↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

4.置いて行かれた令嬢


 ユッタの海賊船生活が終わりを告げたのは突然だった。

 ユッタが攫われた町の次に訪れた港町でユッタはサッシャにより船を降ろされたのだ。


 ユッタが乗ってから初めての町。当初、ユッタもジンと共に町へ行こうとしたのだが、ここは海賊船。やる事は犯罪なので流石のジンもユッタを連れていく事は出来ないと判断し、ユッタを自分の部屋で待つよう言いつけた。この一週間ですっかりジンに懐いたユッタは少し残念に思いながらもジンの部屋で寝転がっていたのだが、突然部屋にやってきたサッシャにこの船に連れて来られた時と同じように担がれ、船から放り出されたのだ。


「え、なんで!」


 動揺するユッタにサッシャは申し訳なさそうに眉を下げ、だが呆れた声を出す。


「これ以上ユッタがいると船の中が乱れそうでな、すまんな」

「え、え!どういう事?」

「前言っただろう?大所帯は色々と大変なんだよ」

「え、なんでジンは?」


 困惑の中、ジンの事が浮かびユッタはジンの名を口にした。ジンの名前が出るとサッシャは気まずそうにユッタから顔をそむける。どういう事か分からず再度ジンの名を出すと、突然足元に鞄が落とされた。一気に意識が鞄へ行ったユッタ。見れば自分の鞄である事に気付き、鞄が投げられた方を見る。そこに居たのは勝ち誇った顔をしたマリリンだった。


「やっと居なくなるのね!せいせいしたわ。ジンの隣にアンタみたいなお子ちゃまはおかしいのよ」


 真っ赤な口紅に、ナイスバディ―な体の線が分かる服を着たマリリンにユッタは思わず呆ける。確かに嫌われてはいたが、こんなあからさまに行動をされるとは思っていなかった。ユッタはマリリンのたわわな胸に視線を向けた後、サッシャへ視線を戻した。サッシャは目が合うと『悪いな』と口だけで謝り、ジンの事を話し出す。


「ジンはこの事は知らない。俺達の独断だ。だがジンも理解してくれるとは思う。何たってお前……ユッタは貴族だろ?今は楽しいかもしれないがこの先は分からない。お前にもお前の長い人生がある。船に乗ったのは夢だと思って元の生活に戻れ」

「あんな楽しい生活忘れられないよ!」

「うっさいわね!早く行きなさいってば!」

「マリリンうるさい!」

「何ですって!」


 船の前で言い合いを始めるとサッシャが大きな溜息を吐きながらマリリンに船に戻るよう命令した。マリリンは納得いっていない顔をしていたが渋々船へ戻っていく。揺れるマリリンの胸を見ながら、ユッタはサッシャに尋ねた。


「本当に行かなきゃダメ?」


 ユッタの悲し気な顔と声にサッシャはグッと胸が痛んだ。だが、その問い掛けに力強く頷く。


「王都へ行くんだろう。ギルドまで送る」


 そこまで言われたらユッタは何も言えない。潤んだ目で小さく頷けば『ごめんな』と謝られサッシャの手が優しくユッタの頭に触れた。


 そうしてサッシャに連れて来られたギルドでユッタは暫くボーっとしていた。感情面で呆けていたと言われればそうなのだが、そもそもギルドが手薄で何も手続きが出来ないのだ。理由は海賊の襲来、つまりはジン達海賊のせいである。

 外から聞こえる激しい音。通された二階の部屋から外を見れば見知った海賊達が大暴れしていた。いつも陽気なおじさんやお兄さんの血気盛んな姿にギャップを感じる。


 暫くすると外の音が段々と小さくなり、反対にギルド内が騒がしくなってきた。ユッタは共に二階へ避難していた新人ギルド職員と共に一階へ降りる。

 先程まで海賊の相手をしていた屈強な人達が、少しの雑談の後何事もなかったように仕事へと戻っていく。


 その姿を見ていたユッタは何故か突然、夢から覚めた気持ちとなった。ハッと頭が切り替わる感覚がし、数度瞬きをする。そうこうしていると新人ギルド職員がユッタを呼んだ。先に伝えていた王都までの護衛が見つかったという。あまりの速さに驚いたが、夢から覚めたばかりのユッタには好都合だった。

