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ただ一つの名、ただ一人の人  作者: 神空うたう


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6話 先人から得る確信



「……アドゥリー姐さんを放っておいて、いいの?」

「あの人、先にやっても後回しでも怒るんで、いいんです」


 背後から、あのいつも怒っている先輩娘奴隷の声がしているが、聞こえぬふりで、櫛や髪留めを準備する。


「あ、でもそれで被害が及ぶなら、向こうを先にしますけど」

「あー……今日は予約も入っているし、できれば早めに髪を直してもらえると嬉しいわ。アドゥリー姐さん、私達にはあそこまででもないし」


 私が苦役区画から娘奴隷になったからと、やたら厳しいんだ。アドゥリーは。

 てんでちぐはぐに髪を結って、それで客前に出るように仕向けてやろうか。……後が怖いので、思うだけにしておく。

 アドゥリーはリャーラを呼びつけて、髪を結わせる事にしたようだ。リャーラだって館に出なければいけないのに、大変だ。流石にリャーラには後でフォローを入れておこう。

 面倒な事ばかり。うんざりする。……けれど、私はこの人に話を聞きたかったのだ。


「あら、髪の結い直し?ルォウレンは忙しくていいわねえ」


 『仕事』を終えた別の先輩娘奴隷が隣の席に着き、声をかける。こちらはもう今日の仕事は終わりのようで、さっさと寝支度に入るようだ。


「大きなお客はないから……まあ、無理を言う人もないし、このぐらいがちょうどいいわ」


 そう言って笑う、私の今日の目的である先輩娘奴隷――ルォウレン。


 私はルォウレンを盗み見た。娘奴隷として買われるぐらいなので、美人だ。でも、『旦那様の館』は皆美人揃いなので、埋没してしまう程度の美しさだ。……贅沢な話だと思う。

 人あたりがいいのか、まわりが朗らかに接してくるからそうなるのかはわからない。


「ああもう!これじゃあすぐに髪が乱れるでしょう!?」


 ……少なくとも、背後のアドゥリーみたいに誰彼かまわず当たり散らしていれば、笑顔も返ってこないだろう。


「あら、苦役区画あがり。ずいぶんもたもたやってるのね?こっちは忙しいからね?アンタみたいなどんくさいのに任せていたら、いずれこの館が傾くでしょうねえ!?」


 ……さっさと客のところに行けばいいのに、余計な事をわざわざ言いに来る。まあ、こういう気の強いのを好む客が多いのも事実だ。この館は、娘奴隷を色々取り揃える事で、客のニーズに応えている。必要な人材なんだろうなあ。だから私もここに置いて貰えたのだろう。


「ルォウレン。貴女はほどほどでいいのよ。……館の稼ぎ頭の私がいるんだから、無理する必要もないわ。――最初から想定して『教育』を受けた娘奴隷ではないのだから」

「アドゥリー姐さん。お気遣いありがとうございます。姐さんこそ、ご無理をなさらず」

「――フン!生意気な事!それじゃあ先に行くわよ。ルォウレン」


 薄い絹織物を羽織ったアドゥリーが、腰を振り振り、待機部屋を出ていく。


「……相変わらずねえ」


 隣の先輩娘奴隷は、ため息をつきつつ、寝るための肌のお手入れを続けている。


「そうね、相変わらず、優しい人」

「どこが」


 思わず私が口にすると、ルォウレンは笑った。


「姐さんは、戻ってきた時と出る時に私がいると、必ず声をかけてくれるのよ?」


 それは、アドゥリーに限った話ではない。ルォウレンに声をかけていく者は多い。


「だってルォウレン、アンタの顔を見てると、なんだかほっとするんだもの。じゃあ、私は先に休ませてもらうわ。おやすみ、ルォウレン」


 隣の先輩娘奴隷は、ツヤツヤテッカテカに顔を手入れして、奥に引っ込んでいく。

 確かにルォウレンの穏やかな笑みは、擦り切れていく娘奴隷達にとって癒しになるのだろう。けど、おそらくそれだけではない。


「あの……『ルォウレン』……さん」


 ああ。やはり。


 ほわりと胸があたたかくなる。笑顔よりもこちらだ。

 『ルォウレン』と。その名を呼ぶだけで、気持ちが高揚する。


 信じていなかったが、この人が『ただ一つの名』を持っているのは本当だったんだと、今ならわかる。

 娘奴隷の中には、客からつけてもらった『呼び名』が『ただ一つの名』であると芝居を打つ者もいる。その芝居をした事がないものはいない、とまで言われる。

 たいていの客は、それも心得たもので、『そういうもの』としてそのひとときを自分だけの特別なものとして楽しむわけだ。……たまに、馬鹿正直に信じて身代を食いつぶす馬鹿もいるが。

