら、愛花はまた一歩詰め寄る。
「私を知っているということは、やっぱり定家学園の生徒ね。……誰よ、あなたたち」
「……いえいえ、名乗るほどの者では」
言いつつ、棍の男は胸に光っているバッジを見せつけて来た。銅色をしたそれは、Bランクのランカーである証だ。連れの男も、バッジを慌てて指し示す。通常は制服の胸に着けるものだが、その立場を誇示するために、普段着姿の今でも付けているものと思われた。
「ランカー? だったらなおさら、模範となる行動を取るべきじゃないの?」
「ええ、そのつもりですよ。だから、こんなガラの悪い人間を駆除してあげたんじゃないですか。あなたと同じですよ、稲穂さん。風紀委員なんでしょ?」
急に敬語になった棍の男に、針のような目線を突き付ける愛花。
「誰があんたみたいなのと同じなものよ。そんな理不尽に、一方的に痛めつけておいて……」
「時には痛い目みることだって必要でしょうよ? 何言ってんすか。こっちもストレス解消になるし、丁度いいでしょ? せっかくだから、あなたもどうですか? こいつの仲間らしいのが、どういう訳だかあなたの隣にいます。同じランカー同士、親睦を深めるレクリエーションなものだと思って、ぜひ一緒に。……あ、その流れで、今回のことはあなたの力でなかったことにしておいていただけるとありがたいんですが。出来ますよね? いろいろとコネもあることでしょうし」
「……あんたね……!」
さらに身体を前に進めようとした愛花を、弾真が手で制す。
「待って。稲穂さんは、関わらなくていい」
「止めないで。ランカーとして、風紀委員として、何より私自身の意思として、あんな奴らがランカーだなんて……」
「……。これが普通のことだよ、愛花さん」
「え? 普通って……あ、ちょっと」
弾真は、言葉を途中で切り上げ、愛花の代わりに、一歩前に出た。
「僕の友達を、返してもらえるかい」
「あ? 友達って、このボロ雑巾か?」
棍で、男は志吹の身体をぐりぐりと押さえつける。そこからも、たちまち血が噴き出した。弾真は、それを黙って見ていた。
「お前にはこんなのが必要なのかよ? 血だか何だかで、汚れきってるんだぜ」
「……」
「……。っけ、ほらよ」
ひとしきり志吹の身体で遊んだ後、志吹の身体を、弾真の方へと蹴り飛ばしてくる。
ごろごろと転がって、志吹は弾真たちの元へと帰って来た。
「志吹。……大丈夫かい、志吹」
しゃがんで呼びかけても、志吹からの返事はない。開いたままの目からは、生気が失われていた。
愛花はその姿を見て、沈んだ声を弾真にかける。
「ねえ。……もう、そいつは……」
それをよそに、弾真は志吹の懐をまさぐり、忌染核を手にした。それはやや頼りなさげながらも、確かに緑色の光を放っている。
「稲穂さん。さっきのジュース、まだ余ってる?」
「え? ……え、ええ」
「もらっていいかな」
「……」
眉をひそめながら、まだ半分ほど中身が残っていたペットボトルを手渡す。
礼を言った後、弾真はそれを志吹の顔にばしゃばしゃとかけ、頬を二度ほど叩く。
「ほら、志吹。起きて」
「ち……ちょっと、あなた。そんな、起きて、だなんて……っ!」
志吹の全身に、緑色の光が行き渡る。
すると、志吹の両目が突然光を取り戻し、ぎょろっと動いた。それを見て、弾真と宮子は安心した様子を見せ、愛花は不気味さに気おされて後ずさりした。
もぞもぞと、志吹の身体が動く。口から、どこか舌っ足らずな声が漏れ出た。
「ああー……。……よお、弾真」
「おはよう、志吹。具合はどう?」
