26話 実践
「ぐえっ……!俺は客だぞ!?」
ラパパパエメナの超音波のような泣き声を背に、客の叫び声が響いた。超音波はひっきりなし。
「うるせえ!この館の娘奴隷は全員旦那様のもんだ!払った金『以上』を望む奴は、客じゃねえ!」
どうやら館の客が、娘奴隷に無体を働いたようだ。度を過ぎれば、『それはもう客ではない』として『相応の手段』でもってお帰りいただく事になる。
……いま、客『だった存在』の腹を横っ飛びに蹴飛ばしたゲゼルは、ここしばらく『ただ一つの名』の件で周囲から揶揄われまくっていた。その憂さをすべてあの元客で発散するつもりらしい。まあ、悪いのはあの客――客ではなくなったあの男だ。
しかしよく聞こえるものだ。ゲゼルが元気そうで何よりだ。もうしばらく大人しくてもよかったのに。私はその騒ぎを背後に聞きながら、髪結いを再開した。
「今日はもうさっさと終わらせたいから、すぐに寝乱れて見えるように緩く結ってね」
「はいはい。……最速記録でも作るつもりですか?」
少々呆れ気味に言うと、髪を結われながらルォウレンが笑った。
「私じゃないわよ、向こうが早いの」
「そうなんですか?」
ディアラン婆さんからは、『手早くすませたい客相手の事なら、ルォウレンの技術を手本にせよ』と言われている。が、娘奴隷ごとの秘儀らしく、詳しい話は聞けていない。聞いたからってすぐ実践できるものでもないのに、意外とルォウレンはケチだ。
どうやら迷惑客の騒ぎはカタがついたようで、監視役達が勝鬨めいた声をあげている。……これでこの旦那様の館はそこらの館より『品の良い高級店』らしい。いったいどんな世界なのか、ここは。けれど、ここが私の生きる世界なんだ。
私は、夜闇の向こう、客を迎え入れる館を見た。灯りを受けて笑うゲゼル達監視役や、騒ぎに顔を覗かせる客、客を迎え入れるために異動する娘達。遠い世界の事であればいいのにと、ため息をついた。
※※※
「いや……確かに前、そういう事は言ったけどな?」
「でも、ディアラン婆さんから、いい加減本で読んだだけですませるなって言われたし……」
明かりなど不要な日の高い時間。館としては娘奴隷達は床につき体を休ませている時間帯だ。
本来、今の時間は館に出るため仕込みとして、ディアラン婆さんの座学の時間だった。しかし、何かしら忙しいのか、『今日はかわりにそこらの監視役で『実践』してきな!』と、私はディアラン婆さんの詰め所から蹴り出されてきたのだ。
それで――ゲゼルを、誘った。
「嫌なの?」
「嫌じゃねえよ。本当なら――でも、俺、駄目なんだよ。お前は」
「他の娘奴隷ならよくて、私が駄目ってどういう事!?そもそも、アンタが――」
ここまできて何を言っているのか。そもそも、アンタなんかに頼まなければならないだけでも、こっちは――
「騒ぐな。……お前がいいに決まってる。……けど、そう思っても駄目なんだよ。俺はお前の『ただ一人の人』でもあるから――お前を害する事はできない。こう……胸の奥をひっかかれてるみたいになるんだ。そんな思いをしてまでするぐらいなら、『他で』すませた方がいい」
「そ、その事なんだけど……」
……やだなあ。言いたくない。さっさと協力してくれるだけでいいのに。
「ん?なんだよ。そりゃあ俺だって、他の男ですませろなんて本当は――」
「た、多分……アンタでも、大丈夫だと思う」
「は?なんでだよ。セレ、お前にこの痛みはわからないかもしれないけどな――」
そう言って身を乗り出して来たゲゼルが、少し考えた。静かに、手を私に差しのばしてくる。触れる。
……ちょっとぞわっとするけど、我慢する。
「……ああ?なんで……」
ゲゼルがしっかりと指に力を込めて触れる。手を滑らせてくる。
「……どうしてだ?前はもうこのぐらいのところで……」
ゲゼルの様子を見るに、『胸の奥をひっかかれる』みたいな不快感はなさそうだった。やっぱりそうだ。ゲゼルが『害しなければいい』んだ。害だと思わなければ。……私が、拒まなければ。
べ、別に受け入れたわけじゃない。ゲゼルが嫌な事をしてきたら、すぐに嫌だと拒否すれば、多分大丈夫なはずだ。
つまり、他の監視役とするより、むしろゲゼルとの方が安全。
……それだけだ。他の誰かに触れられたくないし、それならゲゼルの方がマシとは思っているけど。げ……ゲゼルが、いいって。でも別に、受け入れてなんかない。
「変な事したら、すぐ痛くなると思うから」
「ふーん?なるほど?そういう事か」
「聞いてる?」
「ああ。……理解したぜ?セレ」
……勘がいいのが癪に障る。
※※※
「――あのよ。これ、『俺が気持ちよく』ならなきゃ、駄目だったんじゃないのか?」
「き……気持ちよくなったでしょ!?」
これで『気持ちよくなかった』とは言わせない。
「いや、そりゃあ気持ちよかったけどな?セレ、お前、なんかしてたか?」
「……うるさいなあっ!」
最初はそのつもりだった!なのに、ゲゼルが――なんなの!?最初からそういう事ができるなら――なんで最初から……!
