第30話:キタイ
★前回のあらすじ
円満解決(未)。
"国境なき医師団"
紛争地や自然災害、貧困地域などで危機に瀕する人々に緊急医療援助を提供する国際的な非政府組織。
オレの両親はオレが産まれる前、その組織に在籍していた。
しかしお父様とお母様はオレを産むにあたって、組織との契約を解除し、日本へ帰国。
その後は子育てに注力してきたそうだが、オレが成長し、身体的にも安定してきたということに加え、組織の知り合いから人手が足りないとのことで再加入の要請があり、悩んだ末に両親はこれを打診。
そしてーーー。
ーー10年前。
「それでは御父様、御母様、燐さんのことよろしくお願いしますね。」
「はい。お二人ともお気をつけて行ってらっしゃいませ。」
「燐。お祖父様とお祖母様の言うことをしっかり聞くんだぞ。」
「うん。お父様、お母様、お仕事頑張ってね。」
「ああ。」
「次にここに来るのはいつになるんだ。」
「12月の中旬でしょうか。」
「3ヶ月か……ちと長いな。」
「ふふ。まぁまぁ。今の時代、国際間の連絡なんか容易に出来ますし、それまで顔も見れないわけではないのですから、気長に待ちましょう。」
「だがな……。」
「燐さん。」
「お母様……。」
「……行ってきます。」
「……っうん!いってらっしゃい。」
……。
………。
…………。
「……いってしまいましたね。」
「……あぁ。」
「………。」
「……燐さん。」
「……なに?お祖母様。」
「寂しくはないですか?お二人とも離れて暮らすことになって。」
「……寂しい、けど…大丈夫。」
「会えなくても、お話は出来るし、お祖母様とお祖父様もいるし。」
「……ふふ。私たちも燐さんがうちに来てくれて嬉しいですよ。」
「えへへ。」
「そうだ。今日は燐さんの好きなものを作りましょうか。何がいいですか?」
「ホント?なら鯛茶漬けが食べたい!」
「あらあら。ならいいお魚を一緒に買いに行きましょうか。」
「うん!」
「あなた。車の準備をお願いしますね。」
「あぁ。」
こうしてオレはお祖父様とお祖母様の元へと預けられ、2人とともに生活することとなった。
祖父母との生活はとても楽しく充実したものだった。
お祖父様は自他共に厳しく、規律を重んじるお人だが、人一倍情に厚く、時間を作っては剣の指導や勉学の面倒を見てくれたり、囲碁や将棋を指したりしてくれた。
お祖母様はかなり奔放なお人で、よく突拍子もなくオレやお祖父様を外に連れ出しては困らせていた。しかし最後は何だかんだで楽しかったとなってしまうのだから、感嘆する。
お母様とお父様は……。
『それでどうですか?学校生活にはもう馴染めました?』
「あぁ。クラスのみんなもとてもいい人たちだし、先生も優しい。勉強も知らないことがたくさん知れて楽しいし、それから……。」
『ふふ。』
「……?お母様?」
『ふふ、ごめんなさい。燐さんの言葉遣いが何だか最近、よりお祖父様に似てきたなと思って。』
「そ、そうか?」
『ほら、今も。』
「っ!……ぅう……。」
『ふふ、お祖父様きっと喜びますね。』
『何だ?何の話だ?』
『燐さんの話し方がお祖父様に似てきたなって話です。』
『そうかそうか。なら燐は将来お祖父様みたいなカッコいい男になるかもな。』
「ホント!?オレお祖父様みたいにカッコいい大人になれる?」
『あぁ。』
「えへへ。」
『ふふ。でもお祖父様みたいになるのは大変ですよ?燐さん。』
「大丈夫!オレ頑張るよ。」
オレは…。
「頑張ってお祖父様みたいなカッコいい大人になって……それから…。」
お祖父様みたく、清く正しく質実剛健のような人間に。
お祖母様みたく、周囲の人間を牽引し、他者を導けるような人間に。
お父様みたく、才知に溢れ、決断力と判断力に優れた人間に。
お母様みたく、優しさと包容力に満ち、多くの人を救えるような人間に。
「いつか、お父様とお母様みたいに世界中の人を助けられるような、そんな大人になる!」
……オレにとっての大切な人たちが誇りに思えるような
『とても素敵な目標ですね!』
『あぁ。期待してるぞ燐。』
『私も、応援します。頑張ってくださいね、燐さん。』
「うん!」
そんな人間になりたかった。
『続いてのニュースです。◯◯州◯◯地区にてテロ組織の活動が活発化し民間地区にまで被害がーー。』
『銃撃戦に巻き込まれMSFとして派遣されていた日本人メンバーが被害にーー。』
『亡くなったのは暁月ーー。』
……。
………。
…………。
「……いって…しまわれましたね。」
「……あぁ。」
「……嘆いても、仕方のないことだとはわかっている。」
「だが…これでは燐があまりにもっ……。」
