27話 確認事項
「悪くはねえけど、そうだな、たとえばティエッタなら――」
……ディアラン婆さんが何を言おうと知った事かと、ゲゼルで『実践』を重ねている。
終わった後、反省会めいた事をするが――そのことごとくに他の娘奴隷達の名前が出てくるので、イラっとする。誰の何がどういいかとか、それは私の立場ではわからない事ではあるけど……
「なんだよ、その顔は。仕方ないだろ?今と違って、『俺を害する』からって、お前とできなかったんだから」
違う。私に『ただ一つの名』を授ける前でも、娘奴隷からゲゼルの悪評は耳に入っていた。
「……なんだよ。別に、俺だけじゃねえぞ。監視役なんて日中は暇なんだ。酒飲むか寝るか、でなけりゃ他にする事なんて限られるだろ」
「仕事を!しなさいよ!」
「お前らが大人しくしてるから脱走に目を光らせる必要はないし、館が開かなきゃ、客のつもりの狼藉者を追い払う必要もないだろうが」
いつも思っているのだが、監視役達はあんなに必要だろうか?半分ぐらいでも良さそうな気がする。ろくな事をしている気がしない。
「俺のしている事にいちいち口出しされるいわれは……」
ゲゼルは煩わしいと言わんばかりの顔をしていたが、どうしたのか、突然にたりと笑い出した。
「なんだ、セレ。お前、あれか?俺と恋人の真似事でもしたいのか?……意外と可愛い奴だな?」
「……は?」
「俺が、他の娘奴隷の相手をするのが気に入らないっていうのは、そういう事だろう?」
「な、何言って……」
「じゃあ、夫婦の真似事か?違いが俺にはわかんねえけど」
「恋人も――ましてや夫婦なんて!よくわかんない事、言わないでよ!」
私は苦役区画で育っている。
おそらく、苦役区画に落とされた娘奴隷が生んだ、客か苦役区画の監視役との子なのだろう。物心ついた時には親なんていなかった。人の心と正気を保とうとする苦役奴隷達の良心――あるいはエゴと偶然が掛け合わさって、どうにかこの年まで生きてこられた。
女性の苦役奴隷は、監視役達の慰み者にされている程度で、夫婦に類する関係性は見た事がない。……聞いて、知識としては知っている。
館の娘奴隷になってもそこはさして変わらない。ここで夫婦なんて関係性を持っている者はいない。客の中には妻がいる者もいるだろうけど、私は部屋の片づけなどですれ違う事がある程度で、まだ客に接する機会はない。
……娘奴隷と監視役で、共にいる時間が多いものはいるけど……恋人、というのとは違う気がする。
「……私、夫婦以前に、家族を持った事がないし。恋人だって、よくわかんない」
「まあ、家族は俺もいないけどな」
「なんで?ゲゼルも奴隷だったの?」
「お前らと一緒にするな。……奴隷でなくても、家族がいるとは限らないんだよ。まともな育ちができてりゃ、俺だって、監視役になんかなるもんか」
「……?」
「……セレがわからねえなら、別にいい」
そのぞんざいな言い方は何だ。馬鹿にされているみたいで、腹立たしい。
「そろそろ交代の時間だからな。……まあ、悪くはなかった。でもまあ、まだまだだな。ディアラン婆さんには悪いが、こんなのを館に出されちゃあ、『旦那様の館』の沽券にかかわる」
「ええ……?」
手ごたえはあったのに。ゲゼルだって喜んでいたと思ったけど?
