表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ一つの名、ただ一人の人  作者: 神空うたう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/32

21話 特別講習



 ディアラン婆さんから、あらためて呼び出しを受けた。ディアラン婆さんの詰め所で、今後の『予定』について説明を受ける。


 結構しっかり育成の段取りを組むようだ。旦那様の館はそこらの館よりも質が良いのが売りで、娘奴隷への扱いもいいらしい。他の館を知らない私にはそうですか、以上の感想は無い。ともかく、それだけの扱いを受けるにはそれだけの結果も必要で、『教育』もそれ相応に受けたうえで出される。

 今、奴隷市場は高騰時期を迎えるつつあるらしい。質と値が釣り合っていないため、新たに娘奴隷を買い入れるのは慎重になる。だからこそ、場繋ぎにと私を教育して店に出そうという魂胆らしい。前後に買い付けられる娘奴隷も、物覚えの良し悪しがあるので、そこを計算に入れれば、定期的に新人の娘奴隷を館に出せる計算なのだろう。


 礼儀作法や、世間一般の常識を習うのは、単純に興味があった。

 苦役奴隷でいた頃も、外から一山いくらで買い付けされてきた奴隷達の話を聞くのは好きだった。新たに苦役奴隷に落とされた者達も、もうここから出られる事は無いとわかっている。『それでも』か、『だからこそ』なのか、望みが捨てきれないようだった。なにより、私のような生まれながらの苦役奴隷と比べて、『知っている』事に誇りを持っていた。それを私達に教えて聞かせる事で、プライドと正気を保とうとしていた。

 ……もっとも、そういう奴隷は苦役奴隷の現実に直面し、すぐに発狂したけど。それまでの期間、どのように知識を得られるのかが勝負のようなところはあった。



 ……『セレ』が、遠い昔に存在していたと言われる星の名だというのも、そういう苦役奴隷から聞いた事だった。もう、どんな奴隷から教わったのかは覚えていない。



「セレ。……アンタ、苦役奴隷の割には物を知っているね」


 本のページをめくって私に読み聞かせながら、ディアラン婆さんが呟く。


「まあね。……知ってるからって、何の役にも立たないけれど」

「そんなのは、今、意味がなくてもいい事さ。他の子が一週間かかっても覚えられない事を、アンタはこの時間だけで覚えた」


 そう言われて、少し嬉しくなる。

 ……ただ、ディアラン婆さんが次に口にした『他の子』というのが、ラパパパエメナだと聞いて、少しがっかりする。ラパパパエメナは来月あたりいよいよ館に出されるはずだが、あの物覚えの悪さと比べられれば、誰だって『物を知っている』扱いになるだろう。


「ただ、あの子はあの子で、物を知らない良さもある。あの愛嬌なら、客達からさぞ可愛がられる事だろうよ」

「あー……」


 まあ、放っておけない感じはある。世話を焼かずにはいられない、というか。


「あの子は下手に賢くなると、苦労する。あの子はあの子で、あれでいい。娘奴隷の『品揃えの良さ』も、旦那様の館の売りだからね」


 だとしたら、私も私で、サタネテのように看板娘候補としてではなく、コアな客層向けの娘奴隷という事なのだろうか。極端に愛されるか、極端に酷い扱いを受けるか。どちらにせよ、楽できそうにはないだろう。……娘奴隷として生きる以上、楽も何もないだろうけれど。

 一般常識は、客と話を合わせられる程度で良いらしく、求められる総量も、一日の進度もさほどではなかった。

 それよりは、行儀作法が、初期の教育のメインになる。ここでしっかり覚えておけば、それなりの上客を任せてもらえるようになる。一般常識の座学も、それにあわせてより深い内容にもなるそうだが。ともかく、作法を必要とする相手なら、ただの酔客と違い無理を強いられる可能性も低い――らしい。上客にも色々あるらしいが、相対的には。


 そして――まだ、座学のみではあるが、娘奴隷の『仕事』の本題についても。


「アンタ達娘奴隷は客を『もてなす』側だからね。しっかり覚えておきな。それこそ、客を『旦那様』と思って、ね」

「……」


 別に、怖くない。

 こんなの、娘奴隷なら、しなきゃいけない事だ。怖くない。気持ち悪いとか、そんな甘い事、考えてちゃいけない。

 めくられる本には、図解までついていた。内容を聞くだけよりは絵が多い方がわかりやすいけど――気持ち悪い。何をどうしている絵なんだ、これは。ディアラン婆さんから補足や説明を受ける。


「……セレ。アンタは、苦役奴隷の出にしては物を知っている。でもそれで自分を賢いと思っちゃいけないよ」

「え?」

「場合によっちゃ、ラパパパエメナの方が『賢い』状況だってあり得る」

「馬鹿な方がいいって事?」

「……そういうところだよ」


 ディアラン婆さんが呆れている。


「……おかしな事を考えるんじゃないよ。アタシはね、アンタが生意気でも身の程をわきまえているから、今までこうして大事にしてきてやったんだ」

「大事にー?」

「何だい、その顔は」


 何がどう『大事』に、なのやら。ゲゼルから私への行いについて、ディアラン婆さんが咎めたなんて、聞いた事がない。

 ゲゼルがディアラン婆さんに苦手意識を持っているので、それなりの叱責などはあったんだろうけれど、私や他の娘奴隷への行いそのものは変わりない。他の監視役が娘奴隷に行うことに関しても。娘奴隷が館に出られないほどの事態にさえならなければ、基本放置となっている。


