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3℃ 絶対零度なキミを知りたい

「助っ人とはこの方!!」

 わけも分からず俺が連れてこられたのは、うちのクラスとは真反対に位置する、一際賑やかなH組の前だった。

 山田がその教室のドアをガラリと開け、中に向かって堂々と大声を張り上げる。


「霧島先生〜! 少しこちらへ!」


その声に反応して、教室の中にいた一人の少女がこちらを振り向いた。

 快活そうなショートカットがよく似合う女の子――彼女は、なぜか少し頬を赤く染めると、こちらに向かってズシズシと怒りの足音を立てて歩いてくる。


「ちょっと山田くん、その恥ずかしい呼び方やめてって言ったよね……っ!?」

「いえ! 我々の作戦に協力していただける! つまり人生の“先生”です!」

「はぁ……」


盛大なため息を吐き出した彼女。


「あ、私は...」


霧島さんが名乗り終える前に、山田がバッと二人の間に割って入る。


「この方は、今回の作戦Bに快く協力してくださる、霧島葵きりしま あおいさん! 我らにとって最強かつ強力な助っ人でありますぞ!」


静寂。

俺と霧島さんは、一言の打ち合わせもなく、同時にジトッとした冷ややかな視線を山田へと突き刺した。


「なぁ山田。山田が勝手に巻き込んだだけだろ。……ごめんね、霧島さん。うちのオタクが迷惑かけて」

「い、いや、それは天峰氏、人聞きが悪いのでは!?」


霧島さんは一瞬目を丸くしたあと、ぷっと小さく吹き出した。


「話は聞いてるよ天峰君。白峰さんのこと、だよね?」

「え、知ってくれてるんだ」

「そりゃそうだとも!天峰氏の苦悩は全て伝えてある!何よりこの学校で唯一の白峰氏と同じ中学校である御方だからな!」


山田がふんすと鼻を鳴らし、自分のことであるかのようにこう言う

ー同じ中学だと...!?たしかに、情報を聞けるチャンスなのでは...

俺の知らない、過去の白峰さんを知るチャンス...


「霧島さん、教えてもらっていいかな、その、白峰さんのこと」


真剣な眼差しでじっと見つめると、霧島さんは少し気恥ずかしさを覚えたのか、ふいっと俺から目をそらした。

人差し指でサイドの髪をクルクルと弄びながら、彼女はどこか遠い目をして、ぽつりと言葉を紡ぎ出す。


「も、もちろん、今日放課後開いてる?どっかカフェでも寄って、話そ」


あまりの嬉しさと興奮に、俺は考えるより先に身体が動いていた。


「ありがとう、霧島さん! 本当に、本当に助かるよっ!」


思わず彼女の両手をぎゅっと力強く握り締め、目をキラキラと輝かせながら、至近距離で霧島さんを見つめる。


「へっ……!? あ、あの、天峰くん……っ?」


突然のハンドシェイクに、霧島さんは一瞬で顔を真っ赤に染め上げ、完全にフリーズしてしまった。

すかさず、後ろで見守っていた(監視していた)春樹が、俺の首根っこを後ろからガシッと掴んで引き剥がす。


「はいストップ。悠馬、お前いくらテンション上がったからって、初対面の女子の手をいきなり握るな。事案だぞ」


ふと我に返り、手を離す。


「あぁ!ごめん...感極まって...」


これだ。これのせいで俺はよく周囲に勘違いされる。

無自覚に相手の懐に飛び込み、息をするように好感度を稼ぎにいってしまう。


(白峰氏にもこれをすればいいのに...!)


山田が心のなかでこう叫んだ。


「じゃあ、昼休み終わっちゃうし、放課後下駄箱で待ってる」

「了解」


そう言うと霧島さんはくるっと教室に帰っていった。


ーーー

終礼が終わり、クラスの皆が一斉に挨拶をする。その、瞬間だった。


スタスタスタスタ……!


ーいや、早ッ!?

ものすごいスピードで、俺の机の前を白峰さんが通り過ぎていく。声を掛ける隙すら与えない。

彼女はあっという間に教室から姿を消した。

昨日の放課後、廊下を綺麗にゆっくりと歩いていたあの姿とは明らかに違う。何か急な用事でもあるのだろうか。

ーあ、そうだ、霧島さんが待ってるんだ。俺も急ごう。


急いで下駄箱へと向かうと、そこにはすでに霧島さんの姿があった。


「あ、天峰くん!」

「ごめん、待たせた? うちの担任、終礼が無駄に長いんだよ」

「ううん、私も今来たところだよ。藤原先生だよね? 話が長いので有名だもん」


ふふっ、と鈴を転がすように笑う霧島さん。

ーって、あれ? 周りの奴らの視線がやけに突き刺さるような……。

待て。今の「待った?」「今来たところ」のラリー、客観的に見たら完全にカップルのそれだコレ!!


「い、行こっか、霧島さん!」

「あ、うんっ!」

 俺たちは互いに少し顔を赤くしながら、逃げるように下駄箱を後にした。


ー駅前のカフェ...俺達はそこで話し合うことを決め席に座る。


「じゃあ霧島さん...聞いていいかな...白峰さんのこと」


ーやっと聞ける。白峰さんのことが...