 ユッタはすぐに護衛を引き受けてくれた人に会いに行き、色々と契約を確認する。


そして一時間後には王都へ向け、ユッタは港町を後にしたのであった。



◇◇◇◇◇



 略奪を終え、船に戻ったジンは仲間達と戦利品の確認をしていた。奪ったものは宝石に一週間分の食料、服に売ったら高そうな雑貨まで様々だ。それを甲板に並べ、仕分けしていく。食料はユッタが過ごしていた物置に運ばせ、それ以外のものは他の物置に押し込む。雑貨の物置も手狭になって来た為、そろそろ売り払わなければと考えていると視界に宝飾のなされた首輪が目に入った。

 何となくそれを手に取ったジンは首輪を人差し指で回しながら、自室へと向かう。この首輪はきっと部屋で待つ少女に似合う筈だ、そう密かに思いながら。

 だが、部屋を開けた瞬間入ってきた情報は少女が居ない、という事だった。何処かへ行ったのか?確かにユッタは落ち着きがないと部屋から出ようとしたその時、視界に違和感を覚えた。ジンはその違和感の元へ視線を向け、大股で近付く。


 ユッタの荷物が無いのだ。あの棚の横に。


 数日前から定位置であった棚の横にユッタの鞄がない。鞄の上でぐちゃぐちゃに置かれていた服も消えている。この数時間でユッタの主張の激しい鞄が消えていたのだ。ジンは自身があまり動揺しない人間だと思っていた。だが、今驚くほど動揺している。頭の中がフル回転し、どういう事か考えている。

 ユッタは落ち着きがない。もしかしたらジンがいない間に他の部屋に荷物を移したのかもしれない。動揺する頭でそう考えたジンは表面上動揺を隠したまま、船内を歩き回る。声を掛けてきた船員にはユッタを見たか聞き、知らないと言われれば次の場所へと向かう。そんなに広くもない船内だ。すぐに捜索は終わり、何処にもユッタがいないという事実だけが見えてきた。


「サッシャ」


 焦りを全く表に見せないジンは甲板に居たサッシャに声を掛けた。声を掛けられたサッシャは一瞬、緊張した面持ちをしたが、すぐに何事も無かったように返事をする。その顔を見逃さなかったジンはフッと笑った。


「何だ?ジン」

「お前、ユッタ知ってるか?」


 ほぼ確信を得たが、ジンはわざとらしくサッシャへ尋ねた。サッシャも付き合いの長さから悟られた事が分かったのだろう。元々隠すつもりもない為、事実だけをジンへ伝えた。


「降ろしたよ、この船から」


 その一言にジンは足元にあった酒瓶をサッシャの方へ蹴り飛ばした。サッシャは受けるか一瞬考えたが、直ぐに考えを改め横へ避ける。すると瓶はサッシャの後ろにあった木箱へ勢いよく当たり見事に砕けた。その際にガシャンと大きな音が鳴ったせいか甲板の視線が二人に注がれる。一目見ただけでただ事では無いと気付いた船員達は張り詰めた空気の中、目くばせをしながらそれを見ていた。その中にはモップを片手に持っているアトの姿もある。


 ジンは目を細めると、口端を上げながら首を傾げた。半笑いにも見える顔は実に不気味である。サッシャは自分の心臓が警鐘を鳴らし始めた事に気付いたが、逃げる事は出来ないとも理解していた為その場に立ち続けた。幸いジンが近付いてくる気配は今のところない。


「お前、船長より偉いんだっけ?」


 笑い声を含ませた声。その恐ろしさにサッシャはジンが自分が思うよりもユッタを大切にしていた事を今まさに知った。


「降ろす?あり得ねえだろ?」


 座った目で見られ、息が止まりそうになる。これはしくじった!完全にしくじった、とサッシャは頭が真っ白になった。サッシャの予想では『そうか』だけで終わる筈だったのだ。何故ならジンは去る者は追わぬ主義だ。今までどんなに関わってきた人が船から降りてもその一言だけで終わってきた。それなのにも関わらずこの怒り。今までの人とユッタで何か違うのかサッシャには分からなかった。


 体が震えるのをどうにか抑えながら瞬きもせずジンを見ていたサッシャだったが、ジンの手に何かが握られているのに気付いた。ネックレスよりも太く、短いもの。装飾はごつく、ジン好みの装飾品である。ジンの怒りを受けつつもそれを見ていたサッシャは此処で自分が大きな考え違いをしている事に気付いた。


