第14話:ジョウゲンノツキ
★前回のあらすじ
不穏な空気…?
飄々としている。掴みどころがない。何を考えているのかわからない。自由奔放。軽薄。
それが他人から見た僕の評価像だ。
そして、その評価概ね正しい。というよりも、僕がそう見えるように振る舞っている。
近すぎず、かといって遠すぎず。
相手の言葉、表情、息遣い、立ち振舞い…そういったものから、相手が何を求めているのか、何に触れてほしくないのか、何を隠しているのかを探りながら、反応を引き出す。
そうすることで、会話だけでなく関係の主導権を握り、自分にとって都合の良いように他者をコントロールすることが出来る。
なんでわざわざそんなことをするのかって?
決まってるじゃないか。
…自分がコントロールされないためだよ。
人は本当の自分を隠す。他者が見ている自分なんて、表に出ているほんの一部でしかない。
けど、何もそれは悪いことじゃない。誰だってやっていることだ。
他人を傷つけないために、自分が傷つかないために、人に好かれるために、人を騙すために。
けど、だからといって自分がそれに巻き込まれるなんて、まっぴらごめんだ。
だからこそ、僕は先んじて他者をコントロールする。他人に人生を握られたくはないからね。
…それなのに。
「お前は海晴優衣のことが…」
「うん。きら…」
「そんなに羨ましいのか?」
「……はい????」
これはどういうことだろうか。
「…あはは、何を言い出すのかと思えば、僕が彼女のことを羨ましがっている?ないない、ありえないよ。」
「僕は彼女が嫌いなの。だからついイライラして色々言っちゃった。」
「呼び出してまでか。」
「ふーん、そこも聞いてたんだ。そうだよ。元々彼女には一言物申しでやりたかったからね。」
「そうか。それで言いたいことは言えたのか。」
「まぁ。それなりには」
「その割にはあまり納得していない顔をしているようだが。」
「あぁ、これね。あんまりにもうじうじしてて何も言わないからさ、逆にフラストレーションが溜まっちゃって。」
「…蒼也は虫が嫌いだ。」
「…は?蒼也???」
「諸星蒼也。お前と同じクラスの人間だ。」
「あぁ、諸星君ね。で、なに急に?」
「嫌いすぎて写真で見るのも嫌らしい。生物の時間は地獄だと嘆いていた。」
「あっそう…。それでそれがな…」
「松山先生は転売ヤーが嫌いらしい。」
「うん、だからね誰、それ?」
「オレのクラスの担任だ。」
「あぁ…そう…。もういいよ、続けて。」
「この前転売ヤーが大爆死?とやらをしたらしくてな、とても喜んでいた。」
「へー…よかったねー。」
「…人は。」
「嫌いな存在など見たくない、触れたくないと考える。」
「不幸になればそれを喜びに変換する。」
「……。」
「全部が全部、そうとは言わない。…だが。」
「お前の態度も、行動も。一般的な"嫌い"に向けるそれとは少しズレているように思える。」
「…あの時。海晴は傷ついた顔をしていた。」
「そりゃあ、あれだけ言われたらそんな顔もするよ。だからといって反省はしないけど。」
「お前も、同じ顔をしていた。」
「……。」
「お前が海晴を嫌いなのは事実だろう。どれほど理由があろうとも、あそこまでの言葉はもはや暴力に等しい。擁護などできない。」
「だがオレがそれを裁くのは筋違いも甚だしい。これは当人たちの問題であって、オレが口出しすべきじゃない。」
「だったら、この会話はなにさ。」
「裁くつもりもない、責めるつもりもない、励ますわけでもない。じゃあなに?単純な好奇心?」
「強いていうならお節介だな。」
「…は?」
「オレには、どこかお前が息苦しそうに見えた。」
「気のせいじゃないの?」
「かもしれないな。だからお前に聞いている。」
「…もし、僕が本当に君の見立て通りだったとして、僕の方を心配する理由って何?」
「君、海晴さんの友達なんでしょ?そっちをまず先に心配しなよ。」
「海晴には蒼也がいる。だから大丈夫だ。」
「…本当…なんなのさ、君。」
「…わけわかんないよ。」
僕の母は、生まれつき身体が弱く、いつも病床に伏していた。
幼かった僕は、そんな母のために、色んな世界を見せてあげようと、毎日たくさんの絵を描いていた。
