22話 課題達成のために
「おっ、『セレ』だ、セレ!」
「セレー!」
娘奴隷もそうだが、監視役達も、私の『ただ一つの名』を呼ぶ心地よさを味わいたいのか、顔を見るたびにこんな風に声をかけられる。舐められている感じはあるが、笑顔を向けられるので、まだ良しとしている。
……どうしよう。
アイツらにするか?
ディアラン婆さんとの座学の中で、『予習』『復習』をこなしておけと言われている。
実際、館の仕事に着く直前の娘奴隷達はそれをこなしてきているし、館で仕事をしている娘奴隷でも、監視役達から求められれば、それに応えている。
私はまだ若い――というか幼いという事で、『美しい娘奴隷が大勢いる中で、わざわざ選ぶ必要もない』と、相手にされていない。……それに――ゲゼルが私の事を我が物のように扱っているせいもある。私がセレという『ただ一つの名』をゲゼルから授かった――ゲゼルが私の『ただ一人の人』であるとなれば、なおさら『わざわざ――』という風潮になっている。
でも、別に私は特別扱いされるような、価値ある娘奴隷でも何でもない。
娘奴隷の中には『どうしてあの子だけ』とわざとらしく言ってくる者もいる。
「あの……」
「お?なになに、オレ達に用か?セレ」
……別に、特別な事じゃない。
館に出れば、嫌でもする事だ。リャーラだってしている。私より後から入ったサタネテなんて、もはや看板娘級だ。別に看板娘になりたいわけではないけれど、娘奴隷としてここでの居場所を作るには、『仕事』をしっかり果たさなければならない。
監視役なら、誰でもいい。たとえば、どっちかでいいんだ。髭の方と、そうでない方。
髭は嫌だけど、別に、どちらでも。
「あの……」
ゲゼルに比べれば、誰だって、何倍もマシなはずだ。
そう思って、監視役達を見上げる。
――怖い。
……あれ?おかしいな。
監視役達が酒の匂いをさせているのはいつもの事だ。私は栄養が足りないし、監視役の方が背が高いのは当然で――
わかっているのに、言葉が出てこない。
喋らなきゃ、話さなきゃ。
「な、なんでもない……」
……別に、今日じゃなくてもいいや。ぎゅっと、手を握り締めた。わずかに震えていた。馬鹿馬鹿しい。この程度で。
「なんだよー、なんかあると思ったのに!」
「あ、ちょうどいいや。この髪飾り、サタネテさんに渡してくれないか?『今度の満月に、いかがですか?』ってな!?」
くっつけたような髭を生やしている方の監視役から、髪飾りを受け取った。受け取る手の震えは、止まっていた。
……別に、館に出る日程が決まっているわけでもない。それまでにちゃちゃっとすませてしまえばいいだけだ。大丈夫。
※※※
「あら……これを……?」
「うん。『今度の満月に、いかがですか?』だって」
私は監視役から受け取ってきた髪飾りを、髪結いをするついでにサタネテへ渡した。
今や売れっ子のサタネテが監視役を相手にするわけもない。それでも頼まれた用件はこれで果たした。
「誰から……?」
「えーと――」
マズい。あの監視役は、本当に『呼び名』を知らない。娘奴隷は必要に迫られるから『呼び名』を覚えないわけにはいかないが、監視役は顔さえ覚えておけば、それでいいや――と、その程度しか今も思っていない。
「か、髪が茶色に近い暗めの金で、それで……年は監視役の中でも若い方のはずなのに、一丁前に髭を生やしている――」
私は自分の口元に指を二本、ハの字のに添えた。わかってもらえたらしい。
「ああ。ハウシーね……?」
「……あー。そんな『呼び名』だったかも」
「なにその髪飾り、玩具みたーい。子供用ですかー?」
ひょいと横からラパパパエメナが顔を出し、余計な事を言ってくる。待機部屋の端にいる娘奴隷の中には、サタネテをやっかんで『お似合いだ』とあからさまに嘲笑う者もいた。
「こら!監視役の給料なら、これでも結構頑張ってるはずなのよ?」
リャーラがフォローを入れている。
「監視役に、給料なんて出てるの?」
私は生まれてこの方、『自分のお金』を持った事がない。館の掃除をする時に客が落としたお金を拾う事もあるが、館にいる以上、銅貨も金貨も『ただキラキラしたもの』以上の価値はない。一応ディアラン婆さんに届け出てはいるが、おそらくディアラン婆さんの懐に入っているだけだろう。……まわり回って、飴として私達もご相伴に預かっているのかもしれないけど。
「一応は出ているはずですよ……?でも、食事代とか色々引かれているはずだから……」
サタネテが監視役の懐事情を説明している。詳しく説明が続いたが、つまりは『飼い殺し』という事なのはわかった。まあ、食う寝るところに住むところ、それらに不安を覚えずにすむだけで十分なのは、監視役も娘奴隷もそう変わらないのだろう。