「…憐れむのは辞めなさい。」
「っ。」
「燐さんにとって、哀しい出来事であることは確かでしょう。」
「ですが私たちの勝手な同情を押し付けてはいけません。」
「それは…あの子にとって哀しみの行き場を失くすことと同義でしょうから。」
「……相変わらず強いな……お前は。」
「あなたとあの子がおりますから。」
「そうか。」
「……燐は、立ち直れるだろうか……。」
「わかりません。」
「……傍にいてやらないとな。」
「はい。」
「お母様…お父様……。」
どれだけ2人を呼んだところで、2人の声はもう返ってこない。
『燐さん。』
『燐。』
……オレの名を呼んではくれない。
オレはもう……。
「………。」
二度と、2人に会うことは出来ない。……けれど。
『とても素敵な目標ですね!』
『あぁ。期待してるぞ燐。』
『私も、応援します。頑張ってくださいね、燐さん。』
「お母様、お父様。」
「オレは2人のように世界中の人々を助けられるような、そんな人間となりたい。」
「期待に応えられるような人間になりたい。」
「2人に…誇れるような人間になりたい。」
「そのために沢山たくさん頑張るよ。」
「絶対に諦めたりしない。辞めたりしない。」
「全力を尽くす。」
「だから…だから……。」
「もし……そんな人間になれたら……。」
『凄いな、燐は。』
『よく頑張りましたね、燐さん。』
「……っまた…笑ってっ…あたまを、なでてっ………ほめてほしい……。」
だから……まだ……。
……ちゃんとオレをみていてほしい。
それからというもの、オレは今まで以上に努力した。
学んで、鍛えて、取り組んで、練習して、失敗して…それを何度も何度も何度も積み重ねた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
それが正しいと信じた。そうするべきだと思った。
だからかもしれない。
あの時のオレにとって、彼は。
ーー酷く腹立たしい存在だった。
「おい、諸星、猿野、三淵!教室内で遊ぶなと何度言ったらわかるんだ!それに、今は掃除中だ、真面目にやれ。」
「えー、別にいいじゃんめんどくさい。つーか掃除なんて毎日やってんだから1日くらい真面目にやんなくたって変わんないだろ。」
「しんけーしつ過ぎんだよ暁月は。」
「何だと?」
「ちょっと二人とも…。」
「あーあ、せっかく楽しく盛り上がってきたところだったのによー。なー?」
「なー頭硬いよな。」
「ほっといてもう帰ろうぜ。」
「さんせー。」
「おい!まだ話は…」
「……行っちゃったね……。」
「本当に規律も協調性もない奴らだ。」
「ま、まぁまぁ…掃除もほとんど終わって、後ゴミ捨てだけだったし…。」
「許可も取らず自己判断だけで自身の仕事も完遂しないまま逃走する奴らの擁護など必要ない。」
「厳しいな…もう。燐くんはもうちょっと肩の力抜いてもいいと思うな。」
「何故。」
「根を詰めすぎると疲れちゃうよ?」
「だが……。」
「ほら、ちゃちゃっとゴミ捨てて私たちも帰ろ?」
「……あぁ。」
「ふふふーん。」
「何か良いことでもあったのか?」
「そう!聞いて!今日ピアノ教室の日なんだけど、何でも今日は有名な講師の人が来て指導してくれるらしいの!」
「そうか、それはいい経験になるな。」
「うん!もうすっごく楽しみで!……あ。」
「どうかしたのか?」
「あそこにいるの猿野くんたちじゃない?」
「え……。」
「あれ?でも諸星くんがいないね。一緒に帰ってたはずなのに…。というかあんなとこで何してるんだろう?あそこって確か……あ、燐くん!」
"ガサッ"
「おい、そこで何をしている。」
「…っげ!暁月!」
「やばっ!」
「何をしてるのかを聞いているんだ。」
「いや…その……。」
「……はぁ。この先は危ないから入らないようにと学校でも注意を受けていた筈だ。看板にもそう書いてあるしフェンスも敷かれているだろう。」
「そう…なんだけど、さ。」
「…ねぇ、もしかして諸星くん、中に入っちゃったの?」
「ゆ、百合野!?…そ、それは…」
「はっきり言え。」
「……う、うん。実はそうなんだ。」
「呆れたな。少し待っていろ今交番に……。」
「た、頼む!大人には言わないでくれ!」
「ダメだ。規則を破った以上きちんとしかるべき人に…」
「えっと…そもそもどうして諸星くんは中に入っちゃったの?」
「おい百合野。」
「えへへ気になっちゃって…。」
「どうせ好奇心とかそんなところだろう。」
「ちげーよ!蒼也はココのために…」
「ココ?」
「あっやべっ…」
「ねぇココって一体…」
"ビー!!ビー!!"