「変な意地張らないでよ。できてたでしょう?」
「できてねえよ。まだまだ。当分無理だなこりゃ。ディアラン婆さんの見る目も落ちたか?他の館と違って、こんな半端を出さなきゃならねえような火の車でもねえのに」
「そこまで酷くはないでしょ!?」
「――なんだ?セレ、お前……そんなに俺以外の奴に、可愛がられたいのか?」
一瞬、背中に冷たい風が吹き抜けた感じがした。しかし、ゲゼルは笑うと私を抱き寄せた。頬に唇を寄せられる。
「んにゅ!?」
「セレ」
「なに」
「ほら。お前からも。『お仕事頑張ってー』だよ。お前は留守番なんだから」
同じ事をしろという事か。
真似をする。……頬に、むにゅ。
ゲゼルは機嫌を良くしたようだ。こんなものでいいのか。楽な男だ。
ともかく、ゲゼルから他の娘奴隷がいいとか言われるのは癪だ。明日ディアラン婆さんの詰め所に行く時に、本で復習をしておこう。
「セレ、アンタこんな時間まで何をしてたの!?」
アドゥリーは相変わらずだ。私はきちんと陽のあるうちになさねばならない仕事をしてある。夕方の仕事にかかるにもまだ時間がある。仮眠をとってもいいところを勤勉にも『実践』に出ていた。褒めてほしいぐらいだ。
「……ゲゼルと、いたの?」
「もう、仕込みに入ってますから。アイツは実験台です」
「……」
なんだろう。わざわざゲゼルの話題なんて。ゲゼルはたいてい娘奴隷から嫌われているのに。
さっさと終わらせればいいのに、ゲゼルはやたら長いらしい。まあ確かに、他の監視役だと娘奴隷を連れて物陰に入ったと思ったら出てくる感じなので、こうしてしっかり時間を確保しておかねばならないゲゼルの相手は、誰だって面倒だろう。
しかし、アドゥリーはなんだ?
「……あのね。私達は娘奴隷だからね?わかってるわよね?アンタは子どもだし、勘違いしていても可哀想だから言っておいてあげるけど」
「何を今さら。わかってますよ」
「わかってないから言ってあげてるの。ゲゼルがアンタを可愛がってるけど、それはアンタが特別なわけじゃないの。それと同じで、私達は、誰の事も特別に思っちゃいけないのよ」
――ああ、そういう事か。
「……わかってます。子どもじゃないんだから」
「あのね、セレ――」
「わかってなかったら、婆さんの言う事を聞いて、仕込みを大人しく受けていません」
「じゃあ、どうしてゲゼルとしか、してないの。客は色々いるのよ!?」
「それは――それは、都合がいいからで。婆さんも、最終的には『勝手にしろ』って言ったし」
言葉だけでなく扇子も投げつけられたが。ともかく、その時が来たら、ちゃんとするつもりだ。できるつもりだ。だから、今は……心の整理をつけているんだ。
「私は、奴隷の立場をわかってる。どうにもできないって。奪われるものすらなく、何も手元に残らない、残せないって。……なのに私は、『セレ』という『ただ一つの名』を得た。『ただ一人の人』からでさえ奪われる事のないものを。……それだけで十分。だから、やれる」
……十分なわけがない。でも、十分と思わなければ、やっていけない。
「――そう。そう思っておけばいいわ」
まだ色々言いたそうだったが、アドゥリーはいったん引き下がってくれるようだ。
「……馬鹿な子」
捨て台詞にしては、ずいぶん安っぽい。アドゥリーらしくはあるが。
「セレが腹立つ子なのは今に始まった事じゃないけど、だとしたらゲゼルの方は、何をやってるの……!?アイツ、どういうつもりなのよ……」
ぶつぶつ言いながら、仮眠用のアドゥリーの個室に下がっていった。この話をするためだけに、ここで待っていたって事?こんな、わかりきったお説教のために?
さっきも言った。わかっている。
苦役奴隷から娘奴隷になったんだ。苦役の代わりに何をせねばならないかぐらい、理解している。――それも別種の苦役といえるけど。
「――今ぐらい、私の好きにさせてよ……」
誰に言えば叶うのか――誰の耳に届いても、叶うわけない。こんな馬鹿な事を人前で口走らない代わりに、せめて今ぐらいは。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
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