第31話:イキ
★前回のあらすじ
息苦しい…?
恩返しがしたかった。
産んでくれたこと、育ててくれたこと、抱えきれない程の愛情をくれたこと、一緒にいてくれたこと。
たくさんの感謝と恩を伝えたかった。
けれど伝えたかった感謝の言葉はもう届かなくなってしまった。
返したかった恩は、行く先をなくしてしまった。
だからこそオレは、あの人たちような人間になりたかった。
あの人たちが誇りに思えるような、そんな人間になりたかった。
あの人たちが遺したものを繋いでいきたかった。
あの人たちの期待に応えたかった。
それが唯一伝えられる感謝と恩義だと思った。
それが唯一残ったあの人たちとの繋がりだと思った。
そう信じていた。
そう信じて、日々努力した。
次がある、また今度やればいい、時間は幾らでもある。
そんなものはただの言い訳だ。
次なんて誰も保証しない。絶対なんて存在しない。
明日が誰にだってあるとは限らない。
今ある全てが突然失われてしまうかもしれない。
ならばいついかなる時も精進しなければならない。
何一つ無駄としないために。
だからオレは彼が……彼のような人間が嫌いだった。
何故あんなにも軽々しく人に迷惑をかけることができるのか。
何故あんなにも怠惰に日々を過ごしているのか。
何故与えられるのとを当たり前とし、それに感謝しようともしないのか。
『あーもううちの母ちゃんうるせーのなんのって!宿題やれだの部屋片付けろだの!こっちは世界救うので忙しいんだよ!』
『蒼也はどこまで行ったんだ?』
『3章クリアして今火山のダンジョン入ったとこ。』
『あそこの中ボスちょー強いよな。』
『なー!』
腹立たしかった。
『蒼也見てたぞー、すごいじゃないかかけっこ1位なんて!』
『へへーん!楽勝楽勝!』
『全く調子にのっちゃって…ほら手を拭いてご飯にしましょ?』
『お!唐揚げあるじゃん!やりー!』
『蒼也っ、食べるのは手を綺麗にしてから!』
『えぇーいいじゃん細かいことは気にすんなよ。』
『細かくありません。ちゃんとしないとお肉抜きですからね。』
『お、横暴だ!』
『ははは!』
何故。
努力と結果はイコールではない。
努力が報われるからとは限らない。
どれほど努力したとて、叶わない夢も、願いも存在する。
わかっている。
わかっているんだ。
それでも。
『とても素敵な目標ですね!』
『あぁ。期待してるぞ燐。』
『私も、応援します。頑張ってくださいね、燐さん。』
素敵だって、言ってくれたのに。
期待していると言ってくれたのに。
応援してくれていると言ってくれたのに。
なぁ…お母様、お父様。
オレ、たくさん頑張ったんだ。
テストで100点を取った。宿題も忘れたことなんて一度もない。かけっこだって1位だった。手だってちゃんと洗う。ルールだってしっかり守る。
ねぇ…お母様、お父様。
オレは……いつまで頑張ればいいの?
「そういうの、息苦しくねーの?」
……苦しい?
「……何故?」
「何故って言われてもなぁ…回答に困るっつーか……。」
「普通に自分のやりたいことできなかったら嫌だろ。」
「嫌なことずっと続けてたらそりゃあ息も詰まるってもんだぜ。」
「オレだって宿題終わるまでゲームするなとか言われたらそりゃあもう……」
"バキッ"
「…えっ。」
「っ諸星!!」
「……てててて…まさか枝が急に落ちるとは…ってココ!ココは無事か!?」
"ンニャーオ"
「良かった…ったく、もうあんなとこ登るんじゃねーぞ。」
「……無事ならばとっとと降りてくれないか。」
「…ん?そういや落ちた時なんか当たったような……って暁月!?」
「リアクションはいいからとっとと降りてくれ。」
「わ、わるい。」
「……はぁ。」
「諸星、怪我はないか?」
「お、おう。そういや思ったより衝撃がなかったような…あ!もしかしてお前が受け止めてくれたのか!いやーありがとな!おかげで助かっ」
「お前と言う奴はほとほと呆れ返るな。」
「は?」
「ルールを破り、あまつさえ自らの身を危険に晒すなど。」
「馬鹿にも程がある。」
「っなんだと!なんだってお前にそんなこと言われなきゃなんねーんだよ!何しようが俺の勝手…で……。」
「……え、お前…もしかして泣いてんの…?」
「うるさい!肝を冷やすような真似ばかりしおって!この阿呆!たわけ者!」
「…えぇ……。」