「身体中が痛え」
「そうだろうね」
「その上、まるで立ちあがれそうにねえんだが、どうすりゃいい」
「そりゃあ、膝が折れてたら立てないさ。人間の身体はそういう風に出来てる」
「ああ、そうか。そりゃそうだ」
口元を歪めてまでみせた志吹に、愛花は安堵よりもおぞましさを抱いてしまう。
「わりぃ、治してくれるか? 手が届かねえ」
「……気付いてなかったの? 膝が砕けてること」
「痛えところが多すぎるんだよ」
「そうか。……じゃ、いくよ。もっと痛くなるけど、我慢して」
弾真は、踏まれたストローのような様相の志吹の足に手を当てる。
「……それっ」
「ぐぅああああっ! ああっ……ってええ、くそがあぁっ……!」
弾真の手で志吹の左足が正しい形に矯正される。痛々しい音と志吹の叫び声と共に、関節部分から緑色の光が弾ける。
折れていたはずの足がしっかりと床を踏みしめ、首が折れ曲がったままの身体が、ずるずると立ち上がっていく。破れた衣服の向こう側では、すべての傷がみるみるうちに塞がっていった。それを見て、二人組もぎょっと目を丸くする。
完全に立ち上がると、志吹は首に手を当て、左足と同様に無理やり正しい位置に戻した。
ごっきん、とかえって折れたのではないかという音とともに忌力の光が散り、志吹の首が元通りになる。
「ゔっ、ああ……。ふう、三途の川の水ってのは、ずいぶん甘ったるいんだな」
志吹はにやりと、血とスポーツドリンクまみれの頬を歪ませた。
「き……金髪。……だ、大丈夫なの?」
「あ? おぉ。前に一回見たことあんだろ? これがオレの忌操術、《不撓復活》だ。自分の身体なら、意識さえありゃこんなの朝飯前だ。……あ、使わなきゃ死んでたんだから、校則違反とか言うなよな」
「っ……」
使う前にすでに死んでいたようだった、と愛花は思ったが、口にするのは止めた。
「……な、何だお前。確かに、首を折ったはず……」
「何だよ、本当、何なんだよ……。わけわかんねえよ……!」
顔を歪ませながら、二人組は志吹を異様なものを見る目で眺めていた。ため息をつき、志吹は肩をすくめる。
「おい、お前ら。女の口説き方を知らねえからって、いきなりどっか楽しいトコロに連れて行こうとするなんざ、男のやることじゃねえぞ。そんなアホなことやろうとするから、オレみたいな奴に邪魔されんだ。……しかも、それが気に食わねえからって、不意打ちで人が死にかけるまで痛めつけるとは。恐れ入るぜ、クズのランカーさんたちよぉ」
「ぐっ……お前……!」
「ったく、何でお前らみたいなのがランカーになれんのかねぇ。それとも、ランカーになったからそんなになっちまったのか? 本当、くだらねえ。そういう身勝手で、どんだけ非ランカーの人間が苦労してることやら」
志吹の言葉は、二人組に対してのものだ。だが、愛花もそれに反応していた。
「え? ……どういう意味よ、それ」
「……ああ、お前もランカーだったな。ま、住んでる世界が違うSランクなら、知らねえでも無理はねえか。……これが普通なんだよ、オレたち非ランカーにとってはな」
面倒臭そうな様子ながら、志吹は愛花に対して口を動かし始めた。
「強い奴と弱い奴が存在するなら、強い奴が弱い奴をいびるようになるのは当たり前だろ。ランカーからボコボコにされようが、慰みものにされようが、泣き寝入りするしかねえような非ランカーはごまんといるんだ。そいつらの面倒を見る学園の方も、わかっていながら口出しはしねえ。そいつらの戦績や卒業後の実績が学園の名を上げるからな。それをわかった上で、好き勝手やるランカーってのは大勢いるんだよ。あいつらがいい例だ」