「おい、またやる気か?お前の方は知らねえが、少なくとも俺は流石に、これ以上仕事を抜けてはいられないぞ」
「そんなつもりはないから!一言も!言ってないから!」
「ああ、はいはい。じゃあ、次な。次。ディアラン婆さんから何を習ってるんだか知らないが」
耳元に唇を寄せられる。……なんだか……なんだか変な感じがする。
別に私とゲゼルは、そういうんじゃないはずなのに。調子に乗らせちゃ駄目だ。そう思うけど――ゲゼル以外で『実践』をしたいとは、やはり思えない。
「ほら。こんな格好で外に出るなよ?」
ゲゼルが床に広げてしまっていた私の服をかぶせるように肩にかけた。
そして、ゲゼルは支給服を着こむ。私達娘奴隷の服と違って、簡単に脱ぎ着できていいなと思う。私もそういう服を今度から着てくればいいのかと思うが、脱ぎ着も含めて『実践』になるのだろうか。いつも着ているものだから、どう脱ごうが脱がされようが、着られない、なんて事はないが。そのあたりの所作が大切と、本にも書いてあった。
「セレ、お前脱いだり着たり何やってんだ。俺の目がおかしいのか?」
「そ……そうじゃないから!次!次を見てなさいね!?」
「……へえ?」
……やっぱり、コイツの薄ら笑いは気に食わない。
※※※
「そういやセレ、アンタこの間、結局どうしたんだい。サボったのかい?」
ディアラン婆さんの座学に使う本も、残り少なくなってきた。そう思いながら詰め所で前々回の続きのページを開いたところで、ディアラン婆さんから聞かれた。目をそらしながら、答える。
「ちゃ……ちゃんとしてきたよ。『実践』」
「おや。そうなのかい。アンタが?」
自分で命じておいてその反応はどうなのか。
「で?誰で?どうだった」
「さ、最初のうちは色々試そうとしたんだけど……途中から……それどころじゃなくなって……」
正直、学んだ事はほとんど活かせなかった。でもそれは、久々だったからで。アレはゲゼルが。……だいたいわかったから、次からはもっと余裕を持ってできるはずだ。
「……まあ、そんなもんだろうとは思ってたよ。それはいいから。『誰で』?」
「えっ?あの……その……げ……ゲゼル……」
そう言うと、ディアラン婆さんは鼻白んだ顔をした。
「……ゲゼルかい。なら次は、違う監視役を使うんだね」
「な、なんで。いいでしょ、別に誰だって」
「『誰だっていい』なら、それこそゲゼルである必要、ないだろうよ。色々試さなきゃ意味ない」
「でも――げ、ゲゼルは……『ただ一人の人』同士だから。何かあったら止められるし。変な事してきても大丈夫で――げ、ゲゼルが我慢できたのなら、他はたいてい我慢できるってわけだし!……練習なんだから、別にゲゼルでいいでしょ!?」
「……セレ、アンタねえ」
――言われなくてもわかる。
なんで私、こんなに必死になってるんだ。
館の仕事に出たら、色んな客を相手にしなきゃいけなくなる。選り好みなんてできるわけもないし、何より――
ゲゼル以外、誰も嫌なんて。それが通るわけもない。
「わ――わかってる。わかってるよ。ちゃんとする。仕込みが終わったら。他の皆と同じように、絶対する。サタネテみたいに、看板娘になれるぐらい、頑張るから、だから――」
ディアラン婆さんの顔が、どんどん歪んでいく。嫌悪と、憐れみが、そこにはあった。
それでも、私は主張するしかなかった。
「だから、今は……ゲゼルだけにさせて。ゲゼルがいい。ゲゼル以外は……嫌だ……!」
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
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