17話 女三人寄れば
私が『セレ』である事は、即日広がった。まあ、リャーラの耳に入った以上、その運命からは逃れられない。『旦那様の館』最速の伝達手段の呼び声も高い。
そして――私が思っていた以上に、『ただ一つの名』というのは絶対的なものだったらしい。『『呼び名』すらない子』だった私が『セレ』であると知った瞬間から、皆は私を『そうだよね、セレだよね。セレしかないよね』と、納得してしまった。
ゲゼルから『セレ』と呼ばれた瞬間から、私はセレで当然と受け入れたけれど、それは他人から見てもそうだったようだ。
そして――
※※※
「……『セレ』――あはは!本当だ!?」
「私も私も!……『セレ』!……キャー!?」
『ただ一つの名』を呼ぶ時の心地よさや、呼ぶ時の声を耳にした心地よさは、本人以外も感じる。部屋に面する廊下を通り過ぎる途中で無駄に私を呼んでくるとか、何かと煩わしかった。今までなら、私を無視する娘奴隷も多かったのに。
「人気者ね、セレ。……くくく、本当だわ?私、今まで呼ばれるだけだったんだけど――そう。『ただ一つの名』を呼ぶと、こんな気持ちになるのね。皆が『ルォウレン』と、私を笑顔で呼んでくれる理由がよくわかったわ」
ルォウレンまでこの調子だ。
まわりが浮ついていて煩わしい。でも私も『セレ』と呼ばれるたびに、気分がふわふわほわほわする。なんというか、気を張らず、素直に受け入れられるというか。
今までは――アイツに『セレ』と呼ばれるたびに、胸がギュッとなった。抗えない力に押さえつけられたり振り回されたりしているようで。アイツには逆らえなくなりそうで、怖くて苦しかった。
皆から呼ばれる時にはそれがない。はいはいわかったご自由に。そんな感じだ。
……どうして、ゲゼルだとこう思えないんだろう。
「もー、セレってば、『ただ一つの名』を持っていたなら、さっさと教えてくれればよかったのに。ねー、ルォウレン?」
リャーラが膨れている。館で使うタオルをたたむのを手伝ってくれるのはいいが、ルォウレンもリャーラも、お喋り目的なのは明らかだった。
「そうね。皆と違って私は、今まで一度も私以外の『ただ一つの名』を呼んだ事がなかったし、狡いかしら?」
確かに、以前ルォウレンに『ただ一つの名』を得た時の話を聞いた時、私は自分について一切触れなかった。そこは……公平ではなかったかもしれない。
「ねえ、いつから?いつ『ただ一つの名』を呼ばれたの?どんな感じだった!?」
『ただ一つの名』を得るその時を乞い焦がれて、人は『呼び名』で生きている。『ただ一つの名』を持っている事に憧れや理想を押しつけたい気持ちはわかるが、けしてリャーラが思い描くようなものはない。
大体、考えてもみてほしい。私に『ただ一つの名』を授けた『ただ一人の人』はゲゼルだ。うらやむような何かなんて、あるわけがない。
私は、『別にたいしたものではなかった』とぞんざいに答える。
「なにそれ――ああ、そっかあ」
リャーラがにやにやと笑い始めた。
「……なに」
「本当は、二人だけのものだったんだー?」
「は?」
「皆の知らないところで、こっそり二人だけで囁き合うためのものだったんだ?アドゥリー姐さんが言ってこなかったら、ずっと二人だけの秘密にするつもりだったんでしょ?アドゥリー姐さんって、ホント無粋だよねー?」
「なんでそんな話になるの!?」
知られたくないのは確かにそうだった。でもそれは、私がこれ以上ゲゼルと関係があると皆に思われたくなかったからだ。ゲゼルが調子に乗るのも目に見えていたし。
昨日は……
昨日は、そう。ホント、どうかしていた。人前で泣くなんて。昨日一日、なかった事にしたい。
「喧嘩するほど仲がいいの典型だとは思っていたけど……私達の知らないところで、そんな感じになってたかー。まあ、元々仲が良かったもんね?」
「一度たりとも、アイツと仲が良かった事なんてない!」
躍起になってリャーラの自説を否定するが、くくくとルォウレンが笑っている。
「ゲゼルは最初からセレの事を独占していたじゃないの。『苦役奴隷だったアイツの事を知っているのは、苦役奴隷の監視役をしていた俺だけだ』って。おかげで、エイセダが大人しくなってくれたから助かるわ。ゲゼルでなければ、エイセダがセレに目をつけたでしょうけど、まだゲゼルの方がマシよ。ゲゼルはしつこくて長いだけだもの」
そのエイセダはどんな奴なのか。何度聞いても、『絶対、知らずにいた方がいい』としか返事が来ない。顔に傷がある幼女趣味の最低野郎という情報しかないが……まあ確かに、それだけ知っておけば、十分な気もする。
そして、相変わらず、ゲゼルとそのエイセダなる人物は、娘奴隷達の評価最底辺を争っているようだ。その最低野郎と争えるだけ、ゲゼルも最低野郎という事だが。
『ただ一つの名』を授けた以上に、何も羨まれる理由はない。
「別に、本当に何でもないよ。特に向こうなんて、私に恩を売るぐらいにしか考えてない。犬や猫に『呼び名』をつけるのと同じ感覚なんだから」
「もー、セレったら。捻くれないの!ゲゼルはセレの『ただ一人の人』なんでしょう?」
リャーラは笑っている。ゲゼルは最低だと皆で言っておきながら、それを理解なんてしていない。アイツが本当にそんなお優しい人間だと思っているの?
「捻くれるも何も。……だ、だってアイツ、私に『セレ』って『ただ一つの名』を授けておきながら、それを『返せ』って言ってきたんだから。娘奴隷が『ただ一つの名』を持つなんて、生意気だって」
それを聞いて、『ただ一つの名』を持つ娘奴隷でもあるルォウレンは眉をひそめた。リャーラも、『何それ!』と憤慨する。
奪うとか返すとか、そんな事ができるようなものではないようだけど。それでも――ゲゼルは、奪えるものなら私から、その『ただ一つの名』を奪おうと考えていた。
皆が思うような、ふわふわした甘さなんてゲゼルはくれない。――アイツの唇が動いて響くあの『セレ』を、聞くたびに心がざわめく。なのに、あの重くて苦しいセレを、聞きたいと思ってしまう。奪わせたくない。奪うなんて絶対にできないと、信じたい。……本当に、どうしてアイツなんだ。
……アイツ、本気だった。
自分が授けた『ただ一つの名』を奪うのが無理だと考えたら、アイツは次にどうするだろう。どう出るだろう。私を『セレ』とは、認めない……?
たとえば――もう、私を『セレ』と、呼ぶつもりはない、とか……?
そう考えると、息が詰まりそうになる。たたまれていくタオルの山は、いつの間にか、リャーラやルォウレンの山の方が高くなっていった。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
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