12話 手にしているはずのもの
旦那様が開いた宴において、ゲゼルは旦那様から『与えられた』私に対して、まるで『義務は果たした』とばかり用を満たした。
私は当然だけど、おそらくゲゼルも何も満たされるものはなかったと思う。どちらも苦痛しか残らなかった。――なのにゲゼルは、まるで自分の方こそが、自分だけが被害者のような顔をしていた。
私はゲゼルの相手を仰せつかったため、宴の給仕を途中で放棄する格好になっていた。もちろん咎められる。けれど、それが旦那様の指示であると説明したところ、文句だけで終わった。そこは私の目算通りだった。こんな思いをした上にお説教まで食らいたいわけではなかったので、それはいい。
けれど――
「なんだよ……なんだよ……アイツ……っ!」
あの男は……ゲゼルはどうしてああなんだ……!
※※※
「アンタ達が何をやってるか知らないわけでもないし、館に出す娘奴隷の負担を考えれば、アンタ達があの無駄飯ぐらいの監視役達の相手をしてくれた方がいいのは当然だ。今までもそうだったからね」
ある昼下がり。ディアラン婆さんから呼び出しがあった。またお叱りかと思ってディアラン婆さんの詰め所に行けば、何やらまわりくどいお説教が始まる。……お説教、なのだと思う。
「それでも、旦那様の前で『仕事』ができると見せたのなら、そろそろアンタの今後
についても考えなきゃならなくなる。まだ年は若いが……まあ、その分『仕込み』に手間をかけて、そういう売り込み方をしてもいい」
「婆さん……?」
「子どもみたいに喚くんじゃないよ?そういう心づもりをしておけって、わざわざ前もって言ってやってるんだからね?」
ジャッ、ジャッとディアラン婆さんが、長い扇子を少しばかり開いて閉じてと繰り返している。
「アンタは外を知らないだろうから、もしかしたら考え違いでもしているかもしれないけどね。ここは『館』だよ。いつまでも子どもとして扱われるわけでもない、って事だ」
「……」
たとえ年を誤魔化したところで、その時は来る。
……私が苦役奴隷で、あまりに見すぼらしい体つきだったからとディアラン婆さんは容赦をしてくれていた。でも――私より後に娘奴隷になった子達は、適齢という事もあったけれど、次々館の仕事を始めている。
髪結いや下働きとして館の裏方の仕事はしているけれど、それは本来娘奴隷に求められている仕事ではない。何もしていないのと同じ事。私をいつまでも遊ばせておくわけにはいかないんだ。
……別に、そんなの、最初からわかっていた事だ。
ゲゼルにされてきた事を――他の人間からもされるだけだ。別に。この『館』にいる以上、帰結するのはそこだ。今さら聞き分けのない事、言うわけがない……
「……まさかお前。お前を追って苦役区画から出て来たあの若造に、絆されてはいないだろうね?」
「そんなわけ――!」
「それならいいよ。……別に、それでも知った事じゃない。いっそ、今のうちにその割り切りができるようになっておいた方がいいとも、アタシは思うがね。……話はおしまいだよ」
ディアラン婆さんまで、まわりの勘違いを信じているんだろうか。耄碌するには早すぎると思うけど、結局婆さんだから仕方がないのか。
どうして、私のすべてにおいて、あの男が付きまとうのか。
「ちょっと。……ほら、持ってきな。一個だけだよ。他の子にもやるんだからね」
詰め所を出ようとした私を、ディアラン婆さんが止める。ディアラン婆さんは、小机に置かれていた器の隣を、長い扇子の端でトントンと叩いていた。いつものように、飴を一つ選ばせてもらう。
「……ありがとう、ございます」
「ふてくされて言うもんじゃないよ。子どもだねえ」
どれを選んでも違いはないはずだけど、私は薄灰色の飴を手に取った。こんな見栄えのしない飴、どうせ余ってしまうだろうから。
「……アンタ、本当にまだ誰からも『呼び名』をつけてもらえてないのかい?お互い、くだらない意地を張らないこった」
仕事をしていれば話す機会はあるし、私の髪結いを取り合いになったりもするけれど、結局『苦役区画あがり』である事は変わりない。別に、娘奴隷達に『呼び名』をつけてもらって認めてもらいたいわけでもない。
そもそも、私には『呼び名』ではなく『ただ一つの名』があるんだ。それこそ、目の前のディアラン婆さんですら持ちえないものが。
それに、同じく『ただ一つの名』を持つ娘奴隷のルォウレンと違って、私には、その『ただ一つの名』を呼んでくれる『ただ一人の人』がそばにいる。……それがゲゼルであるという事は、何を悔いたらいいのかわからないけど。こればかりはどうしようもない。
それでも私は、『ただ一人の人』に『ただ一つの名』を呼んでもらえる人間なんだ。
「……もしアンタが名乗りたい『呼び名』があるなら、アタシに言いな。……それでもないっていうなら、昔ここにいた娘達の名から、適当に見繕うよ。館に出すのに『呼び名』ひとつないんじゃ、不便でしょうがない。客がつけば、客からいい『呼び名』をつけてもらいな」
そんなのいらない。必要ない。
理由は言えないけれど。私はあいまいに愛想笑いをして――飴の入った器から、薄灰色の飴を二つ、隠し取った。緊張したけど、バレてはいない……はず。どうせ誰にも選ばれない飴なんだ。ディアラン婆さんもこれだけ入っているんだ、数までは把握していないだろう。バレたらこの金属製の重たい器でぶん殴られそうだけど。怖い怖い。
私はさっさと詰め所を後にした。
いつまでも飴を手に持っていても仕方ない。そう、仕方ない。だから私は、娘奴隷の待機部屋にまっすぐ戻らず、少し遠回りをする。小さな中庭に面した渡り廊下は、風がそよいで心地よい。
――あ。
「ん、んんっ!……ゴホン」
私は、空いている方の手で、髪や、服の裾を払って、おかしくはないか確認した。
……仲直りも何もないけれど。悪いのは全部アイツだし。ゲゼルだし。
でもまあ、私も『もう子どもではない』そうだし。もし私が売れっ子看板娘奴隷になれば、ゲゼルなんて、話しかける事もできなくなるだろう。
だから……今ぐらいは。
私がアイツなんかと違って、大人であるところを見せておいてやろう。二つもあるんだから、この飴を一つやって――それから――
一歩、二歩。
宴の後から、なんだかお互いぎくしゃくしているのを実感している。
だから、こういう何でもない事で、元通りになれたら。
ゲゼルなんてどうでもいいけど。大嫌いだけど。
でも、アイツだけが、私の『ただ一つの名』を呼んでくれるんだ。癪ではあるが。『ただ一人の人』であるゲゼルが。私の『ただ一つの名』を。
「あ……あのさあ?」
「――セレか」
セレ。私の『ただ一つの名』。
『呼び名』ではない。だって、ゲゼルがセレと呼ぶだけで、心が温かくなる。
ゲゼルは言っていた。私に向かって私の名を呼べば心が高揚すると。この馬鹿は清らかさも何もないから、すぐに欲求と直結させるけど。宴での話が本当なら、私を傷つける事に不快感があるはずだ。あいつが私をセレと呼ぶだけの幸せなだけの時間が過ごせるだろう。二人で飴でも舐めながら。
「これ、婆さんのところから――」
私は飴を二つ掴んだままの手を差し出そうとした。それより早く、まるで待ちかまえていたみたいに、ゲゼルが口を開いた。
「セレ。――返せ。『セレ』を。俺が授けた、『ただ一つの名』を」
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
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