(首輪だ!首輪!だとすると……)


 それに気付いた時、サッシャは崩れ落ちそうなほどユッタを船から降ろした事を後悔した。もしそうだとしればジンの怒り様も理解出来る。


 ジンはユッタをペットとして可愛がっていたのだ。


 考えてみればユッタへの扱いと以前船内で飼っていた猫への接し方が一緒である。食事の時は膝に抱えていたし、寝る時は一緒だ。猫がどんなにいたずらをしてもジンは笑って許し、撫でていた。ユッタへもそうである。服がどんなに駄目になっても怒らず、笑っていた。物を壊したという事後報告も楽しそうに聞いていたではないか。


 ああ、そうか。そうだったのか。気付いたサッシャは顔面蒼白である。


 サッシャの前で目を座らせ怒っている男、ジンは元はこの船の幹部にも満たない船員だった。

 腕っぷしは強かったが、上にのし上がろうという気概は無く、一生そのままの位置で終わるのだろうと思われていた。だがジンは今、この船の頂点、船長となっている。それは何故か。理由は先程にもあった猫である。

 前船長がたまたま居ついたその猫を海に放り出そうとした事に激怒したジンが船長をぼこぼこにしたのだ。それを止めようとした幹部や他の船員達をも一人で返り討ちし、なんとジンは一晩でその船の頂点に立った。


 その時を知る人物はまだこの船には多くいる。サッシャもその内の一人だ。だからこそ自分が仕出かした事に奥歯がガチガチと鳴った。この事に気付いているのはまだサッシャのみだろう。だが、この話を聞けば下剋上を知る船員達は同じく震え上がるに違いない。


 サッシャはどう挽回すべきか考えた。だが、混乱しているのでうまく頭が回らない。

 そんなサッシャの視界でジン以外の者が動く。何、と思う間もなくそれはジンの目の前に立ちふさがった。


「ジン!あんなぺったんこ娘どうでもいいじゃない!もう喧嘩しないでよ!」


 マリリンである。因みにマリリンは下剋上事件後に船に乗った為、ジンのペットへの異常な可愛がりを知らない。だからこそ今の行動があるのだと思うが。


 サッシャはマリリンにやめろと言いたかった。だが、感情のままに話し続けるマリリンに呆気に取られ動く事が出来ない。


「それよりも今度は私が隣でご飯食べても良い?夜も部屋行っちゃおうかなぁ」


 陽気に今こそが攻め時だと勘違いしたマリリンはジンの腕に絡みつく。その姿にサッシャの喉がヒュッと鳴った。

 何と命知らずな行動か。恐る恐るジンの顔を見れば無表情をしていた。咄嗟にサッシャは走り、マリリンの腕を思い切り引っ張る。マリリンの痛がる声が聞こえたが、無視してそのまま引っ張りジンと距離を取った。


「ジン、悪かった!船を町に戻そう!それでユッタを」

「あー、もういいわ。めんどくせ」


 謝罪を口にしたサッシャの言葉をジンは遮り、そう言った。ハッとした顔でサッシャはジンを見る。だがジンはそれも許さぬとばかりに近くの縁へ飛び乗った。


「俺もこの船降りるわ。じゃあな」


 言うが早いかジンはそのまま海へ飛び込む。突然の行動に皆が呆気に取られ、その船長の飛び込みを見ていた。


「ジン!」


 サッシャはマリリンから手を離し、ジンが飛び込んだ海を覗き込む。先が見えない深い海を気持ちよさそうに泳ぐジンの姿を見つけサッシャは再度ジンの名を呼んだ。ジンはその声に振り向くとサッシャの名を叫ぶ。


「サッシャ!船長頑張れよ!」


 全く求めていない言葉を掛けられサッシャは喉が千切れんばかりの声量でジンを呼ぶ。だがもうジンが振り返る事はなかった。


 船に残された者達は突然の船長の離脱に頭が付いていかず、元凶のサッシャとマリリンを見る。サッシャは青ざめ、マリリンは自分の思い通りにいかなかった事に泣きわめいていた。


 船員達は事態が飲み込めた者達から次々と非難の目を二人に向け始める。その視線にサッシャは吐き気を覚え、両手で口を抑えた。


(こんなつもりじゃなかった……)


 泣きわめくマリリンの声をBGMにサッシャは昨日までの生活に思いを馳せる。そして自分が仕出かしてしまった事態を深く後悔した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。