「……そういうところが、賢いと言い切れないところだよ。場所ごと、環境ごとに、求められる賢さの質は違う。それが己を守る事になり得る」

「……言いたい事は、わかってる」


 ディアラン婆さんが長い扇子を開いて、ばさあと私を仰いだ。


「そういうところだよ。お前はまだ、『わかっているつもり』でしかない。……まあ、こういう事は、口で言ったって仕方ないけどね」

「年寄りって、そういう事言うよね」

「生意気な子だねえ!?」


 ぱしっと長い扇子が私の手に撃たれる。


「……今日はここまで。なにせアタシは『年寄り』のようだからねえ。疲れたよ」


 拗ねるあたり、大人げない。老成しているわけではないと言いたいらしい。飴の入った器を差し出してくる。一つだけ取って、その場で口に放り込んだ。


「……覚えた事は、覚えているうちにさっさと試しておきな。ゲゼルも喜ぶだろうよ」

「なんであんな奴に」


 どうしてまわりはそういう扱いにしたがるのか。


「なんだい、セレ。ゲゼルはアンタの『ただ一人の人』なんだろう?」

「婆さんもそんな事、気にするんだ」


 現実主義だと思っていた。『ただ一つの名』も『ただ一人の人』も、くだらないと鼻で笑っていそうなのに。それとも、ただ私をからかう材料にしたいだけか。


「監視役の立場を利用して、苦役区画からアンタをこっちに寄越して。そのうえ、自分も後から追いかけて出てきて。ここでもアンタを囲っている。エイセダにはアタシも手を焼いていたから、痛快だったよ。……いかにも若造らしい、青臭くて可愛い子だと思うがねえ」

「……囲われてなんてない。私がアイツに甘いように見えるのは、アイツが『ただ一人の人』っていう弱みがあるだけで、本当は嫌なんだから」

「……へえ?」

「本当なんだからね!?婆さんは私の『ただ一つの名』を呼ぶ時、気分が良くなるでしょ?その時私は、同じぐらいぽかぽか気分がよくなってるの。けど――アイツにセレって『ただ一つの名』を呼ばれたら、その十倍――ううん、百倍、ぽかぽかどころか熱いぐらい気分が良くなるんだよ。だから抗いきれないだけで」

「百倍?へえ、百倍かい。……それなら――まあ、確かに困ったもんだねえ」


 『ただ一つの名』を持つ者が――おそらくこの館では私の他にルォウレンしかいない。館の外でだって、そうそういないらしい。まして、その『ただ一つの名』を呼べる『ただ一人の人』がそばにいるなんて、なおさら珍しい。自分が当事者になる事が無いから、私のこのどうしようもない状況は理解しえないのだろう。

 ディアラン婆さんですら、こんな感じだ。


「第一、アイツがしつこいのは変わらないけど、その……最近、『そういう事』はないし」


 『ただ一人の人』は、『ただ一つの名』を授けて、その者を加護し、庇護する。……守ってくれている感じはないけれど、少なくとも害する事はできないらしいとは、ゲゼル本人が苛立たしさを隠そうともせずに言っていた。

 ……それなら最初からそうであればよかったとは思うが、そんな副次効果があるとは思っていなかったし――そもそも、『ただ一人の人』が、そんな事をするものではないと思う。まあともかく、できないんだ、ゲゼルは。


「おや、そうなのかい?まあ、館にはお前よりもいい娘奴隷は山のようにいるからね。いくらアンタの『ただ一人の人』といっても、そればかりはねえ?」


 当然であるとばかりに、手塩にかけた娘奴隷達を誇るディアラン婆さんが腹立たしい。


「それならそれで、ゲゼルをその気にさせるよう、覚えた事を試しゃいいだろ」

「は?」


 何言ってるの?

 それだと、私が愛想をつかされたみたいじゃないか。違う、違うからね!?理由はそうじゃないから!


 ディアラン婆さんは、パラパラと本をめくって扇子の先でトントンと差す。座学としてはまだ初歩の教本であり、館の専門書というわけでもない。館ごとに独自で伝わる秘伝書なるものもあるらしいが――それはさておき。提示されたのは、『長年連れ添った夫婦の悩み解決』というような一般的な項目だった。なんで私とゲゼルが倦怠期の中年夫婦みたいな扱いをされねばならないのか。

 私は表情だけで全面的に拒否を示した。

 ディアラン婆さんはむっとした顔をして本を閉じ、脇の本棚にしまった。


「ああそうかい。ゲゼルが嫌ならそれでもいいさ。それなら、そこらの監視役でいいから、今度来るまでに何か試しておきな」

「――」


 私は別に、何も言っていない。嫌だなんて、言ってない。

 けど、ディアラン婆さんは、眉をわずかにひそめて私を見た。怒っているように見えるのは、当然だ。でも――私を憐れんでいるようにも見えた。……なんで?


「……だからアンタは、賢いつもりなだけだ、っていうんだ」


 おかしな事は考えるんじゃないよ。再度そう続いて、私はディアラン婆さんの詰め所から、追い払われた。




※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!

  毎日一話ずつ更新中。


 感想・評価・ブックマーク、あとなんかもう色々、お待ちしています!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