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ただ一つの名、ただ一人の人  作者: 神空うたう


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9話 要注意人物



「ちょっと……あの子がいるってば」

「え?ああ、でも別にいいでしょ。入れ込んでるとかじゃなく、悪口なら」


 何の話だろう。娘奴隷達の噂話なんてどうでもいいけど、私がかかわっているようなので気になる。


「なにか?」

「ほら、あの監視役。貴女の『いい人』の」


 ……そんな人間いるわけない。だが、娘奴隷の間で、私に関わり合いがあると思われている人間はごくごく限られる。まして、監視役ともなれば。


「……ソイツとは関係ないので」


 ゲゼルの事だろう。

 あの薄ら笑いの男だ。娘奴隷達の誤解は、いまだ解ける気配がない。肯定はするわけないが、否定すれば否定するほど、『ムキになって』『あんなの取りはしない』などとからかわれるのだ。どうしろと。


「関係ない、なんて……ねえ?」

「苦役区画から一緒なんでしょう?」


 何故苦役区画から一緒なのか。何故私が苦役区画からこの館に来たのかあたりを説明したいが、そうすれば屈辱的なあれこれまで話さなければならない。

 そして――この『旦那様の館』で苦役区画から館に移りかわる奴隷という事例は私以外にない。ただ、娘奴隷になった経緯については割合似た話になりがちだ。同情されるわけもないだろう。されたいわけでもない。

 ともかく、ゲゼルとセットみたいな扱いだけは何とかしたい。喫緊の課題、というやつだ。私の名誉にかかわる。しかし、今この場での解決は無理だろう。情報収集にとどめる事にする。


「で?それが何なんですか」

「やたらしつこくて辟易する、って話よ」


 娘奴隷は館の『仕事』に従事しなくてはならない。ただし、それ以外の時間は好きに過ごせる。そうはいっても、激しい仕事の休息をとるのが基本だ。余力のあるものは、良い客を得るために教養や美を磨いている。

 ……そして、そういう仕事以外の時間であれば、館の監視役達は娘奴隷を自由に『使用』できる。

 苦役区画の監視役のように、苦役奴隷を罰したり害したりと絶対的な振る舞いをするわけではない。監視役達は酒を呑んでは娘奴隷をからかったり使用したりと、自堕落にやっているだけだ。

 また、監視役は娘奴隷を使用できるとはいえ、その娘奴隷は旦那様の所有する大切な商品でもある。

 奴隷と監視役。立場の違いは明確なはずだが、実際の関係性は、かなり対等な印象がある。

 ……考えてみれば、苦役区画にいた頃は、そもそも経って動くのが精一杯だった。監視役達には返事ぐらいがせいぜい。会話をしようという考えがまずわかなかった。

 ゲゼルの横暴に反抗できるのも、娘奴隷として食事や休息が取れ、物を考える気力が育ったおかげだろう。


 そのゲゼルが、しつこい?

 まあ、その手の話は以前からも聞いている。しつこい、ねちっこい、長い。私も身をもって思い知っている。


「今さらでは?」

「それはそうなんだけど……貴女、ちゃんとそいつの相手をしなさいよ」

「そうよ、どうにも相手できない時があるにせよ、私達をアンタの代わり扱いなんて何様のつもり?」


 うわ。こっちに飛び火してきた。

 そもそも、どうしてあの監視役の節操なさについて、私が責められなければならないのか。私は娘奴隷達にあいまいに笑い、その怒りを受け流した。リャーラの声が聞こえたので、そそくさと去る。




「あれ?どうしたの?」

「ごめん。逃げ出すための口実に使わせてもらった」

「ああ、向こうは話すと長いからね」

 リャーラは笑いながら、新人の娘奴隷との話を再開した。館に出るために、先輩として色々手ほどきをしていたそうだ。私より後に入った新人ではあるが、年齢は私よりも上、リャーラと同い年のはず。体つきはリャーラよりも豊満だ。

 ――で、この仕込み中の新人にもゲゼルは手をつけているようだった。

 まあ、ゲゼルに限らない。監視役達は、列をなす勢いでこの仕込み中の新人の取り合いをしているという話だった。

 そのあたりは、館に出す前の試金石的でもあるらしい。館に出れば、さぞや人気の娘奴隷となる事だろう。ディアラン婆さんは一刻も早く館に出そうと、鼻息も荒くしているのではないだろうか。

 そしてまあ、この新人にもリャーラからも、先ほどと同じくゲゼルの評判は悪い。リャーラはこちらを気づかわしげに見ながら話しだす。


「ああ、その人の事?あの人はちょっとねえ……好みは人それぞれだと思うけど、よく考えた方がいいよ?」

「だから!違うって!」


 リャーラにまでそう勘違いされるのは嫌だ。

 しかし……あれ?

 そういえば、ゲゼルは相変わらず私に絡んでは来るけれど、『そういうの』はこの頃ない気がする。ようやく私への執着が減ってきたのかとほっとする。その分、他の娘奴隷に迷惑が掛かっているようだけど。私の平穏が最優先だ。そんな事まで気にしていられない。


 それに、『そういうの』がなくともゲゼルはしつこい。ねちっこい。


 気分が高揚するのと私の悔しがる様子が面白いらしく、『セレ』と私の名を呼んで揶揄うのは相変わらずだし。それに伴ってベタベタ触れてくるのも変わらない。でも、その程度だ。