「っ!この音って…。」
「防犯ブザー…?」
「もしかして蒼也に何かあったんじゃ…。」
「…!っく!」
「燐くん!?」
「オレが様子を見てくる!すぐに戻らないようであれば大人に知らせてくれ!」
「わ、わかった!気をつけてね!」
「あぁ!」
オレはフェンスを乗り越えると音のした方へと駆け出す。
防犯ブザーの音は聞こえてから僅か数秒足らずで静止していた。
誤って線が抜けてしまったのか…それとも…。
…っだから嫌なんだ。どんな場面であろうと真面目に尽くし、取り組めない人間は平気でルールを破り他者へ迷惑をかける。
……そして自分自身を陥れる。
……諸星…。
「……無事でいてくれっ。」
「はぁ……はぁ…。」
「一体どこに…」
『………ら………く………ら。』
「……声?」
『……ぉ………だ………な』
「……この声、もしや……。」
"ガサッ"
「ほぉら、大丈夫だから、こっち来な。」
「ゆっくりとでいいから。そうゆっくり…」
「そこで一体何をしている……諸星。」
「っ!あ、いや違うんだ、です!これは……って何だ暁月かよ…驚かせやがって。」
「何をしているのかと聞いているんだ。」
「見てわかんねーのかよ。ココが木に登って降りられなくなっちまったの。」
「ココ?」
諸星の視線の先を見やればそこには猫が一匹、木の枝に身体をしがみつかせていた。
猫種は…ノルヴェージャンフォレストキャットだろうか?
「そういえば三淵もココがどうとか言っていたな。」
「あぁ。元々啓太のところで飼ってたみてーなんだけどさ。どうも金銭的なじじょー?ってやつで飼えなくなったから手放さなきゃなんなくなったみてーでさ。」
「そんで保健所?ってところに連れて行くって言うのを話し合ってんのを聞いちまったらしくて。」
「保健所って確か引き取り手がいなかったら殺されちまうんだろ?だから啓太のやつ、親には猫が逃げたって嘘ついてフェンスの近くで隠れて飼ってたらしくて。」
「そんで俺らも育てるの手伝うっつって、今日来たんだけどさ。」
「びっくりさせちまったみたいでフェンスの中に逃げちまって……。」
「そんで追いかけて一回は捕まえられたんだけど、暴れちゃってさ。」
「その拍子に防犯ブザーの線は抜けるわ、ココは逃げるわでもう大変で大変で…。」
「そんでようやく見つけたのはいいものの、木の上に登って降りられなくなっちまっててさ。」
「それで助けようと自身も木に登ったと…?」
「おう!」
成程。三淵と猿野が仕切りに大人には知らせないでくれと言っていたのはそれが理由か。
言えばココの存在が自ずとバレ家へ連れ戻される。
そうなればココは……。
「はぁ…ともかく早急にココを連れて戻るぞ。」
「あぁ!……つか何でお前いんの?ここって入るなって言われている場所だろ?いっつもルールだ規則だってうるさいくせに自分だって守ってねーじゃん。」
「…防犯ブザーがなっただろう?それで緊急を要すると判断したんだ。2人は大人には事情を伝えてほしくない様子だったしな。」
「ふーん、以外。」
「何がだ。」
「そういうの結構融通利かせるタイプだったんだーって思ってさ。」
「つーかお前には柔軟な発想ってあったんだな。」
「どういう意味だ。」
「だってお前頭かてーじゃん。決めつけっていうの?」
「これはこうだからこれで当然!とか何々すべき!とか自分の中で勝手に期待して、規準つくって押し込めて。」
「ぶっちゃけ自分がしたいからって言うよりも、こうしなきゃいけない、こうならなきゃいけないっつー…えーっと…そう!強迫観念!」
「にとらわれてるみたいでさ。」
「話したりしてて感じんだけどさ。」
「そういうの、息苦しくねーの?」