「そんなの……!」
「覚えはねえのかよ?」
「あるわけないでしょう!? だってそんなこと許されるはずが――」
「許されるんだよ。……せっかくだ。この機会に、お前が見向きもしなかった下の世界をよく見ておくこったな」
「……っ」
愛花は口を閉ざすしかない。
信じたくはない。けれど目の前にある現状は、志吹の言葉を信じるに足る証拠になりうる。
ランカーは他の生徒より優遇される立場にあると言っても、愛花が実感していたものはせいぜい闘技場やトレーニング施設の優先的な使用程度だ。こんな傍若無人な行為が不問に処されるようなことはないはずで、同時にすべてのランカーがそうだと思っていた。……現状を見る限り、違ったようだが。
「……ま、そんな奴らに痛い目見せるために、オレらがいるんだけどな」
「え……? どういうこと?」
愛花が、疑問にさらに疑問符を上乗せした。
「ふん。ひとつ、問題だ。オレらの他にも、髪染めてやんちゃしてる奴らなんて腐るほどいる。その中で、オレたち三人だけが特別、教師や風紀委員にマークされてる理由は何だ?」
「……それは」
「はい、時間切れだ」
問いに答えさせる気などさらさらない制限時間を愛花に与えた後、志吹は続ける。
「正解は、オレたちが優秀な奴らの好き勝手を許さねえからさ。……ランカーが大っ嫌いとか、試合が出来ねえぶん戦いの相手を他に求めてるとか、面白がってそいつらの付き合いをしてるとか、そういう理由をつけて、非ランカーのくせにランカーにケンカを吹っ掛ける。ランカーとしての立場を振りかざす奴らにとっての、目の上のタンコブ。そんなイロモノ集団が、オレたちだってわけだ」
「……つまり、それがあなたたち、カラーズ……?」
「ま、そういうこった。だから目を付けられる。悪者にされる。処理するべき人間としてマークされる。……ま、ちっとは強ぇってのが問題で、ヘタに退学にも出来ねえみてえだけどな?」
愛花をよそに、志吹はぼきぼきと腕の骨を鳴らし、一歩前進した。
「そういうわけで。ランカー風紀委員、これから校則違反するぜ。見逃すか、教師どもに突き出すか、今のうちに決めておけよ。二択だからな。手出しするとか、そういうのは無しだぜ」
「え……? ちょっと、何を」
困惑する愛花に、弾真と宮子も声を投げた。
「僕もだ、稲穂さん。まあ、だいたい志吹が言った通りだよ。覚悟は出来てるから」
「あたしもよ。慣れっこだからね、いろんな意味で。愛花ちゃんは、この子を守ってあげて」
愛花は宮子から女子を託された後、少し離れた場所に、弾真の手で押しやられる。
二人は志吹の両隣に立ち、狭いゲームコーナーで、三人が横一文字に並び立つ形になった。
「っし、そんじゃあいつもの行くぞ。準備はいいな?」
「ああ」
「もちろん」
「景気よくキメようぜ。……せーのぉっ!」
志吹の合図に、弾真と宮子が息を合わせる。
「「「カラーズ、まかり通るっ!!」」」
同時に、三人は動き出した。
弾真が素早く動き、ドスを持った男に近づく。反射的に突き出された刃を余裕をもってかわすと、瞬時に踏み込んでその手を打ち、武器をはたき落とす。
「遅いよ」
ステップを踏んで勢いを溜めた後、弾真は胸元に蹴りを叩き込んで、男子を背後の壁に激突させた。
志吹は棍の男へ肉薄する。棍の突きを見ておきながら、かわすことなくモロに胸へと食らう。それでも前進を止めることはなく、棍棒の先端は志吹の腹を貫通した。
「ぬるいぜ!」