 まあともかく。この人が『ただ一つの名』を持つ娘奴隷だと言われていても『どうせ噓だ』と信じていなかった。でも、私も『ただ一つの名』を得た今、この不思議な感覚の意味がわかる。


「あら。……貴女が人の名前を呼ぶなんて、意外」

「え?」

「最近はそうでもなくなったのかしら。慣れてきたみたいで、よかったわ。……よかった、とも言い難いのかもしれないけれど」

「はあ」

「貴女は、あの監視役としか話さない子だと思っていたから」

「違いますから!」


 あらそう?とルォウレンはくくくとからかうように笑っている。ここの娘奴隷は、皆、勘違いを深めるばかりだ。私とあの男の間に、まるで『何かがある』みたいにふるまっている。

 それもこれも、あの監視役がやたら馴れ馴れしくしてくるだけでなく、ある事ない事触れ回っているせいだ。

 奴隷と監視役の違いはあれ、同じ苦役区画あがりだとか、私を出世のためにここに差し出した事で変に仲間意識を持たれているのが腹立たしい。きっと友達がいないんだ、アイツ。

 まあ、こんな場所で友達も仲間もない。


「それが『ただ一つの名』なんですよね。『呼び名』ではなく」


 ルォウレンに限らず、誰とも、髪結いはするが世間などした事がない。話題の振り方がわからず、あまりに直球すぎる切り出しをしてしまう。……友達なんて、私だっていたためしがない。リャーラのような人あたりの良さはないのだ。助太刀を頼もうにも、リャーラはアドゥリーに文句を言われながら髪結いをした後、自分も館の客を相手するために出てしまい、いない。……ただ、人の少ない今のうちにすませた方がいい。


「……『ただ一つの名』?ええ。そうよ」


 急な話題転換にルォウレンは少し驚いたようだ。何度となく話してきた話なのだろうが、その時の事を話してくれる。私も、話しているのを横で聞いた事はあるし、娘奴隷の間でもたびたび話題になる。だから知っている。



 ルォウレンが娘奴隷となる前、遠くの海の街にいた頃。親の使いに出ていた時、通り過ぎた旅人が突然振り返って『ルォウレン?』と口にしたのだそうだ。



 その旅人はルォウレンの街にその日初めてやってきて、たまたま道を通りすがっただけ。何の縁もゆかりもない人だった。ただ、その人は、視界の端を通り過ぎたルォウレンを見て、それを口にしなければならない衝動にかられたのだという。


「その人は、夕方にはお船に乗って海の向こうに行く予定で。私は弟の代わりに使いに出ただけ。……偶然だったの。運命だったのでしょうね」


 とてもドラマチックな話だ。娘奴隷達が盛り上がる気持ちもわかる。


「それがなければ、私は今もおばあさまから継いだ『エジェリイ』のままでいた事でしょう」


 ただ、それで『その旅人と手に手を取って、海の向こうで幸せに暮らしましたとさ』なら満点だろうが、ルォウレンが得た運命の結果はこれ。『旦那様の館』だ。どんな皮肉だろうか。


「その人とは?その……『ただ一人の人』は?」

「その場で何度もお礼を言って――その人からは『めでたい事だ』って、お守りを貰ったわ」


 そう言ってルォウレンは耳飾りを見せてくれた。


「それだけ……なんですよね?」

「ええ。だって、お船の時間が迫っていたから」


 まあ、そんなものかもしれない。

 出会えた事は奇跡だが、だからどうした。うん、そんなものだ。


「年よりも大人びた雰囲気があったけど、やはりあなたも女の子なのね。そういうものに憧れる?」

「えー……あー……いや……」


 年についてサバを読んでいるのも、実は『セレ』という『ただ一つの名』を最近得たというのも、誰にも言っていない。


「貴女は誠実に生きて?そうすれば、『ただ一人の人』から『ただ一つの名』を与えてもらう運命と出会えるかもしれないわ」

「はあ」


 あの監視役が『ただ一人の人』である事実はもはや動かしようがない。


 だが、このルォウレンの話もそうだが、『ただ一つの名』に大きな意味はあっても、『ただ一人の人』にそれほどの意味はないのでは?と思う。『ただ一つの名』を告げる役割以上の意味など。