「……本当に……。」
「何事もなくて……良かった……。」
「……ごめん。」
「…………うん。」
"ガサッ、ガサッ"
「オレは……。」
「ん?」
「お前を怠惰でどうしようもない人間だと思っていた。」
「おう、喧嘩売ってんなら買うぜ。」
「だが。」
「聞いちゃいねぇよ……。」
「それだけの人間ではないと知った。」
「オレは一部の側面だけを見て知った気になり、お前という存在の在り方や人となりを決めつけた。」
「……すまなかった。」
「……別に、俺もまぁ…悪いとこはあったし。」
「それをどう思おうが人の自由だろ。」
「俺も……そうだったし。」
「俺も、お前のこと頑固で融通の利かない口うるさい奴だって思ってた。」
「……正直言うと、お前のこと嫌いだったんだ。」
「奇遇だな、オレもだ。」
「お前はもうちょっと躊躇いってもんがねーのかよ!」
「だが今は違う。」
「聞けよ!人の話!」
「オレはきっと。」
「お前のことが羨ましかった。」
「自分の思うように生き、オレにはないものを持っているお前が。」
「……よくわかんねーけどさ。」
「羨ましいと思うなら、お前だって好きに生きてみりゃあいいじゃねーか。」
「…そうしているつもりだが。」
「いーやしてないね。」
「何故そういい切れる。」
「楽しそうじゃねーから。」
「は?」
「好きなことやってたらなもっと楽しそうにすんだよ。そうじゃねーなら別に好きでも何でもないってことだろ?」
「………。」
努力を好き嫌いで判断したことはなかった。
だってそれは目標の達成に必要不可欠なことで、そこに自身の好みや私情を挟むようなことではないと…仕方ないと諦めて……。
……諦める?
違う。
そんな…そんな義務感で行っていたものではなかった。
……なかった筈なんだ。
……学びを得るのは好きだった。
鍛錬も、練習も、勉強も。
自身が何か一つ行うたび、何かを達成するたび、自身が一歩成長できたような気がして。
あの人たちに近づけたような気がして。
……なりたい自分になれたような気がして、嬉しかったんだ。
なのにどうして。
やめたくない。諦めたくない。それなのに。
「……わからないんだ。」
「確かに…好きだった筈なのに。」
「それが…やりたかった…夢だった筈なのに。」
「どうして………こんなにも、息苦しいんだろうな。」
「…そりゃあそんなの。」
「やりたくねーときにやってるからだろ。」
「……は?」
「好きなもんでもな、それがずっと続くと飽きんだよ。嫌になんだよ。」
「俺だっていくら唐揚げが好きつってもな、毎日食ってたらそりゃあたまにはハンバーグ食いてーってなるし、ゲームだって漫画だって違うのがやりたくなったり見たくなったりすんだよ。」
「でもそれは別に唐揚げやそのゲームや漫画が嫌いになったからじゃねえ。」
「ただ他のことがしたくなっただけだ。」
「……暁月はさ、本当は他のことだってしたいじゃねーか?」
「それを無理矢理我慢してるんだから、だんだん我慢させてる奴まで嫌いになってきてんだよ。」
「……いいのだろうか。」
「……止まっても…いいのだろうか…。」
「逆に止まっちゃいけねー理由でもあんの?」
「……はは。」
「……ないな。そんなルールは。」
「なら決まりだろ。」
「……あぁ。そうだな。」
「……諸星。」
「……ありがとう。」
「……?おう!」
あの後、無事皆のところに戻ったオレたちは当然の如く、現場に駆けつけた保護者の方や警察の方に叱責を受けることとなった。
「啓太!」
「…母ちゃん…。」
「あなたって子はっ!」
「……ごめんなさい。」
「……私も、ごめんなさいね。私たち啓太のこともココのことも考えず自分たちの都合ばっかり押し付けちゃって…。」
「…ねぇ、啓太はココと一緒にいたい?」
「…うん。」
「わかった。なら頑張って一緒にお父さんにお願いしてみよっか。」
「っうん!」
「よかったな!啓太!」
「やったな!」
「うん、ありがとう!蒼也!豪!」
「……良かったね、何だかんだ上手くまとまりそうで。」
「あぁ。」
「……燐くん、もしかして諸星くんと何かあった?」
「…?何故だ?」
「ふふ、何だかちょっとスッキリした顔してるから。」
「そうだろうか?」
「うん!」
「蒼也!またあなたは人様に迷惑をかけて!」
「しょうがないだろ!だってココが…。」