固唾を呑んで霧島さんの次の言葉を待つ俺に、彼女は少し困ったような、どこか懐かしむような複雑な笑みを浮かべて言った。


「普通...だったよ、中2までは」

「え?」


ー普通だった...?どういうことだ...?


「中3の夏終わりくらいかな...今の凛ちゃんの感じになっちゃったのは」

「それまでは、どんな感じだったの?」

「普通だよ、どこにでもいる女の子。めっちゃ優しくて、笑顔が素敵だった」


笑顔...なんて言葉は今の彼女からは想像もできない。


「私、小学校も同じだったから結構仲良かったんだ。でも、急に私にも、周りの人にも冷たくなっちゃって」

「理由は?なにか聞いたの?」

「うん、でも、聞いたけど、教えてくれなかった、で、高校も同じだったけど結局話せなくて」

「そう、なんだ」


ーどういうことだ。一体何があったんだ、中3の秋前に。

仲の良かった幼馴染にすら理由を告げず、心を閉ざしてしまった白峰さん。よほどの理由があるはずだ。


「こちらカフェオレとバニラモカです」


沈黙を遮るように店員さんが頼んだ商品をぽんっと机に置く。

俺は思考を一度リセットするため、運ばれてきたカフェオレを一口すする。


「ーーうまっ」


シリアスな空気の真っ最中だというのに、普通に美味かったから声が出た。

それをみた霧島さんがニコッと笑ってこういう。


「へへ、そうでしょ、このカフェね、中学入った頃に凛ちゃんに連れてきてもらったんだ」

「白峰さんが...?」

「うん、中学さ、中々馴染めなくて困っててね...」


懐かしそうにバニラモカのカップを見つめる霧島さんの瞳には、かつての『優しい白峰さん』の面影が映っていた。


「本当に毎日のように落ち込んで、悩んでたんだ。それを見かねた凛ちゃんが、ある日私の手を引いて、このカフェに連れてきてくれたの」


霧島さんは当時を思い出すように、ふっと目を細めた。


「うつむいて泣きそうになってる私に、凛ちゃんは自分のことみたいに真剣な顔で『私がずっと一緒にいるから、頼って』って、何度も優しく慰めて、励ましてくれたんだ。……それでね、はいこれって、私の前にそっと置いてくれたのが、このバニラモカだったの」


彼女は愛おしそうに、手元の温かいカップを両手で包み込む。


「『甘いものを飲むと、ちょっと元気が出るよ』って、少し照れくさそうに笑う凛ちゃんの顔、今でもすっごくハッキリ覚えてる。あのときのバニラモカの味と、凛ちゃんの優しさに、私は本当に救われたんだ」

「...いっ」

「?」

「良い、めっちゃ良い話じゃないすかぁ!1」


ー泣いていた。俺は。白峰さん、めっちゃいい人じゃないか!なんだよこれ、なんだよこれ!


「ぐすっわかったよ俺、白峰さん、悪い人じゃないんだね」

「う、うん!そうだよ!絶対!」


かつてそんなに優しかった女の子が、一人で凍りついている理由を知りたい。そして、もう一度あの笑顔を取り戻してほしい――。


「俺...知りたい。白峰さんにいったい何があったのか...少しずつ、絶対仲良くなって!聞き出す!」


それを聞いた霧島さんがふふっと笑ってみせた。


「…ふふっ、天峰くんって、思っていたよりずっと真っ直ぐで、熱い人なんだね。あなたなら、彼女の心、溶かせてあげられるかも」

「うん!絶対!」


これ以上ないくらい心強い言葉をもらい、霧島さんとの秘密の作戦会議は幕を閉じた。

席を立って会計を済ませ、カフェの外に出る。


「ーーじゃあね、天峰君、その奢ってくれてありがとね...!」


霧島さんは嬉しそうに上目遣いで微笑んだ。


「そんな、話してもらったんだし当然だよ」

「へへ、そっか、じゃあ、また!」


霧島さんに手を振り、彼女が帰っていく。

ー俺も帰ろう。

その時


ゴロゴロゴロゴロ


空から嫌な音がなる。急だった、ほんとうに急に...

ついさっきまで夕焼けが見えていたはずなのに、瞬く間にどんよりとした黒雲が頭上を覆い尽くし――。


(ザァァァァァァァッッ!!)


「うわっ、マジか……!」


文字通りのゲリラ豪雨。家まではそう遠くない。ブレザーを頭に被せて走り出す。


(この際ショートカットだ、この路地を突き抜ける)


普段は通らないであろう小さな路地裏。不気味であまり好きではないが...仕方がない。

人が1人入れるかどうか、そんな路地を駆け抜ける...

―その時、路地の奥に、ぽつんと佇む小さな『黒い物体』が視界に入った。


(?なんだあれ)


疑問に思いながらも、俺はそれにどんどん近づいていく。ゴミか...何かのシートか...?

だが、その物体の目の前まで迫った瞬間――俺の足はピタリと止まった。いや、衝撃のあまり止まってしまった。

なぜなら、壁際に膝を抱え、小さく丸くなって座っていたのは――。


「...白峰、さん...?」


激しい雨の音に掻き消されそうな声で、俺はその名前を呼んでいた。ぎろっと睨むようにこちらを見る白峰さん。そして、ずぶ濡れになりながら、冷たい路地裏の地面に何かを抱え込むようにして座り込んでいる白峰さんの姿がそこにはあったのだ。

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