19話 ある夜の一幕
「ち……が……違……ちが、う……」
「違う?ならなんだ。どういうつもりなんだ。まさかお前、娘奴隷のくせに、俺を――」
「……!」
そんなわけないと大騒ぎをし、ゲゼルがひるんだ隙に、私は逃げ出した。
※※※
「――で、どうだった!?」
目を輝かせているリャーラとは対照的に、他の娘奴隷達の目は冷めたものだった。そもそも無関心というのもあるが――
「馬鹿ねえ、リャーラ。アンタが思うように話が上手くまとまったなら、『こんなに早く戻ってくるわけがない』でしょう?」
娘奴隷の言葉を咀嚼したリャーラは、ハッとした。やや責めるような目で私を見た。……そんな目を向けられても。
「……話し合いで解決できるのは、子どものうちだけだよ」
「なんでー!?セレはまだ子どもでしょう!?」
年齢を幼く申告してはいるけど――私が子どもだとしても、ゲゼルは大人だ。ゲゼルは子どもであろうと手心や容赦を加えはしないだろう。自分こそが正しいと、己を最優先する。そういう奴だ。
ともかく無理。
わ、私が――愛されたがっている、なんて見当違いな自惚れをしているような奴と、話なんてできるわけがない。
「セレは『セレ』っていう『ただ一つの名』をゲゼルから授けてもらったんでしょう!?つまり、ゲゼルが『ただ一人の人』なんでしょう!?もっとさあ、『ただ一つの名』に関しての『相応しいふるまい』っていうか!私達の夢を壊さないでよ!?」
「そんな事を言われても……」
肩を掴まれ、がくがくと揺さぶられている。
『ただ一つの名』は皆が持っているはずのもの。けれど、それを『ただ一人の人』から呼ばれるまでは、本人すらわからない。名を持たず生きる人々は、その運命の時まで、仮初めの『呼び名』だけで生きていく。
私だって、苦役区画にいた頃は、リャーラたちと同じく『こんな人生でも、いつかは『ただ一人の人』から『ただ一つの名』を授けてもらえるのでは』と、それをよすがにしていた。
その結果がアレだ。『愛されたい』なんて、思うわけがない。ゲゼル相手に。……馬鹿じゃないのか、ゲゼルは。本当に……本当に、どうしようもない奴だ。夢や希望なんて、持つものじゃない。
※※※
それから私は、リャーラの愚痴を横に聞きながら仕事を真面目に続けた。午前中は、昨晩使用された部屋の後始末と、今晩の準備。仮眠を挟んで、娘奴隷達の支度の手伝い。衣装を着る手伝いをしたり髪結いをしたり。館が始まると、仕事でリャーラたちがいないのでやっとゆっくりできる。館が終われば、戻ってきた娘奴隷達の文句を聞きながら風呂の支度だなんだ。そして仮眠。
黙々と毎日をこなす。
余計な事――なんて、考える暇もない。
このまま、娘奴隷ではなく雑役奴隷としてもらえないだろうか。
……下手な事を言ってディアラン婆さんの機嫌を損ねるのも怖いので黙っているけど、この働きぶりを見れば、デキるディアラン婆さんなら、そう判断してくれるのでは?薄暗い娘奴隷の待機部屋から、館の本館、客を迎え入れる部屋の煌々とした灯りを眺めながらぼんやりと考える。
……暇だな。今日は頑張り過ぎた。本来、今の時間にするべき仕事まで片付けてしまっていた。
「……」
待機部屋からひょこっと廊下に顔を出す。
監視役はいるけど、ゲゼルではない。
ずっと以前だと、ゲゼルは自分の担当する監視場所など関係なくここに来て――私に、それなりの事をしていくのが常だった。この時間だと娘奴隷はあまりおらず、逆に、館に出ない私は必ずいる。アイツにとってはちょうどよかったのだろう。
私にセレと名付けて以降も、時々からかいには来ていたけど――からかいだけですんでいたのは、『私を害する事』ができなくなっていたからか。……からかわれるだけでも、十分不快なんだけど。そこまで万能ではないらしい。
でも、不快程度なら、我慢してやってもいい。……のに、アイツは来ない。
……ひょこっ。
やっぱり、別の監視役だけだ。――と、その監視役がやってきた。
「……今日、フィレンティアちゃんは?」
「いません。今は皆、出払ってます」
「全員ー!?」
嘘でも言っていると思われたのか、監視役が待機部屋を覗き込む。普段は一人か二人は客待ちなどで残っているが、今はたまたま全員不在となっている。監視役は肩を落とした。
ゲゼルでなくても考える事は同じようだ。だとしても、館に出る娘奴隷に、夜の時間は勘弁してあげてほしい。
