2℃ 絶対零度なキミに抗いたい
「天峰氏!いい案と助っ人を用意しましたぞ!」
明けて翌日の昼休み。
俺と春樹がいつも食堂で弁当を並べているところへ、山田が文字通り『シュバッ!』という効果音が聞こえてきそうな勢いで現れた。
そんな山田のテンションに対して、春樹はピザの上のチーズみたいに机に突っ伏している俺を指差し、心底気の毒そうな声を出す。
「あー、山田。悪いけど今……悠馬溶けてて」
「やだ」脳裏にこびりついて離れないのは、昨日突きつけられた彼女の冷徹な一言、そしてあの表情だ。
その精神的ダメージのせいで、今日の俺は朝から、隣の席に座る白峰さんに話しかけるどころか、その顔を拝むことすらできずにいた。
「あーおかしいだろあれはよー」
何の感情もなく机に伏しながら呟く俺に、山田が俺を指さしてこう言う。
「だから!いい案と助っ人を用意しましたぞ!」
「案...?」
その言葉に俺はゆっくりと顔を上げ、山田を見る。
その手には、缶コーヒー...しかも無糖。
「まさか、缶コーヒーでも飲んで俺に白峰さんを諦めろと...!?」
「山田、それはひどいぞ」
「い、いや!そういうわけではなくてだな!」
山田はまるで、人類の命運を賭けた極秘作戦でも宣言するかのように大仰に手を突き出し、こう述べた。
「今から実行するのは作戦Aと名付けよう! 天峰氏! まず白峰氏が昼休み、どこで何をしているか知っているか!?」
あまりに直球な質問が、溶けかけている俺の頭に飛んでくる。
――白峰さんの、昼休みの動向。
言われてみれば、俺は何も知らなかった。クラスで隣の席になって以来、俺の行動パターンといえば、朝話しかける、冷たくあしらわれる、心が折れる……の三拍子。
悲しいかな、俺と白峰さんの関係は、毎朝のルーティンだけで綺麗さっぱり終了していたのだ
「わからないかも……。後輩のクラスで、輩どもでもまとめてたりして……」
「安心しろ、うちの進学校にそんな輩は存在せん」
すかさず春樹のツッコミが飛び、俺の背中をパシッと軽く叩いた。
そんな俺たちのやり取りを意識高い系のポーズで遮り、山田がさらに言葉を重ねる。
「分からない、ではないのだ天峰氏! 本気で仲良くなりたいのであれば、それくらいの基礎情報を頭に入れておくのは当然の義務だろう!」
……グサァッ、と。
山田の正論が、俺の胸の奥深くに容赦なく突き刺さった。
毎朝話しかけては、冷たくあしらわれてへし折れる――そんな情けないループを繰り返すばかりで、俺は彼女のことを知ろうとする努力すらしていなかったのだ。
ーいつもなら、こんなところで絶対に折れたりしないのに。……なんで、白峰さんの前だと、こうも簡単に“形無し”になっちまうんだ?
俺は何かを決心した顔で、ガタッと勢いよく立ち上がった。
「ありがとう山田。俺、今から白峰さんが何してるか見てくる」
「おっと、その必要はないぞ……」
歩き出そうとした俺の肩を、山田がバシッと力強く掴んで引き留める。
「あ? なんでだよ……」
「それは――この俺がすでに見てきたからだっ!」
「え……」
驚く俺の横から、それまで静観していた春樹が、呆れたように口を挟んできた。
「いやマジかよ。お前、いつの間にそんなストーカーまがいのことしてんだよ、山田」
「人聞きが悪いな鳳来氏! これは情報収集、いわばスカウティング活動だ! オタクは小回りが利くんだよ!」
と山田は自信たっぷりに言い放ち、胸の前で堂々と腕を組んだ。
「白峰氏は一人、弁当を食べてその後!昼休みが終わるまでずーーーっと勉強をしているのだ!そう!そこ!ここで天峰氏の出番ですな!」
そう言うと山田は鼻を鳴らし、手元にあった缶コーヒーを俺の胸に押し付けた。
「このコーヒーを天峰氏が白峰氏に渡す!そうすと...脳内シュミレーション!スタート!」
ーーーー(キラーン)
「いつも勉強おつかれ!白峰さん」
ポンッと缶コーヒーを頬に当てる。
「えっ天峰君...これ」
日光に照らされる俺の笑顔が白峰さんに映り、俺は白峰さんの隣りに座る。
「勉強にはコーヒーがいいらしいよ、眠気覚ましにもなるし、集中力も上がる」
「っ!」
白峰さんの顔がポンッと赤くなる。
(私がいつも勉強頑張ってるのをこの人は知ってくれてたんだ...キュン)
ーーー(ピピッ!)