「サタネテ姐さん、それ、使うんですかー?」
「せっかく貰ったから、一度は付けているところを見せておかないと……」
そういうのも心遣い、というものなのだろうか。サタネテがただ豊満な体つきだけで看板娘に成り上がりつつあるわけではないのがわかる。
「客にもよるけど、客の前でもつけておくといいわよ?」
アドゥリーが染めた爪を風にさらしながら、話に加わってきた。暇らしい。
「お客様の前で、こんなものを……?失礼にはなりませんか……?」
「そういうちゃちなのをつけて出ているとね、客によっては『なんとつつましい』『俺がそれよりいいものを』って、勝手に考えるものなのよ。まあ、客を見極めておかないといけないけどね」
……ふうん?よくある手らしいけど、アドゥリーの発言としては、今までで一番有益かもしれない。
「じゃあ、アドゥリー姐さんも?」
「こういうのは、若いうちにだけ使える手よ。それでせしめた髪飾りや指輪や首飾りが、今もたくさんあるわ。……今そんな事をやったら、『落ちぶれた』と舐められるでしょうが」
ムッとした顔で、アドゥリーが答える。もう少し余計な事を言うと、アドゥリーは金切り声を上げ始めるので、気をつけたい。
「じゃあ、私もその手を使おうかなー?」
ラパパパエメナは、館に出る日が決まったらしい。
「ラパパパエメナは、こういう髪飾りは似合い過ぎるんじゃない?……まあ、似合って悪い事もないだろうけど。何にせよ、まず髪飾りを貰うところからだね」
「うん。がんばるー!」
ほわほわと笑っている。
……私も、そういう手段を使って、この輪の中心で語る時が、そう間を置かずに来るんだろうか。
※※※
髪飾りをせしめられるかはどうでもいいけれど、やはり『実地』は踏んでおくべきだろう。サタネテは、館に出る前にはもう監視役達からの評判は高かった。取り合いにもなっていた。私でそれは無理だろうけど、それでも、『やりよう』というのはあるはずだ。
ディアラン婆さんの座学もかなり詳細な話題になってきているし、『本で見ただけでできると思わない事だね!』と、せっつかれている。
「……」
体の大きい監視役は怖い。
髭がもじゃもじゃしているのや、汚らしいのは嫌だ。
他の娘奴隷から評判の悪い奴は当然駄目。
掃除や雑事をこなしながら考える。今まで『そこにいる』以上の意味がなかった監視役達を見る。が――こうして見れば、どれも『なんか嫌』な奴ばかりだった。
「……」
渡り廊下の向こうにゲゼルが見えた。かなり年嵩の、白っぽい監視役と何やら話をしている。……娘奴隷からの評判こそ悪いが、見た目だけなら、ゲゼルは決して悪い方でもないらしいというのが何やら癪だ。
「おい、アレ」
「またゲゼルの奴、爺様達にちに媚びてるぞ」
「ゲゼルじゃねえだろ『ゲゼル様』だろー?」
はははと笑う声が後ろで聞こえた。
「上手くやってるよな、アイツ」
「こんなところで張り切って何になるか知らないけどよ。……苦役区画あがりの癖に。奴隷の扱い、わかってんのかよ。苦役奴隷と娘奴隷じゃ、価値から何から違うってのに」
「だからセレで扱い方を覚えてんだろ?元苦役区画の監視役に、元苦役区画の奴隷。ちょうどいいじゃねえか」
そこに嘘は何も無いけど――何だか腹が立つ。
私は振り返った。
向こうも気づいたようで『おい、マズい』と慌てた様子だった。
「いや、待てよ。セレはゲゼルの事を嫌いなはずだ。別に怒りやしないだろう」
「ああ、そうか」
それはそうだけど――そのはずだけど。
……いや、ゲゼルの悪口で盛り上がるだけでなく、その悪口に、私まで巻き込まれていた。だから、怒るのは当然だ。おかしくない。
「……怒ってるぞ」
「ゲゼルに告げ口されると、面倒だな」
「告げ口なんて、しないけど!?」
これはマズいと監視役達は顔を見合わせた後、こそこそどこかに行ってしまった。
……気分が悪い。ムカムカする。考えてみれば、監視役なんて事をしている男達が、まともなわけはないのだ。
客だって、きっと似たようなものだ。
……でも、そんなのをあてにしないと、私のような娘奴隷は生きていけない。悔しい。
マシな奴。もう少しましな奴。まともな奴。
そう思いながら、館の裏手をうろつく。……どうせどの監視役もまともでないのなら、ゲゼルを頼った方がいいのだろうか。でも、あんな奴しか頼れない自分が嫌だった。『ほらな』としたり顔で笑うゲゼルの顔が容易に浮かんだ。そして当然のように手を伸ばしてくるアイツも。
……ゲゼルがいなくてもなんともないんだ。アイツに頼らないといけない、なんてことない。私は大丈夫なんだ。
「……あ」
この間の、えっと……ハウシー。ハウシーだ。