それでも笑う志吹に男はたじろぎ、棍を放して逃げようとする。が、志吹はそれを許さず、胸元を掴んだ後の強烈な頭突きで、弾真と同様に、棍の男子を壁へと突き飛ばした。
宮子は、二人とは違って足を動かさず、その場で忌装した後、両手をすっと前に掲げた。白い忌力の光が、ゲームの筐体に備え付けられているパイプ椅子へと伸びる。両手から伸びた光が、それぞれ一脚ずつ椅子を捉える。宮子の忌術に支配された椅子は、ふわりと宙へ浮かび上がり、壁に叩き付けられた二人組へと飛んでいく。
コの字型をした椅子の足が、胴体を腰のあたりで挟み込むような形で固定される。二人は完全に壁へと釘付けになった。
「ふふ、甘い甘いっ」
二人は椅子を身体から退かそうとするが、まるで壁に溶接でもされているかのように動かなかった。
「ぐ……こ、このぉ……」
「な、何だよこれ、どうなって……う、ううっ。だ、だからオレは止めとけってえ!」
壁に貼り付けになった二人へ、カラーズの三人が、一歩一歩と近づいていく。
「お……お前ら、いいのかよ、こんなことして! 俺たちはランカーだ……ひっ!」
声を荒げた男子の声は、瞬時に忌装して突き出された、志吹の忌装具であるダンビラによって制された。志吹は空いた左手で腹に刺さった棍を引き抜き、血に濡れた先端で、二人組の頬を交互にぺちぺちと叩く。
「さっきから何となく思っちゃいたが……お前ら、さてはランカーになったばっかだな? オレらのことを知らねえとは。こちとら天下のカラーズ御一行だぜ? 頭が高い、控えおろぅ、控えおろぅ……ってなぁ。かはは」
「……この状態じゃ、控えることも出来ないんじゃない? 志吹」
「はは、そりゃ盲点だったぜ。……でも、オレはまだ服とサングラスをダメにした料金も貰ってねえぜ。このままお咎めなしなんざ、冗談じゃねえや」
棍を乱暴に投げ捨て、笑みの中に怒りを混ぜ込み、ぐっと目と刀を持つ手に力を入れる志吹。
「……ちぃと、オレらがお灸を据えてやるからよ。楽しめよな? てめえら」
その言葉に、二人組は額から汗を流した。
「じゃ、さっそく開始ー。てめえら、動いたら殺しちまうぞ。……おらっ!」
刀を構え、ぶん、と志吹は横に薙ぎ払う。男子二人は思わず目を瞑り、背後で静観していた愛花は、身を乗り出しそうになった。
志吹の刀は男子二人を傷つけることなく、その服の胸元あたりに切れ込みを入れた。志吹はそこに手を突っ込み、衣服をびりびりと破き捨てていく。
「あー、あたしそれ得意! あたしもやるー」
宮子も片割れの衣服を破き、肌を露出させていく。
「っ、や、やめろ、やめ……うっ!」
「動くなっつったろ」
どす黒い声と共に、志吹の刀が二人の首元で横一文字に固定される。そのまま、男子二人は今度こそ動かなくなり、衣服を次々脱がされていく。
「なんだぁ、てめえら腹筋全然割れてねえじゃねえか。腕もひょろっちいなあ。こんな鍛え方で威張ってたのかよ。ったく、小せえな」
「ホントに志吹くんの言う通り。魅力ないね。こんな身体になんて、誰も抱かれたくないよ」
身体全体を見て失笑する志吹と、珍しく真顔で冷めた声を出す宮子。男子たちは、羞恥に羞恥を上塗りして赤面し始めた。
「こ、こんなことして……タダで済むと思うのか? おい、お前らぁ……ひいっ!」
幅広の刀の切っ先が、男の首の皮一枚を切り裂きながら、壁に突き刺さった。壁はもちろん、その向こう側にある鉄骨すらも断つ音が、一瞬大きなゲーム音たちをかき消した。
「動くなっつったら口も動かさねえんだよ。無理ってんなら、動けなくなるよう手伝ってやるが?」
「あ、ああぁぁあ」