「そうだとしても、自分たちで解決しようとせず、まずは大人を頼りなさい!」
「……はーい。」
「全く…巻き込んじゃってごめんなさいね百合野ちゃん、暁月くん。」
「いえ気になさらず…。」
「そうですよ。燐くんはともかく私は何もしてないですし気にしないでください!」
「ふふ、ありがとう。」
「…ってやば!もうこんな時間!うわ…ピアノ教室間に合うかな……。」
「すまない、オレが巻き込んでしまったせいで……。」
「ううん、残ることを決めたのは私だし気にしないで!…うーん走れば間に合うかな……。」
「百合野ちゃん。良かったら送っていきましょうか?」
「え!?いいんですか?」
「勿論。元々こちらの責任だしね。」
「わぁ!ありがとうございます!…それじゃあ燐くん、またね!」
「あぁ、また明日。」
「ほら、蒼也も早く乗っちゃって。」
「おう!」
「そんじゃあ俺行くな。」
「あぁ。」
「……なんつーか今日は色々ありがとな…助けてくれて。」
「あぁ。」
「だから…その……あーもう!」
「…なんだ?」
「蒼也ー早くー。」
「今行くって!……あー、だから…だな……。」
「……っまたな!燐!」
「……あぁ。」
「またな、蒼也。」
「……燐さん。」
「……お祖母様。」
「ふふ、聞きましたよ。ルールを破って立ち入り禁止の場所に入ったとか。」
「申し訳ありません。ルールを破ったばかりがお祖母様にまでご迷惑を…。」
「燐さん。」
「はい。」
「ルールとは何故存在しているのだと思いますか?」
「…人様に迷惑をかけないため…ですか?」
「それもあります。」
「…も、といいますと?」
「……ルールとは本来は人を統率するためのものなのです。」
「統率…ですか?」
「はい。」
「人には様々な価値基準が存在します。当たり前です。人は同一ではなく個。異なる環境で育ち、出逢い、情を抱いていく。」
「そのような集団をまとめ上げるには一定の規準…すなわちルールが必要となります。」
「人はそれらを意識することで他者と同一のものを見て、足並みを揃え、同じ環境で生きることができるのです。」
「ねぇ、燐さん。」
「はい。」
「燐さんは何故ルールを破ったのですか。」
「……友人が心配で。」
「その者のために、動かねばと思ったからです。」
「そうですか。」
「燐さん。」
「はい。」
「ルールとは正しさの証明ではありません。」
「ルールとは結局、人の価値基準の中で作られた規準でしかありません。」
「だからといって容易に破っても良いものではないけれど。」
「それでも。」
「他者を救おうと動いた心根を断ずることなど私には到底できません。」
「それはきっと…あなたのご両親の生き方を否定することになってしまうから。」
「否定…ですか。」
「はい。」
「……親は子を守り、慈しむこと。」
「それは遠い昔、誰かが定めた不明瞭な決まり事。」
「私が定めた一つのルール。」
「燐さん。」
「あなたは…ご両親の行動が間違いであったと。…そう、思いますか?」
「いいえ。思いません。」
「……そうですか。」
「……ありがとうございます。燐さん……。」
「……お祖母様は。」
「ご自分の行動が間違っていたと…そう思っているのですか…?」
「……わかりません。」
「後悔は腐るほどあるのです。」
「ですがどれほど考えても、答えが出ないのです。」
「……当然ですね。人の生き方に、規準もルールも、正解も。」
「本当は…存在などしないのですから。」
「人の感情も生き方も、人の感情や生き方で否定できるものではないのですから。」
「…そう、かもしれません。」
「お祖母様。」
「はい。」
「オレは今日たくさんのことを知りました。」
「たくさんのことに気がつくことができました。」
「自身がずっと否定し続けたものから…ようやく向き合うことが出来ました。」
「……また一つ、成長したんですね。」
「はい。」
「……燐さん。」
「…よく、頑張りましたね。」
「…っ……っはい。」
「ふふ、ご褒美に今日は燐さんの食べたいものを作りましょうか。何がいいですか?」
「本当ですか?…では……。」
「……唐揚げが、食べたいです。」
「…おや、それは珍しいですね。」
「たまにはそういったものも良いかなと。」
「ふふ、そうですね。では急いでスーパーに行ってお肉を調達しに参りましょうか。」
「はい!」