 それ以上の事は、この頃本当に、とんとない。

 アイツと一緒にいるだけで十分不愉快なのは変わらないので、あまり気にした事がなかった。それでも、それ以上不愉快になる要因がないなら、それに越した事はない。


「けど、ゲゼルさん、監視役の中ではかなり上役なんでしょう……?」


 新人の娘奴隷が口にする。


「そうなの?あの監視役の人が?」


 リャーラが意外だと口にする。私もだ。


「アイツ、そんな感じには見えないけど?」


 この間だって、芋の皮むきをしていたと言っていた。


「けど、支給服の階級章が……」

「なんか、見るたびに変わってる気がする、あれ?」


 襟ぐりや袖口に引かれたライン。色やデザインが違うのは、他の監視役と見比べて知っている。けれど、他の監視役がほぼ変わりなしであるのに比べて、ゲゼルのそれは、お洒落のつもりなのかと思うほどころころ変わっている。何かと私に難癖をつけてくる、アドゥリーの爪の色を思い出させるほどだ。


「いろいろな部署を異動しているみたいだし、階級も上がったり下がったりはしていますけど、総合してみると、かなり上の方だと思いますよ……?」


 この新人は、いざという時の寄る辺を求めて、監視役達を色々とチェックしているという事だった。監視役と『接する機会』が多いからこそ、得られる情報ともいえる。


「へえー。あの人、そうなんだ?えっと……ゲゼルって『呼び名』なんだ?前に嫌な客が来た時に助けてもらったけど……ふうん……?」


 何やらゲゼルの株が上がり始めているようで、腹が立つ。アイツにいいところなんて何もないのに。

 第一、娘奴隷の監視役達は、階級が高くとも、実際に何かの権力があるようにも思えない。


「苦役区画の監視役は、苦役奴隷をいたぶる『実務』が多いけど、娘奴隷の監視役は、暇を持て余しがちでしょ?おかしな事を企まないように、階級だなんだって違いをつけて、意識をよそに向けさせてるだけだよ。あんなのあてにしちゃいけないよ」


 私は新人に伝えておく。

 結局は腕力に物を言わせれば黙ると考えている奴らなので、有名無実な監視役をあてにしても仕方ない。


「そうなんですか……我慢してたのに……」


 何をしているんだ、ゲゼルの奴は。関係はないけど、恥ずかしくなってくる。


「では……やはり先輩、お願いします……」

「お願いはいらないから!」


 だから、押しつけようとしないでよ!?


「でもさ、私は館の仕事で忙しいよね。で、こっちは仕込み中だけど、監視役達に引っ張りだこ。少しでも体を休めたいのに、その……ゲゼル?の相手までしてられないよ。貴女はまだ当分店に出せないんだから、その分ゲゼルの相手をしてくれないと。――ねえ?」

「はい。先輩……」

 リャーラはともかく、『先輩』と言いつつも、どう考えてもさっさと館に出て、館の看板になりそうな新人が、私を見てくる。


「知らないから」

「そうは言っても、向こうは貴女の事を最初っからお気に入りの何のって公言しているし」

「そう!そのせいでどれほどの誤解が生まれたか!」


 風評被害で大変不快な思いをしている。


「それはあるかもしれないけど、そのおかげで、貴女、エイセダには何もされてないでしょう?」

「エイセダ?何それ?誰?」

「知らないんですか!?エイセダさんを……」


 新人が驚きの声をあげる。

 監視役なんて、最低限の識別さえついていればいいと思っている。顔もあやふやなのに、まして名前なんて。でも、どうも有名な人物のようだ。


「顔のここに傷のある――まあ、言ってみれば『子ども好き』よ」


 ……それだけで、何を言いたいのか、わかった。


「ディアラン婆さんも目を光らせてはいるけどね?エイセダに捕まったら、もう店には出せない事になるから」


 わたしが、館に出るのを遅らせようと年を幼く誤魔化している弊害がそこにあるのか。あやふやではあるけれど、実年齢通り申告していたところで、そのエイセダなる監視役は見た目で判断を下すかもしれないけれど。


「まあ、エイセダは、そのゲゼルがこっちに来た、かなり早いうちにコテンパンにやられているから、貴女にはもう何もしてこないと思う。ゲゼルって人、腕っぷしはかなりのものだから」


 暴挙に出た客を報告して、目の前で助けてもらっているリャーラはそのあたりよく知っているようだ。

 私も、遠巻きに棍棒を手に指示を出していたゲゼルは見ている。その時以外ででも、喜び勇んで飛び出していくのを何度か見ている。

 苦役区画では下っ端の下っ端みたいな扱いだったけれど、アイツはここの方が本職なのかもしれない。

 ……いや、いらない。絶対に、いらない。苦役区画がお似合いだ。それこそ、あちらでは理由もなく暴力はふるい放題だ。なにより、顔を見なくてすむし。

 ……ああ、アイツが私に『ただ一つの名』を呼ぶ『ただ一人の人』でさえなければ、どうぞどうぞと送り出してやるのに。


「やはり、ゲゼルさんを上手く引き入れておくべきでは……」


 新人がううんと考え込んでいる。


「まあ、エイセダとゲゼル。どっちがましかって言ったら、かなり究極の選択にはなると思うけど……あー、それでもエイセダは無理」

「私は若くありませんけど、エイセダさんよりゲゼルさんの方がましだと思います」


 ゲゼルクラス――ゲゼル以上に嫌われている奴なんているんだ。覚えておいた方がよさそうだ。

 ……その点に関してだけなら、ゲゼルに感謝もしておく。アイツに直接口にする事はないとしても。

 うう。アイツの庇護を受けているという事実は、やはり癪だ。


「エイセダさんの相手をしなくていいんだから、やはり先輩はゲゼルさんを一手に引き受けておいてください……」

「いや、だから引き受けないってば!」

「他にもヤバい奴多いんだから、ゲゼルぐらいは引き受けてもらわないと!」

「絶対、イヤ!」


 ――騒がしいよとディアラン婆さんが長い扇子を振り回しながらやってくるのは、それから間もなくの事だった。




※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!

  毎日一話ずつ更新中。


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