「...とご覧のとおりであるのだ!!完璧だろ天峰氏!!」
「いや、アニメの見すぎだろ」
俺はすかさずツッコミを入れ、押しつけられた缶コーヒーの冷たさに現実へと引き戻される。
「それにな、恋愛とかじゃくて普通に仲良くなりたいだけなんだよ俺は」
そこに苦笑いしながら山田の妄想を聞いていた春樹が口を出した。
「まぁでも確かに、勉強中に何かもらったら普通に嬉しいかもな、少なくとも俺は嬉しい...山田の作戦A、良いと思うぞ」
ーたしかに...春樹の言う通りだ。頭使っている勉強中に、冷たい飲み物もらって嫌な気持ちになるやつなんているか...いやいない!
俺は缶コーヒーをギュッと強く握りしめる。
「俺行ってくるわ。ここで白峰さんと俺は仲良くなる」
決意のこもった目を二人が見つめる。
ーーー
「で、なんでついてくるんだよ春樹、山田」
階段を登りながらこっそりついてきていた二人の肩がビクっと揺れる。
「ま、まぁ、お前の行方が気になるっていうか」
「コーヒーをもらって照れる白峰氏が楽しみですな!」
「楽しむな、あと声でかい」
はぁーと大きくため息を付きながらも教室の前につく。
除いた視線の先、そこにいたのは...
周りは友達同士でワチャワチャとしている...なんの変哲のない昼休み。しかし、一点だけ空気が明らかに違う。
静かにチョコンっと座り、参考書とノートを開きひたすらペンを動かしている...白峰さん。
(マジで山田の言ったとおりだな)
どこか感心しつつも俺は大きく息を吸うと。教室に入る。
一歩、また一歩...白峰さんに近づいていく。
緊張か、心臓がとてつもなくうるさい。鼓動でコーヒーを持つ手が震える。
すれ違いざま、クラスメイトが何人か話しかけてくるが、俺には聞こえない。
そして...白峰さんの横に立つ。
白峰さんがペンを止め、ジトッとこちらを見る。昨日の、放課後に合ったあの時の目...
ー負けるな俺、渡すんだコーヒー!そして仲良くなるんだろ!
「こ、これ!よかったら飲む?勉強のおともに!」
机にコーヒーをバンっと立てた。まだコーヒーは冷たい。
...まただ、いつもの俺じゃない...いつもならもっと笑顔で冷静で相手の目を見て...
それなのに、俺は白峰さんが怖くて見れない。
無言が続く...どうなった?白峰さんなんで何も言わない...
すると、静止していた白峰さんの指が動く...すると
ペンの裏でコーヒーをペッとこちらち押し返した。
「いらない」
却下。
微塵の躊躇もない、完全なる塩対応。
「えっあ...もしかして微糖とかの方が良かった!?ごめん白峰さんの好み知らなくてさっどっちが好きなの?」
ー演じろ!完璧な俺を...会話を広げろ!
山田のおかげでコーヒーを題材に会話が広がる...かもしれない。千載一遇のチャンス。
しかし、帰ってきた言葉はあまりにも無情なものだった。
「苦いのも甘いのもいらない、邪魔」
「っ」
凍った。白峰さんは俺に見向きもしないでこういった。千載一遇のチャンスと、仲良くなれるかもしれない。そんな希望は音を立てて崩れ落ちた。
「そっか、ごめん。邪魔して」
俺は引きつった笑顔で缶を回収した。心臓の奥が、悔しさと、これまで味わったことのないもどかしさでジリジリと熱くなる。
朝5時の自主トレだって、夜中の猛勉強だって、やれば必ず成果が出た。なのに、どうしてこの澄ました顔の少女だけは、一ミリも俺に攻略の隙を与えてくれないんだ。
教室を出ると、二人が嘘だろって顔でその現場を見ていた。
戻ってきた俺に、春樹が心底同情するような声をかける。
「さすがあれはひどいな...大丈夫か悠馬」
俺は何も言わず、周囲のクラスメイトたちの目も気にせず、その場にどさりと仰向けに倒れ込んだ。天井の蛍光灯が、やけに眩しく滲んで見える。
「あぁ、ダメだ。今回ばかりは、本当に、本気で無理かも……」
「諦めたらそこで終了ですぞ! 天峰氏――っ!!」
俺の弱音を力技でかき消すように、山田が魂の叫びを上げる。
「諦めるなって言われても、他にどうしろって言うんだよ…。あんなこと言われたら、さすがに...」
「ふっ、天峰氏。大切なことを忘れているようですな。……俺が昼休み、最初に何と言って現れたか、覚えているか……?」
廊下の床に大の字で倒れたまま、俺はさっきの山田の言葉を記憶の底から手繰り寄せる。
――良い『案』と『助っ人』を連れてきましたぞ。
「助っ人……?」
俺の呟きに、山田は「そうだ!」と言わんばかりに眼鏡のブリッジをクイッと指で押し上げ、不敵にニヤリと笑った。
「着いてくるのだ、天峰氏!」
「おいちょっと...!」
山田は俺の手を取り春樹を置いて廊下の奥へと走り出した。




