3.船での生活②
海賊船での暮らしを始めて四日が経った。
まだ四日だと言うのに船に溶け込んだユッタは今日も上機嫌に言われた雑用をこなしている。因みに洗濯物と料理は昨日から禁止された。どうやら服を駄目にしすぎたのと、刃物を持ったまま移動をするので危険だと思われたようだ。やる気だけはあるのでユッタは少々不服そうではあったが、ジンからも言われしょうがなく雑巾を手に船内を歩いている。
攫われて無理やり連れて来られはしたが、ユッタはこの生活が気に入っていた。やる事をやれば後の時間は自由だし、何をやっても基本怒られる事はない。まあ、笑われる事は多いが。船にいる荒くれ者達はいつも楽しそうに話し、酒盛りをしている。きっと甲板は今日も酒盛りをしている人でいっぱいだろう。
その楽しそうな様子にユッタも混ざろうとしたのだが『まだお子ちゃまだろ』とジンに止められ、今のところ混じった事は無い。だが、近々ジンに黙ってこっそり混じるつもりである。
貴族として暮らしていた時には感じた事のない充実感がこの生活では得られる。義母の嫌味や直接的な攻撃に苛々していた生活にはもう戻れない気がした。結局結婚しないのであればこのまま海賊として暮らすのも良いのかも知れない、そうユッタは思っていた。
「ユッタ」
雑巾をくるくると回しながら歩いていると後ろから呼び止められた。誰だろうと振り向くとそこには副船長であるサッシャが渋い顔で立っていた。
一体何用かと目を丸くすれば、渋い顔のまま苦々しく口が開く。
「お前ジンに何したんだ?」
「何って?」
「朝のあれだ、お前ジンの横にいただろう」
そう言われ、ユッタは朝食の光景を思い出す。ユッタはそれまで下っ端のアトと共にご飯を食べていたのだが今朝はジンに呼ばれ、ジンの隣でご飯を食べていた。それにおかしい点があるのか?と言われるとユッタにはわからない。ただ周りの目は大変煩かったが。
特にマリリンという色気たっぷりの女海賊はユッタを目で殺さんばかりに睨んでいた。気にするな、とジンが言ったので気にせず食事を取っていたが、ジンがユッタに絡む度にその視線の鋭さは増した。
(マリリン、怖かったな)
ユッタは思い浮かべた朝食時の光景とサッシャの質問の意味が分からず、口を尖らせながら首を傾げる。
「うん。でもそれがどうしたの?」
サッシャはユッタの答えに眉根を寄せる。何故わからないのかと言いたげな視線にユッタは眉を大袈裟に上げた。
「ジンは船長だ、それはわかるな」
「うん、船長」
「船長はこの船のトップだな」
「はい」
「それが一人を気に入って横に置いている。誰の目にも明らかな程可愛がってな」
「私可愛がられてるの?」
的外れなユッタの返事に一瞬息を止めたサッシャはその声を聴かなかった事にし言葉を続ける。
「良くないんだよ、こういう大所帯でそういうのは。秩序を乱すんだ」
秩序を乱す、そう言われてもピンとこないユッタはじっとサッシャの眉間の皺の数を数えた。
「わかるか?」
「………うん?」
「わかってないな」
「うん」
分からないものは分からない。素直に頷くに限る。簡単に頷けばサッシャが肩をがくりと落とす。
「そうだよな、お前みたいな子供には分からないよな」
確かにサッシャやジンなどに比べればユッタは子供かもしれない。だがもう結婚も出来る16歳である。そこまで子供という子供でもない。
なのでユッタは自分が子供という認識はしていなかった。サッシャに子供と言われ、カチンとくる。物事が分からない事を子供だからと処理されるのは実に遺憾。経験が少ないから分からないと処理してもらいたいものだ。
ユッタは頬を膨らませ、サッシャの脛に抗議の蹴りを入れ込んだ。
「いて!何すんだ!」
「もう結婚出来る歳なんだから子供じゃない!」
「じゃあ頬を膨らませるな!大人の女は頬を膨らませないぞ!」
何度も蹴りを入れようとするユッタから逃げる様にサッシャは身を屈めながらユッタから距離をとる。それでも追いかけ蹴ろうとしたユッタだったが、この行動がまさに子供なのではと気付き立ち止まった。