「あ、でも……お前がいるじゃないか」
「え」
「――セレ、だよな。『ただ一つの名』持ちの。……ふ、ははは。本当だ。呼ぶとこんな感じになるのか」
いくら『ただ一つの名』を呼ばれたとしても、流石にこれで浮つきはしない。ゲゼルとは違う不快さだ。……いや、そんな事より――
監視役がじり、と距離を詰めてくる。ゲゼルとは違っていかにも力自慢っぽい感じだ。なおさら力で勝てる気はしない。
「別に今までだって、仕込み途中の娘奴隷に手出しをしたぐらいではディアラン婆さんから咎められは――」
何か武器になるものは。そう思っていたが、監視役が構えていた体を解いた。
「……やめとこ。エイセダと一緒されちゃ、たまんない」
よかった。幼く見えるほど貧相な体で。
「ゲゼル様に腕と鼻の骨を折られたくない」
「ん……?」
「……ゲゼル様には言うなよ、セレ。俺はセレと呼んだだけで――いや、『セレと呼んですらいない』からな!?」
監視役は駆け出して、元の監視位置――それより少しだけ待機部屋から離れた位置に立ち、こちらに背を向けた。
まあ……危機を脱せたという事だろう。
「……」
また、タオルをたたみ直そうか。何やら居心地が悪い。それを誤魔化そうと考えていたところで、アドゥリーが戻ってきた。
「あー、疲れた。変わりない?」
「さっき、監視役が来てました」
「あら。よかった。この上、監視役の相手までしてられないわよ。モテるのも困るわ。客だけで十分」
「監視役のお目当ては、違いましたよ」
「何ですって?……どいつもこいつも!まったく、客ならともかく、監視役に愛想を振ってどういうつもりかしら!?」
アドゥリーはなんでこんなにちょっとした事で湯でも沸かすみたいに怒れるんだろうか。一人だけ山の上に住んでいるみたいだ。
「まあ仕方ないですよ。あの人は誰かと違って穏やかだし」
「穏やか!?あれは『主体性がない』のよ。いくら娘奴隷だからって、誰でも彼でもハイハイと!」
我が身を顧みるつもりは無いようだ。ただ、フィレンティアは穏やかではあるけど、そこそこに頑固だ。主体性の塊のような気もする。この間、アドゥリーとつかみ合いの喧嘩までしていなかっただろうか。
「一回ガツンと言ってやらないとね、今すぐにでも!」
揉めるのはやめてほしい、面倒だ。
「ただいま戻りました……」
そこに、仕事がひと段落したサタネテが戻ってきた。今や、この旦那様の館の看板娘である。戻ってくる時間があって何よりだ。なにより、今しもフィレンティアのところに殴り込みに行きそうなアドゥリーを止めてもらうにも、ちょうどいい。
「ちょうどよかった、一緒にこの人止めて下さ――」
「ちょうどよかった!サタネテ!アンタ調子に乗ってんじゃないわよ!?」
……えええええ!?
※※※
若干の時間を要し、リャーラと他数名も休憩に戻ってきてくれたところで、どうにかアドゥリーの勘違いを納得させる事ができた。
「――苦役区画の苦役奴隷程度なら、『呼び名』無しでも問題なかったかもしれないけどね!?こんなに大勢の人間がいるんだから、あれとかこれとか、あの人じゃあ、わからないのよ!まだわからないの!?」
……私が全部悪い事にされている。
あれやこれ呼びに問題が?
私はほんの最近まで『あの子』扱いだったけど?と思うが、娘奴隷の中で『呼び名』がなかったのは私だけだったので、ある種『あの子』等でも通用はしていた。
……でも、『呼び名』なんてそれほど大切とも思わない。『ただ一つの名』ならともかく。むしろ、それと比べれば『呼び名』なんて、そうありがたがるものでもない。ただの馴れ合いじゃないか。
そもそも、監視役はともかく娘奴隷については、私は、ちゃんと把握できている。疑問や不明点があれば、聞けばいい。そうしたら、私はフィレンティアの事だと正しく答えた。
勝手に早合点したアドゥリーが悪い。
「反省してるの!?」
「……してます」
私はどこかの誰かと違って辛抱強いので、相手の顔を立ててあげるけども。怒っているアドゥリーに歯向かったところで、面倒が三割増しになるだけだ。
……真面目にやっているだけなのにロクな目に合わないのは、いったいどういう事だろうか。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
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