「お母さん見て!今日もいっぱい描いたんだよ!」
「ふふ、あらあら、それは楽しみね。」
「えへへ、じゃーん!」
「これは…お月様?」
「うん!昨日ね、すっごく綺麗にお月様が見えたから、それを思い出して描いたの!」
「とっても素敵に描けているわね。本当に紫鶴は絵が上手なのね。」
「えへへ…ねぇねぇ!他にも見てよ!」
「勿論。他には何が描いてあるのかしら?」
「えーっとね…。」
「楽しそうだな、二人とも。」
「お父さん!」
「あなた、おかえりなさい。」
「ただいま。…お、また紫鶴の新作が出来たのか?」
「うん!今回もすっごく上手に描けたんだ!」
「そうかそうか、それは是非父さんも見てみたいな。」
「!あのね、あのね、今回はお月様と、ベスと…」
「おぉ、どれも良く描けているじゃないか。紫鶴は絵を描く才能があるのかもな。」
「本当!?僕、将来画家になりたいんだ!ねぇねぇ、僕画家になれる?」
「そいつはどうかなぁ。もしそうなりたいなら、今よりもっと頑張らないといけないぞ?」
「なら僕もっと頑張る!頑張って、いつか画家になって、美術館いっぱいに僕の絵を飾るんだ!」
「あら、それは楽しみね。ねぇ、あなた?」
「あぁ。頑張れよ紫鶴。」
「うん!」
僕が絵を描けば、母も父も喜んでくれた。褒めてくれた。
幸せだった。
それがずっと続くと思っていた。
馬鹿だよね。そんなことあるわけないのに。
この世に絶対なんてないのにさ。
「…可哀想にね。まだ若いのに。」
「元々お医者様からも言われていたそうだからね…長くは保たないって。」
僕が10歳の頃。母が死んだ。
「…お母さん…。」
ーーそれからだ。父が家にほとんど帰らなくなったのは。
「ただいま。」
「…!お父さんおかえり!あのね、僕ね今日…」
「紫鶴。勉強は終わったのか。」
「…う、うん。それでね、お父さん、僕…」
「悪いが。」
「この後も仕事で会社に戻らなくちゃいけないんだ。話はまた今度にしてくれ。」
「…はい。」
父は元々会社の社長を務めていて、とても多忙な人だった。
それでも、母がいた頃は、僕ら家族と過ごす時間をつくっていてくれていた。
母が亡くなった後、父は僕に見向きもしなくなった。
あの頃の僕はそれがどうしてかわからなくて、ただただ悲しかった。
だから、どうにかして父に振り向いてもらおうと必死だった。
そうすれば、幸せだった頃の父が戻ってきてくれると、本気で信じていた。
信じていたんだ。
「お父さん…今、いいかな?」
「なんだ?要件があるなら手短に頼む。」
「う、うん。あのね、これ…。」
「…これは?」
「学校でね、コンクールをやってて、それで僕、賞を…」
「話はそれだけか。」
「え?」
「話はそれだけかと聞いている。」
「あの、その…。」
「…はぁ。紫鶴。」
「くだらんことに時間を使うな。」
「…え…。」
「時間は有限なんだ。もっと有効的に使え。」
「こんなもの、将来なんの役に立つ?」
「まさか勉強を疎かにはしていないだろうな?」
「こんな、もの…?だって昔は…」
「紫鶴。」
「いい加減現実を見ろ。」
「いつかお前には私の後を継いでもらわなきゃいけないんだ。」
「そのためにも今のうちから…」
「…んだよ、それ。」
「…っ!なんだよ、それ!」
「それじゃあ、なに?あの時頑張れって言ってくれたのは嘘だったのっ?」
「僕はずっと、あの言葉を信じて…」
「昔のことだ。」
「……。」
「紫鶴。いつまでも過去に縋るのはやめなさい。」
「そんなのは無意味だ。」
「社長。そろそろ…。」
「わかった。…紫鶴。」
「私はお前のためを思って言っているんだ。」
「わかってくれるな?」
"バタンッ"
「…はは。」
「馬鹿みたい。」
「僕のため?そんな言葉、誰が信じるっていうのさ。」
「僕のことなんか何も見てないくせに。」
「…あぁ、でも確かにアンタの言うとおりだよ。」
「過去に縋ったってなんの意味もない。」
どんなに願ったって、一度崩れたものもはもう、元には戻らないんだ。
だったら始めから
「期待なんて、しない。」
そう決めたんだ。
「…っなんでだよ!もっと怒りなよ!友達に酷いことを言うなって!軽蔑しなよ!あんな最低なこと言う奴だったんだって!……本当…なんなのさ…なんで、そんなに…。」