「結婚出来る歳になっても人を蹴ったりするのね」
何となくしょんぼりし、呟くとその声が聞こえたサッシャが鼻で笑う。
「それは性格の問題だ」
「確かに」
大きく頷いたユッタは再びサッシャを追いかけ始めた。
◇◇◇◇◇
その日の夕食。
ユッタは再びジンに呼ばれ、隣りで食事をする事となった。サッシャに言われた事もあり一度はジンの呼び掛けを無視したのだが、それはそれで問題なようでアトとサッシャに腕を引かれ、ジンの隣に座らされた。当然、マリリンの顔は鬼の様である。
ユッタはマリリンの顔をギョッとした顔で見た後、すぐに視線を逸らしジンを見る。ジンはというとマリリンの事に気付いているのかいないのか、『あ?』と視線をユッタへ向けただけで何もない様に酒を煽った。
「私、アトと食べるわ」
「何で?俺とは食べれねぇって?」
ムシャムシャと骨付きチキンを食べるジンは咀嚼の合間にそう言った。顔は何てこそなさそうだが、声は不服そうに聞こえる。ユッタはそれでも気にせず皿を片手に腰を上げたが、上げた腰にそのままジンの腕が纏わり付き強制的に座らされた。驚いたユッタがジンの腕を見れば、その先にある手指がテラテラと光っておりチキンの手で触られた事が分かった。
「ジン!チキンの手で触らないで!」
ユッタは座らされたジンの足の上でキッと睨みつけ抗議をしたが、一瞥もされずそのまま食事を続けられる。
「ほら、お前も食え」
「あ!また手掴み!」
「お貴族様はうるせぇなあ」
クックッと笑われ、口にチキンを放り込まれた。片手は自分の食事、もう片方はユッタの世話をする形をジンがとった為、段々とユッタの体は胡座をかいたジン上へと移動していく。不可抗力に近いのだが、船員達はギョッとした顔で二人を見ていた。
まだ16歳と成長途中の為、小柄なユッタの体はジンの食事の邪魔になり得ないらしい。ジンは何ともない様にヒョイヒョイと食べ物を運び、酒を飲んでいた。
ユッタもこれは流石に幼児の様だと腕をくぐり抜け出ようとしたのだがジンに阻まれ、ストンと胡座の中に戻される。何度も何度も抜け出ようとしたのだがどれも無駄に終わり、最終的に腹が鳴った為ユッタは抵抗をやめ幼児扱いを受け入れた。
もくもくと自分で食べ物を口に運んだり、ジンに入れられたりしながら食事を進めていると突然、他の人と話していたジンがユッタの名を呼んだ。
「そういえばお前何処で寝てんだ?」
ユッタは咀嚼中であった為、もぐもぐと口の中の物が無くなってから答える。
「最初の部屋よ?」
最初の部屋、と反芻したジンは暫し考えた後ギョッと目を見開いた。
「物置部屋か!?」
「そうそう」
何か問題でも?と視線で訴えればジンは驚いた顔のまま、ポカンと口を開ける。その口にユッタが手に持っていた林檎を入れようとしたがその前に手で制止された。
「てっきりアトとかの部屋で寝てんのかと思ってたわ。サッシャ知ってたか?」
「いや、俺も知らなかった。どうりで最近汚いとは思ったが」
「お前汚してんのか」
「え、そんな事ないと思うけど」
「汚ねえよ、物が床に散乱してんだろうが」
ユッタはサッシャに言われ、部屋を思い出してみる。確かに家出用の荷物の中身を少し出しているので床に物はあるが、ユッタなりに規則性を持って置いているものである。けして汚くはない。
「ちゃんと整理して置いてるよ!」
「嘘つけ!」
否定をすればそれをまた否定される。不服だと頬を膨らませるとジンが『なぁ』とユッタを呼んだ。
「お前、今日から俺の部屋で寝ろ」
その言葉に部屋がシーンと静まり返った。いつもならガヤガヤと煩い夕食なのだが、ジンが発言した時たまたまタイミング良く皆の言葉が途切れたのだ。
そして響くジンの声。
咀嚼音も無い程、静まり返った部屋にガチャンと酒瓶が割れる音だけが響いた。落としたのはサッシャだ。
「ジ、ジン、それは流石に駄目だろ」
「何でだ?」
「何で?ユッタもそこそこの年齢だろ?ほら、自分でもう結婚出来る歳だとか言ってたし」
「ジンのベッドはふわふわそうよね」
「お前は黙ってろ!」
「え、サッシャ怖い」