 なんなら、ルォウレンの『ただ一人の人』の代わりに、あの監視役が海の向こうに行ってほしい。船ごと沈んでくれれば、なおいい。


「『ただ一人の人』から貰ったお守りがあるから、私は守られているの」


 守られて、結果が娘奴隷?――とは流石に言えなかった。しかし、ルォウレンは私の言いたい事を読み取ったようだった。


「奴隷よりも酷い扱いを受けるところだったし――娘奴隷ではなく、苦役奴隷になるかもしれなかったの。貴女には悪いけれど……流石に苦役奴隷は……ね?」


 申し訳なさげにルォウレンは笑った。そんな顔をする必要はない。苦役奴隷なんて、今考えても、なるものではない。最低最悪の状況を考えれば、なるほど、娘奴隷という今の立場は『『ただ一人の人』の加護を受けた結果』と言えなくもない。

 ……信じるのは自由だ。

 私には信じる根拠も論拠もないが。


「――はい。髪、結い終わりました。これでよかったんですよね?」

「そうそう。途中で崩れるぐらいの結い方がいいの。激しく乱れたように見えるでしょう?……上手になったわね」


 客から貰ったという甘味を駄賃代わりに与えられた。年齢を下にサバ読んでいる私が悪いんだけど、この子ども扱いは――



 そこで騒ぎの声が響いた。



 二人で待機部屋から顔を出す。野次馬――というだけではない。ああ、やはり。


「やっと客が戻ってきたと思ったら、良くないのまで戻って来てるわね……」


 流行り病も落ち着いたが、客も久々だと羽目を外しすぎるのか、ろくでもない事を娘奴隷に要求して、監視役達に叩き出されているようだ。『旦那様の館』の監視役は、娘奴隷の脱走の監視よりも、こういう困った客の対応に配置されている側面が大きい。

 ……被害に遭ったのは、リャーラか。あの子もついていない。まあ、酷い事になる前に監視役に助けを求めたらしい。

 招かれざる客の方はとんでもない事になっている。監視役三人に引きずり出されていた。


「この客なら、もう二、三発いってもかまわねえ。他の客にも、よく見えるようにな!」


 先ほど聞こえた耳障りな声は、あの監視役だった。

 残る二人に指示を出し、棍棒まで渡している。客の質や懐具合に応じて、どこまで罰を与えるかの裁量がなされる。やりすぎて他の客まで寄り付かなくなっても困る。ただ、ここ最近、客達は浮ついていた。あの客は見せしめにされるらしい。タイミングが悪いといえばタイミングが悪いが、罰を受けるだけの事をしているのも間違いはない。

 リャーラはその持ち前の明るさから、客だけでなく娘奴隷のファンも多いのだ。あの監視役がリャーラに聞き取りめいた事をしている。表情を見るに、よほどの事があったようだ。すっ飛んで駆けつけて来たアドゥリーが騒ぎ始めた。なおさら穏便には済むまい。


「そこまで、そこまでだ!やり過ぎても面白くねえだろ。よーし。館の前に放り出してくるか!」


 十分灸をすえられたと判断したのだろう。あの監視役が残る二人を止める。

 あと、アドゥリーを。客をほったらかして、アドゥリーは大丈夫なのだろうか。……ああ、駄目だな。ディアラン婆さんがやってきたのを見て、急いで戻っていく。

 何事かと顔を出していた客や娘奴隷達も、それぞれの『続き』に戻っていく。


「決まった客がついてない若い子は、大変ね。それでも、監視役達が仕事をする気があるようだから、よかったわ」


 ルォウレンがふうと胸を撫でおろした。


「私達には心強い事だわ。貴女も、いざという時は安心ね」


 そこで、『ざまあねえな!?』と、客を嘲るあの監視役の声が聞こえて来た。


「ただ……少し張り切り過ぎな気もするけど」

「何が安心かはわかりませんが、アイツが調子に乗っているのはわかります」

「あらまあ」


 くくくと笑うと、ルォウレンは予約客の準備のために、待機部屋を出ていく。

 私は一人で待機部屋から、一部始終を見守った。引き摺られていく客。もしかしたら、あの監視役がこちらに気づくかもしれない。そう思ったが、監視役はいつものうすら笑いもなく、他の二人とともに見えなくなった。

 ……あんな奴に私達は守られなければならないのかと思うと、嫌になる。



※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!

  毎日一話ずつ更新中。


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