サタネテに髪飾りを確かに渡したと伝えておいた方がいいだろうと監視役達のところに行く。
忙しいサタネテは、次の満月の夜は無理らしい。だが、黙って貰っておくだけでもいいのに、『忘れた頃にどんな見返りを求められるのか怖いから』さっさとカタをつけてしまいたいらしい。『サタネテの方から声をかける』と、返答を告げる。
「それって……了解してもらえたって事だよな!?」
「まあ……そうなんじゃない?」
「やったなおい、ハウシー!」
隣にいた監視役が、ダメ元で俺も挑戦すればよかったー!と言いながらもハウシーを祝福している。
……ハウシーもこの監視役もまだ若い。他の監視役に比べれば、まだ甘いというか、上の監視役が押さえつけているせいなのか、それほど悪さをしている感じはない。それなりに清潔感もある。
――こ……このあたりなら、ディアラン婆さんの『課題』をこなす相手にしても、嫌な思いはそれほどしなくてすむかもしれない。『マシ』な奴らだ。『呼び名』もよく知らないが、別にいいだろう。
「クファリドのおかげだよ。ありがとうな!?」
クファリド。クファリドか。まあ、なんでもいいや。こっちにしておこう。
「あ、あの――」
「セレもありがとうな!?前に他の新人娘奴隷に頼んだんだけど、『忘れたー』とか言われて。髪飾りも『どこに置いたか、覚えてないー』って盗まれて、散々だったから」
……なんかその感じ、ラパパパエメナっぽいな。そして、ラパパパエメナなら、盗んだのではなく、本当に『どこかにやって、覚えてない』と思われる。さらに言えば、そのとおりだったとしても、本人はもう覚えてさえいないだろう。
ともかく、ハウシーの感謝を受けつつ、隣のクファリドを見る。ハウシーを祝福しているようだし、素直そうだ。支給服も着崩してないし、髭もない。
……だ、大丈夫なはず。
それに、ハウシーが上手くいって、残念そうだし。私はサタネテではないけど、私なら何日も待たずに手早くすませられるから、クファリドにとっても悪い話ではないはずだ。
「あの」
「え?何。おれ?」
不思議そうにクファリドはこちらを見ている。ハウシーは、まだ具体的な日取りも決まっていない『その時』の想像で、心ここにあらずだ。茶々も入らないだろうし、ちょうどいい。
「あのね……」
「うん?」
他の監視役に比べれば、ずっとましだ。まだ見ぬ客の前に、突然叩き出される方が怖い。これは必要な事だ。本でもしっかり学んでいる。きっと上手くこなせる。
もっと早くに本の内容を知っていれば、ゲゼルにされた時だって、ああまで痛い思いをせずにすんだだろう。
「――」
ゲゼルなんてどうでもいい。思い出したくもない。
この監視役――クファリドだっけ?クファリドも、ゲゼルと同じような事をしてくるんだろうか。でも大丈夫だ。今の私なら、上手くいなせる。手玉にだって、取れるだろう。ゲゼルよりも容易に。
きっとそれほど女にも慣れていないだろうから、向こうもおっかなびっくりで、優しく触れてくるだろう。ゲゼルのような事はしないはずだ。
ゲゼルとは違う。ゲゼルじゃない。ゲゼルなんかとは――
……ゲゼルじゃない人に、触れられるの?
「あ……あの。私……私と……」
それでいいじゃないか。
その方がいい。先延ばしにしたって、どうせしなければならない事だ。全部上書きしてもらえばいい。ゲゼルの事なんて全部。
……触れられていないとこがないぐらいゲゼルに触れられたのに?それをすべて消し去るの?無理じゃない?――無理ではない。一度では無理でも、館で仕事を始めれば、いずれはそうなる。ゲゼルの痕跡なんてすべて消える。
あのおぞましい吐息も熱も。何もかも。
――代わりに、別の吐息と熱が、体に染みつくだけ。
……嫌だ!結局は同じ事だ。同じ地獄だ。
「う……ううう……」
「ん?どうした、セレ?」
違う。そんなに心配した声で『ただ一つの名』を呼ばれても、違う。ゲゼルじゃない。ゲゼルに呼ばれた時みたいな、どうしようもない気持ちにはならない。
なんで?何故、ゲゼルじゃないのが――『嫌』なの?
ゲゼルなんて最低なのに。
有無を言わさず、私を傷つけた。苦役区画から『救い出した』なんて押しつけがましくして。その後も。まるでお前のためだと言わんばかりに、『してやったんだ』って偉そうに。私の事なんて見もしないで、勝手な事ばかり。
なのに。……なのに。
きっとアイツが『ただ一人の人』なせいだ。そうでさえなかったら。そうでさえなかったらこんな気持ちになんて――
――『ゲゼル以外は嫌』だなんて。思うはずがない!
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
感想・評価・ブックマーク、あとなんかもう色々、お待ちしています!