「サッシャこえぇってさ」
動揺するのはサッシャと他の船員だけ。特にマリリンは恐ろしい形相をしている。
いくらサッシャが言っても当の二人は乗り気で話していた。いや、駄目だろと何度もサッシャが言うが二人はその度に何でだ?と首を捻る。最終的にサッシャはユッタに年齢を聞いた。
「私?16だって前言ったじゃない」
「ジンは28だったか」
「そうだな、そのくれーだったような気がする」
「12も違うんだぞ!」
そう口にしたところでサッシャははたと自分の考えに疑問を持った。12も離れているのであれば何も無いのでは無いかと。
元々二人ともその気がないのは分かっている。だが倫理の問題で止めていた訳であるが、12も離れているのであれば問題ないような気がしてきたのだ。
サッシャは自分より12歳下の子について考える。サッシャは今25だ。つまり12歳下は13歳になる。それと部屋を共にするのは間違いを起こすも何も無い。庇護対象だ。
腕を組み、暫し考え込んでいたサッシャはぽつりと口を開く。
「問題、ないか」
「お前は何そんな考えてたんだよ」
サッシャの言葉に驚いたのは他の船員達だ。まさかの副船長が問題ないと発したのである。マリリンはその言葉を聞いた時、顔を青くしその場に倒れかけた。まだ子供、だが女だ。しかもジンに気に入られている。ジンが凹凸のない身体が好みではない事は知っているがそれでもこれはおかしい。
だが、この場にサッシャ以外物を申せるものはいない。どことなく気まずい雰囲気の中、誰かが恐る恐る話題を変える。それが救いかの様に船員達は次々とその話題に乗っかり、あっという間にいつもの雰囲気へと戻っていった。戻っていないのはマリリンとその他少数のみである。
こうしていつもと同じように夕食は過ぎていった。
『問題ない』と言ったもののそれでも複雑そうなサッシャの顔をよそにユッタの頭はふかふかのベッドでいっぱいになっていった。
◇◇◇◇◇
夕食後、物置部屋の荷物をまとめてユッタはジンの部屋へ向かった。
部屋に入ればベッド上のジンが『来たか』と起き上がらず声を掛けてくる。ユッタは荷物を抱えながらベッドの横に向かった。
「荷物何処置いたらいい?」
「好きなところに置けよ」
ならばとユッタは部屋を見回し、ガラクタだらけの棚の横に荷物を置く。勢いよく置いたせいでガラクタの一つが荷物の上にひとつ落ちた。ユッタは落ちたそれを棚に戻すのではなく、床に飾ると再びベッドにいるジンに話しかけた。
「ねえ、私もジンのベッドで寝ていいの?」
仰向けで寝ていたジンは寝ながら体をユッタの方へ向ける。そしてニヤリと口端を上げるとユッタを誘う様にポンポンとベッドを叩いた。
「おら、来い」
呼ばれたユッタはにんまりと笑い、小走りでベッドまで近付くとベッドにダイブした。スプリングが程々のベッドは大きく跳ね、ジンが『うお!』と声を上げる。
「久しぶり!こんなベッド!」
はしゃぐユッタを見てジンは微笑み、次第に興奮し始めたユッタの頭をぐしゃぐしゃと掻き乱した。突然の事にユッタは声をあげ笑いながら抵抗したが、その内全身をくすぐられ、笑い疲れたユッタはくったりと大の字で寝そべる。
「おい、もっと端寄れや」
「もうクッタクタなのにー」
ゴロゴロと転がり端に寄れば、背中に視線を感じた。何?と振り向くよりも早く、ジンに背中から抱きすくめられる。
流石におっ!と驚いたが、背中から感じる酒臭さに父親を思い出し、ユッタはプハッと吹き出した。
「抱き枕にされてる!」
くすくすと笑い、ユッタは腹に回された腕に触れる。パシパシと軽く叩いているとその手もジンに絡め取られた。
「うっさい、寝ろ」
母親が亡くなってから久しぶりの他人の体温にユッタは少しこそばゆくなった。興奮して寝られないかも知れないとさえ思った。だがユッタの思いとは裏腹に背中に感じていた体温が段々と全身に回り始めた頃、うつらうつらと瞼が降りてくる。
暫くすると部屋の中に眠気を誘う二人分の呼吸音が静かに響き出す。
その様子を窓から入る月の明かりが照らしていた。