男たちがぶるぶる震え出す。志吹は睨みを利かせながら、男たちのズボンへと手をかけた。
「待って」
「え? 稲穂さ……おっと」
愛花は、腕に抱いていた女生徒を弾真へ預け、志吹たちの元へ向かった。
志吹の目が、「面倒だ」という言葉を漏らす。
「何だよ、手出しするなって言ったろ」
「無理。……黙って見過ごすなんて、出来ないの」
「……」
「もういいでしょう、これ以上はやり過ぎ。確かに、この二人のやったことは許しがたいけれど、結果だけ見れば、あなたは生きているし、あの女子も無事だわ」
「オレは首の骨折られてんだぜ? いくら傷をすぐ治せるからって、痛くねえわけじゃねえんだぞ。こんなクズに、遠慮する必要がどこにある?」
「気持ちはわかるわ。でもこれ以上そいつらを辱めたら、私は本当に黙っていられなくなる。……ねえ、金髪。自分も、クズって奴になるつもり? その二人と同じように」
「…………」
志吹は沈黙の後、男のズボンを握る手を、下げようとした。
「……。あたし、やめた」
隣で、ぱっと宮子が男たちから離れる。
「何か、面白くなくなっちゃった。愛花ちゃんの言うこともわかるしね。志吹くんは? どうする?」
「…………。っけ」
志吹はズボンから手を放し、唾を吐き捨てんばかりの表情で、愛花に目を向ける。
「わーったよ、確かにこれ以上こいつらに時間かけてんのも無駄だ。お前の顔、立ててやるよ、ランカー風紀委員。……宮子、放してやれ」
「待って」
宮子と志吹、二人に聞こえるように、愛花は制止をかけた。
「……『待って』ばっかりだなぁてめえは? 今度は何だよ?」
「私からも、用事があるの。その二人に」
ゆっくり、まるで床の感触を確かめるかのように、愛花は壁の二人組の元へと歩いて行く。手が届く程度の距離まで近づき、視線を鋭利なものにして二人を見る。
その鋭さだけでも人を倒せそうな鋭利な目が、身動きの取れない自分たちに近づいて来ている事実は、男子二人を震え上がらせた。
「あなたたち、名前と学年、それと組は」
「え? ……あ、あ、こ、近藤、望。三年一組……です」
「……お、おお、同じく、三年一組、名前は柳葉伊介。頼む、頼むから、見逃して……」
愛花の問いに、棍の男、ドスの男が順番に答える。声は完全に裏返っていた。
それを訊いた後、愛花は目を閉じる。
数秒後、両目を見開き、強烈な眼光を二人の顔に刺した。
「恥を知りなさい」
冷ややかな言葉の刃が、二人の眉間に突き刺さる。何の言葉も発せないまま、男たちは愛花の冷厳なる瞳に竦み上がった。
「宮子、もういいわよ」
「はーい」
がたん、とパイプ椅子が床に落ち、男子二人が解放される。
ずるずると壁伝いにへたり込む二人の目から、ぼろぼろと涙が零れた。
「っは、やるじゃねえかランカーさんよぉ。お見それしたぜ」
「……嫌味?」
「いいや、本心だよ」
言いつつ、志吹はにやにやと笑っていた。確実に嫌味だった。
「オレのやり方なんて、甘っちょろ過ぎたってのがよくわかった」
「……え?」
「よく見てみろよ、あいつらのズボン」
愛花が目をやると、男たちは揃って失禁し、尿で自身のズボンを濡らしている有り様だった。
宮子が小さく「情けない」と呟く。嘲笑する志吹の目から、完全に怒りの気配が消える。
「あの二人には、稲穂さんの一言が一番効いたみたいだ」
弾真はそう言って静かに背を向け、やれやれと肩をすくめる。
「……はあーっ……」
深いため息が、フロアに吸い込まれていく。
愛花は、いろんな意味で、この状況に目を瞑りたくなった。