「それがお前の一部分でしかないからだ。」
「オレは、お前のことを深くは知らない。」
「そんな自分のことを大して知りもしない人間の言葉など、誰も納得しない。」
「オレはお前を信じていない。かといって軽蔑もしていない。」
「ただ知りたいだけだ。」
「知って…どうするのさ。」
「そんなのは知った後決めることだ。」
「…なに、それ…そんなんあり?」
「人との関わり方に、明確なルールなど存在しない。」
「………。」
「…ずっと、誰かに認めてほしかったんだ。」
「僕が今までやってきたことは無駄じゃなかったって。」
「お前は良く頑張ったって。」
「…でも、そんな日は来ない。」
「きっとアイツは変わらない。」
「だから。」
「僕だけでも、認めてあげたかったんだ。」
「頑張ったら、いつか夢は叶うって。」
「誰に指図されなくても、自分の力で生きていけるんだって。」
「…そうするしかなかったんだ。」
「そうじゃなきゃ、僕は僕じゃなくなっちゃうから。」
「…だから羨ましかったのかもしれない。」
「彼女には、彼女を見てくれる人がいる。求めれば、手を伸ばしてくれる人がいる。好きなことを全力で応援してくれる人がいる。」
「それなのに、まるでそれをないもののように扱う彼女が…酷く、腹立たしかった。」
「…嫉妬していたんだ僕は。…勿論、それだけじゃないけどさ。」
「そんな気持ちも、確かにあったんだと思う。」
「…僕は、僕自身の身勝手な思いで彼女を傷つけたんだ。」
「…どう?今度こそ軽蔑したかい?」
「…改めて言おう。」
「海晴への言葉はどれほど理由があろうとも、やり過ぎた行為だと思う。そこについてオレは一切の擁護をするつもりはない。」
「……。」
「だが、お前のそのあり方には敬服する。」
「…ぇ…。」
「例え誰に何を言われようとも、ただ己のみの力だけで、目標に向かい努力するなど、並大抵の覚悟でできるものではない。」
「その覚悟の原点や継続心がどこにあるにせよ、な。」
「空木。」
「……。」
「人を羨む気持ちも、嫌悪する気持ちも、諦観も、逃避も、決して否定されるものでも軽蔑されるものでもない。」
「そう思うことも、それは人一人のあり方だ。」
「もしオレが軽蔑するとするなら。」
「それは、人のあり方を否定し、それを当然とする奴だけだ。」
「…話を聞く限り。オレにはお前がそんな人間には思えない。」
「だから、オレはお前を軽蔑しない。」
「……はは…。」
「…完敗だよ。」
「オレは勝負なぞ挑んだ覚えはない。」
「うん、知ってる。」
「…あーあ、やめやめ。はい、しゅーりょー。」
「あはは、たくさん喋ったからお腹空いてきちゃった。ね、折角だし、なんか食べて帰らない?」
「構わない。」
「あれ?そういうのダメっていうタイプかと思ってた。」
「以前も思ったが、世の中には様々なタイプがいるんだな。」
「うん。君はレアなタイプだよね。」
「そうか?」
「そういうところが。」
「どういうところだ…?…あぁ、そうだ。」
「蒼也から聞いた。空木は絵がとても上手だと。」
「え、いつの間にそんなやりとりしてたの?」
「良ければ見せてくれ。」
「…なんで?」
「単純な好奇心だ。」
「オレが、お前の絵を見てみたいと思った。それだけだ。」
「…そっか。うん、いいよ。明日の昼休み一緒に食べようよ。その時に見せてあげるからさ。」
「あぁ、楽しみにしている。」
「おはよう!空木くん。」
「うん、おはよう。みんな。」
「……。」
「海晴さんもおはよう。」
「…おはよう。」
「…海晴さん。」
「…なに。」
「…昨日はごめん。」
「……。」
「いくら君が嫌いだったとはいえ、少し言い過ぎたよ。」
「…本当に思ってるの?」
「うん。まぁ、別に信じようが信じまいが、どっちでもいいけどね。」
「許しなんて求めてないし。」
「…だったら…なんで。」
「…僕が、そう言いたかったからだよ。」
「…お!空木、おはよう!」
「おはよう、諸星君。」
「ねぇ、空木くん。今日一緒にお昼食べない?」
「あ、私も私も。」
「えー、私も入れてー。」
「あ…ごめんね。今日は先約があるんだ。」
「先約?」
「うん。」
「友達とのね。」




